「……あのぅ、咲夜さん。ここはどこですか」
「見て分かる通り、竹林ですよ」
それは分かっている。聞き方も悪かっただろうが、聞きたいのはそれじゃない。
「……何故僕は竹林にいて、咲夜さんに背負られているのでしょうか」
「病院に行くんです」
「病院ですか」
この幻想郷にも医者はいたんだな、当然か。と考えつつ、咲夜さんにもう一つ聞いてみる。
「……どうして竹林に病院を構えているんですか、そのお医者さんは」
「今までは月の追っ手から逃げていたとかなんとか言っていましたよ」
「月ぃ!?」
「驚くのはわかりますけど、耳元で叫ばないでくださいよ。キーンってします」
驚かない訳がないだろう。月の追っ手から逃げている医者っていったら、多分あの人しかいないから。
「……もう予想つきましたけど、その医者の名前八意 永琳ですよね」
「あれ? 知ってたんですか。ならばお話は早い」
「早くねぇよ! あの人に治療頼んだら大変なことになる!」
「あら、腕は確かのようですけど」
「腕はいいな! 腕はいいよ! 問題は他にあってだな! ……もういいや」
人間諦めって大事だからね。もうどうでもいいわ。潔く諦めよう。
「そうですか。さて、着きましたよ。すいませーん」
そう咲夜さんが言った瞬間、目の前に屋敷が出現する。えぇ、早くないですかね。さっきまで竹林の中だったのに。あれか、未だに判明してない咲夜さんの謎能力を使ったのかな。
まぁそれはともかく、手をメガホンみたいな形にして叫ぶ咲夜さん。なんとなく、そういう動作が似合う女の子って凄いよなぁと考えていると、屋敷の中からパタパタと誰かが駆けてくる足音が聞こえてくる。
「はい……ってうわぁ!? ななな、何の用!?」
出てきたのはうさ耳を生やした制服美少女。触りたい触りたい。いや、まぁ、仲良くなってからじゃないとどうやったって無理なんだけど。ていうか、明らかに咲夜さん怖がってる。……話が合いそう。
と、咲夜さんが僕を指さして言った。
「私の背中を見れば分かると思うけれど」
「……目立った外傷は見当たらないけど……、つまりお師匠様に用事? なら案内するけど……」
「頼むわ」
咲夜さんがそう言うと、うさ耳さんはビクビクしながらこっちよ、と誘導してくる。うさ耳も一緒に怯えているところを見ると誘っているようにしか感じない。
「……ところで、貴方お名前は?」
唐突にうさ耳さんが僕に聞いてきた。なんか小さい子に名前聞くみたいな口調だけど、やっぱり妖怪なのかな? ……それでも、僕の方が年上な気がするんだけどなぁ。とりあえず答えよう。
「えっと、黒橋 想也っていいます。うさ耳触らせてください」
おっと、ついつい本音が。
「えっ。……私は鈴仙・優曇華院・イナバ。宜しく。……ん? 黒橋 想也って聞き覚えある気がするんだけど……気のせい?」
「……気のせいだと思いますけど。うさ耳触らせてください」
「そう? それはともかく、合間合間にうさ耳触らせてと頼まないで」
怒られた。やっぱりまずは好感度を稼いで、うさ耳はその後なのか。……ってこれゲームじゃねぇよ。ギャルゲーじゃないよ。
「ま、今度ね」
今度ならいいのか。
「……と、ここよ。お師匠様ー、患者さんですー」
鈴仙さんがぴょこぴょことうさ耳を動かしながら、多分この部屋の中にいる永琳に言った。永琳(らしき声)は分かったわ、と返答してくる。鈴仙さんは僕らにどうぞ、と促し、咲夜さんががちゃっと扉を開ける。
案の定、永琳がそこにいた。
「あら、想也じゃない。久しいわね」
「お久しぶりー……なんていってる気分じゃないかなぁ」
にへら、と苦笑いしてみせる僕。永琳もそりゃそうよね、と僕に釣られて苦笑する。咲夜さんと鈴仙さんは置いてけぼりを食らっていて、頭上に?マークを浮かべていた。ここでようやく、鈴仙さんが僕らに聞いてくる。
「え、え? お師匠様、黒橋くんとお知り合いだったんですか?」
黒橋くんって、なんだか言われ慣れないな。いつも呼び捨てか様付けだったし。……それは咲夜さん限定だけども。
「あら、貴方想也のこと知らないの? 月で『英雄』って言われてたでしょう?」
「……あぁ! 思い出した! たった一人で妖怪の進行を食い止めたっていう伝説の英雄の名前が黒橋 想也! ……え、本人?」
鈴仙さんの思い描いてた英雄像と僕はかけ離れていたんだろう。疑うような視線で僕を見つめてくる。
……僕がそうって言っても、納得できなくね?
「……まぁ、一応やったにはやりましたけど」
「……本当ですか? お師匠様」
「だから言ってるでしょう、本当だって」
永琳の肯定を聞いて、鈴仙さんは目を丸くし、動作が止まった。完全にフリーズしている。……そんなに強そうに見えないのだろうか、僕は。……嘆いても慰めてくれる人はいない。畜生。
「……あなたはどういう人間なんですか、本当に」
「いやぁ、ただの人間のはずなんですけどね……」
「……ただの人間の域を超えていますよね」
「……うーん」
貴女も十分超えてますよね、と言う勇気はなかった。絶対ナイフが飛ぶ。僕が抵抗できないのをいいことに滅多刺しにされる。それは嫌だ。
「まぁ鈴仙は放っておいて……、一体何の用かしら? 大体予想はつくけど」
鈴仙さんが可哀相じゃないか! そう考えたけれど口には出さない。見たところ自然回復を待つしかないようだし、どうすることもできない。
「あぁ、そうでした。見て分かると思いますが、想也様は身体が動かないようなのです。ここ数ヶ月、私におんぶに抱っこという状態でありまして……」
「嘘つけ!」
僕の記憶が正しければ、この数ヶ月、咲夜さんが僕の世話をしたのは数回だ。他はフランがやってくれていた。どちらかと言うと、フランにおんぶに抱っこである。体型的には不可能だろうけど。
「ふぅん、身体が動かないねぇ……。ちょっと検査してみるわ、貴女は鈴仙を連れて姫様の相手でもしてて」
「あ、了解しました。想也様、座ってはいられますよね」
身体が動かないって言ってるのに、普通に座っていられると思っているのか。
「背もたれがあれば」
「じゃぁそこに降ろしますので。……よいしょっと」
「どうも」
「はい。では、私はこれで。失礼致しました……」
スカートの端を摘み、優雅に一礼して部屋から出て行く咲夜さん。それを目でなんとか追ってから、視線を永琳に戻す。
永琳は、割と真面目な表情になっていた。
「……で、聞くけど。貴方、今度はどんな無茶をしたの?」
無茶なんてしていない。
「してないよ」
「嘘ね。明らかに可笑しいのよ、外傷もないのに身体が動かないなんて。どう考えたって何かしたわ。正直に言いなさい」
してないって言ってるのに。
「だから、してないって……」
「……じゃぁ、貴方、身体が動かなくなったのはいつから?」
「……三ヶ月くらい?」
「ちょうど異変の後くらいね」
確かに異変の後くらいだ。あの頃、何か無茶したっけ?
「そうね、異変の時、貴方は何をしてた?」
「妹紅からの復讐を受けてたけど?」
永琳が目を見開いた。何故? 何か驚くようなことだっただろうか?
「……復讐って、どんな?」
「拷問みたいなかんじ? 鉄を溶かした奴に手を突っ込まされたり腕を砕かれたり足を割られたり殴られたり竹を刺されたり僕の血で地面が汚くなったからって顔面で掃除させられたり踵落とし食らったり、まだまだ多数」
「っ!?」
あからさまに驚いた永琳。僕の服の襟元を掴み、ゆさゆさと揺らす。視界が回るからやめてほしい。
「明らかに無茶でしょう、それ!? 幾ら不老不死だからって、そんなことされたらきついわよ! 身体が動かなくなるのは当たり前でしょ! 何がしてないよ、思い切り嘘ついてるじゃない!」
……嘘?
「何言ってるんだよ永琳。僕はちっとも無茶なんかしてない。嘘もついてないよ。僕が悪いんだ、あの子の父親を守れなかった僕が。
だから、僕は彼女からの復讐を受け止めなくちゃならない。そうしなくちゃいけない
「……っ!」
絶句。
永琳の表情からは、そんな感情が読み取れた――どうしてだろう? 僕は至極真っ当なことを言ったはずなのに。僕には理解できない。
「……貴方、それ本気で言ってるの?」
「勿論だよ」
永琳は、心底悲しそうな顔をした。
「……薬を出すわ。一日一回一月分。ある程度よくなるはずだから、あとは自分でどうにかして」
「あ、うん。ありがとう」
「……礼には及ばないわ。医者として当然のことをしただけよ」
おお、かっこいい。そういう言葉を言えるなんて、やはり永琳はすごいなぁ。
だけど、どうして悲しそうなんだ?
「じゃぁ、帰ってちょうだい。メイドに背負ってもらって」
「え? そんな。久しぶりなんだし、もう少し話とかしようよ」
「……ごめんなさい。ちょっと、用事があるのよ」
「そうなの? じゃぁ仕方ないか。じゃね、永琳」
「えぇ」
「失礼致しました」
「いいのよ」
僕は咲夜さんに背負われて、永遠亭を出た。あー、輝夜に会っておきたかったな。