ある休日のことである。
苗木くんは、クラスメイトである超高校級のアイドル・舞園さやかに誘われ、街へ買い物に出かけていた。
男女二人のお出かけということで、これは実質デートみたいなものだ。本人たちに自覚があるかは知らないが。
実のところ、今回のこれが初めてのお出かけというわけではない。今までにも何度か二人で、買い物だの食事だの行ったこともある。
舞園さんは、その肩書き通り日本で大人気のアイドルのため、スキャンダルはご法度である。なのになぜ異性と二人きりで出かけて問題になっていないかというと、問題にならないよう苗木くんが女装して出かけているからに他ならない。小柄で華奢な苗木くんは、女装しても違和感が無かった。
さすが超高校級のアイドル。パパラッチ対策もバッチリだ。これ以外の対策はおそらく存在しないだろう。
「いや、舞園さんが変装すればいいだけなのでは……まあマスクはしてるけど……」
「? どうしました苗木くん?」
「……ううん、なんでもないよ! それより、くん付けで呼んだらバレちゃうよ?」
そんなこんなで二人で買い物をしていたら、舞園さんの携帯電話が鳴りだした。
電話が終わるなり頭を下げ始める舞園さん。どうやら急な仕事が入り、今から打ち合わせに行かなければならないという。
いきなりな話ではあるが、本日は解散することに相成った。同時に舞園さんの出番ももう終わりになってしまった。なんてことだ。
「苗木くん、本っ当にごめんなさい!」
「大丈夫。ボクのことは気にしないで、舞園さんはお仕事頑張ってきて」
「必ず埋め合わせはしますから!」
さて、舞園さんがいないならもう女装をしておく理由もない。好きで女装してるわけじゃないから、できれば今すぐにでも着替えたいと苗木くんは考える。近くにトイレなどは無いだろうか。
などと考えつつ周りを見渡したら、偶然にも七海さんと赤松さんがいた。ちゃっかり女子二人で遊ぶ約束をしていたのだった。別に苗木くんに許可を取る必要などないのだが。
話しかけたいところだが、自分の恰好がコレなので、苗木くんは気づかないフリをする。
すると普通に七海さんに見つかってバレた。ゲーマーの観察眼はすごいのだ。
「えっ? ほんとに苗木くん?」
「はい……」
「どうしたのその恰好? でもかわいいね!」
また赤松さんは、ピアノは弾くけど女装には引かない性格だった。
かわいいといわれて苗木くんは微妙な気持ちになったが、引かれなかったことに安堵した。
「ごめんね、無視して。この姿を見られるのはちょっと恥ずかしかったんだ」
「? 別に気にしてなかったよ?」
一応礼儀として、気づいていながら二人を無視しようとしたことを謝る苗木くん。きちんと謝罪できるところが苗木くんのいい子なところである。
それからもうバレてしまったので、苗木くんは二人に女装していた理由を説明した。念のため舞園さんに迷惑がかからないよう個人名は伏せておく。
それでも苗木くんは説明するのがうまかった。それに普段の行いと、二人が話をちゃんと聞くような性格だったため、特に誤解もなく説明は終わった。
苗木くんが女装好きだと勘違いするような展開などは起こらなかった。
「せっかくだし、苗木くんも一緒に遊んでいかない? 今から赤松さんとゲームセンターに行くんだ」
「えっ、いいの? 二人で遊ぶ予定だったんじゃ……」
「知らない相手ならともかく、苗木くんなら大歓迎だよ! それに今日は七海ちゃんに誘われたんだし、その七海ちゃんが苗木くんを誘うんならいいんじゃないかな」
そんなわけで、このあと三人でゲームセンターに行くことになった。
苗木くんとしてはこの恰好を着替えたいところなのだが、それならゲームセンターにいい場所があるよと七海さんが言うので、寄り道することもなくまっすぐ向かった。
ゲームセンターに着く。
ゲームセンター特有の賑やかな音が三人の耳に響き、予想以上の音に赤松さんが驚いていた。ゲームコーナーなどには行ったことがあるが、まるまる一つがゲームセンターの建物には初めて入った赤松さんだった。
ゲームセンターに入って、さっそく七海さんがゲームを物色し始める。
着替えるのにいい場所ってどこのことだったの? と苗木くんは訊ねたくなったが、夢中になっている七海さんに水を差しづらくて、我慢した。
「むむっ。これは、今は珍しき音ゲー、キーボードマニア。こんなところでお目にかかれるとは……」
「へえ、ピアノのゲームなんかもあるんだ。私もちょっとやってみたいかも」
「じゃあやる? 何事にもチャレンジだよ」
「うん! やりたい!」
「……」
着替えられない苗木くんはさておき、赤松さんはピアノのゲームに初挑戦していた。自分の得意分野のゲームということで赤松さんはワクワクしている。
しかしリアルのピアノとは勝手が違うようで、ノルマクリアもできなかった。
次に七海さんも挑戦してみたが、こちらもゲーマーだからなんでもできるというわけでもなく、ギリギリノルマクリアできる程度だった。
意外にも、二人とも自分の才能を発揮できないという結果に終わる。それなりに自信があったのか、二人は結構くやしそうだ。
「むむむ……。これ、普段のピアノと全然違うよー! 楽譜で表示してくれればもっとできると思うんだけどなー」
「ボタンが24個もあるとさすがに難しいね。赤松さんのプレイを見てなかったら危なかったかも」
「……っていうか七海ちゃん、ピアノ弾けたの? 上手だったね!」
「弾けないよ? クリアできたのは単なる記憶と反射神経かな。画面に次押す場所が表示されてるし」
「それであれだけできるものなの? すごいね! 私はあの画面で逆に混乱しちゃったけど」
他にも赤松さんができなかった原因はいろいろありそうだ。ゲームに対する無知さとか、周囲の騒音で目の前の音に集中できなかったとか。
そんな、できなかった理由を考えていた苗木くんが、話している赤松さんに言った。
「思ったんだけど……視覚情報に惑わされるなら、目を閉じてやれば赤松さんならクリアできるんじゃないかな?」
「! それだよ苗木くん!」
というわけで再チャレンジ。
結果をあっさり報告してしまうと、最難曲まで普通にクリアできてしまった。ただし完全パーフェクトとまではさすがに無理で、おそらくゲームであるために実際とは細部が異なるためだろう。
「やった! やったよ七海ちゃん!」
「ほへー、すごい……。視界制限プレイって、縛りプレイの中でも特に難易度が高い縛りなのに。それを逆に利用するなんて思わないよ」
よく分からない感心をしている七海さんの言葉を聞いて赤松さんは、縛りプレイって響きだけ聞くと入間さんが喜びそうな単語だなとなんとなく思った。理性的な赤松さんは、さすがに勘違いなどはしないようだ。
「あ、クリアできたみたいだね赤松さん。すごいなあ」
「苗木くんのアドバイスもよかったんだと思うよ?」
「そうそう! 苗木くんのおかげだよ! ……ってあれ、苗木くんは見てなかったの?」
赤松さんのチャレンジ中に苗木くんは、こっそり着替えができる場所を探していた。トイレに向かうも残念ながら人がいたため、依然として恰好は変わっていないが。
「七海さん。これ、よかったらなんだけど」
そしてちゃっかりその帰り、苗木くんはクレーンゲームでそこそこの大きさであるウサギのぬいぐるみをゲットしていたので、それを七海さんにプレゼントしていた。
「くれるの? わわ、ありがとう。私の中で苗木くんの好感度が5上がったよ」
「あはは……それは上がるとどうなるの?」
「フラグが立つよ。それとランダムでイベントも起こるようになる」
七海さんの言っている意味はよく分からなかったが、一応喜んではもらえたようなので苗木くんも喜んでいた。ウサギを抱きしめている七海さんを見て、ここまで喜んでくれるとこっちも嬉しくなるなと苗木くんは考えた。プレゼント好きな苗木くんである。
「やるね、苗木くん。……私には無いの?」
「あ、赤松さん。えーと、それは……」
しかしながらいくらプレゼント好きでも、渡す物が無ければどうしようもない。ぬいぐるみは偶然とれた一つだけだったので、赤松さんの分は無かった。
焦り出す苗木くんを見て赤松さんはいたずらが成功したように笑いだす。今の発言は冗談だったのだ。赤松さんはもらえないからとすねるような人間ではなかった。むしろ苗木くんと同じ渡したい側の人間である。
「ふふっ、冗談だよ。でもその代わりに、次は三人でプリクラ撮ろっ」
赤松さんがそう言ったので、苗木くんはそれに従った。苗木くんの女装姿がかわいかったから写真に残しておきたいとちゃっかり赤松さんは考えていた。
赤松さんの意図には気づかなかったものの、女装姿のプリクラが残ることにはさすがに苗木くんも気づいていて、できた写真はあまり他の人に見せないでねと頼む苗木くんだった。
「そうだ。着替えるのにちょうどいい場所って、ここのことだよ苗木くん」
プリクラコーナーに入ったら、七海さんがこんなことを言った。
奥のほうに更衣室があったのだった。コスプレしてプリクラを撮りたい人向けに用意してあるらしい。
「プリクラの後で着替えられるね」
ちゃっかり先に着替えてしまおうかと考えていた苗木くんだったが、七海さんに掴まれたので諦めた。七海さんも七海さんでプリクラは結構楽しみだったようだ。
ただ、プリクラを撮り終えてからはすぐに苗木くんは着替えに向かった。落書き時間や選ぶ写真は二人に任せることにする。
「この機械で、さっき撮ったのをプリントできるんだ?」
「そうだよ。他にもちゃんと設定すれば、私や七海ちゃんのスマホに画像を送ることもできるみたい」
「へえ、便利だね。むしろそっちのほうが嬉しいかも。シールになっても、私はゲーム機に貼ったりしない派だし」
「貼る派とかいるの? でも、さっき撮った写真をシールにできるのは今だけみたいだし、せっかくだからプリントしようよ」
「今だけなんだ? あ、でも確かに、後でもプリントできるようにしちゃったからいろいろ問題が起こるよね。自分たちの写真を他の人に見られちゃったり」
「それはよくわかんないけど」
常識には疎いが、機械には強い七海さんだった。立ち去りながら苗木くんはこの会話を聞いて、へえそうなんだと感心した。
こまるちゃんにプリクラ送っていいか後で苗木くんに訊いてみよう、という会話が続いたが、あえて聞こえないフリをした。
ようやく更衣室にたどり着く苗木くん。やっと普通の恰好ができるよ、と着ている女性ものの服に手をかけたちょうどそのとき。
「……きゃあっ!!」
苗木くんの耳に赤松さんの叫び声が届いた。