妖怪は気絶してからの立ち直りが早いようで、数分経っただけで、椛はうーん、と唸った。もう起きるのね、早いね。
「……いつつ、こ、此処は……?」
と、言っても、寝起きが悪いというのは、人間と同じのようだ。多少混乱している。
……この隙に。
「申し訳御座いませんでしたー!」
初手土下座安定、という単語は、こういうタイミングで使うべきなのだな、と、よく分かった瞬間である。これからこのスキルが必要になるのか、と問われればそれは限りなく不明だけれど。
「……えっ?」
僕を視界に入れて、椛は頭上に疑問符を浮かべた。そして、ここまでの経緯を思い出すように指を顎に当て、……あっ! と、思い出したように呟く。
「そうでしたっ。貴方は侵入者!」
「だから謝ってるんでしょ!? 天狗のテリトリーって知らなかったので入っちゃいました、許して下さいって!!」
「そうなんですか!?」
「そうなんです!」
妙にハイテンションな投げ掛けにお互い疲労しつつ。
漸く話し合うことが出来そうだったので、僕はこれまでの経緯ーーどうして天狗の支配する山に入ってしまったのか、ということを、大まかに説明する。
具体的には、二柱と喧嘩して飛び出して来たという事、宵闇の妖怪(ツンデレ)に挨拶して歩き回ってた事、平面を歩いていた筈なのに、いつの間にか斜面を歩いていた事、そして椛に襲われた、と。
とりあえず、決して悪意が有って山に入った訳ではない、という事が伝わるように、ゆっくりと話した。
「ふむ……」
全て話終えると、椛は考え込むようにうつむいてしまう。……しかし、これはかなり好印象かもしれない。少なくとも、真実かどうか、と考えてはくれているようだから……。
希望は前に進むんだね。素晴らしい言葉だよ苗木くんっ!
「……正直、私個人としてはまだ貴方を疑っています」
「あぅあぅあー!!」
駄目でしたー! と頭を抱える。
が、椛の言葉にはなんというか、続きがありそうだった。……これはまだ、可能性があるかも知れない。諦めたらそこで試合終了って言葉もあるくらいだし、もう少し、逃げるのは待ってみようか。
……最初から逃げればよかったんじゃ……。
「ですが」
多分、この時の僕の感情は、顔文字で表すことが出来るくらいに単純だったと思う。具体的に言えば、『キター!!』ってやつ。
「私の独断で貴方を斬る、というのは些か失礼かな、とも思います。少なくとも、気絶している私に危険がないよう、見ていてくれる優しさは持っているようですし」
それはちょっと勘違いだと思うが、指摘したら斬られそうなのでやめておく。
「貴方に悪意がない、というのも、もしかしたら本当かもしれません。……ですので」
「ですのでっ!?」
思わず、身を乗り出して復唱してしまった。
椛が少しだけ肩を震わす。驚かせてごめんなさい、と、心の中で謝った。
「大天狗様に、貴方の処遇を決めてもらいましょう」
「……お、おう」
少しばかり、死亡フラグのような気がした。
◆◆◆
天狗の館、に向かう最中。
原作キャラの『射命丸 文』に遭遇した。
「おや? 椛。男が出来たんですか?」
冷やかすように、にやにやと言う文。少し苛立つ。
彼女ーー『射命丸 文』は、東方風神録四面ボスである。原作においては文々。新聞を発行している、自称『伝統の幻想ブン屋』
二次創作ではうざったいキャラとしてよく描かれている。この文もそれに近い感じだろう。
「……違いますよ。侵入者です」
「あら冷たい」
へらへら、と文は笑う。
その後、僕に向き直って、じろじろと見つめ始めた。仮にも美少女である彼女に見つめられるというのは、男として何かこう、ぐっとくるものがあるのだけれど……。
「……しかし、そうですか、侵入者ですか。……ふむ、中々に美形ですね。新聞に載せても宜しいですか?」
「……因みに見出しは?」
「『女嫌いの椛、人間の彼氏を作る!?』です」
「…………」
無言の怒り、というやつを背後から感じたので、咄嗟に僕は、身を横に投げ出す。寸前で飛来する大剣。サクッ、と文の額に刺さった。ギャァァア! と、何処か梅図○ずおチックな叫びを上げる。
「い、痛い! 何するんですか椛ぃっ」
「文さんが馬鹿なことを言っているからでしょう!?」
わーきゃーと喧嘩を始める二人。
まさしく犬猿の仲ーー椛が犬で、文が猿といったところだろうか。素晴らしいまでの配役バッチリ感に何故か関心しつつ、僕は二人の喧嘩が収まるまで、お茶を飲んでいるのだった。
……他の天狗からの視線が痛いから、早く大天狗さんのところに案内してくれ。
◆◆◆
「……という訳なんですが」
大天狗様に会って、椛が経緯を話終えて、現在に至る。正座が辛い、助けて。
「……っ!」
何者かに足をつつかれた。思わず声をあげそうになる。……何者か、と言ったが、誰かは分かっている。文だ。何故か着いてきて、僕にちょっかいをかけてきてる文だ。
仮にも大天狗の前なのに、どうして彼女はこう、呑気に僕の足をつついていられるのだろう。畜生、こうして実際に会ってみると、予想以上にうざったい。
「それで、この少年の処遇なのですが……」
「あぁ。別に、特に何もしないでいいぞ?」
軽い口調で、大天狗は言う。
僕なんて、ただの人間一人なんて、どうでもいいかのように。……それとも、どうでもよいのか。
「……えっ!? い、いいのですか!?」
「いいと言っているだろう? そもそも、私は平和に過ごせればそれでいいのだ。その人間が我らに危害を加えるつもりがないのであれば、逃がしてもいいし、いっそここで暮らしてもいい」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
心底驚いた様子の椛。……まぁ、僕も相当驚いているが。大天狗の側近の天狗も。襖の外でこっそりと聞いている天狗達も。
……唯一、文だけはスクープスクープ! とメモしているけれど。
「……じゃあ、僕は帰っていいですか?」
「いいぞ」
「やったぁ!!」
ガッツポーズ。
「……と言いたいところだが、実は一つ、困ったことがあってな」
「なんでやねーん!!」
僕の喜びを返せ。詐欺だこんなの。
訴えても、この時代では裁判なんか起きやしないだろう。起きたとしても勝てる自信ないし。
「実は、私の友人が今来ていてな。強い者と戦いたいと聞かないのだ。お主、中々腕がたつようだし、引き受けてくれ」
何故僕が戦闘しなくてはならない!
腕がたつと言っても、ある程度の妖怪なら相手出来る、というくらいだ。恐らく大天狗には勝てないだろうし、その友人にも勝てる自信はない。
…………。
「……拒否権は勿論」
「ない」
「あっはっはー!」
笑ってみた。
とうとう可笑しくなったか、ってツッコミくらいくれるかと思ったけれど、誰も僕を見て黙っているだけ。ドン引きってやつか。集団虐めやめてくれ。
「……その友人の種族は?」
その昔、天狗と関係を築いていた種族というのが一つしか思い当たらない。しかもその一つだけ思い付いている種族というのが、一番相手したくない種族だ。
どうか、この時だけは僕の運が良いように……。
「鬼、というか、鬼子母神だな」
神は、僕をお見捨てになったようです。