結局、僕が洩矢神社に戻れたのはその日の真夜中。あの空間を出た後、能力で抑えていた重圧が一気にのしかかり、気絶しそうになったのは誤算だった。案外能力も宛にならない。よく『気絶しそう』になっただけで済んだものだ。
さて、帰宅した僕は諏訪子に「ありがとう、お疲れ様」と感謝された後、ぐっすりと眠った。そりゃあもうぐっすりと。十時間以上寝ただろう。
そ の 後 は 地 獄 だ っ た。
「想也っ、その程度で戦おうだなんて思うんじゃないよ! 甘ったれてんなら止めてしまえ!」
今までは本当に甘ったれていたのだろう、と思い知った。
決戦は一週間後。それまでに、僕らは勝つ為の修行をすることになり、初めての諏訪子対僕のガチ勝負。
僕は完全に叩き潰された。
強くなったつもりだった。いい線行ってるんじゃないか、と思っていた。
けど、そんなのはただの慢心で、僕はまだまだ、ただの人間に過ぎなかった。このままでは、月夜見に挑んでも、今と同じようになるだけ。
「……うるさい馬鹿諏訪子っ! 攻撃止めないでさっさとかかってこいよ、舐めてんのか!?」
「あぁその通りだよ! 舐められたくないのならもっと強くなれってんだ!」
「分かってるよこの蛙ぅぅぅ!!」
だったら、諏訪子の言う通り、もっと強くならなくちゃいけない。
◆◆◆
その夜、ふと目が覚めたので、今までのことを回想していた。
死んだ事、神様に出会って転生した事、原作キャラ『八意 永琳』に遭遇した事、それなりに楽しく暮らした事、いわゆる人妖大戦でたった一人の決戦をした事。
そして今、僕は諏訪大戦にも介入しようとしている。
「……あれ?」
ここまで来て、もっと前に思い付くべき事を考えた。
「僕が『存在』することによって、原作はどうなるんだ?」
『東方project』というゲームの設定は、世界感は、僕の介入によって一体どうなってしまっているのだろう。
思い返せば、既に僕は、幾つかの『原作』を改変してしまっている。
一つ、『八意 永琳の人間関係』
二つ、『人妖大戦の内容』
三つ、『洩矢 諏訪子の人間関係』
四つ、『諏訪大戦の内容』
思い付く限りではこの程度だが、実際はもっと多く、莫大な改変をしてしまっている。本来『東方project』というゲームに存在しない僕ーー『黒橋 想也』によって、狂わされている。
「……『転生』って、何なんだ。神様は軽々と転生させてくれたけど、果たして、そうも簡単に『世界』を変えてしまってよかったのか?」
世界の改変、なんてとても大きな事を、幾ら神様だからといって、たった一人の人間の勇気に感動したからという理由で、行ってしまってよかったのか?
答えは、ちっぽけな存在の僕には分からないことだった。
「……僕はこの先も、原作を崩し続けるのか? 例えば、本来神奈子が勝利する筈の諏訪大戦で、諏訪子が勝ってしまったりするのか……?」
そうなってしまったら、遠い未来の幻想郷で起こる、いわゆる『風神録』はどうなってしまう? ……恐らく、消えてなくなってしまうのだろう。たった一人の人間によって。本来存在しない筈の人間が原因で。
それが、許されることなのか?
この戦い、諏訪子に勝たせては行けないんじゃないか?
「……っ!」
襖を開けて、夜にも関わらず全速力でかける。行き先は諏訪子が居る場所。この時間、部屋には居ないーーそう、やっぱり此処だ。
「やっと見つけた。やっぱ蛙じゃん、諏訪子」
「……想也? どうしたのさ、こんな時間に。明日も厳しくいくから、早く寝なよ。後、私は蛙じゃないよ。蛙が好きなだけ」
諏訪子は、鬼教師のようだった昼間とは打って変わり、蛙と戯れながらほんわかとした口調で言う。
まぁ、それはどうでもいい。僕は彼女に聞かなくちゃいけないことがある。
「……諏訪子は、この戦い、勝ちたいんだよね」
「……本当にどうしたの?」
「質問に答えて、諏訪子」
「…………」
諏訪子は途端に表情を変える。蛙は逃げるように池に飛び込んだ。
「……勝ちたいよ。絶対に」
真っ直ぐに僕を見つめ、諏訪子は続けた。
「絶対、絶対に勝ちたい。……消えたくない。私は、私を慕ってくれる民や巫女達と、もっと笑っていたい。……勿論想也ともね」
そこまで言って、諏訪子は照れ臭そうに笑う。頭に被った帽子の目玉も僕から目を反らしていて、見てて可愛い。
……そうだ、迷うことなんてなかった。
「そっか。変な事聞いてごめん。……じゃあ、修行始めようよ」
「えっ、今から?」
「うん、お願い」
「……分かった。じゃあ、……行くよ」
その宣言と共に、僕は諏訪子の回し蹴りを食らい、神社を破壊しながら吹き飛ばされる。……受け身くらいは取れるようになったんだぜ?
「諏訪子! 僕、絶対に勝つから、諏訪子も勝ってよね!」
「言われずともそのつもりだよ! さっさとかかって来いっ」
「……可愛げのない奴」
呟きながら、能力で剣を出し、諏訪子に向かっていく。
そんな僕らを、月光が照らしていた。
◆◆◆
一週間後、諏訪大国から少しだけ離れた草原。
一人、僕は大和の国の神を待つ。
「……待たせたな」
「いいえ、僕も今来たところですよ」
人に待たせたな、又は待った? と聞かれた時はこういうのがマナーである。この時代に、果たしてそんなものがあるのかは甚だ疑問であるけれど。
「では八坂神、貴女はこの先の神社へどうぞ。洩矢神がお待ちです」
「あぁ」
一言呟くと、神奈子は僕の横を通り、神社の方へ飛んでいく。それが見えなくなったところで、月夜見は言った。
「……大口を叩いていた割には、大した成長はしていないようだが?」
うるさいな。
これでも、一週間前よりかは幾分増しになったんだ。諏訪子の威圧も能力無しで耐えきれるようになったし、それなりに戦えるようにもなった。
「そうですね。でも……これが『人間』でしょう?」
「……人間でありながら永久を生きる貴様は、化け物だよ。ただのな」
「違う、僕は人間だ」
化け物でもなく、蓬莱人でもなく、僕は人間なんだ。
「……なら、人間の力とやらを見せてもらおうか。あの時のちっぽけな人間がどこまで成長したか、私自ら確かめてやる」
「望むところですよ。僕は貴方を倒して、人間の可能性を見せつけてやる」
◆◆◆
「この日を待ちわびていたぞ。洩矢神。信仰は渡してもらう」
そう八坂神が言う。
……だけど。
「嫌だ。信仰は渡さない、さっさと叩き潰して帰ってもらう。調子に乗って私に喧嘩売ったこと、後悔させてあげるよ」
負けない。
私を慕ってくれる民が居る、私をサポートしてくれる巫女達が居る、私を応援してくれた想也が居る。
「その大口、すぐに開けないようにしてやる。……いくぞ」
そんな皆が居る限り、私は絶対に負けない。
「それは此方の言う言葉だよ……っ!」