東方事反録   作:静乱

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 黒橋 想也は『封』じられた。


『封』

 地底にある『地霊殿』の主、その名も古明地 さとり。実を言うと今日、彼女もまた、黒橋 想也の――『ボク』の夢を見ていた。

 さて、では東風谷 早苗が見た夢と同じ内容の夢を見たのかと言えば、そんなことはない。

 さとりの夢の中に姿を現した『ボク』は、早苗に放った“『ボク』は今日の丑三つ時に姿を現すよ”的な発言ではない、()()()()()()()言葉を放っていた。

 

「さとりは、『ボク』から『僕』を引きずり出す上での、切り札的存在なんだぜ」

 

 意味が分からなかった。

 

「……はい?」

 

 『僕から僕を引きずり出す』

 

 想也に起こっていた『異常』には一切関与していないどころか、そもそも幻想郷に想也が居るということすら知らなかったさとりである――だから、目の前でニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている『ボク』が放ったその言葉は、さとりからしてみればそんな風に聞こえて……珍しく、さとりは頭上に疑問符を浮かべながら、首を傾げた。

 あれか、所謂、“厨二病”を拗らせてしまった結果なのだろうか――随分と前に想也と交わした、覚えている必要性が皆無であると言える会話をふと思い出しながらもさとりは思う。

 当然ながら今のは、珍しく『ボク』が割と真面目に言った言葉であり、決して“厨二病”を拗らせてしまった者の末路を一言で表現した言葉ではない――想也は“厨二病”だし、彼の裏である『ボク』も同様だが、それでも今回の言葉はそうではない。

 

「あ、そういや、さとりは細かい事情は知らなかったよね――それどころか、『僕』が幻想郷に居たことも知らないんだっけ? うーん、面倒だけど、しゃーない。軽く説明するか。つー訳でさとり、一回しか言わないから、しっかり覚えてよ」

「えっ? いや、ちょ、ちょっと待って。少し落ち着かせて……」

「返事は?」

「……はい」

 

 説得は無理だと悟り、仕方なく、さとりはコクリと頷いた――頷きながらも、不味い、と思う。

 

(……話の主導権を握られている)

 

 『覚り妖怪』であるさとりとしては、出来れば避けたい状況だ。

 相手の考えを読み、相手がどうしたいかを読み。常に相手の思考を先取りし、それに対する的確な回答を用意してしまうことで、相手を上手く説得する“話術”――それこそが『覚り妖怪』の本領であり、本来の戦い方。故に、彼女たちは常に話の主導権を握ることこそが最重要事項であると言っても過言ではないのだが……今回は、()()()()()()

 目の前で不敵に笑う彼の心は、闇に包まれていて、『覚り妖怪』の力を持ってしても、覗くことは不可能だった。

 これでは、話の主導権を握ることなど出来やしない――普通の妖怪だったならまだ良いにしても、今回の相手は誰がどう見ても意味不明で、不気味な雰囲気を纏っている『ボク』である。尚更厳しい。

 

「じゃ、早速――まず、前提として。『ボク』は、君の知る黒橋 想也じゃあない……まぁ、そもそもこの姿が黒橋 想也のモノだから、間違うのも無理はないけどね」

「……すいません、それは最初から何となく分かってます」

「え? そうなの?」

 

 逆に、分からない奴なんて居るのだろうか、と疑問を抱くレベルだとさとりは思う。というか、現にさとりは、そんな疑問を抱いている。

 

「なぁんだ……ちぇ、数秒だけとはいえ、無駄な時間を過ごしちゃった」

 

 たった数秒を無駄にしただけでそういうくらいなら、今そうやって呟いている間に話を進めればいいのにと、そう思ったさとりだったが、何となく『ボク』に助言をするのが嫌だったので、そのまま悔しがっている『ボク』の姿を見守った。

 そうしている間にも更に数秒の時を無駄にした訳だが、その事実に『ボク』は気付いていない。気付いたとしても、再び時を無駄にしたことを嘆いて更に時を無駄にするという無限ループに陥るだけなので、さとりとしては是非ともその点に気付いてほしくない。流石に、この場で延々と『ボク』が嘆く様を眺め続けるのは嫌だった。

 数秒後、さとりの願いは一応叶う――ふと我に返った『ボク』は二、三度咳をすると、律儀に「失礼失礼」と断ってから、逸れてしまった話を元に戻した。

 

「はぁ、まぁいいか……じゃあ気を取り直して。まずは『ボク』のことについて話すよ。『ボク』は君の知る黒橋 想也ではない、ってさっき言ったけど……じゃあさとり、君は『ボク』が何者なのか、分かるかな?」

「分かりません」

 

 即答。少なくとも現状、これだけは確信を持って言えた。

 

「逆に、分かる人なんて居るんですか?」

「分かる人」

 

 復唱して、『ボク』は一瞬、考える素振りを見せる。

 

「……あぁ、うん。居ないね。黒橋 想也――『僕』だって、最初は『ボク』が何者なのか、分かっていなかったな。“お前は何者だ、どうして僕の中に居る”なんて言いたげに、『ボク』を睨んでたっけね。というか言ってた気もする」

「……そうですか」

 

 そりゃそうだ考えるまでもないでしょう馬鹿ですか、と心の中で悪態をつくさとり。

 この思考を、というか今までさとりが脳内で考えたこと全てを『ボク』は把握していたのだが、その点に関して『ボク』が言及することはなかった――多少ムカついたりはしたし、うるせぇ小五ロリが! と言い返したい衝動にも駆られたけれど、『ボク』は今日、さとりと戦うために来たのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この場に来たのだ。

 

「――と、危ない危ない。また話が逸れちゃったね」

 

 逸らしたのは貴方だろう、と衝動的に言いかけるさとりだったが、寸前で、今回話を逸らしたのは自分だったことに気付く。少しだけ悔しくなった。

 

「本題に戻そう。えぇと、さとりに『ボク』の正体をクイズ形式で聞いたんだっけ?」

「……数十秒前に自分が言ったことを忘れないでください」

「ごめんごめん、都合の良いことや都合の悪いことはどちらもすぐ忘れるって決めてるからね、言ったことはすぐ忘れちゃうんだ。『ボク』は、そういう性格だから」

 

 そういうh(S)(y)(s)n(t)(e)(m)k(e)(r)(r)(o)(r)から。

 

「んで、じゃあ、そろそろ正解を発表しようか。れでぃーす、えーん、じぇんとるめぇーん! お待たせ致しました、これより正解発表に入りまぁーす!」

「……あの、そういうのは、いいので」

「あっそう? ちぇ、さとりんノリ悪いんだね」

「さとりんは止めてください」

 

 というか、本当は名前も呼んでほしくない――気色が悪いから。

 知人の顔で、私の名前を呼ぶな。さとりは強く、そう願う。

 

「あぁ、はいはい、分かりましたよ。じゃあ古明地、正解発表の時間ね。『ボク』は『裏』だよ。黒橋 想也の『裏』」

「……『裏』とは、つまり、二重人格的なモノ、ということですか」

「いーや、そうじゃないかな。一応、黒橋 想也くんはそういう病気じゃない――まぁ、そうなっても可笑しくない少年時代を過ごしてはいたけどね」

「はぁ……」

 

 黒橋 想也の少年時代。

 ズタズタでボロボロな人間関係、凸凹で歪んでいた物の見方。歪むべくして、黒橋 想也は歪んだ――その事実は、さとりは勿論として、当の想也ですら知らない。

 彼は、自分はちょっと可笑しい奴だとは思いつつも、屑でひねくれものな奴だとは思いつつも、歪んでいる人間だとは微塵も思っていない。

 

「じゃあ、一体、どういうことなんですか?」

「いや、まんまだよ。二重人格でなくとも、『ボク』は黒橋 想也くんの『裏』なのさ。だから理由なんてない。要は、理解しようと努力するだけ無駄ってことさ」

「……そうですか」

 

 ややこしいな。というか、するだけ無駄なら最初からそう言ってほしい。ちょっとでも分かろうと努力してしまった自分がアホらしくなってしまうじゃないですか。

 口に出して言う勇気は、残念ながらさとりには備わっていなかった。

 

「さてさて、ようやく『ボク』の自己紹介が終わったね。結構時間も押してるし、ここからはパパっといこう。頑張って着いて来てよね、古明地」

 

 返事をするか否か迷ったが、ここは素直に頷いたさとりだった。なるべく早くこの場所から抜け出したい、というのが、今のさとりの一番の願いである――まもなく。

 まもなく、その願いは叶ったりする。

 とはいえ、結局その後に『ボク』とは会わなければならなくなるのだけれど。

 

「これが本題。実は今、黒橋 想也の身体は何者か――隠す必要ないや。『ボク』に侵食され、とうとう乗っ取られてしまいました!」

「乗っ取られ……え?」

「大体の人はもう想也くんは居なくなってしまったと思っているだろうし、そういう解釈をするようにしたのは『ボク』なんだけれども、実はまだ、想也くんの人格はこの身体の中に残っています、封じられています――そこで!」

「ま、待ってくださ……」

「そこで、古明地の出番だ! 博麗たちと協力して、『ボク』の中に眠る想也くん――『僕』を、引きずり出してくれたまえっ!!」

「すいませ、もう一度お願いしま……」

「じゃねッ!」

「あぁっ」

 

 夢は覚めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『覚り妖怪』は心を読む。

 故に『覚り妖怪』は、言葉を持つ者に嫌われる――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 言葉を持つ生物は総じて他とのコミュニケーションを図りたがるが、その際に一番お手軽なコミュニケーションの方法が“会話”という行為だ――この行為を通して、他人と他人は繋がりを持つ。しかしその行為が成立しなかった場合、どうなるのかと言うと……その一例が『覚り妖怪』だろう。

 

 “何かを話そうとしてもそれを先に言われてしまう”

 “何も言わなくても勝手にあっちが進めていく。こんなの会話じゃない”

 “こいつ、苦手だな。会話が成立しないから”

 

 これらの思考も『覚り妖怪』に届く。

 誰からも嫌われ続ける『覚り妖怪』の心には、ゆっくりと、しかし確実に、悔しさや怒り、憎しみが溜まっていく――それらが最大にまで達した時、『覚り妖怪』には二つの選択肢が突きつけられる。

 

 全てを拒絶し、第三の眼(サードアイ)を閉じるか。

 新たな“力”を得る代わりに、永遠に他人の心を読み続けるか。

 

 ――前者が古明地 こいしで、後者が古明地 さとりだった。

 心優しく、とても繊細だったこいしは前者を選び、どれだけ辛くても、それでも他人を信じてみたかったさとりは後者を選んだ。

 どちらも間違った選択はしていない。

 こいしも正解だし、さとりも正解だった。

 

 

 

 さて、永遠に心を読み続ける代わりに得た新たな“力”だが。

 その“力”を、今までさとりが使うことは無かった――何故ならそれは、心を読む“力”なんて霞んでしまう程の凄まじい“力”だったからで。

 心を読む“力”よりも、忌むべき“力”だったからだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「“心の中に入り込む力”――か」

 

 そう言って、魔理沙は唸る。

 

「成る程、そりゃ恐ろしいな。つまりソレ、下手をすれば相手の人格をすっかり変えてしまうことすら出来てしまうんだろう?」

「えぇ――使ったことは一度もありませんが、恐らく、可能でしょう」

「うへぇ。さとりが良識ある奴で良かったぜ。もしその“力”を使うことに迷いがない奴だったら、ということを考えると……もしかしたら、今、私はこうして怖がっていられなかったかもな」

 

 そう言って、魔理沙はへっへっへ、と笑った。

 笑って、すぐに真剣な顔に戻ったかと思えば、今度はにたりと悪い笑みを浮かべ、『ボク』の様子を伺う。

 

「――だそうだ。よかったな、さとりの初めてを貰えて」

「言っとくけど、『ボク』の趣味は年上のお姉さんだから。『僕』とは違うんだよ」

「軽口叩いてるけど、お前メチャクチャ震えてるぞ」

「こ、怖くねーし、予定通りだし」

 

 とは言うものの、やはり魔理沙の言う通り、『ボク』はブルブルと身体を震わせていたし、余裕に溢れている何時もの笑みも、今回ばかりは歪んでいた。『ボク』からしても、相当厳しい状況であることが伺える。

 

『…………』

 

 そんな『ボク』の様子を見て、さとりたちは疑問を覚えた。

 よく考えてみれば、この状況を――さとりに心の中に入り込まれる状況を――作ったのは、他でもない『ボク』である。実はこれも作戦の内で、心の中に入り込ませたさとりを何らかの方法で洗脳したりとか、そんな展開が有り得るのではないだろうか……彼女らがそんな風に疑心暗鬼になるのは当然だったし、

 

「一応、今の彼は無力な訳ですし、もう少し様子を見ませんか?」

 

 だから、さとりがそんな提案をしたのも当然で、

 

「……それも、ありかもね……」

 

 さとりの提案を聞いた者たちがそう呟くのも当然で、その呟きを聞いた『ボク』が「え、ちょっと待って、どうして、何でこういう時に限ってそんな慎重になっちゃうの勘弁してよ」と本気で焦り始めたのも当然だし、少し考えた紫が、結論として「じゃあ古明地 さとりの言う通り、少し様子を見ましょう」といった言葉を放つのも、当然だし――――。

 

 

 

「いや、問題ないわ」

『え?』

 

 その場の者たちが、揃って振り向いた。

 それも当然だった――だって、当然から外れた者が居たのだから。

 何事にも縛られずに空を飛んでいる、そんな少女が居たのだから。

 

「大丈夫よ――さぁ、さとり。始めなさい」

「え、ちょっと、待ってくださいよ。どうして、そんな風に言い切れるんですか……?」

 

 動揺して、心を読む前にそんな問いを挟むさとりに、少女は言った。

 

 

「勘よ」

 

 

 少女――博麗 霊夢は力強く、自信満々に、そう言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

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