冬休みの前にはテストがある、という苗木くんの発言が後になって現実味を帯びてきたのか、78期のクラスは勉強ムードになっていた。
大和田くんは石丸くんにだったり、戦刃さんは江ノ島さんにだったり、朝日奈さんは大神さんにだったり。それぞれが頼りになる相手に勉強を教わっている姿をちらほら見かける。
そして我らが苗木くんは、本日は桑田くんと一緒に勉強していた。
なんとなく二人一組での勉強という様相を呈してはいるが、完全に集中しきれてない生徒たちもいるため、教室内は結構賑やかだった。
「はー、メンドクセーなぁ……。何で世の中にテストなんかあんだろーな!」
桑田くんが、教室全体に響くような声でこんなことを言っている。
朝日奈さんからうるさいよとクレームが来たが、桑田くんは素知らぬ顔だ。授業中ならともかく、休み時間に声を出すのを禁止されるいわれはないのだった。
「なあ、苗木もそう思わねー? 勉強とかできても将来あんまかんけーねーよ。数学とかぜってー使わねーって」
「うーん、確かに。でもボクは、勉強することに意味はあると思うよ。たとえ将来使わなくてもさ」
「お、言うじゃん苗木。じゃあなんで必要か聞かせてくれよ」
「いいよ。まあこれは、桑田クンたちとは違ってボクが超高校級の才能が無いから思うことなんだけどね」
桑田くんの疑問に、律儀にも答えようとしている苗木くん。
しかし、なぜ勉強しなければいけないのかという疑問は学生なら誰でも思うことで、桑田くんの声が大きいこともあり、クラスメイト達は苗木くんがどう答えるのか気になっていた。
教室内が少し静かになっていたのだが、それに気づかず苗木くんは自分の考えを語り始めた。
「単純にさ、桑田クンがどこかの会社の社長だとして、いったいどんな人材が欲しいと思う?」
「お、そういう話? それで、頭のいい奴を求めてるから勉強したほうがいいよねってオチか? でもそうだなー、オレはそんなのより、一緒にいて楽しい奴とかがいいな。それ以外でも、勉強できる頭でっかちの奴より、コミュ力が高い奴のほうが結局は仕事できるんじゃねーの。だから、苗木だったら雇ってもいいぜ!」
「はは、ありがとう。うん、ボクもそう思うよ。勉強できるよりも仕事ができる人が欲しいよね。でも話はそう簡単じゃない。じゃあ桑田クンの会社に入りたいって人が100人います。そんなに雇う余裕は無いから仕事ができる50人を雇おうと思うんだけど、桑田クンはそれをどう見分ける?」
「んー? それはだな……」
桑田くんは考える。
普段だと、授業みたいな面倒な考え事はしたくないのだが、今は勉強の合間の雑談の時間に思えるから、桑田くんは会話を楽しむため結構真面目に考えるのだった。
「女の子は顔で選んでもいいと思うんだよなー。かわいいってだけで周りもやる気が出てくんだろ? でも男はどうすっかなー。仕事できそうな見た目の奴を選ぶ……っつーのはムズそうだし……やっぱ面接か? それにしたって仕事できる奴を見分けるのはできそうにねえが」
「まあそうなるよね。だからちょっとそこで視点を変えてさ、こう考えたらどう? 仕事ができる人じゃなくて、真面目に仕事を頑張れる人がいいなって」
「まあ、そうだな。……ん? でもあんまりかわらねーような。見たところでそんなん分かんねーし……」
「そこで、話は戻って勉強できるかだよ。何のためか、将来に役立つかもわからない勉強だけど、真面目に勉強している人はテストの点がいいよね。つまりテストの点数は、頑張っているかどうかの一つの指標になるんだよ。もちろん元から頭がいいとか、要領がいいとかでも点数は伸びるけど、そういう人だってやっぱり求められてる人材だって思わない?」
「お、おお……?」
「ということで結論。テストがあるのは、頑張ってる人を見分けるため。……って、ボクは思ってるよ。まあここにいるみんなはボクと違って才能があるから、関係ないかもしれないね」
そう言って苗木くんは話を締めくくる。結構真面目に答えてしまったので、言い終わってから苗木くんは照れていた。
質問したほうの桑田くんはというと、完全に理解したわけではないが、テストの理由に納得はできたみたいだ。
「なるほど、頑張ってるアピールのためね……。そう言われるとなんかやる気が出てくんな」
「ならよかったよ」
茶化されずに終わり、少しホッとする苗木くんである。桑田くんなら、なにそんなに真面目に答えちゃってんのーみたいな反応があるかもしれないと思ったのだった。
一方で、聞き耳を立てていたクラスメイト数名は苗木くんの考えに感化されて勉強に取り組み、またある数名は感心して苗木くんに話しかけていた。
「感っ動したぞ苗木くん! テストの点数は努力の可視化! まさにその通りだと僕も思うぞ!」
「ふん……それが全てではないが、ある意味で的を射た意見だ。愚民にしては社会の姿を理解してるじゃないか。桑田に理解させてみせるほどの答弁能力にも相変わらず目を見張るものがあるしな」
「一理あるわね。案外この学園がテストを行う理由も、運動系の才能を持つ生徒たちの勉強面での努力の有無を見るためだったりして」
「こ、怖いこと言うね霧切ちゃん……。でもま、頑張りを見せるだけでいいなら頑張れそうかも! ねっ、さくらちゃん!」
「うむ……競争相手は今の自分というわけだな」
各々いろいろ言っているが、注目すべきはちゃっかりコメントを残している十神くんである。案外ノリのいい十神くんだった。
そして放課後。
帰り支度をしている生徒もいるが、残って勉強しようとしている生徒も見受けられる。
そんな78期の教室に、赤松さんと七海さんが訪れた。今日は学校で勉強しようと苗木くんを誘いに来たのだった。
ちょうど大和田くんが教室を出ていくタイミングだったので、二人はこれ幸いと話しかける。
「へい大和田くん、ちょっといい?」
「あん? おお、なんだ七海……と」
「や、大和田くん」
「赤松もいたのか。どうしたよ」
上級生がクラスに訪ねてくるのは初めてのことで、少し注目されている大和田くんである。
特に桑田くんは、年上のお姉さんである赤松さんが大和田くんと親しげにしている様子を見て、信じられない表情をしていた。
「ハァー!? なんで大和田!?」
「っせーな、オレじゃねえよ多分。苗木に用事か? だったらまだ中にいんぞ」
「お、話が早いね。ありがとう」
「私この教室に入るの初めてだー」
何やら大和田くんと桑田くんが大声で話を始めたが、二人は構わず教室に入る。自分以外の教室というのは新鮮だった。
赤松さんは苗木くんを見つけて声をかける。誠くん、来たよー。
一方で七海さんは十神くんを見つけてその周りをうろちょろしている。
「……なんだ貴様は」
「……十神くん、痩せた?」
「千秋ちゃん!? なにやってんの!?」
七海さんのクラスには十神くんの恰好をした超高校級の詐欺師がいるのだった。体型以外はそっくりなため、七海さんは話しかけたのである。
なお十神くんはその偽物のことを一応知っていたため、それと間違えられたということで若干不機嫌になった。
「俺をあの豚と見間違うとは……貴様の目はどうなっているんだ」
「なんだ、十神くんの偽物だったんだ。それにしてもそっくりだね」
「偽物は豚のほうだ阿呆!」
「ご、ごめんね十神くん。七海さん、ちょっと抜けてるところがあって」
「この女はお前の知り合いか苗木……! 飼い主ならしっかり繋いでおけ!」
七海さんのせいで思わぬとばっちりを受けた苗木くんだった。
だが、そんなことで苗木くんの中の七海さんの評価が下がったりはしないし、もちろん十神くんに対して嫌悪の念を抱くこともない。彼らがそういう性格だということは苗木くんも理解しているからだ。
この後、憤慨している十神くんをなんとか宥めすかすと、苗木くんは赤松さんと七海さんを連れて教室を出るのだった。