苗木くんと七海さんと赤松さんと   作:佐藤秋

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9 苗木くんたちと演奏会

 

 どうしてこんなことに、と苗木くんは考えていた。

 もっとひっそり行われるはずのピアノ演奏会に、いつのまにか大勢の人が集まっていたからだ。

 

 最初は確かに少ない人だった。しかし演奏が進むにつれ、騒ぎを聞きつけた人たちが集まってきたのだ。

 騒ぎが体育館の外にまで響くほど、やけに盛り上がっている様子である。ピアノの演奏会とはもっと静かなものではないのだろうか。

 

 人が大勢いるというのに赤松さんは慣れたもので、全く緊張はしていなかった。

 コンサートでも多少は緊張するはずの赤松さんだが、今回は一人じゃなくて一緒に演奏する友達がいることと、友達が観客にたくさんいるために楽しさが上回ったのだった。

 

「赤松さーん! アイドルのコンサートみたいで転子、感動です!」

「んー? 赤松って誰かな? 私はグランドピアノ担当のレッドだよ!」

 

 お客の声がこちらに届き、奏者も声を張り上げる。まるでライブのような演奏会だった。普段行う静かなピアノ演奏会とは全然違った。

 

 偶然居合わせた最原くんは、いやあれ絶対赤松さんだよバレバレだよ……と考える。

 一応変装はしているみたいだが、ピアノの腕や聞こえる声が明らかに赤松さんだった。

 

「わっはー! 千秋ちゃーん! こっちむいて欲しいっすー!」

「……私も、七海千秋じゃなくて、セブンなんだ。電子ピアノ担当です」

 

 別のところからも声が届く。ステージにマイクなんて用意されていないのに、不思議と七海さんの声は通った。

 

 七海隠す気ないだろあれ、と日向くんは考えた。

 一応目元は変なサングラスで隠しているようだが、それだけだ。苗字なんかは自分から言ってしまっている。

 

「そして残ったメンバーは、トゥルーさん!」

「アップライトピアノ担当……だと思うよ?」

 

 そして残った苗木くんだが……。

 

「あの子……見たことねーけどめちゃくちゃかわいいじゃん! 彼氏いんのかなー。なあ葉隠!」

「むむむ……俺の占いによると、すでに同棲している彼氏がいると出たぞ! つまり桑田っちは脈なしだべ。俺の占いは三割当たる!」

 

 普段よく話すクラスメイト相手にも、苗木くんの正体はバレていないようだ。まさか苗木くんがこんな場所にいるわけないという先入観。それに加え、女装が完璧なのだった。

 

 いつもは舞園さんにしてもらっているが、今回苗木くんを女装させたのは赤松さんと七海さんである。

 それゆえ恰好もいつもとテイストが違い、下手したら舞園さんも気づけないような出来だった。さあさあどうですか舞園さん。

 

「私の推理によればあれはおそらく苗木くん……となるとあれはこういう意味で言ったのね。すごい、全然違和感が無いわ……」

「な、なんで苗木くんが!? あの言葉はそういうことだったんですね……コンサートなら私と一緒に……」

 

 ……まあ、そうすべてうまくはいかなくて、霧切さんと舞園さんにはバレていた。この二人には簡単すぎる問題だったようだ。

 

 苗木くんのお願いを思い出し、周囲には聞こえないように小声でつぶやく二人だった。いい子である。

 

「あの子、体格とか声が苗木くんにそっくりだね盾子ちゃん」

「……そこまで気づいておきながら本人って分からないあたりが残念なんだよお姉ちゃんは」

「えっ」

 

 ついでに言うと、この二人にもバレた様子。何事にも秀でている江ノ島さんは妥当だとして、戦刃さんもなかなかすごかった。

 どうして苗木くんは声を発していないのに分かったというと、息つぎの際にかすかに盛れる声を戦刃さんは拾ったのだった。超高校級の軍人は、聴力もすごい。

 

「ま、苗木ってバレるのも時間の問題かもねー」

「どういうこと? 盾子ちゃん」

「集まった人数が多すぎる。で、ここは体育館で、裏口とかは無し。こりゃあこのライブが終わって帰るときにもみくちゃにされて、ついでに正体バレんじゃない? 知らんけど」

 

 ここでの江ノ島さんの予想は当たっていて、変な興奮に包まれている観客たちは、もはや舞台に乗り込んでしまおうかというほどの盛り上がりだった。

 助けたほうがいいのかな? と戦刃さん。肯定する江ノ島さんに、戦刃さんは苗木くんを助けることを心に誓う。

 

「次は、私が苗木くんを守る番」

 

 そう呟き戦刃さんは行動を始める。

 江ノ島さんと、なんかついでに舞園さんと霧切さんも手伝ってくれるということになったので、戦刃さんは喜んだ。

 霧切さんが、手伝ってくれる理由として、見抜いてしまった者には見抜いてしまったがゆえの義務が発生するのよみたいなことを言っていて、かっこいいなと三人は思った。

 

 赤松さんが最後にソロ演奏をして、演奏会は終わりとなる。

 そのころには出待ちの人数がヤバかった。あまりに多すぎて窒息するんじゃないかというほどエグかった。圧死はしたくないなあと苗木くんと七海さんは考える。 

 

 それに加え正体がバレるんじゃないかと苗木くんは不安だったが、このタイミングで天から救いの蜘蛛の糸が下りてきた。

 二階からロープを使って戦刃さんが助けに来てくれたのだ。

 戦刃さんにお姫様抱っこをされつつ苗木くんは二階のほうに脱出できた。ついでに赤松さんと七海さんも、ロープに結ばれて連れて行かれた。

 ロープに吊られることで若干の恐怖を覚える赤松さんだった。

 

「そっかあ。戦刃さんと江ノ島さんにもバレちゃったんだね」

「う、うん。私は盾子ちゃんに教えてもらったからだけど」

「てへっ☆ なんか見に来たら苗木が変な恰好して踊ってたから残姉ちゃんに教えちゃいましたー☆ どうよ苗木、絶望した?」

「踊ってはないよ!? うーんでも、そのおかげでこうして助けてもらったわけだし、逆によかったかな。ありがとね、江ノ島さん。あっ、もちろん戦刃さんもね」

「あー、やっぱ苗木は前向きだなー。うりうりー、ちったあ絶望してみろっつーのー」

 

 脱出した後のどこかの個室にて、演奏会をしていた三人と助けてくれた四人の中、苗木くんと江ノ島さんがじゃれていた。

 平和な世界のこの学園では、この二人も普通に仲が良かった。

 

 その様子を見ていた霧切さんは、この中で男子は苗木くんだけという状況だけど、恰好のせいで女子だけしかいないように見えるわねと考えた。

 

「あなたが霧切さん? 最原くんと同じ、超高校級の探偵の」

「ええ、そうよ。……失礼、そうですよ」

 

 益体のないことを考えていたら、赤松さんから話しかけられる霧切さん。

 戦刃さんが苗木くんたちを助ける手伝いを一応したが、それに感謝されているようだ。本当は戦刃さんのほうにも感謝を伝えたいようだが、苗木くんと話しているためこちらに矛先が向いたらしい。

 見ると舞園さんのほうにも、七海さんが話しかけている。

 

「舞園さん……って、途中で私たちが弾いた曲を歌ってる舞園さん? 苗木くんのクラスメイトだったんだね」

「えっ、あっ、はいそうです。急に知ってる曲が流れてきたんで驚いちゃいました」

「勝手に演奏しちゃってごめんね? あれは、苗木くんが好きだって言ってた曲だから練習したんだ。歌う人はいないんだけど」

「いえ、素敵なピアノアレンジでしたから、歌詞が無くてよかったと思いますよ」

 

 78期生が五人もいる中、異質なはずの七海さんも赤松さんも平気でこちらに話しかけてくる。

 おかげで手持ち無沙汰になる人もおらず、七人はそれぞれ会話を楽しむのだった。

 

 この現在の状況にも、演奏会の結果についても、赤松さんは満足していた。みんなを笑顔にできたからである。

 

「楽しかったね、演奏会! 今度はいつやろうか?」

「うーんと、そうだね……もう私の演奏できるピアノの曲が無いからなー。トライアングルでよければすぐできるよ?」

「えっ、また今日みたいなことをやるんですか?」

「これだけの騒ぎになったのだから近いうちは無理でしょうね……学園側も黙ってないわ」

「そこはほら、霧切パパにお願いする方向で。やったね響子ちゃん! パパと話せるよ! うぷぷ」

「……」

 

 霧切さんと江ノ島さんはさておき、赤松さんはまた今日みたいな催しをやりたいそうだ。

 それに参加者として観客として、残りは結構乗り気らしい。唯一苗木くんを除いては。

 

「ボクは、できれば次は遠慮したいよ……」

 

 こんなに大勢人数が集まるなら、その前で女装して演奏するなんて、苗木くんは絶対に嫌だった。

 

「どうして? 苗木くん、かわいかったよ?」

 

 苗木くんは男の子なので、かわいいという単語が褒め言葉にならないことに気づかない戦刃さんだった。

 

 

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