苗木くんと七海さんと赤松さんと   作:佐藤秋

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20 苗木くんたちとテスト勉強

 

 冬休み前にテストがあると知った苗木くんは、今日も勉強するべく寄り道などすることもなくまっすぐ家に帰った。

 本当は、クラスメイトにテストの存在を教えたので誰かから勉強の誘いが来ると思っていたのだが、超高校級のクラスメイト達はテストごときで焦るような輩ではなかったようだ。ただ単に余裕なのか、もしくは深く考えていないだけのような気もする。

 そういえば赤点の場合補修があることを言い忘れていた。いや、実際は伝えようとしたのだが、江ノ島さんに阻まれてうまく伝えられなかった、というのが真相だった。

 

 家に帰り着き、勉強する教科の本を用意すると、苗木くんは居間にあるこたつへと向かう。

 もはやこたつで勉強するのがこの前から日課になっていた。先客もすでにいて、七海さんも先にこたつで勉強していた。

 

「ただいまー」

「おかえり」

「ふう、寒い寒い。千秋ちゃん早いね、いつ帰ってきたの?」

「私? 私はねー……えいっ」

「つめたっ!?」

「私もいま帰ってきたところだよ」 

 

 苗木くんの首に七海さんの指が当てられる。帰ったばかりということを示すように、七海さんの手は冷たかった。

 勉強だけではなく、七海さんの冷たい手で触られることも日課になっていた。

 

 急に冷たい手を当てられることに慣れることはなく、毎回律儀に(Re)アクションしてしまう苗木くんであるが、それ以外のことにはすっかり慣れてしまっていた。もう、いきなり何するの、なんて反応してたのは最初だけで、今ではやり返せるほどに成長している。

 

「千秋ちゃんはまた……! えいっ、お返しだよ!」

「ひゃー! 誠くんの手、つめたーい!」

「わっ、千秋ちゃんのほっぺあったかい」

「もう……そっちがそう来るなら、こうだっ」

「ちょっ!? お腹は反則なんじゃない!? レギュレーション違反だよっ!」

「あははっ、多分これが一番あったかいと思います」

 

 なんてやりとりを二人は始めると、背後から声が聞こえてきた。赤松さんとは違う声で、苗木くんはかなり驚いた。

 

「子どもか。なにやってんのあんたたち」

「わっ、春川さん!? いつの間に」

「最初からいたよ」

 

 本日もまた、春川さんが遊びに来ていたのだった。まあ遊びにというか、目的はおそらく一緒に勉強することだろうが。

 赤松さんがその後ろで、誠くんおかえり-と手をひらひらさせている。来た方向から察するに、二人は台所で飲み物でも用意していたらしい。よく見ると春川さんがカップを持っている。

 

 春川さんは、あきれた様子で苗木くんたちに言う。

 

「子どもばっかだね、この家は」

「ち、違うよ! 今のはたまたま……」

「ねー、最近千秋ちゃんと誠くん、こうなんだよ。仲良い兄弟みたいでかわいいよね」

 

 赤松さんが同意していると、春川さんが振り返って言った。

 

「言っとくけど、あんたも入ってるからね」

「えっ」

「赤松も、飲み物用意するだけなのに、危なっかしくて見てられない」

「ちょ、春川さん、しー! しー! それにさっきのはたまたまで……」

「言い訳の仕方も弟とそっくりだね」

「誠くんは弟じゃないよ!?」

 

 赤松さんは自らをピアノバカと称するだけあって、実のところ私生活では抜けている一面が結構あった。下級生二人の手前、しっかりとした風に振舞っていたのだが、同級生の前ではボロが出てしまうこともあるのだった。 

 

「そ、それより、誠くんも帰ってきたことだし勉強しようよ! 今日はみんなで教え合うんだったよね」

「そ、そうだね! 春川さんもほら座って座って。スカートだと足が寒そうだよ!」

 

 息がピッタリだなと春川さんは思ったが、口にすることなく苗木くんに誘導されることにした。

 

 こたつに腰を下ろす春川さん。その際、持っていたカップを苗木くんに手渡している。ちゃっかり全員分の飲み物を、赤松さんと用意していた春川さんだった。

 まさか帰ってきたばかりの自分の分もあるとは思わなくて、苗木くんは喜んだ。

 

「わっ、ありがとう春川さん」

「……別に。赤松の手つきがおぼつかなかったから手伝っただけ」

 

 クールな春川さんには苗木くんの笑顔も効果が無い様子だが、その実しっかりと効いていた。油断すると口元が緩んでしまいそうなのだった。

 

 さて、暖かい飲み物を飲んで心も体もポカポカになったところで、テスト勉強の開始である。

 数日ほど個人で自習を続けていた赤松三兄弟は、得意な教科がそれぞれ違うことに気づいて、互いに教え合うことにしたのだった。

 

「じゃあ、まずはボクからだね。担当教科は国語だよ」

「へえ、苗木は国語が得意なんだ。現代文、古文、漢文、全部やるの?」

「今回は現代文だけかな。古文と漢文は暗記だと思うし。それに現代文のほうは勉強方法が分からないって人も多いみたいだしね」

「確かに! 日本語だしなんとかなるでしょって感じもあるし、勉強のしかたとか分かんないかも」

「頼んだよ誠くん。私、登場人物の気持ちを考えなさい系がほんと苦手なんだよね」

 

 第一バッターは苗木くんだ。苗木くんは全体に伝える弁論能力に秀でていることもあり、国語が得意なのであった。

 逆に七海さんは国語が苦手のようである。ゲームでも恋愛シミュレーションが得意じゃないこともあり、人の気持ちを察するというのが下手であった。

 

「じゃあ、まずは千秋ちゃんの苦手を無くそうか。実は考え方を変えれば簡単なんだよね。千秋ちゃん、どうして登場人物の気持ちを考えるのが苦手か分かる?」

「だって分かるわけないもん。自分じゃないし、ましてやフィクションの存在だし」

「うん、ボクもそう思うよ。だから考え方を変えるんだ。ボク達が想像するのは登場人物の気持ちじゃなくて作者の気持ちだよ」

「……それってあんまり変わってないような。そりゃあ登場人物を生み出した作者の気持ちが分かれば簡単かもしれないけど」

「あ、ごめん、言い方が悪かったね。ボクが言いたかったのはその作者じゃなくて、問題の製作者のほうなんだ」

「問題の製作者?」

 

 テスト勉強というか、苗木くんの話は授業をしているものに近かった。

 これはこれで聞く価値があるように思えて、三人は苗木くんの授業に耳を傾ける。

 

「そう、問題の製作者。作る側のことを考えれば、国語って単純なんだよね。登場人物の気持ちなんて分かるわけないじゃんってみんな言うけど、ほんとにその通りだよ。だから問題の製作者は、万人が納得するような答えにせざるを得ない。少なくとも製作者が勝手に想像したことが答え、なんてことはありえないんだよ」

「へえ、確かに。自分の解釈を解答にして、この答え違うと思うんだけどってクレーム来たら言い訳できないもんね」

「そう、春川さんの言う通りだよ。それに答えが特殊だったら、採点する人も〇にするか×にするかで混乱しちゃうしね。じゃあ次は具体的な問題をやっていくけど、国語の問題って記述式と選択肢式があるよね。まずは記述式の答え方だけど……」

 

 この後苗木くんは、記述式の解答は自分の考えを書くのではなく本文から引用すること。選択肢式の解答は、断言している選択肢はほぼハズレで、様々な受け取り方ができるちょっとボカしたものが答えであることなどを話す。

 他にも苗木くんなりの国語の考え方は色々あったのだが、一度に言っても混乱するだけなので、今回はこの程度でとどめた。

 

「……と、まあこんな感じかな」

「……は~、面白かった。誠くん、教えるの上手だねえ」

「うんうん! 視点が違って分かりやすかったよ! ね、春川さん」

「……まあ、分かりやすかったのは認める。苗木、教師とかに向いてるんじゃない」

 

 不評ではないようで、苗木くんはほっと胸を撫で下ろす。

 それどころか思いのほか好評で、過分な評価に思わず照れる苗木くんだった。

 

 苗木くんの授業が終わってから、七海さん、赤松さんがそれぞれの指導のもとテスト勉強は進んでいく。

 

「じゃあ次は私、数学だね。といっても誠くんみたいに教えるのがうまいわけじゃないから、私なりのコツを言った後は各自で勉強でいいかな。分からない問題があったら言ってね、一緒に考えるよ」

「うう、年下なのに千秋ちゃんが頼もしい……。っていうか数学にコツとかあるの?」

「多分ね。数学は公式ゲーだよ、使う公式が頭に入ってないとどうしようもないと思う。この公式の覚え方にコツがあって、ただ覚えるんじゃなくて理屈で覚えるのが大事かな。理屈が難しいのもあるけど、そういう公式は使ってるうちに覚えるよ」

「むむ、簡単に言うなあ千秋ちゃん。じゃあこの問題なんだけど……」

「あ、それは余弦定理を使う問題っぽいね。余弦定理はパッと見複雑だけど、三角形描いて、三平方の定理と途中まで同じだと考えれば覚えやすいよ。こんな感じで……-2bccosθで斜辺の長さの調節してるんだ」

「あっ、ほんとだ!」

 

 意外にも、しっかり教えている七海さんであった。

 七海さんはゲーマーのためプログラミングや、ついでに数学も得意だった。

 

「次は私、音楽! ……と言いたいところだけど、選択が違ったら意味が無いから別のをやるよ。先輩だからこそできる、希望ヶ峰学園のテスト対策!」

「まあ、後輩に教えてもらってばっかってのも情けないしね」

「それだよね! さて、テスト勉強の一番効率のいいやり方を二人は知ってるかな? ノートを見返したり教科書を読むのも大事だけど、何と言っても一番いいのは過去問だよ」

「過去問? ってことはまさか……」

「そう! 春川さんや、クラスのみんなに協力してもらって、過去やったテストを集めてきたんだー。過去問はね、去年のと三年前のを重点的にするといいよ。っていうのも、問題を作る先生には2パターンあって、去年の問題をちょこっと変える先生と、三年ごとに使う問題をループさせる先生だね」

「おー、それっぽい」

 

 一方赤松さんと春川さんは先輩だからこそできる、傾向と対策についての話をした。

 ただそれだけでは時間も余るので、今回は英語の過去問を使って一緒に解く。ピアニストとして海外に行くこともある赤松さんは、外国語がそれなりに得意なほうだった。

 

 数時間ほど経過して、勉強の時間は終わりとなる。かなり疲れたけれどそれなりに有意義な時間を過ごせた気がして、四人とも満足していた。

 

「……んー、ねみぃ……。勉強しすぎて、このまま寝たら夢の中でも勉強してそうだよ……。ぷよぷよばっかりやってたら目を閉じただけでぷよが落ちてくるのと似てるね」

 

 後半の例えはよく分からないが、前半の意見には大いに賛成できる三人だった。

 

 


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