『夢』
「やぁ」
「こんちは」
「覚えてるかな?」
「覚えてるよね」
「数ヶ月程度だし、流石に忘れちゃいないか」
「忘れてたら忘れてるでいいんだけど」
「驚いたような顔してるね」
「ま、そりゃそうか」
「君たちからすれば、既に消えたはずの人間だもんね」
「当然、当然」
「でもね。『ボク』は、君が思っている『僕』とは違うよ」
「とても似ている、瓜二つだけど、違うんだ」
「それが、表と裏の関係って奴だよ」
「あ、分かってると思うけど、『ボク』が裏ね。君の知っている『僕』が表」
「……うーん、もしかして二重人格、とでも説明した方が分かりやすいかな?」
「ふむ、そうみたいだね」
「まぁ、二重人格という例えはちょっと違うんだけど……」
「説明、面倒だし、しなくていいよね」
「答えは聞いてない。ゴメンねー」
「さて、世間話はこれくらい」
「本題に入ろう」
「――もうすぐ、『ボク』は君たちの前に姿を現すよ」
「具体的に言えば、今日の深夜二時。草木も眠る丑三つ時に、『ボク』は博麗神社に現れる」
「だから、今のうちに対策を練っておいた方が良いんじゃないかなぁ、と思うけど」
「幻想郷がどうなってもいいってんなら、何もしなくていいよ」
「その辺は君の自由だ。好きにしたまえかっこ上から目線かっことじー」
「『ボク』の上から目線なんて今に始まったことじゃあないけどね」
「アハハ」
「……んじゃ、『ボク』はそろそろここから出させてもらうよ」
「じゃーね。東風谷――――」
「――――早苗」
「っ!?」
突然降ってきた声に、早苗は思わず身を震わし、素早く身を起こす。
焦ったように辺りをキョロキョロと見渡し、その最中で、どうやら声の主は布団の横でしゃがんでいる洩矢 諏訪子であることに気付く。彼女はいきなり飛び起きた早苗を見て少し驚いていたようだが、すぐにハッとすると、ぷくーっ、と頬を膨らませる。
「もう、朝ごはんの時間だよ? 最近早苗、起きるの遅いよー。私たちだって、お腹減るんだからね?」
「えぇっ」
慌てて外の世界から持ち込んだ腕時計を覗き込むと、確かに、短い針は“7”を、長い針は“1”を示していた。守矢神社の中で
「わっ、す、すみません。すぐに準備しますっ!」
諏訪子に向かって小さく頭を下げると、早苗は素早く布団を畳み、枕元に置いてあった巫女服を確認した後に、寝間着に手をかける。先ほどの夢について、考えながら。
一体、あの夢は何なのだろう――先日、この世界から消えてしまった少年、想也と瓜二つの容姿をしたあの彼は、なんだったのだろう。
「…………」
けれど、このまま放っておいていいような問題ではないことは、何となく分かっていた。
彼の言うことが本当なら、残された時間はあと約十九時間。早く神社での仕事を終わらせて、取り敢えず霊夢さんのところに行ってみよう――早苗は今日の予定を大雑把に決めた。
「……で、諏訪子様。早く出ていってくれませんか? 着替えるので」
「えー、いや、早苗って私の娘みたいなもんだし? 娘の成長を生で見たい? 的な?」
「指をいやらしく動かしてる人が言っても説得力がありません」
「ちぇー」
◆◆◆
「あ、おはようございます、霊夢さん」
「……んぅ? あぁ、早苗か――何の用? こんな朝っぱらから。……あふ」
着替えの時に決めた予定通り、朝食を食べた早苗は博麗神社に来ていた。
頭を軽く下げ、霊夢に挨拶をする早苗。その挨拶を聞いた霊夢は、ワンテンポ置いてから、自分に挨拶をしてきた人物が早苗であることに気付く。彼女にしては反応が遅い。
そう思った早苗は、少し霊夢を注視してみる――最初に気付いたのは、霊夢の艶のある黒色の髪が、ところどころハネている点。早苗の記憶が正しければ、霊夢の髪の毛にこんな癖はなかったはずだ。そうなると、霊夢のこの髪は、一体何なのだろうか。
次に気付いたのは、彼女が先ほどから、欠伸を連発しているということ。
欠伸とは、眠い時や疲れた時、または退屈な時に口が自然に大きく開いて出る息のことである。つまり、今の霊夢は、眠いか、疲れたのか、退屈なのだろう。
情報がある程度揃ったところで、早苗はそろそろ纏めに入る。
まず、欠伸をしている理由。眠いか、疲れたか、退屈かの三パターン。退屈はすることがなくて困っている時のことを言うため、
となると、後は眠いか、疲れたかの二択だが――ここで出てくるのは、霊夢のハネた髪の毛。
繰り返すが、早苗の記憶の中に居る霊夢にはこんな髪の毛の癖はない。彼女の髪は、常にさらっとしていて、手触りの良さそうなものだった……なら、何故、今の霊夢の髪は、こうもハネてしまっているのか。
材料は揃った。
「これが私の答えですッ!!」
「!?」
某論破ゲームの主人公をイメージしながらも、早苗は叫んだ。
「霊夢さん! 貴女は、つい先ほど起床しましたね!」
「え、そ、そうだけど……」
現在の時刻は八時十分。
霊夢が起床する時刻は八時ピッタリ。早苗の推理は当たっていた。
「だから、貴女はやたら眠たそうにしている――髪の毛がやたらハネてしまっている! そりゃ、そうです! 大半の人が起きた直後は二度寝しようとする位に眠気があるし、起きて間もないのだったら、寝癖を直す時間も取れやしないんですもの!!」
エクスクラメーションマークを連発しながら、自分の推理を吐き出していく早苗。いつになくハイテンションな彼女に、流石の霊夢も多少の動揺を見せる。
「えーっと、早苗? なにそんな、探偵染みたことをしているのかしら。いや、確かに、言ってることは当たってるけど……」
「特に、霊夢さんなら尚更です! 霊夢さん、あんまり身嗜みとか気にしませんから」
「私だって身嗜みくらい気にするわよ馬鹿にしてんの!?」
「しゃーっ」と、まるで猫が威嚇するかのように叫ぶ霊夢を宥めつつも、早苗はにやにやと霊夢を小馬鹿にするような表情を取りながら、
「いやっ、決して、そんなつもりで言った訳ではあるのですけど」
と返す。
「おーけー早苗。そこに正座しなさい」
「どうどう」
堪忍袋の尾が切れかけたらしい。霊夢は大きく腕を振り上げる。その辺りでそろそろ不味いと判断したのか、早苗は興奮した牛を宥めるかのように、霊夢を落ち着かせる作業に取りかかったのだった。
「で? 一体、何の用なの?」
八時二十五分。博麗神社の居間にて、霊夢と早苗は、机を挟んで向き合っていた。霊夢の髪は、先ほど早苗と乱闘した時とは違い、しっかりと解かされている。
霊夢の問いに、早苗は「はい」と頷いた後に、ゆっくりと言葉を続けた。
「夢を見たんです。黒橋くんの夢」
黒橋。
黒橋 想也。
霊夢からすれば、数日ぶりに聞いた名前だった。
「ふぅん、そうなんだ」
霊夢は平然としながらそう言うと、自分で淹れたお茶を啜る。自画自賛になってしまうが、美味しかった。
「で、それが、どうかしたの? 『彼が死んで数ヶ月、時が過ぎるのは早いですね』とか、そんな世間話をしに来たんだったら、仕事の邪魔なんだけど」
「人、来ないじゃないですか、この神社」
「喧しい――で、どうなのよ。私、眠いから、早く寝たいんだけど」
「また寝るんですか」
どうして私と霊夢さんではこんなに性格が違うんだろう――私もこんな性格だったら、外の世界でも比較的楽に生きてこれたのだろうか? そんな、今更考えたところでまるで意味の無い仮説を脳内で検証し終えた早苗は(その間僅か0.5秒)、霊夢が淹れてくれたお茶を啜りながら、霊夢の質問にどうやって返そうか、と考える。
別に何かを誤魔化したい訳でもないため、考える必要性は全く無い。
自分が感じたことを、隠さずに話せばいいだけ。
「いや、実はですね。夢に出た彼、何だか様子が変だったんです。何て言うんですかね。奇妙っていうか、気持ち悪いっていうか……」
「……成る程」
早苗の話を聞いて、霊夢は顎に指を当て、軽く俯きながらそう呟いた。「え?」と、早苗が頭上に疑問符を浮かべる。
「成る程。やっぱり、そういうことなのね……まぁ、予想は出来てた。正直、それしかなかった」
話がまるで分からない。何言ってるんだコイツと、早苗は霊夢に不信感を抱いた。
抱きながらも、ふと俯いている霊夢の表情が気になり、早苗は立ち上がって霊夢の横に移動してから、屈んで彼女の顔を覗き込む――と。
彼女の、いつも呑気に、悪く言えばへらへらしているはずのその顔は、しかしその時、どう見ても曇っていた。
あからさまに、眉をひそめていた。
「ど、どうしたんですか? 霊夢さん」
心配になった早苗は、霊夢を気遣うような言葉を放つ。それに対して霊夢は、「……あぁ」とワンテンポ遅れて反応した後に、
「ごめん、話を続けて。それで、
と、早く続きを話すよう促した。
元より、早苗は夢の中に出てきた“彼”が言っていたことを霊夢に隠すつもりはなかった。嫌がる理由なんて存在しない。早苗は小さく頷き、話を続ける。
「彼は、自分は私の知っている彼とは違う彼であると言いました」
「で?」
自分が知りたいのはそんなことではない、と言いたげに、霊夢は早苗に言葉を続けるよう仕向ける。
「彼は、自分は今日の深夜二時、丑三つ時に、この博麗神社に現れると言いました」
「……で?」
違う、霊夢が聞きたいのは、その先である。
その“彼”が、丑三つ時に博麗神社に現れて、何がしたいのか。それが知りたい。
「……彼は、言いました」
対策を練っておいた方がいいんじゃないか? と。
幻想郷がどうなってもいいなら別に何もしなくていいけどね、と。
いつになく真剣な眼差しを向けてくる霊夢に違和感を覚えながらも、早苗は夢の中で“彼”の放った言葉を、霊夢に伝えた――そうだ、自分は、この言葉が何よりも気にかかったから。だからわざわざ、霊夢に相談をしに来たのだ。早苗はそう思いながらも、霊夢の様子を伺う。
彼女は、笑っていた。
「……全く、笑わせないでほしいわね」
どうなってもいい訳ないじゃないか。
ハッキリと、霊夢は思う。
何故なら此処は、
聞くまでもない。彼女の答えは、考えるまでもなく決まっていた。
「――早苗。今から教える結界、丑三つ時までに実践レベルに仕上げて、此処に来なさい。事情は、後で説明するから」
「はい」
早苗にとっても、幻想郷の破壊は都合が悪い。疑問に思うことはあれど、断る理由は一切無い。
躊躇うこともなく、早苗はその首を縦に振ったのだった。
◆◆◆
すっかり外は暗くなり、人里の中でさえ、人が出歩くことは少ない時間。草木も眠る、丑三つ時。
しかしそんな時間でありながら、人里から少し離れた位置にある神社――博麗神社には光が灯っており、それどころか、名のある妖怪や人間(人外)が揃っていた。
紅霧異変の黒幕、レミリア・スカーレットと、その妹のフランドール。そして、レミリアの従者であり、幾つかの異変解決に貢献した十六夜 咲夜。
地底の嫌われ者である覚り妖怪の姉妹の姉、古明地 さとり。
努力を重ね続ける魔法使いの少女、霧雨 魔理沙。
山の上の巫女、現人神である東風谷 早苗。
楽園の素敵な巫女、博麗の名を継ぐ、博麗 霊夢。
そして、妖怪の賢者、八雲 紫。
彼女らの視線は、ぶれることなく、たった一ヶ所を――否、たった一人を、見つめていた。
“真っ黒”な少年の姿を。
「……準備万端のようだね」
その言葉に、返答する者は居なかったが、『ボク』の言った通り、彼女たちの準備は万端である。
そのことを理解した『ボク』は口角を釣り上げ、不適に笑うと、言った。
「さぁ、始めようか」
『ボク』が言うと同時、彼女たちは一斉に動きだし、それを見た『ボク』も、剣を取り出し前方に走り出す。
言葉通りの、“最終決戦”が幕を開けた。