月。
強大な科学力を持ったその土地……というか天体に、今、果てしなく低い地上から、一つのロケットが向かっている。とある土地から見た『外の世界』のそれを模した、とても不格好な三段上のロケットである。
そんなロケットの一番下ーー愛称『アルニラム』は、五日の『航海』を経て、今切り離された。魔理沙は二段目ーー愛称『アルニタク』の窓から落ちていく『アルニラム』を労いつつ、溜息を吐く。
「おい、今日で五日目だが、一向に景色が変わらないぜ? どーなってんだよ」
と言って、魔理沙は再び窓の外を見る。やはり景色が変わることはなく、ロケットは青い空を進むだけだった。
「……確かに、ずっと青い空のままですね」
「だろ? ……青空って、こんなに高かったのか……?」
ほぇー、と興味深そうに、魔理沙は空を見つめる。帰ったら月のことでも勉強してみるか、なんて、死亡フラグに聞こえなくもない思考をした。
魔理沙と咲夜がじぃっ、と窓の外を見つめていると、レミリアが咲夜に言う。
「咲夜。紅茶が飲みたいのだけど、お願いできる?」
「はい。かしこまりました」
振り向いて一礼すると、咲夜は備え付けられたキッチンへ向かい、紅茶を作る。流れるような手際であっという間に紅茶は完成。レミリア用に作られた机にこと、とコップを置き、優雅に注いでみせた。
「お待たせしました」
「ありがと。いただくわ」
咲夜に礼を言うと、レミリアはこくっ、と一口飲む。途端、うーん、とレミリアは首を捻った。咲夜は頭上に疑問符を浮かべる。
「どうかされましたか?」
「……いや。紅茶、味に違和感があるのよ。上空になればなるほど味が変わってる……」
「……ふむ。どうやら、お湯の沸点が下がってるようですね」
むむぅ、と首を捻る咲夜。そんな彼女に、魔理沙が焦りながら問う。
「お、おい。それって、ロケットの空気が漏れてたりするんじゃないか?」
「え? 窓の外にも空気はあるでしょう?」
そう言うと、咲夜は窓に手をかけ、開けようとする。待てっ! と制止する魔理沙だったが、時既に遅し。既に咲夜は、窓を開いてしまっていた。
瞬間、物凄い勢いで風が入ってくる。
「うわぁっ。……う、宇宙に空気がないって聞いたことがあったが、どうやらガセネタのようだな……」
そんな考察をする魔理沙だったが、実際は宇宙に空気はない。これが通常の宇宙旅行であったとするのなら、咲夜が窓を開けた瞬間、乗組員は全滅していたことだろう。随分と危険な話である。
閑話休題。
轟々と風が吹き荒れ、ロケット内の物が暴れ回る。ある程度我慢していた霊夢だったが……流石に堪忍袋の尾が切れた。
「もうっ! 早く閉めてよ!」
「! あ、はいっ!」
我に帰った咲夜は急いで窓を閉める。風の侵入は止まり、ふぅ……と溜息を吐き、その場に座り込む魔理沙だったがーー霊夢はそれを無理矢理立ち上がらせ、一言。
「上行くわよ。上筒男命が『退屈だから早く代われ』だってさ」
魔理沙は思う。
『それでいいのか住吉さん』
◆◆◆
場所は代わって幻想郷にある紅魔館ーーの更に内部、図書館にて。今日ものんびり、『魔法使い』のパチュリー・ノーレッジは本を読んでいた。
……と、そこに二人の訪問者が。
「こんにちは。月旅行はどう?」
パチュリーが声のした方を向くと、そこに居たのは八意 永琳と蓬莱山 輝夜。あまりにも珍しすぎる来客に少しだけ驚いたパチュリーだったが、しかし、そこまで動揺することではない。パチュリーはいつも通りに返答をする。
「それなりに順調のはずよ。少なく見積もっても、後半分ってところかしら」
「……月から地上までの距離は10万里。その距離をこの短時間で?」
10万里。
1里が約3.9kmである為、つまり10万里は約390000kmということになるだろう。
「……月は空に浮かんでいる。私の計算ではそこまでの距離はない、雲を幾つか越えれば月に着くはず」
「……そうね。月までの距離は人によって変わるから、距離は絶対的なものではない」
しかし、だけど、と。
永琳はここで、言葉の間接部を口にした。
「貴女は、外の世界の技術を模してロケットを作ったのだから、月までの行程は、それと同等の長さなのでは?」
「知らない」
ここで輝夜は、「えっ」と動揺するような声を出す。
仕方ないだろう。場合によっては友人を亡くしてしまうかもしれないのに、そんな適当でいいのか、と思えるから。
永い時を生き、これからも生き続ける故に、人の命の大切さを、尊さを、彼女は理解しているから。
「私のロケット月を追いかけるようにーーいわばホーミング弾のようにできているわ。後は住吉さんに任せてるし」
「……そんなもんなの?」
あまりにも適当なパチュリーに呆れつつ、輝夜は永琳に問う。永琳は柔らかい笑みを浮かべ、「そうですね」と頷いた。
「見えている月を追いかければ、いつか辿り着きます。昔はそうやって月を行き来しましたしね」
「……じゃあ、どうしてあのロケットは三日月の夜に出発したの?」
「私達は満月の日に行き来したのに」と輝夜。その問いには、パチュリーが簡潔に答えた。
「満月の夜に辿り着く為の調整よ。あのロケット、結構月に行くのに時間かかりそうだから、計算が大変だったわ」
満月の夜に空に浮かんだ月は、月の都に入り込める穴が開く。その情報を知っていたパチュリーは、一晩かけて出発のタイミングの計算をしていた。
……まぁ、それはいいにしても。問題なのは、『パチュリーが何故それを知っているのか』、である。
「……誰の入れ知恵かしら?」
「返答によってはロケットが月に辿り着けなくなるわよ?」と、永琳はパチュリーの背に矢を突きつける。まるで脅迫じみた行動である。……しかし、パチュリーに焦りは見えない。余裕そうにぺらぺらと本を読んでいる。
「月へ辿り着けないはずがないわ。貴女自ら、『羽衣』を付けたのだから」
パチュリーのそんな返答に、永琳はクスリと笑って、手にあった矢を消し「知ってたのね」と呟いた。
「……それに、レミィが踊らされていることは分かってるわ。最近、あまりに都合が良すぎたもの。どーせあいつでしょ? 月に攻めたがってるのは」
その問いに永琳と輝夜は答えなかったけれど、態度を見て、パチュリーは正解だと察した。満足そうに本を読む作業に戻るパチュリーに向かって、輝夜は一つ質問する。
「……踊らされているのがわかっているのに、どうして出発させたの?」
「止めらんなかったのよ。想也が止めようとしてた時は『ラッキー』なんて思ったけれど、どういう訳か、あっという間に負けちゃったし」
「なんですって?」
パチュリーの返答に反応したのは、輝夜ではなく永琳だった。この時点でかなり嫌な予感はしていた永琳だったが、一応否定したくて、パチュリーに想也のその後を問う。
「え? え、えぇと、暫く動けないようレミィに痛めつけられてたわ」
「……はぁ。あの馬鹿っ……!」
永琳は頭を抱え、溜息を吐く。
「……仕方ない。想也はどこかしら? 治療するわ」
と、永琳は問うのだが、パチュリーは首を横に振り、「分からないわ」と返す。はぁ!? と、永琳は机を叩く。みしり、と、木材が軋む嫌な音が響いた。
「分からないって……ふざけないでっ。想也はどこに……!」
「だから、分からないのよ。フランから聞いたんだけど、どうやら能力で傷を治して何処か行っちゃったらしいわ」
「……っ!」
永琳はもう一度、先程より強く机を叩く。びしり、と更に嫌な音が響き、机は永琳が拳を叩きつけたところを中心に割れた。あちゃあ、と輝夜が呟く。
「弁償しなさいよ」
「……えぇ。幾らでも弁償はするから、話を少し聞いてくれる? 他言無用よ」
永琳の頼みに、パチュリーは「……聞くだけなら」と、輝夜は「おけぃ把握」と。……輝夜の返答が若干可笑しいけれど、まぁokということだろう。
永琳は「ありがと」と短く礼を言うと、早速切り出した。
「この前、想也が永遠亭に来た時に気づいた。あいつは、黒橋 想也は歪んでるわ」