日本国召喚1965   作:スカイキッド

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一応続き出しました。
……ていうか評価バーに色がついて、挙げ句総合評価が90以上になってることに驚き。
 
それと、後書きにてアンケートやってます。



※若干読みづらかったので簡潔に推敲致しました。

 


第二話

 

 

 

――1965年1月25日 沖縄沖海上

 

「水上レーダーに感あり、小型船とおぼしき反応、本艦前方を低速で航行中」

 

 淡々とした口調で、CIC要員が報告を上げた。

 海上自衛隊の護衛艦「あまつかぜ」は、随伴船と共に洋上を突き進んでいた。

 

 空は僅かに曇り模様の晴れ、風は少ない。今、この「あまつかぜ」とその随伴船は、日本から南に向けて航行していた。なぜこの二隻が南へと向かっているのか、それには少しばかり時間を遡る必要がある。

 

 

 

 転移後、日本周辺の偵察及び周辺調査として飛び立った自衛隊の哨戒機「P2V-7」が、沖縄より850km南の洋上にて未知の陸地を発見した。

 

 そしてそのP2V-7は、情報を更に得るべく陸地深部へと向かうが、そこにて当機は人の乗った、所属不明の飛行生物(ドラゴン)と遭遇。さらにP2V-7は当該飛行生物から追撃を受け、あわや戦闘という事態になったが、P2V-7はそのドラゴンを何とか振り切り――というより、そもそもドラゴンの速度は約235km/h程度であり、最大で550km/hで飛行できるP2V-7は簡単に敵を振りきれた――、その後にこれ以上の偵察行動は困難との判断から帰途についた。

 

 その後、この時P2V-7が飛行した陸地を調査すべく、航空自衛隊の偵察機RF-86Fが最新鋭戦闘機F-104Jの護衛を受け離陸、数十分後に同陸地の調査を行った。航空偵察により陸地は一面が農耕地であることを確認、またその際に市街地を発見し、航空偵察を実施。文明が中世ヨーロッパと同様のもの、などを確認した後、帰投した。

 

 この情報は各部隊の司令部から、防衛庁、総理府の順に通った上で日本政府の元へと届けられた。この情報を受け取った日本政府は、すぐさま閣僚を召集して緊急会議を行った。

 

 この時日本政府は、否日本は、食料面に関して重大な不安を抱えていた。日本の食料自給率は70%を超えていたが、当然ながら残りの30%は国外からの輸入で補っていた。しかし転移により以前の他国との繋がりは、物理的に、完全に断たれてしまった。

 

 このままでは国内に餓死者が発生する。

 解決策として、国内に新たな農地を作り、漁船を増産して船乗りを増やす方法もあるが、それとてすぐに効果が現れる訳ではない。第一、高度経済成長期の只中にある日本は列島改造ブームの最中で、これからの国内開発で増やせる農地も人間も限られている。

 

 そのために日本政府は、この時に発見した陸地の現地国家(国家としての概念があるかどうかは不明だが)と国交を結び、食料を輸入する事にした。そして、そのための外交に向けて、外交官を同地へと派遣することにしたのだ。

 

 

 今、「あまつかぜ」の護衛する、そして随伴する海上保安庁の船には、外務省から派遣された外交官とその補佐――外交補佐や言語学者(相手の言語が自分たちの使う言語と同じとは限らないため)まで様々――が乗っていた。

 多分、外交官らは慣れぬ航海に船酔いしてるだろう。「あまつかぜ」の乗員の大半はそう考えていた。いや、もしかしたら前の戦争で船乗りだったのなら酔わないかもしれないが ―― いやいや、船乗りだった人間が外務省だなんて場所には行くわけないか。「あまつかぜ」乗員らは勝手にそんな事を考えていた。

 

 波を切り裂き、蒸気タービンを軽く唸らせながら、しかし比較的鈍足といえるような速力でゆっくりと、二艦は航行していた。というのも、「あまつかぜ」は現在、本来の巡航速力の二分の一の11ノットという鈍足で航行していた。

 

 その訳は、随伴船の速力に合わせるためには仕方のない事だった。戦前に砕氷商船として建造されたその船は、戦後に海上保安庁の所属となり様々な任務に就きながらも、高速で走り回る戦闘艦として造られた訳ではないため、鈍足になるのは当たり前だったからである。

 

 対して、戦闘艦として設計され蒸気タービンを搭載する「あまつかぜ」は、最大速力で航行しようとすれば33ノットもの高速を出せた。日本初のミサイル搭載護衛艦であるこの「あまつかぜ」は、海自で唯一本艦のみが装備する、ターター対空ミサイル発射用のMk.13ミサイル・ランチャーを艦尾に載せている。

 3000トンの船体は、戦後産まれの国産戦闘艦としては最大の排水量を誇っていた。

 

 本来なら今年2月以降での就役を予定していた同艦だが、“転移騒動”により予定を前倒しして海上自衛隊の各種任務に就く事になっていた。

 つまり、「あまつかぜ」は海上自衛隊の中でも特に最新のフネという事である。艦尾のMk.13ミサイル・ランチャーとターター・システムがそれの何よりの証拠だし、最新のAN/SPS-39やAN/SPS-37などの対空レーダーは海自どころか西側世界において最新の代物だった。

 

 

「当該船舶、こちらに向けて転針した模様」

「どうやらこちらに気付いたみたいだな」

 

 レーダーからの情報を読み取った「あまつかぜ」のCICオペレータは、CIC(戦闘情報指揮所)にいる秋元(あきもと)艦長へと報告した。

 秋元は戦中は駆逐艦の航海長として乗り込んでいた大尉で、一等海佐――旧軍基準の大佐となった今も航海一筋でやって来た男だった。

 

「レーダー、相手船舶の特徴は分かるか」

「いえ、方角と距離以外は分かりません」

「フム、そうか」

 

 オペレーターからの返答を聞いた秋元は、何とも言えない微妙な表情を浮かべる。今、P2V-7の発見した陸地へと向かう「あまつかぜ」の対水上レーダーは、進路上に三つの小型船の反応を捉えた。5ノットという鈍足で航行するそれらを、秋元は現地民族の船舶とみて接触を図るよう、航海科に指示していた。

 

「艦長、当該船舶はおそらく現地国家のものと見られます。しかし一応、確認のために『宗谷(そうや)』からヘリを飛ばすよう、具申します」

「ヘリか」

「はい、ヘリの乗員に直接確認させれば、相手がどんな船かすぐに判別する事が出来ます」

「なるほどな」

 

 副艦長の言葉に対して秋元は、艦長として悩むような言葉を、まるで悩んでないかのような淡々とした口調で呟いた。

 

 

 最新鋭の護衛艦である「あまつかぜ」だが、彼女には一つばかり欠点があった。それは、艦載ヘリの運用が行えないことだった。「あまつかぜ」は後甲板にミサイル・ランチャーを載せており、ヘリ甲板を敷設するのは不可能だった。

 

 今回の現地民族との接触において、艦載ヘリの運用は汎用面から言えばかなり魅力的だったが、ヘリ搭載能力の無い「あまつかぜ」には諦めるしかなかった。そこで、「あまつかぜ」に随伴し、必要あらばヘリを飛ばせるヘリ搭載艦ないし搭載船の随伴を自衛隊は求めた。

 だが、日本においてヘリ搭載艦というのはほとんど存在しなかった。

 

 そもそも、現在の自衛隊には、艦載ヘリを洋上で運用出来る艦艇は、輸送艦「しれとこ」と建造中の〈たかつき型護衛艦〉を除いて存在しない。さらに言えば、〈たかつき型〉は建造中だから現在の自衛隊には居ないし、輸送艦「しれとこ」も現在、沖縄への現金輸送のため「あまつかぜ」に随伴する事は出来なかった。

 

 輸送艦「しれとこ」は、現在アメリカ領でありながら何故か日本と共に一緒に転移してきた沖縄へ、転移と共に価値を無くした住民の米ドルやB円(米軍占領下の沖縄県で通貨として流通した米軍発行の軍票)と日本円を交換すべく、現金輸送を行っていたのである。

 とてもではないが、随伴など出来ない。

 

 

 呟きのあとしばし静かに考えていた秋元は、副艦長や各士官らに伝える。

 

「分かった。『宗谷』に伝えろ。『うみつばめ』を発艦させろ、とな」

「了解です。通信士、宗谷に連絡。うみつばめを発艦させろ」

「了解、うみつばめ発艦指示。連絡します」

 

 

 自衛隊でヘリを洋上運用出来る艦が無いとなると、他所に頼むしかない。しかし民間にはヘリ搭載船を持つ組織なんてない。だが、一隻だけヘリ搭載船を有する組織が日本には存在していた。

 

 海上保安庁である。

 

 そういった経緯があったからこそ、海上保安庁の巡視船であり、当時海保唯一のヘリ運用艦である巡視船「宗谷(そうや)」が随伴する事となった。

 

 

「あまつかぜより連絡、うみつばめ(HSS-1)を発艦させよ」

「了解、うみつばめ発艦準備」

 

 指示を受けた「宗谷」は、急いで「うみつばめ」 ―― HSS-1Aヘリの発艦準備を行った。乗員や航空要員が急いで駆けつけ、格納庫が無いため露天に曝していたヘリの防錆シートを剥ぎ取ると、手作業でヘリ甲板へと押し出す。

 

「エンジン出力良好」

「メインローター回転開始」

 

 やがてヘリの乗員―――海自の人間である―――が機内に乗り込み、ピストン・エンジンによりメインローターが回転を始めた。

 

「発艦!」

 

 6分後、HSS-1ヘリは何の問題もなく「宗谷」の甲板から飛び立った。

 

 

 あまつかぜに随伴し、HSS-1を発艦させた「宗谷」は、おそらく海保にて、いや今の日本にて最も有名な船だった。というのも、何を隠そう日本初の南極観測船として何度も南極へと旅立ったのは、彼女だからである。

 

 彼女の歩んだ道は激動の一言に尽きる。

 元はソ連向けの砕氷貨物船として建造された船だが、国際情勢の変化により、後に日本海軍に買収され、太平洋戦争では日本海軍特務艦として激戦の南方海域で測量と輸送の任務をこなし ―― 驚くべきことに敵機撃墜・敵潜撃沈の戦果まで上げている ―― 、幾度となく窮地に立たされながらも、何とか戦争をほぼ無傷で生き延びた。

 戦後は、復員輸送船として外地から引揚者を輸送し、後に海上保安庁に入り灯台補給船の任務に従事。

 そして、大改造を施され南極観測船となり、3年前までは有名な南極観測の任務に就き、6回もの南極観測を行った。現在は南極観測の任務からは退いたが、南極観測船としての任を終えた後も巡視船として活躍している。

 

 彼女の二つ名の一つである『奇跡の船』は正に、何度も困難を潜り抜けてきた彼女を表現するに相応しいものである。

 

 そんな「宗谷」だが、「宗谷」は南極観測船時代に観測機や観測ヘリを運用するためのヘリ甲板を有した、日本初のヘリ運用艦として改造されており、今回は海自の要請のもと、海自航空隊の対潜哨戒ヘリHSS-1A(うみつばめ)を二機搭載し、「あまつかぜ」の護衛と随伴を行っていた。

 

 また、せっかくなので外交官らは元々商船として設計されたため居住性に優れる「宗谷」に乗せようという話になり、現在実際に外交官らは「宗谷」に乗っている。

 だが、あくまでも砕氷船故に外洋航行能力に優れてないため、少しの波にも大きく揺らされており、「あまつかぜ」の乗員が、外交官らが船酔いしてないか気の毒に思うのも当然だった。

 

「こちら『うみつばめ』、当該船舶三隻を目視にて確認。接近します」

 

 さて、「宗谷」から飛び立ったHSS-1だが、特に何のトラブルを起こすこともなく順調に飛行し、やがて「あまつかぜ」のレーダーが捉えた三隻の船舶を発見した。

 

「……なんだ、まるで中世の船じゃないか」

 

 

 しかしその船は、まるで歴史の教科書に出てきそうな程設計の古い木造帆船で、ヘリ乗員の見間違いで無い限り、それは中世ヨーロッパの軍隊の使ってたガレー船、そのものであった。

 

 

 




 
今回登場した巡視船/南極観測船「宗谷」ですが、2019年現在もまだ生きてます。艦齢だと81年(船の寿命は普通20年前後)、しかもまだ船籍を有しており、軍籍もあったことから、陸揚げされた戦艦三笠を除けば旧海軍最後の生き残りです。
もうここまで来ると幸運艦どころじゃねーな……
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