STAGE-1 『嫌い』
「……よ」
「お前は何処の魔王様なんだよ」
段々、『ボク』の対応に慣れてきている気がする。嫌悪感は相変わらずだけれど。
「アハハ、まさか本当に倒せるなんて思ってもみなかったよ。『ボク』の予定では、君は敗北して、『ボク』がどうにかするつもりだったのに」
「そして、そのまま僕に身体を返してくれないんだろ」
「大正解。中々察しがいいじゃん?」
「……表情でバレバレだ」
「『ボク』はいつもへらへらしてるつもりだけどねぇ、キヒャヒャ」と気持ち悪く笑う『ボク』。最悪だ、何故また、ここに来てしまったのだろうか。……こいつが、僕の身体を内面から乗っとってきてたり……。まさかね。
「……それにしても、中々主人公らしい台詞を言ったもんだね。ヒャヒャ」
「えっ」
なんだっけ。
「『あの子が死んでいいはずがない。……僕が許さない』だってさヒャヒャヒャヒャ!! ちょー受けるんですけどー!」
「……」
「うっわ、顔真っ赤じゃん。笑えるー!」
……あの時色々と必死だったとはいえ、恐ろしく恥ずかしい台詞を言ったものだ、と赤面する。と、ここで一つ、気になることが。
……あれ、待てよ。『あの子』って、小傘ちゃんのことだよな。この台詞じゃ、まるで……。
「『僕が小傘ちゃんのこと好きみたいじゃないか……?』。いや、だって、お前小傘のこと好きじゃん」
「……っ!」
「うわー、茹でた蛸みたい。自覚無かったのかよ」
ある訳ないだろうが。いや、確かに小傘ちゃんは僕にとってとても大切な存在で、願わくばずっと一緒にいたいと思っているけれども……。
「それが好きってことなんだと思うんだが」
「……」
その通りだった。
……じゃあ、あれか? 僕は小傘ちゃんの、いわゆる『恋人』になりたいってことか? そういうことなのか?
「そういうことだろ」
「……」
悶絶。いや気絶はしてないけど、それでもかなり近い表現であることに変わりはないというか、ほぼ的を射ている。僕は悶え、苦しみまくった。痛みとかそういうのとは全く無縁の理由で。これはちょっともう、色々とやばい。頭の中に小傘ちゃんのことしか浮かんでこなくなってきた。
笑顔の小傘ちゃん、泣いている小傘ちゃん、怒っている小傘ちゃん、僕を慕ってくれてる小傘ちゃん。どんな小傘ちゃんでも、全てが愛しくて堪らない。ちょっと待って、このままじゃ、本気でやばいって。
「……【『僕』が悶えてる事実】を反対に」
「はっ。あ、ありがと……」
見かねた『ボク』が、能力でどうにかしてくれた。感謝はしておく。
……が、こいつ、いい奴じゃん! とかは一切思わない。こいつがいい奴と思える時は、きっと来ないだろう。
「だろうね。『僕』は『ボク』が嫌いだし、『ボク』は『僕』が嫌いだよ。違う自分っていうのは、どちらも受け入れることはできない存在であって、嫌悪するのは当然なのさ」
「……その通り、だね。僕は、『ボク』のことが嫌いだ」
「『ボク』は、『僕』のことが嫌いだ」
「「君なんか、消えればいいと思ってる」」
声を揃えて、同じ言葉を発した。打ち合わせも何も無しにこんなことを成功させるってことは、やっぱり目の前にいる『ボク』は『自分とは違う自分』だけれど、『自分』なんだと、実感させられる。
「そんな思考をしている君に朗報だ。さっさと起きないとやばいぜ? ……また、異変だ」
「……異変? 異変は、解決したじゃないか」
「それは『西行妖』の件……いわゆる『春雪異変』の話だ。『永夜異変』が始まっている。だから『僕』、起きたら竹林に向かえ。懐かしい奴に会えるぜ。復讐を誓い、永遠を生きる決意をした、少女にな」
「……それって、どういう……」
「おいおい、地の文くらい挟めよ。読者様が呆れちまうぜ?」
「……この世界は、小説じゃないだろ。君は安心院さんか」
「おっと、そんな訳じゃない。そうだな。小説じゃあなかったな。ま、それはいいんだ。じゃーな」
「……っ!」
◆◆◆
……誰かが僕を呼んでいる。誰だろう。ちょっと、今は眠いんだけど……。
「……きて! 起きてよ想也!」
「!? あ、あぁ、フランか……」
どうやら、僕を呼んでいたのはフランだったらしい。……それにしても、どうしてそんなに焦っているのだろう? 何か困ったことでもあったのだろうか。心配の念を込めた視線を向けると、フランはぷくー、と頬を膨らませ、びしっと指差し、一言。
「あぁ、フランか……じゃないよ! 私が起こしたらすぐ起きてっていつも言ってたでしょ? どうして何十日も眠ってたのさ!」
「え、えぇ……? そう言われても……」
「口答えしない! 起きろって言われたら起きるの! わかった?」
「あ……はい」
僕って、執事的な何かだったっけ? そんな役職には付いていなかった筈なんだけど。いや、別に、そういう役職でもいいんだけどさ。
……それはともかく、何十日? 確かに異常過ぎる脱力感に襲われて倒れたけど、そんなに寝ていたのか? ……それなら、次の異変が始まった理由にも、なることにはなるけど。
「そうだ! お姉さまと咲夜が異変解決に行っちゃったの! だから想也、一緒に遊んでよ!」
フランが僕にねだってくる。遊んでやるべき……なんだろうけど。
『懐かしい奴に会えるぜ。復讐を誓い、永遠を生きる決意をした、少女にな』
……誰かは、既に検討が付いている。
だから、行かなくちゃ。
「……ごめんよ、フラン。行かなくちゃ」
「……行くって、どこへ? まさか、異変解決に行くの?」
途端に、フランが悲しそうな顔をした。心が痛む。……だけど、それでも行かないという選択肢は出せない。
「ごめん。小悪魔さんと遊んでいてよ」
「……私は想也と遊びたいんだよ。小悪魔となんて嫌」
「そんなこと言っちゃ駄目だよ」
フランがその小さな手を握り締める。その表情はあまりにも弱弱しくて、今にでも泣き出してしまいそうだ。……お願いだから、そんな顔をしないで。
「お願いだよ。我慢して?」
「私はもう沢山我慢したよ!? 何百年も誰とも遊べないで、寂しい思いもして、やっとお姉さまと仲良くなれて、これからいっぱい遊びたいのに……! それでも、想也はまた、私に我慢しろって言うのっ!?」
フランは僕に、叫んだ。
「……ごめん。帰ってきたら、一緒に遊ぶから」
「嘘! この前の異変の時、帰ってきたら遊んでくれるって言ったのに、想也は遊んでくれなかった! 今度だってきっと同じだよ!」
「……っ」
何も言い返すことができない。今度だって何が起こるかわからないんだ、不用意に変なこと言って、フランの言う通りになってしまったら、更にフランを傷つけてしまう。
「……」
……何も、いえない。しばらく沈黙していると、フランはふっと笑った。……とても悲しそうに。
「……あはは、そっか、それでも遊んでくれないんだ。……いいよ、行けばいいじゃん」
「っ!? ふ、フラ……「行けばいいって言ってるでしょッ!」!?」
唐突な叫びに、頭の中が真っ白になる。
「早く行ってよ! 遊んでくれないんだったら!」
「あ、その、フラン……?」
「煩いっ! 機嫌取ろうとしないで! 想也なんて大ッ嫌い!」
「……ご、めん……。僕、行くよ……」
どうして、こうなってしまったのか。答えはわからない。ふらふらと、部屋を出た。