1965年1月18日 日本
太平洋戦争の爪痕も薄れ、3年前のキューバ危機における緊張状態もなくなり、人々は比較的平和なこの世を謳歌していた。
それは去年東京にてオリンピックを開催し、高度経済成長真っ只中にある日本も同様だった。
「日本も変わったもんだな」
都会の街並みを歩く度、人々は揃ってこう口にした。いや、正確には戦前と戦中の時代を知る者に限られるが。
戦後育ちの若者たちは、戦前の日本の姿がどんなものか、まるで想像もつかない。
「信じられるか?かつてナチと共に世界を相手に喧嘩を売った侵略国家と、史上最大の大国の庇護下で呑気に繁栄を謳歌する国。全然違うようだけど、どっちも同じ日本なんだぜ」
都内を歩く壮年のサラリーマンが、戦後育ちの部下にそう言ってビル群を見上げる。
あの戦争(なんの戦争かは言うまでもない)から20年、日本は大きく変わった。
かつて国土の全てを灰塵に帰せられた日本だが、今やそんな姿は何処にも見られなかった。
東京を始めとする都市では東京タワーなどの高層建築やビルが建ち並び、東海道新幹線や名神高速道路といった大都市間の高速交通網が整備され、人々の生活も格段に良くなりつつあった。
政治の民主化も著しく、また水道や電気などのインフラの普及、テレビなどの家電の普及は人々の生活を変えた。今や人々はテレビの中のヒーローやロボットに熱中している。
経済だって、西側においてはアメリカや西ドイツに迫る勢いで成長してる。昔までの「極東の列強の亜種」という他国の日本のイメージは、今や「極東最大の経済国」に変わっていた。
まぁ今の日本にとって問題といえる問題は、いつこの平和が崩壊するか分かったものではない、という事だった。
第二次大戦後に始まった東西の分断、冷戦と呼ばれるこの状況下において、いつ戦争が始まり、いつ世界が核の炎で浄化されるとも限らない。特に3年前のキューバ危機のような事例がある以上、それは顕著な問題だった。
アメリカかソ連、どちらかの政治トップが電話を一本繋ぐだけで、
そして日本は宗主国たるアメリカに従い、戦争に参戦せざるを得ない。
ただでさえ戦争など大半の日本人が御免だと考えてるのに、しかもこの平和が――戦中より遥かに豊かな生活の出来るこの平和の世が米ソの都合で終わるなど、大迷惑であった。
だが少なくとも――これは希望的観測に過ぎないが――、今すぐにこの平和が終わるなんて事は無いだろう―――それが大半の日本人が考えてることだった。
実際、ほとんどの場合は平和が終わる前兆というものがあり(キューバ危機も第二次大戦も少なからず前兆はあった)、それが無ければ平和はしばらく続き、戦乱が訪れるということもないのだから。
だがその日、前兆というものを経験せずして日本は戦乱の世に巻き込まれた。
西暦1965年1月19日、午前0時丁度。
日本はその瞬間、夜空が一瞬だけ昼間のように明るくなる、という怪現象に見舞われた。
それから2日が経った1月21日。
今、日本は異常事態に見舞われていた。
あの瞬間、突如として国外や軌道上の人工衛星との通信網が寸断されたのだ。
国外との電話回線は全て寸断、ブラックアウト状態で、有線は愚か無線も繋がらず、それどころか各地の通信所がこう報告してきた。
「大陸からの通信が全て途絶した」
馬鹿な――この報告を受け総理府と外務省、防衛庁、さらに日本政府は動揺した。
他国との通信が途絶えるのは、当時は別に特段珍しいことではない。しかし電話回線、無線、人工衛星、
しかも通信途絶から1日明けた20日になっても通信は途絶したままだった。
当然ながらこの異常事態により本国との通信を断たれた各国大使館はもちろん、在日米軍すらハワイの米太平洋軍司令部などの上級司令部との通信が寸断されたことでパニック状態に陥った。
彼らは急いで日本政府に協力を仰いだが、この現状においてそれは無駄な事だった。
おかしい、何かがおかしい。何か異常事態が起きてるに違いない、彼らはそう考えた。
その上で、大陸からの通信が全て途絶する――つまり電話回線は愚か、ラジオ放送やテレビ放送、衛星通信、さらに他国軍や諜報組織が暗号交えで常日頃飛ばしてる電波が、全て無くなる――などという異常事態に、彼らはただただ困惑するばかりだった。
実際その後、通信は愚か、他国籍の船舶や航空機が国内に入港しなくなってしまった。
入港拒否などではない。
「何故飛行機も船もやって来ない?」
さらに、逆に日本から国外へ出発した航空機や船舶が、航法の情報が合わずに仕方なく引き返してくるケースや、それどころか行ったっきり消息不明となる事態が多発した。
この事態に運輸省は酷く頭を悩ませた。
この調子じゃ当面の間は貿易や観光収入は見込めそうに無さそうだったからだ。
さらに異変は続く。
19日午前日本海対馬沖にて定期的な哨戒飛行に駆り出されていた海上自衛隊所属の対潜哨戒機P2V-7が、とんでもない報告をしてきた。
「朝鮮半島が消えている」
もはや前代未聞だった。
朝鮮半島が消えている? 見間違いの可能性はないのか? 蜃気楼じゃ? そもそも航法ミスでは? 何、全て違う? 本当に消えてる? なら朝鮮半島は何処へ? ――まさか海底に沈んだとでも言うのか?
だが、それなら大陸からの通信が途絶したというのにも辻褄が合う。そもそも電波や通信を送る大陸が消えてしまえば、通信が途絶えるのも当然だった。
それだけに留まらず、今度は北海道稚内上空を飛行していた民間の旅客機や、航空自衛隊の戦闘機F-104Jが、
朝鮮のみならず樺太まで消えている。
代わりに、北はソ連に占領された北方四島が、南は米軍に占領されたままの沖縄の無事が確認された。
まさか日本以外の国は北方四島と沖縄を除き、全て消滅したのではなかろうか。
いつの間にか第三次世界大戦で世界中の国が滅び、核攻撃で地形が丸ごと変化したのではなかろうか――そんな悪寒が、日本政府に蔓延した。
これを受け、日本国内の在日米軍は独自にデフコン(戦争への準備態勢を5段階に分けた米国防総省の規定)を最高段階のレベル1に引き上げ、在日米軍は全軍が戦闘準備態勢に突入した。
彼らは、彼らの本国首脳部が核攻撃で蒸発してしまったのではないかと考えた。
だが彼らは人々の想像よりも遥かに冷静に物事を見据えることが出来ていた。
在日米軍司令官は、大統領からの命令が無い以上、独断で他国への
しかしいつ大統領からの命令が来て、即座に出撃出来るように、米空軍カデナ基地ではW28熱核弾頭搭載巡航ミサイルを載せたB-52爆撃機とB-47爆撃機―――両機種はベトナム戦争における北爆のため本土から飛来してきていた―――とその護衛機を務めるF-100スーパーセイバー戦闘機がスクランブル待機の状態に入った。
日米安全保障条約により、非常時において米軍と共同で行動することを明記されている自衛隊も、仕方なくそれに付き合わざるをえず、日本全体の自衛隊・米軍の基地や駐屯地は非常にピリピリとした、張り詰めた状態となった。
だがその上で、別の可能性も指摘された。
あの瞬間、日本各地の天文観測所がこう報告してきた。
「上空の天体が既知のそれと異なる。少なくとも、地球上で見られる星空ではない」
地球上で見られる星空ではない、つまりどういう事か?ここは……
そんなまさか―――しかしその後、ある報告がその可能性を全面的に肯定した。
天文観測所や船乗り、航空機パイロット、偵察任務を行っていた自衛隊の哨戒機の搭乗員が「水平線が異様に遠くなったように感じられる」という報告を上げた。
これを元に2日間連続で天体などを観測した結果、この星の直径が最低でも地球より2倍以上大きい惑星でないと観測できない数値を示した。
やはりここは地球ではなかった。
もはや認めるしか無かった。
日本は何らかの形で、地球上から未知の惑星上へと転移してきたようだった。