季節は秋。本日の希望ヶ峰学園では、全校生徒によるクラス対抗での球技大会が行われている。
一回戦、早々に負けてしまった苗木くんは、観戦席である体育館の二階に移動した。
自分のチームは負けたが、まだ女子のほうや男子の他のチームも残っている。だったらそれの応援をしようと考えたのだった。
一階を見下ろすと、先ほど自分がやっていたバスケの試合が。少し奥では女子のバレーの試合が行われている。
外ではサッカーの試合も行われているはずだが、ひとまず体育館での試合を応援することに決めた苗木くん。応援にいい場所を探して二階を歩いていると、不意に声をかけられた。
「おーい苗木くん! こっちこっち!」
「あ、赤松さん。と七海さんも」
声の主は、普段の格好とは違って体操服に身を包んだ赤松さんだ。隣には同じく体操服姿の七海さんが手を振っている。
手を振り返しながら近づく苗木くんも、当然ながら体操服姿。球技大会なので、私服の生徒がいるほうが珍しい。
「お疲れ~。試合見てたよー、苗木くん凄かったね!」
「ははは……まあ負けちゃいましたけど」
「それでも、先輩相手に頑張ってたじゃん! 大きい相手に一歩も引いてなかったし……って、試合終わったばっかりで疲れてるでしょ? ほら、座って座って!」
「失礼します」
赤松さんに促されるまま、隣に座る苗木くん。席の並びは苗木くん、赤松さん、七海さんの順だ。
赤松さんを挟んで奥にいた七海さんが、苗木くんに話しかける。
「私も見てたよー。苗木くん、意外と運動神経いいんだね? かっこよかった……んじゃないかな?」
「そ、そうかな? ありがとう。でも、ボクのクラスメイトのほうがもっとすごいよ? 男の子も女の子も僕より運動神経いい人ばっかりなんだよね」
超高校級の野球選手・桑田怜恩や、超高校級のスイマー・朝日奈葵、超高校級の格闘家・大神さくらなどを思い浮かべながら苗木くんはそう言った。
本人に自覚はまだないが、彼らとのキャッチボールやランニングに何度も付き合っている苗木くんは、運動能力が磨かれていた。
もっとも、さすがに超高校級と呼ばれる周囲には今一歩及ばないために、試合は負けてしまったわけだが。
周囲が一部の才能に特化してばかりなこの環境も、苗木くんが自分のすごさを自覚できない要因の一つと言えるだろう。
「それより、七海さんのほうの試合はどうだったの? 赤松さんも、こうして応援に来てるってことは、ボクと同じで負けちゃったんですか?」
「あ、いや、私は試合に出てないんだよね。突き指とかしちゃうとピアノが弾けなくなるからさ。球技大会は毎年お休みしてるんだ」
「私も同じだよー。指はゲーマーの命だからね。片手縛りっていうのも面白そうだけど、怪我をしないに越したことは無い……かな」
「そ、そうなんだ……」
「参加してない代わりに、七海ちゃんと二人で思いっきり応援してたんだ。まあクラスは違うから敵同士だけど」
こういう雑談を挟みつつ、三人はクラスメイトの応援に勤しんだ。
目の前のコートでは赤松さん、七海さんのクラスメイトの試合が行われている。苗木くんのクラスメイトの試合は、少し遠くの別のコートで行われているようだ。
三人が並んで応援しているころ、未だに試合を続けているクラスメイト達はというと……。
「いたいけな女子たちを倒さねばならないことは心苦しいですが……転子は応援してくれている赤松さんのためにも、絶対勝ってみせますよ!」
「ええ。それが彼女の依頼なら、私も誠心誠意尽くさなきゃ……あら?」
「おや、どうされましたか東条さん!」
「いいえ、なんでもないわ。ただちょっと、赤松さんの隣にいるあの子は誰かしらと思って」
「赤松さんの隣ですか? まあかわいい女子の応援が増えるなら転子としては望むところ……って! あれは男ッ死! じゃないですか! なぜ赤松さんが男死と一緒に……!」
「真昼ちゃん真昼ちゃん! 大ニュースっす! スクープっす! スキャンダルっす! 千秋ちゃんが見知らぬ男の子と一緒に談笑しているんすよ!」
「ええ……? あ、ほんとだね、仲良さそう」
「誰っすかねー、誰っすかねー。唯吹が見たところ男の子くんは後輩っぽいんすけど、いつの間に仲良くなったんすかねー。隣にいる楓ちゃんといい、千秋ちゃんの交友関係は地味に謎っす」
「そうだねー。でも千秋ちゃんって意外と積極的だし、知り合いが多いの分かる気がするな。あ、もしかして、赤松先輩の弟とかいうオチだったりしない?」
「んー? 楓ちゃんに兄弟がいるなんて話は聞いたことないっすねー。双子の妹がいるとかいう話が一時期あったっすけど、あれは結局ガセだったっすし……」
赤松さんもしくは七海さんと一緒に話す男の子のことが気になって、なかなか試合に集中できないでいた。
一方で78期生のほうも、苗木くんが応援に来ないことが少し不思議に思えて、こちらも試合に集中できなかったそうな。さすが、三人ともクラスの中心人物なだけはある。
「いいなー、球技大会。私も応援するだけじゃなくて、みんなと一緒に参加したかったな。そしたら、他のクラスの人たちとも仲良くなれたかもしれないのに」
「うんうん……戦った相手が後半になって仲間になるのはおなじみだよね。仲間になったら敵だったころに比べてステータスが下がるのは謎だけど」
場面は戻って、苗木くんたちクラスの中心三人組。
参加できなくて残念そうな赤松さんと七海さんに、苗木くんはとある提案をする。
「ねえ、それなら二人とも、よかったらだけどさ……」
ごにょごにょごにょ。
「……えっ、いいの? うん、それなら私もできるよ。やるやる! 放課後に絶対やろうね!」
「ほうほう。確かにそれも一応、他のクラスの人たちと交流してるって言えますな。やるね苗木くん」
大した問題も特に起こらず球技大会は終了し、そして、放課後がやってきた。
校庭の端っこに、苗木くんたちの三人が体操服姿で集まっている。
応援席ではジャージの長袖を上に着ていた女子二人だが、今は気合十分なのか半袖一枚の恰好だ。二人ともそれぞれ二つの大きな主張が上半身にあるので、男子は気になることだろう。もっともナチュラルボーン紳士な苗木くんがじろじろ見たりするはずもないのだが。
『放課後にボク達三人で、改めて球技大会しない? サッカーなら突き指とかする心配もないだろうし、どうかな?』
これが、苗木くんの話した内容だった。果たして球技大会と言えるか微妙なところだが、二人はそれで十分満足だったようだ。
なお、球技大会の女子の種目にサッカーは無い。また仮にあったとしても試合となると怪我のリスクは存在するので、赤松さんたちが参加することは無かっただろう。
試合呼べるようなことは特にせず、順番にボールを蹴ってパス回しをする苗木くんたち三人。
「いくよー。……とおっ!」
「おおっと正面、ナイスコントロール! 七海ちゃん上手だね! もしかしてサッカーやったことあるの? えいっ」
「ふっふっふ、スポーツゲームでサッカーもやったことあるから、シミュレーションは完璧……だと思うよ? っと」
「へぇ~。まあ最近のゲームはいろいろリアルみたいだから、現実の練習にもなるのかな?」
「よーし次は……くらえ、熱血高校ドッジボール部直伝、必殺シュート!」
「ドッジボール部!?」
「コマンドが成功すれば、ボールが分身しつつキーパーも吹き飛ばせるシュートが蹴れるよ」
「全然リアルじゃなさそうだね!?」
「あはは……」
苦笑いをしている苗木くんだが、二人が楽しめているようなので良しとする。
三人だけのサッカーは、これといった邪魔が入ることなく、暗くなるまで続いた。
この日もまた、三人は少し仲良くなれたみたいだ。