東方事反録   作:静乱

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第四幕 月を目指して10万里

 月。

 強大な科学力を持ったその土地……というか天体に、今、果てしなく低い地上から、一つのロケットが向かっている。とある土地から見た『外の世界』のそれを模した、とても不格好な三段上のロケットである。

 

 そんなロケットの一番下ーー愛称『アルニラム』は、五日の『航海』を経て、今切り離された。魔理沙は二段目ーー愛称『アルニタク』の窓から落ちていく『アルニラム』を労いつつ、溜息を吐く。

 

「おい、今日で五日目だが、一向に景色が変わらないぜ? どーなってんだよ」

 

 と言って、魔理沙は再び窓の外を見る。やはり景色が変わることはなく、ロケットは青い空を進むだけだった。

 

「……確かに、ずっと青い空のままですね」

 

「だろ? ……青空って、こんなに高かったのか……?」

 

 ほぇー、と興味深そうに、魔理沙は空を見つめる。帰ったら月のことでも勉強してみるか、なんて、死亡フラグに聞こえなくもない思考をした。

 魔理沙と咲夜がじぃっ、と窓の外を見つめていると、レミリアが咲夜に言う。

 

「咲夜。紅茶が飲みたいのだけど、お願いできる?」

 

「はい。かしこまりました」

 

 振り向いて一礼すると、咲夜は備え付けられたキッチンへ向かい、紅茶を作る。流れるような手際であっという間に紅茶は完成。レミリア用に作られた机にこと、とコップを置き、優雅に注いでみせた。

 

「お待たせしました」

 

「ありがと。いただくわ」

 

 咲夜に礼を言うと、レミリアはこくっ、と一口飲む。途端、うーん、とレミリアは首を捻った。咲夜は頭上に疑問符を浮かべる。

 

「どうかされましたか?」

 

「……いや。紅茶、味に違和感があるのよ。上空になればなるほど味が変わってる……」

 

「……ふむ。どうやら、お湯の沸点が下がってるようですね」

 

 むむぅ、と首を捻る咲夜。そんな彼女に、魔理沙が焦りながら問う。

 

「お、おい。それって、ロケットの空気が漏れてたりするんじゃないか?」

 

「え? 窓の外にも空気はあるでしょう?」

 

 そう言うと、咲夜は窓に手をかけ、開けようとする。待てっ! と制止する魔理沙だったが、時既に遅し。既に咲夜は、窓を開いてしまっていた。

 瞬間、物凄い勢いで風が入ってくる。

 

「うわぁっ。……う、宇宙に空気がないって聞いたことがあったが、どうやらガセネタのようだな……」

 

 そんな考察をする魔理沙だったが、実際は宇宙に空気はない。これが通常の宇宙旅行であったとするのなら、咲夜が窓を開けた瞬間、乗組員は全滅していたことだろう。随分と危険な話である。

 閑話休題。

 轟々と風が吹き荒れ、ロケット内の物が暴れ回る。ある程度我慢していた霊夢だったが……流石に堪忍袋の尾が切れた。

「もうっ! 早く閉めてよ!」

 

「! あ、はいっ!」

 

 我に帰った咲夜は急いで窓を閉める。風の侵入は止まり、ふぅ……と溜息を吐き、その場に座り込む魔理沙だったがーー霊夢はそれを無理矢理立ち上がらせ、一言。

 

「上行くわよ。上筒男命が『退屈だから早く代われ』だってさ」

 

 魔理沙は思う。

 『それでいいのか住吉さん』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 場所は代わって幻想郷にある紅魔館ーーの更に内部、図書館にて。今日ものんびり、『魔法使い』のパチュリー・ノーレッジは本を読んでいた。

 ……と、そこに二人の訪問者が。

 

「こんにちは。月旅行はどう?」

 

 パチュリーが声のした方を向くと、そこに居たのは八意 永琳と蓬莱山 輝夜。あまりにも珍しすぎる来客に少しだけ驚いたパチュリーだったが、しかし、そこまで動揺することではない。パチュリーはいつも通りに返答をする。

 

「それなりに順調のはずよ。少なく見積もっても、後半分ってところかしら」

 

「……月から地上までの距離は10万里。その距離をこの短時間で?」

 

 10万里。

 1里が約3.9kmである為、つまり10万里は約390000kmということになるだろう。

 

「……月は空に浮かんでいる。私の計算ではそこまでの距離はない、雲を幾つか越えれば月に着くはず」

 

「……そうね。月までの距離は人によって変わるから、距離は絶対的なものではない」

 

 しかし、だけど、と。

 永琳はここで、言葉の間接部を口にした。

 

「貴女は、外の世界の技術を模してロケットを作ったのだから、月までの行程は、それと同等の長さなのでは?」

 

「知らない」

 

 ここで輝夜は、「えっ」と動揺するような声を出す。

 仕方ないだろう。場合によっては友人を亡くしてしまうかもしれないのに、そんな適当でいいのか、と思えるから。

 永い時を生き、これからも生き続ける故に、人の命の大切さを、尊さを、彼女は理解しているから。

 

「私のロケット月を追いかけるようにーーいわばホーミング弾のようにできているわ。後は住吉さんに任せてるし」

 

「……そんなもんなの?」

 

 あまりにも適当なパチュリーに呆れつつ、輝夜は永琳に問う。永琳は柔らかい笑みを浮かべ、「そうですね」と頷いた。

 

「見えている月を追いかければ、いつか辿り着きます。昔はそうやって月を行き来しましたしね」

 

「……じゃあ、どうしてあのロケットは三日月の夜に出発したの?」

 

 「私達は満月の日に行き来したのに」と輝夜。その問いには、パチュリーが簡潔に答えた。

 

「満月の夜に辿り着く為の調整よ。あのロケット、結構月に行くのに時間かかりそうだから、計算が大変だったわ」

 

 満月の夜に空に浮かんだ月は、月の都に入り込める穴が開く。その情報を知っていたパチュリーは、一晩かけて出発のタイミングの計算をしていた。

 ……まぁ、それはいいにしても。問題なのは、『パチュリーが何故それを知っているのか』、である。

 

「……誰の入れ知恵かしら?」

 

 「返答によってはロケットが月に辿り着けなくなるわよ?」と、永琳はパチュリーの背に矢を突きつける。まるで脅迫じみた行動である。……しかし、パチュリーに焦りは見えない。余裕そうにぺらぺらと本を読んでいる。

 

「月へ辿り着けないはずがないわ。貴女自ら、『羽衣』を付けたのだから」

 

 パチュリーのそんな返答に、永琳はクスリと笑って、手にあった矢を消し「知ってたのね」と呟いた。

 

「……それに、レミィが踊らされていることは分かってるわ。最近、あまりに都合が良すぎたもの。どーせあいつでしょ? 月に攻めたがってるのは」

 

 その問いに永琳と輝夜は答えなかったけれど、態度を見て、パチュリーは正解だと察した。満足そうに本を読む作業に戻るパチュリーに向かって、輝夜は一つ質問する。

 

「……踊らされているのがわかっているのに、どうして出発させたの?」

 

「止めらんなかったのよ。想也が止めようとしてた時は『ラッキー』なんて思ったけれど、どういう訳か、あっという間に負けちゃったし」

 

「なんですって?」

 

 パチュリーの返答に反応したのは、輝夜ではなく永琳だった。この時点でかなり嫌な予感はしていた永琳だったが、一応否定したくて、パチュリーに想也のその後を問う。

 

「え? え、えぇと、暫く動けないようレミィに痛めつけられてたわ」

 

「……はぁ。あの馬鹿っ……!」

 

 永琳は頭を抱え、溜息を吐く。

 

「……仕方ない。想也はどこかしら? 治療するわ」

 

 と、永琳は問うのだが、パチュリーは首を横に振り、「分からないわ」と返す。はぁ!? と、永琳は机を叩く。みしり、と、木材が軋む嫌な音が響いた。

 

「分からないって……ふざけないでっ。想也はどこに……!」

 

「だから、分からないのよ。フランから聞いたんだけど、どうやら能力で傷を治して何処か行っちゃったらしいわ」

 

「……っ!」

 

 永琳はもう一度、先程より強く机を叩く。びしり、と更に嫌な音が響き、机は永琳が拳を叩きつけたところを中心に割れた。あちゃあ、と輝夜が呟く。

 

「弁償しなさいよ」

 

「……えぇ。幾らでも弁償はするから、話を少し聞いてくれる? 他言無用よ」

 

 永琳の頼みに、パチュリーは「……聞くだけなら」と、輝夜は「おけぃ把握」と。……輝夜の返答が若干可笑しいけれど、まぁokということだろう。

 永琳は「ありがと」と短く礼を言うと、早速切り出した。

 

 

 

「この前、想也が永遠亭に来た時に気づいた。あいつは、黒橋 想也は歪んでるわ」

 

 

 

 

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