ある日のこと。
苗木くんの通う希望ヶ峰学園に、一人の女の子が訪れた。
少女の名前は苗木こまる。苗木くんの妹だ。
兄である苗木くんが実家に携帯電話を忘れていったため、それを届けに来たのだった。
苗木くんは校内にある寄宿舎暮らしであるが、実家もそう遠くの場所ではなくて、数駅程度しか離れていないのだ。
校門について、どうしようかと悩むこまるちゃん。着いたよと苗木くんに連絡したくても、兄の携帯は手元にあるためそれもできない。
一応昨夜パソコンを通して、これくらいの時間に届けに行くからと伝えておいたものの、少し早く着き過ぎてしまったようだ。
「どうした嬢ちゃん。ここに何か用でもあるのか?」
ちょうどここに通りがかった超高校級の宇宙飛行士・百田解斗が親切にも話しかけてくる。
高身長、あごひげ、男の人。と少しだけ女の子からすると一対一で話すには躊躇われる百田くんだが、悪い人ではなさそうなのでこまるちゃんもなんとか返事ができた。
「あの、ここに通ってるお兄ちゃんに、忘れ物を届けに来たんです。でも約束した時間より少し早く着いちゃって……」
「ほーう、そいつは感心だな。おーしそれじゃあ一丁、オレが嬢ちゃんの兄貴とやらをつれてきてやるか!」
「えっ、そんな、いいんですか?」
「任せとけ! ちょーっと待ってな、すぐに連れてくるからよ!」
「あ、名前……」
「オレは、宇宙に轟く百田解斗だ! 数年後には同じ名前を、テレビや新聞で見ることになるかもな!」
こまるちゃんは苗木くんの名前を伝えようとしただけなのだが、百田くんは親指を立てた後さっさと歩いて行ってしまった。
どうやって兄を探すつもりだろう、とこまるちゃんは考える。
百田くんは少々抜けている人物のようではあるが、だからと言って馬鹿にする気にはなれなかった。親切心が先行してしまったゆえの行動であるとこまるちゃんも理解していたからだ。
それに意外と、彼のような人は何でもないような顔で、普通に兄を連れてきたりするかもしれない。
「……あ、そういや兄貴の名前を聞きそびれたな。まあ嬢ちゃんに似てる奴を探せばいいだろ。そういや終一の帽子の下は、嬢ちゃんと同じで髪がはねてたっけ」
「……あれ? 百田くん、どうしたの? 忘れ物?」
「おお終一! ちょうどよかった、校門でお前にお客さんが来てたぞ」
「え?」
一方で百田くんは、こまるちゃんの兄でもなんでもない人をそのまま連れてこようとしていた。
最原くんを連れてくる途中で赤松さんにも遭遇し、あれ嬢ちゃんって兄貴を探してるって言ったんだっけ、もしかしたら姉貴だったかもしれねえ、などと考えそちらも連れてくることにした。
赤松さんの髪も同じようにはねていたためである。
生憎どちらも間違っているのだが。
「えーと……どういうこと? 最原くん」
「さあ……僕にもさっぱり……」
お客さん……僕たちに共通する人なのかな、と推理し始める最原くん。残念ながらその推理では永遠に答えにはたどり着けない。
「おーい嬢ちゃん、探してた兄弟連れてきたぞー」
「あ、ありがとうござ……って誰ですか?」
「あれ、違ったか?」
当然違う人物なので、知らない二人を見せられたこまるちゃんも、連れてこられた最原くんと赤松さんも困惑した。
っかしーなー、と頭を掻いて言う百田くん。結構自信はあったらしい。その根拠のない自信こそが、彼らしいと言えば彼らしい。
「わりーな、終一、赤松。嬢ちゃんの兄弟が二人のどっちかだと思って間違えた」
「いや、いいよ……でも、僕が一人っ子って話したこと無かったっけ?」
「もう……百田くんはそそっかしいんだから。あなたも、ごめんね? お兄さんを呼んだのに知らない人が来てびっくりしちゃったよね」
「い、いえ、大丈夫です。私も、お兄ちゃんの名前を伝え忘れたなって思ってましたし」
知らない年上の人三人に囲まれて、少し萎縮してしまっていたこまるちゃん。
しかし赤松さんの優しい対応で、これまた少し気が楽になってきたようだ。同性であるのも安心できる原因だが、赤松さんの持つ優しそうな雰囲気も、こまるちゃんの緊張をほぐした一因と言えるだろう。
「じゃあ、お兄さんの名前を教えてくれる?」
「誠です。苗木誠。背が低めで、この学校に合わない平凡そうな見た目がある意味特徴ですかね」
「えっ、苗木? あなた、苗木くんの妹さんだったの?」
「あれ、お兄ちゃんを知ってるんですか?」
兄を知っていそうな赤松さんに、こまるちゃんのアンテナがピンと立つ。食いつきやすい話題だったようだ。
それに赤松さんには数歳年上の雰囲気があり兄と同じ学年ではないと思っていたため、意外な言葉でもあったのだろう。
「うん。苗木くんはね、後輩だけど結構よく話したりする友達だよ」
「そうなんですね。お兄ちゃん新入生だから、クラスメイトではないだろうなとは思ってました」
さすがは赤松さん、数回の会話でこまるちゃんが、苗木くんの妹であることを理解する。これが主人公の情報引き出し能力である。
「なんだ、嬢ちゃんの兄貴のことを赤松は知ってたみてーだな。なら赤松を連れてきた俺の判断は間違ってなかったっつーわけだ!」
いやそれは結果オーライなだけで、お兄さんと言われて女性である赤松さんを連れてくる判断は間違ってるよ、と最原くんは考えた。
「あの……じゃあもう一度、お兄さんを探してつれてこようか?」
「あ、大丈夫ですよ。もうそろそろ約束した時間なので、お兄ちゃんも来ると思いますし」
「ねえねえ、苗木くんの妹ちゃん! 妹ちゃんは名前なんて言うの? 私、赤松楓!」
「えっと、苗木こまるです」
「こまるちゃん! かわいい名前だね!」
男二人や苗木くんのことはそっちのけで、仲良く話し始める赤松さんとこまるちゃん。
うーむ、完全に赤松に持ってかれちまったな、と百田くんと最原くんは話し始める。
と、そこに、七海さんに連れられて苗木くんがやってきた。実は校門でこまるちゃんを見かけていた七海さんが、一応苗木くんに妹じゃないかと尋ねていたのだった。さすが。
「やっぱり妹さんだった?」
「うん、ありがとう七海さん。おーい、こまるー!」
無事出会えて、こまるちゃんから携帯を受け取る苗木くん。
仲良く話してたみたいだけど、赤松さんって苗木くんの妹さんと知り合いだったの? と苗木くんも思っていた疑問を七海さんが口にして、どうしてこうなったか説明してもらった。
「こまるちゃん。私、七海千秋。よろしくね。超高校級のゲーマーです」
せっかくなので七海さんも自己紹介。
百田くんは最初にこまるちゃんに自己紹介をなんか勘違いでしてたので、最原くんだけしていないことになる。しかしまあ、知らない後輩のその妹に自己紹介をする必要性も感じないし、タイミングもなかったので仕方ないだろう。
「七海さんも年上!? え、お兄ちゃんって同学年のお友達いないんですか……?」
「いるよ? この前も苗木くん、一緒に内臓売ってくれってお友達に追いかけられてたし」
「それはお友達じゃなくなくありません!?」
「い、今のは七海ちゃんなりの冗談だから安心して? 大丈夫、苗木くんはいい子だからお友達もたくさんいるはずだよ!」
いつの間にか仲良くなり、三人で盛り上がっている赤松さんと七海さんとこまるちゃん。特にこまるちゃんは、赤松さんになついてしまったみたいだ。
すっかり追い出されてしまった苗木くんは、同じく追い出されていた百田くんと最原くんと知り合いになった。
「超高校級の幸運? へー、面白い才能もあったもんだな!」
「最原クンは超高校級の探偵……ボクのクラスの霧切さんと同じですね!」
「いや……僕なんか霧切さんに比べたらまだまだだよ」
上級生二人相手でも普通に話す苗木くんのコミュ力の高さ。それに最原くんは内心で脱帽していた。まあ帽子は被ったままだけど。
誰とでも仲良くなれそうな苗木くんの性格は、どことなく百田くんや赤松さんに共通していると最原くんは考えた。
一方で百田くんは、自分の才能にあまり自信が無い点で、苗木くんは最原くんと同じタイプだなと考えていた。
つまるところこの三人も同じタイプの集まりのようで、話してみれば意外に盛り上がるのだった。
苗木くんは妹から届けてもらったばかりの携帯で、百田くんたちと連絡先を交換した。
ちなみに赤松さんや七海さんとは、未だに交換していなかったりする。
横でちゃっかりこまるちゃんは二人と連絡先を交換していたので、知らずのうちに妹に先を越された苗木くんだった。