ある日のこと。
いつものように一番に起きた苗木くんは朝ご飯を用意すると、それとは別にいくつかお弁当を作っていた。冷蔵庫の中に思ったよりたくさん食材が残っていたので、いったん整理してしまおうと考えたのだ。最近は赤松さんがピアニストしての活動が何度かあって、家を留守にすることが多かった。
お弁当を手にした苗木くんは、いつも通り学校へ向かって朝日奈さんたちとともにランニングをする。
そしてそのあとは戦刃さんとトレーニングだ。
模擬戦を終えたのち苗木くんは、戦刃さんを朝ご飯に誘っていた。朝から積極的な苗木くんだった。
「お弁当? 苗木くんが作ったの? 私の分も?」
「うん。三つも四つも変わらないからね、よかったら戦刃さんも一緒にと思って。まあ、レーションじゃなくて悪いんだけど」
「そんなことない。食べるよ」
適当な段差に二人は並んで腰を下ろすと、それぞれお弁当のふたを開ける。
中身は当然同じであり、玉子焼きやミートボールなど定番のものが入っていた。タコにされているウインナーもあり、戦刃さんはそれにえらく感動していた。
「すごい……!」
「そう? 喜んでもらえたなら嬉しいよ」
「苗木くんはお弁当も作れるんだね。でも、どうして急にお弁当?」
シェアハウス内の事情について説明する苗木くん。戦刃さんは、苗木くんが赤松さんと七海さんと一緒に住んでいることを知っているので説明もしやすいのだ。三人の家に戦刃さんが招待される日も遠くなかった。
「今度は私がおススメのレーション持ってくるから一緒に食べよう」
「いいの?」
「うん。今日のお返し」
「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」
「うん。私も楽しみ」
二人でほんわかした会話をしていると、いつの間にか登校時間になっていた。
一緒のクラスだから一緒に行こうという流れになって、苗木くんと戦刃さんは一緒に歩く。
そしたら春川さんと会ったので、苗木くんは挨拶した。一日一緒に遊んだのなら、苗木くんの中ではそれはもう友達なのだった。
「春川さん。おはよう」
「……苗木? そう言えば同じ学校なんだっけ。まあいいや、おは……」
しかし、春川さんが挨拶を返そうとしたそのときである。
「うわっ!? ど、どうしたの戦刃さん」
「苗木くん、この女は危ない。あっち」
戦刃さんが二人の間に遮って入り、苗木くんを近くの物陰に連れ込んだのだ。
苗木くんは何が起きたかよく分からず混乱していた。あと、戦刃さんに抱きしめられたので結構照れた。軍人といえど女の子の身体は柔らかかった。
「あっ、あっ、あのっ、戦刃さん!?」
「ごめんね。でも今の女は危険なの」
「今の女って……春川さん? そう言えばさっきも言ってたけど……」
「うん。あれからは私と同じ匂いがした。命のやり取りをする場所に身を置いて、誰かを殺して生き延びてる匂い」
それはどんな匂いなのか気になるところだがそれはさておき、そんな、勘違いだよと苗木くんは言う。春川さんは保育士のはずだから。
しかし追いかけてきた春川さんは、聞こえていたはずなのにそれを否定しなかった。むしろ苦い顔をして、秘密をバラされたような反応をしている。
「苗木が変なのに連れて行かれたと思ったら……変なのじゃなくて厄介なのだったね」
「春川さん……?」
「……別に、感づかれてるなら無意味に取り繕ったりしないよ。その女の言うとおり……私の本当の才能は、超高校級の暗殺者」
春川さんは、暗殺者なのに往生際がよかった。いやむしろ暗殺者だからこそなのかもしれないが。
一度バレてしまったからもう開き直ったのか、春川さんはどうしてこの学園にいるのか説明を始める。朝っぱらから学園の物陰でするような話ではないのだが、そういう空気になってしまったため仕方がない。
「……だから、その女が言うことはあながち間違ってない。……私は、元暗殺者なんだよ」
長い独白の後、春川さんは自嘲するようにそう言った。都合により長い独白は全てカットされたのだった。まあ、聞いてて辛い話なんて面白くないし。
超高校級の暗殺者としてこの学園にスカウトされたものの、存在が公になった時点で春川さんは暗殺者を引退していた。
だが、だからと言ってこの学園から追放されることは無い。暗殺者というマイナスの才能を持って入学した彼女がどう成長するかは、立派な観察対象だった。
あとついでに、春川さんが暗殺者の仕事をすることで維持できていた彼女の育った孤児院は、学園の寄付により存続している。
タチが悪いのかいいのかよく分からないのがこの学園であった。
「……春川さんは、暗殺者を続けたかったの?」
暗い顔をしている春川さんに、苗木くんが問いかける。
「……そんなわけない。私がそうなったのは、やらなきゃいけなかったから」
「じゃあ何も問題ないよ」
そう言って苗木くんはにっこりと微笑んだ。大事なのは今であり、過去は気にしない苗木くんだった。
その言葉に、春川さんはもちろん、戦刃さんも驚いている。
「苗木くん……大丈夫?」
「大丈夫だよ。っていうか、大丈夫じゃない理由が無いよね。今の春川さんはボクにとって、赤松さんの友達の女の子ってだけだし」
「人を殺したことがあるって十分理由になると思うよ。逆に、大丈夫な理由もないでしょ?」
「あ、そっちはあるよ」
「教えて。納得できるとは思えないけど」
食い下がってくる戦刃さんに、苗木くんは答えた。
「だってさ……戦刃さんはボクと友達になってくれたじゃないか」
「……えっ?」
「さっき戦刃さんは言ってたでしょ、春川さんは自分と同じって。だから、戦刃さんが大丈夫なんだから春川さんも大丈夫だよ」
照れくさそうに笑いながらそう言う苗木くん。
あまりの苗木くん理論に、戦刃さんは言葉を失った。でも、改めて友達と口に出して言われると、嬉しい戦刃さんだった。
「……あれ、もしかしてボクって戦刃さんと友達じゃなかった?」
「そ、そんなことない。私と苗木くんは友達」
「よかったあ。じゃあやっぱり大丈夫だね」
「う、うん。じゃあきっと大丈夫」
横で二人のやり取りを見ていた春川さんは思わず戦刃さんに、なんでアンタ論破されようとしてんの、と言いそうになった。当事者なのに置いてけぼり感がすごかった。いやまあ、苗木くんが大丈夫だと言ったときには嬉しかったが。
本当なら春川さんが、私は暗殺者なんだよそんな私を信じられるの、みたいなやりとりを苗木くんとするはずだったのに、役目を戦刃さんにとられてしまった。戦刃さんが言いくるめられたせいで、自分も言いくるめられたみたいになっている。シリアスに突入することは特になかった。
「……あ! 日向クンにCD貸す約束してたんだった! ごめん二人とも、先に行くね! 春川さんはまた家に遊びに来てね!」
そんなことを言って苗木くんが去っていく。残された二人はしばし無言で立ち尽くした。
「……苗木くんの家に遊びに行ったことあるの?」
「違う。同級生にむりやり自宅まで連れてこられたら、苗木がいた」
「ああ、赤松さんか。さっき苗木くんが言ってたね」
「知ってるんだ」
その後残された春川さんと戦刃さんは、二人でポツポツと会話をするのであった。
「……変な後輩。赤松といい苗木といい、この学校っておせっかいなやつ多すぎ」
「……それは同意するけど、苗木くんにひどいことしたら腕折るからね」
「は? むしろこっちの台詞なんだけど。アンタも人殺しなんでしょ?」
「軍人だもん」
似た者同士、ということになるのか、遠慮も無しに二人は会話を続けている。
「あと、友達がいなくて一人ぼっちのところを苗木くんに声をかけてもらったからって好きになっちゃだめだよ」
「何それアンタの話? 苗木のこと好きなの?」
「……! 暗殺者って心まで読めるんだ。厄介」
「……なんか苗木がいるときは有能そうに見えたのに、普段のアンタは残念なのね」
苗木くんと、今だとついでに戦刃さんにも、毒気を抜かれてしまった春川さんである。
一方で妹以外にも残念と称され、内心で落ち込む戦刃さんだった。