赤松さんと連弾したあの日から、律儀にも苗木くんは毎日ピアノの練習を続けていた。
毎日続いて、しかも自分からやろうという意識を持っての練習というのは総じて上達が早い。現在苗木くんのピアノの腕はそこそこである。
対して七海さんも、鍵盤の軽い電子ピアノでは何曲か弾けるようになっていた。
原因は、先日ゲームセンターにてプレイしたピアノのゲームである。音ゲーには次に押す場所が表示されないステルスマーカーというものがあり、キーボードもそれと同じだと七海さんは気づいたのだった。
独学のため指の使い方が基本とは異なっているが、それでも演奏する姿は様になっているようだ。
二人がピアノを弾けるということを知って、赤松さんのテンションはこれでもかというほど上がった。
ピアノに興味を持ってもらえるだけでも嬉しいのに、弾けるようになったとあればなおさらだ。
というわけでみんな何かしらピアノが弾けるので、三人の間で新たな計画が立てられようとしていた。
まあ言ってしまえば演奏会を開くのだが、それについての話は次回である。今回はその前段階として、三人のクラスでの様子を描写する。
「あれ赤松さん、こんなところにプリクラ貼ってるんっすね。一緒に写ってるのは他校の友達っすか?」
「あ、これ? えーとね、他校っていうとちょっと違うんだけど、どこまで説明しようかな……」
「はー……これだから男死は、なんてデリカシーの無い……。赤松さんの周りを詮索するような輩は、転子が成敗いたします!」
「お主は赤松のなんなんじゃ……ママは東条一人で十分じゃぞ」
「私をママと呼ぶのはやめてほしいのだけど夢野さん」
赤松さんのクラスでは、苗木くんと七海さんと一緒に撮ったプリクラがクラスメイトたちに見つかっていた。
あまり見せびらかさないようにと苗木くんから言われていたが、これは自分から見せたわけではないからセーフである。
ただ、相手の気持ちはしっかり忖度できる赤松さん。知られたくない最低ラインである女装のことはしっかり内緒にするのだった。ちゃんと内緒にできたかは知らないが。
「こちらは77期の七海さんですよね! 転子はちゃんと分かります!」
「……詮索するなと言っておきながら自分で漏らしておるではないか。それと、まさかとは思うがお主、他クラスの女子は全員把握しておるのか……?」
「勿論です! 全員が全員、男死の魔の手からお守りする対象ですからね! でも、この学園が広いせいで交流があまりできないのが残念です……」
「それにお休みする生徒も多いっすからね。特殊な事情がある人もたくさんいますから」
「天海くんもその一人……いえ、その一人だったわね。もう妹さんは見つかったんでしょう?」
「ええ、まあ、おかげさまで。それで、プリクラに写ってるもう一人の子のほうなんすけど」
会話はとっちらかっているが、プリクラの話題から完全に逸れたわけでもない。七海さんが知られているぶん、苗木くんに興味が行くのは当然だった。
苗木くんや七海さんよりも年上の赤松さんは、必要ならば嘘をつくこともできる性格だが、それでも必要以上に嘘はつきたくはない。
正体はバラさないが、この学園の後輩だよということは言ってしまう。
「えっ、この子もこの学園の生徒なんですか!? こんなかわいい女子を見落とすなんて、転子、一生の不覚です!」
「……まあ、女の子じゃないからね」
「ん? どうしたっすか赤松さん」
「ううん、なんでも。目立たないって本人も言ってたししょうがないよ。あ、でも、今度この三人で演奏会をこっそりやるんだ。誰も来てくれなかったらさみしいから、来れる人がいたら顔を出してくれたらうれしいな」
そしてちゃっかり、会話の流れで演奏会の宣伝をする赤松さんだった。
一方七海さんのクラスでは……
「……んー、ねーみぃ……」
「なんだ七海、眠そうだな……っていつものことか」
「あ、日向くん。本校舎にはもう慣れた?」
「おかげさまでな」
七海さんは日向くんと話していた。
日向くんもクラスの輪にうまく溶け込めているものの、予備学科時代から交流がある七海さんがなんだかんだ言って一番話しやすかった。
「あ、そうだ、日向くんだけには教えておくね。今度体育館で演奏会をするから、誰か誘って見に来てくれたら嬉しいな」
「演奏会? そりゃあ七海が出るならもちろん行くけど……どうして俺
「実は、正体は隠してするつもりなんだよね。ほら、いきなり人前で演奏とか恥ずかしいじゃん?」
「恥ずかしいとかいう感情あったのか」
「そりゃあるよ。日向くんは私をどういう風に見てるのかな? とにかくそういうわけだから、頼んだよ」
赤松さんと同じくこちらでも、ちゃっかり演奏会の宣伝をしている七海さんだった。
最後に苗木くんのクラスだが。
「……えぇっ、じゃあ大和田くんに見つかっちゃったんですか!?」
「おう、女に絡んでる男を気まぐれで追い払ってみりゃ、相手が苗木だったから驚いたぜ。なんでそんな恰好かと思ったが、そうか犯人は舞園だったか……」
「もう、犯人って人聞きが悪いですよ大和田くん。あれはお互い同意の上なんですから」
「あなたたち、面白そうな話をしてるわね。いったい何の話かしら」
「ほら、犯人とか言うから霧切さんが食いついてきたじゃないですか」
「人を魚みたいに言わないでちょうだい」
二人に対して苗木くんはというと、特に演奏会の宣伝はしていなかった。いつものようにクラスメイトのみんなと仲良く談笑をしている苗木くんである。
どうしてかというと、七海さんのところでチラッと出てきていた、正体を隠す、というところに問題があった。
聡明な読者様にはもうお察しのことだと思われるが、件の演奏会で苗木くんは、女装で正体を隠すことになっているのだった。
ほんと、どうしてこうなった。超高校級と呼ばれる人が集まると、時としてこういう予想外な結論に落ち着く。
そんなわけで苗木くんは、演奏会のことは敢えて口にしないのだった。
しかしながら万が一、クラスメイトが偶然訪れることだってあるだろう。それに対してのみ危惧した苗木くんは、この場の三人にだけあらかじめ釘を刺しておく。
「あのさ、今度の日のことなんだけど……気づいても黙っててほしいんだ」
「ん? そりゃあいったいどういうことだ苗木」
「情報が不足しているようだけど……それは、気づかなければそれに越したことは無い、ということかしら」
「うん、そういうことだね」
さすがの霧切さんも、この時点では何もわからないようだった。
また舞園さんのエスパーも、現段階ではうまく機能しないようだ。
二人が分からないのに大和田くんが分かるはずもない。
三人とも話は理解しないまま、それでも苗木くんの言うことに頷いてくれた。
赤松さん、七海さん、苗木くんが、それぞれクラスメイトに行動を起こしていく。
そうこうしているうちにあっという間に、演奏会当日がやってきたのだった。