食堂に着いた苗木くんたちは、その持ち前の真面目さにより時間いっぱい勉強した……と言いたいところだが、そうでもなかった。
もともと赤松さん、七海さん、苗木くんの三人で行う予定だった勉強会は、なんやかんやで人数が五倍くらいまで増えていた。そのため雑談が始まることもしばしばで、真面目に勉強したとは言いがたかった。
まあ放課後に大勢で集まってわいわいするのも一種の青春である。苗木くんたちは青春していた。
「よう苗木、お前もいたのか! おーし、オレがいっちょ面倒見てやるぜ! 終一と一緒にな!」
「いいの? じゃあよろしくお願いします、百田クン、最原クン」
「任せとけ! 子分たちを世話するのもボスの役目だ!」
「……待って、もしかして僕と苗木くんと同じ位置? 僕と一緒に教えるって、そういう意味で!?」
苗木くんは、いつぞや友達になった、百田くんと最原くんに勉強を見てもらっていた。
片方は宇宙飛行士、片方は探偵と、どちらも学習面では非常に頼りになりそうな二人である。苗木くんに素直に頼られて、先輩である二人はまんざらでもなかった。
そんな三人が話している様子を、春川さんは少し離れたところで見ていた。自分も苗木くんに何か教えたいと考えるが、百田くんがふとした拍子に自分のことをハルマキと呼びそうで、三人に近づくのは躊躇われたのだ。後輩を前にして変なあだ名で呼ばれるのは避けたいところ。
大人しく七海さんや戦刃さんと勉強している春川さんである。
「春川さん、ここ教えて」
「……なんでアンタは普通に教えを乞いてんの戦刃」
「……? 後輩だから、分からないことを先輩に尋ねるのは普通のこと」
「あ、そこなら私が私が分かるよ。その問題はまずベン図を描いて考えて……」
「ありがとう。七海さんは春川さんより頼りになる」
「……アンタは、先輩を敬いたいの馬鹿にしたいのどっちなの」
まあこちらはこちらで、後輩がマイペース過ぎて困るのだった。
「江ノ島ちゃん! じゃあ次、ここは?」
「ふむふむ、これはひっかけ問題ですね。硫酸は強酸と習いますが、それは希硫酸の話です。実はー、濃硫酸は強酸じゃないんだよー?」
「キャラが安定しないね江ノ島ちゃん」
一方で赤松さんは、江ノ島さんに勉強を教えてもらっていた。年上が年下に教えを乞うという珍しい形だ。
江ノ島さんはギャルという肩書きの割に成績はトップクラスであり、赤松さんには年上だからというプライドは特にないので、普通に仲良くできていた。
そんな二人の様子……主に胸部を見つつ舞園さんと霧切さんは、何とは言わないが、大きいなと考えている。二人とも90なので同じ大きさなのであった。何がとは言わないが。
赤松さんのクラスメイトで勉強会に参加しているのは、最原くん、百田くん、春川さん以外にもう一人いた。超高校級のメイド・東条斬美である。
赤松さんの誘いを、後輩たちの面倒を一緒に見るという依頼だと受け取った彼女は、勉強を見てあげるほかにも甲斐甲斐しくお世話をしていた。
食堂という場所なのもあって、東条さんは生徒たちに温かい飲み物などを配っている。
そんな東条さんを見て苗木くんは手伝うよと声をかけていたのだが、メイドとして譲れないものでもあるのか彼女は丁重に断っていた。なんとなくそれを察した苗木くんも、これ以上食い下がることなく了承した。
「九頭龍クン」
「あん? ……なんだ苗木か。どうしたよ」
「これ、東条さんからもらったんだ。一緒に食べない?」
東条さんからもらった甘味を手にして、苗木くんが今度は別の上級生に話しかけている。勉強の合間の一段落というやつだ。
向かった先にいたのは、超高校級の極道・九頭龍冬彦。七海さんに誘われてやってきた、77期生のうちの一人である。
極道という肩書きを持つ九頭龍くんがテスト勉強に来るなんて少し意外なように思えるが、しかしその実、七海さんがまとめる前の出席率の低かった77期の生徒の中で、彼は毎回遅刻することなく出席している。九頭龍くんは結構真面目なのであった。
また苗木くんとは、クラスに日向くんを訪ねてきたときに対応してあげたこともあって、ちょっとした顔見知りなのだった。苗木くんと話しているのはそういうわけである。だからといってそれだけで、わざわざ向こうから話しかけてくるとは思わないが。
実のところ、妹にすら身長で負けている苗木くんは、九頭龍くんに仲間意識を抱いていたのだった。九頭龍くんも背が低く、そして妹に身長で負けていた。
それに加えて身長が低いにもかかわらずスーツを着こなす九頭龍くんのことを、苗木くんはかっこいいとも考えている。
それをうすうす感じ取っている九頭龍くんは、苗木くんを無下に扱えないのだった。
「麦チョコとかりんとうがあるけど、どっちにする?」
「……」
「あっ、甘いものが苦手だったらいいんだけど」
「……いや、もらうぜ。サンキューな」
ポリポリと麦チョコを頬張る苗木くん。隣では九頭龍くんがかりんとうをつまんでいる。甘いものは脳にいいらしいので、テスト勉強に最適である。
我ながらいいものを選んだものだと東条さんは自画自賛していた。効果もそうだし、何より絵面がいい。
そんな小さい系男子二人が甘いものを食べている様子を、超高校級の剣道家・辺古山ペコは鋭い目つきで見ていた。彼女もまた七海さんに誘われて勉強に来ていた。
九頭龍くんや辺古山さんのほか、日向くんなども勉強に来ている。
「……なに見てんだ辺古山」
「いや、す、すまない九頭龍」
「あ、よかったら辺古山さんも一緒にどう? 甘くておいしいよ」
苗木くんに誘われて辺古山さんも一緒にかりんとうをつまむ。
小動物みたいな見た目のくせに、小動物とは違って私から逃げないのだなと辺古山さんは考えた。辺古山さんは常に研ぎ澄まされた殺気を放っているため、動物たちに嫌われがちなのだ。
そしてそんな彼女の殺気に気づいて警戒している女性が近くに二人。戦刃さんと春川さんである。
学校で、特に理由もなく苗木くんが傷つけられるとは思わないが、彼女たちは一応そちらを気にかけていた。
「……む、どうした苗木。私の顔に何かついているか?」
「そうじゃなくて、辺古山さんの瞳って赤色なんだなあって思って」
「うむ、そうらしいな。あまり自分では見ないので意識することも少ないが。やはり威圧的に見えてしまうか?」
「ううん、綺麗だよ! 春川さんもそうだし、赤い目ってかっこいいと思うんだ」
聞き耳を立てていた春川さんは、不意に自分の名前が苗木くんの口から出て驚いた。苗木くんの言う通り、辺古山さんも春川さんも瞳の色は赤だった。
「苗木苗木、俺の目も赤くなるぞ。ほら」
「日向テメー、どこから湧いて出てきやがった」
「才能を使うときだけこういう目になるみたいだね、日向クンは。興味深いなあ、どういう仕組みなんだろうね?」
「オメーに至ってはほんとにどっから湧いてきやがった狛枝!」
「やだなあ九頭龍クン、最初から一緒にいたじゃないか」
苗木くんの話がきっかけ、になったかどうかは知らないが、77期の生徒が集まってきて、勉強に関係ない話が増えていく。
一部がそうなると周りもだんだん浸食されていくらしく、ちょっとした休憩はいつの間にか騒がしい時間になっていた。時間も夕食前となり、ちらほらと食堂を利用しにくる生徒も増えていた。
今日はもうこの状態から勉強モードに全員の頭を切り替えることは無理だろうと、東条さんも判断する。
周囲を見渡すと、大声で最原くんによく分からない話をしている百田くんと、舞園さんたち下級生の女子にいろいろ質問されている赤松さんの姿が目に入った。赤松さんって七海さんや苗木くんといつの間に仲良くなったんですか? えっと、音楽室でピアノを弾いてたら、学校で静かにゲームできる場所を探してた千秋ちゃんが入ってきて。
「そう言えば、戦刃さんってもうすぐ誕生日じゃない? クリスマスイヴが誕生日だよね」
「えっ。……なんで? 言ってないのに」
「少し前、雑誌に江ノ島さんのインタビューが載ってて、たしか誕生日についても言ってたんだ。それで、双子なら戦刃さんも同じのはずだって思ってね」
「そうなんだ。うん、私も盾子ちゃんももうすぐ誕生日」
「12月24日が誕生日って珍しいよね。ボクは2月5日だよ。双子の日。戦刃さんたちの日だね」
「ほんとだ。おそろいだね」
「ね」
「……おそろいって、なにが?」
そして春川さんは、苗木くんと戦刃さんのほんわかした空気に、鋭い突っ込みを入れていた。
「私のほうがおそろいじゃない? 誕生日、苗木と同じで2月だから。2月2日」
「……む」
「2日かあ。確かその日ってツインテールの日じゃなかったっけ。春川さんにぴったりだね」
どうしてそんな日のことを苗木くんが知っているのか、不思議に思う春川さん。
特に実りのない勉強会だったが、変な知識だけが増えたのだった。