前回から別の日のこと。
放課後、また七海さんとともに音楽室に向かった苗木くんは、またそこで赤松さんに遭遇した。この前の三人が再びこの場に集まったことになる。
苗木くんも、七海さんも、赤松さんも、それぞれクラスに友達はちゃんといて、というかクラスの中心レベルで全員と仲のいい三人のはずである。その三人が、それぞれ単体でこの音楽室に集まっているというこの現状。それは非常に珍しいことであると言わざるを得ない。
「ねえねえ、ひょっとしてキミ、七海ちゃんの兄弟なの?」
「え、どうしてそう思ったんですか?」
「いや、だって二人とも同じようなパーカーだからさ」
前回、一緒の空間で数時間過ごし、それなりの会話はしたはずだが、三人はそれぞれ自己紹介をしていなかった。コミュ力の高い人たちが集まると時としてこういうことが起こる。名前を知らなくても会話が成り立ってしまうのである。
「違いますよ。ボクは苗木で、彼女とは苗字が違いますから。だよね、七海さん」
「へー、キミは苗木くんって名前だったんだ。知らなかった」
「……って、七海ちゃんがこの前連れてきたんじゃなかったっけ?」
確かに苗木くんと七海さんは、二人とも同じようなパーカーを着ている。しかも考え事をするときにはフードをかぶるという癖も実は共通していたりもするのだが、残念ながら兄弟という事実は確認されていない。
ちなみに苗字が異なることは、兄弟ではないことの証明にはなりえない。実際苗木くんのクラスメイトにも、苗字の異なった姉妹が存在している。超高校級の軍人・戦刃むくろと、超高校級のギャル・江ノ島盾子のことである。
「どっちかというと、赤松さんと苗木くんのほうが兄弟っぽい……と思うよ?」
「え、なんで?」
「二人とも髪型が同じ……髪の毛の一部が立ってるから」
いわゆるアホ毛というやつだ。もしくはアンテナ。ここ希望ヶ峰学園では、後者の表現が主流である。
アンテナだけで兄弟と考えるのはいささか発想の飛躍が過ぎると苗木くんは考えたが、実妹である苗木こまるにも同じようなものがあるので、少し返答するのに困っていた。こまるだけに。
「いや、ボクら以外にも髪の毛が立ってる人なんてたくさんいるんじゃないかな?」
結局、余計なことは言わず無難な反論になってしまう苗木くんだった。
「そう言えば日向くんもそうだっけ」
「私のクラスの最原くんも、帽子の下がそうだったなあ」
二人も二人で、アンテナを持つ人物を思い浮かべている。
苗木くんとしては、最原くんという名前には聞き覚えはないが、日向くんとは知り合いだった。
この学園に入学したころ、その平凡さから予備学科生と間違えられてそちらの校舎に連れて行かれ、そこに居合わせた日向くんが誤解を解いてくれて……というエピソードがあるのだが、男同士の出会いを詳しく描写しても仕方ないのでこれ以上は語らないでおく。
また、赤松さんの口から出た最原くんという人物は、その超高校級の探偵という才能から霧切さんと知り合いだったりするのだが、そのことを苗木くんはまだ知らない。
「ねえねえ、苗木くんはどんな才能でこの学校に入ったの? ……あ、そういえばちゃんと自己紹介してなかったね。私は赤松楓。一応、超高校級のピアニスト……ってなってるけど、私としては小さいころから好きでピアノを弾いてるだけなんだー」
ここで初めて赤松さんによって、三人の間で自己紹介が行われる。
「じゃあ私も……。名前は、七海千秋って言いまーす。超高校級のゲーマーでーす」
まるで自己紹介のために覚えた定型文を棒読みで読み上げるように言う七海さん。
ピアニストにゲーマー。その道の人ならおそらく二人とも有名なのだろうが、苗木くんはどちらも知らなかった。入学する前にクラスメイトの才能は一通りネットで調べていたが、他の代まではさすがに目を通してなかったらしい。
まあ、知らなかったとはいえ自分とは違い才能を認められ選ばれた二人だ、苗木くんが尊敬する気持ちは変わらない。
「えっと……ボクの名前は苗木誠。この学園には超高校級の幸運っていう枠で入ったんだけど……」
入学したてのころ、クラス内でした自己紹介。そのときのことを思い出しながら苗木くんは言う。
あのときは周りがみんな才能で選ばれている中、自分だけ抽選で選ばれた結果ここにいると言わなければいけなくて、勇気を振り絞るのに大変だった。
「幸運? ってことは、狛枝くんと一緒だ」
「七海さんのクラスにもいるんだね。ならもう知ってるだろうけど、全国の学生の中から抽選で選ばれただけなんだ。だからこんな肩書だけど、人よりも運がいいってわけじゃないんだよね」
ただ今回は、たった二人の前での自己紹介なので、いくらか気は楽だった。
それに加えて七海さんは、超高校級の幸運という肩書きのシステムを知っているようだ。言いよどむ理由は皆無に等しい。
苗木くんは少しだけ自分を卑下するように自己紹介はしたものの、今となってはそれほど自分の肩書きは気にしていなかった。
「え、抽選……?」
赤松さんの代には無いらしい、超高校級の幸運という枠。
まあ初めて聞いたらどうしてもそういう反応になるよねと、苗木くんは赤松さんを見ながらそう考える。
しかし二秒後。苗木くんは、赤松さんという人物の評価を改めされられることになる。
「……すっごーい! それっていったいどんな確率!? 倍率になおしたら何万倍になるの!? ピアノができるだけの私よりも全然すごいじゃん!」
「え、いや、すごさは赤松さんの圧勝だと思……」
「そんなことないよ苗木くん! 超高校級の幸運……胸を張って言えるいい才能だね!」
「あ、ありがとう……」
どうやら本気で苗木くんの肩書に感心している様子の赤松さん。
過剰な反応だとは思うが、こう言われてみて悪い気は全然しない。苗木くんの中で赤松さんは、『ピアノの上手な先輩』から、『ピアノも弾けて明るくて、自分以上に前向きな、話していると楽しい良い先輩』という評価に変わった。ちょろい。
その一方で七海さんは、苗木くんの幸運は狛枝くんの幸運とは違うみたいだね、などと考えていた。狛枝くんという人についての説明は、現在面倒なのでするつもりはない。
「赤松さんは、毎日放課後になったらここでピアノの練習を?」
「ううん、突然弾きたくなったときだけだよ。苗木くんたちが来るタイミングと被っちゃったのは本当に偶然なんだ」
自己紹介が終わって、自然な流れで世間話に突入する苗木くん。超高校級のクラスメイトに囲まれて生活していた苗木くんにとっては、たとえ異性の上級生が相手でも話すのにためらいはないらしい。
「あ、だったらもしかして、横でゲームなんかしちゃって、ボクたち邪魔だったんじゃないですか?」
「そんなことないよ! むしろ誰か人がいたほうが嬉しいかな。私は、もちろんピアノを弾くのも好きだけど、演奏を誰かに聞いてもらうことも同じくらい好きなんだよね」
迷惑でないならよかったと、苗木くんは胸をなでおろす。無論苗木くんたちのことを思っての建前の台詞である可能性もあるのだが、素直な苗木くんは相手の言葉通りの意味に捉えてしまうのだった。
それに実際のところ、赤松さんの今の台詞は建前などではない、まぎれもなく彼女の本心だ。
「私ね、みんなに笑顔になってほしくてピアノを弾いてるんだ。だから人がいたほうが全然やる気が違うっていうか……」
「……ふーん笑顔かあ。うん、私もそれは分かる気がする。私がゲームしてるのも、ゲームにはみんなを仲良くさせる力があると思ってるからだし」
「あ、あれ七海ちゃん聞いてたの?」
つい自分の心の深いところまで話してしまった赤松さんは、照れくさそうに頬を掻く。
しかし今の言葉は七海さんの心に思った以上に響いたようで、彼女は無表情なりに興奮していた。クラスメイトとゲームを通して仲良くなったことでも思い出しているのだろう。
興奮した七海さんが苗木くんをゲームに誘い、また時折赤松さんがピアノの演奏を披露して、苗木くんたち三人の時間は過ぎていく。
前回に比べるとそれは短い時間だったが、とても楽しい時間だなと三人とも考えた。
この日を境に三人は、特に示し合わせたわけでも約束をしたわけでもなく、特定の曜日の放課後になると音楽室に集まり話すことが多くなった。
趣味も、学年も、性別も、それぞれいろんなことが異なってるこの三人。共通するのは、それぞれが自分のクラスメイト全員と仲がいいこと。三人が三人とも、クラスの中心であると言っても過言ではない存在だ。
普段はクラスメイトの相手が精いっぱいで他クラスとの交流があまりできていなかった三人は、この日同時に、クラスメイト以外の新しい友人ができたのだった。