東方事反録   作:静乱

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第七幕 『真っ黒くん』

「……という訳で。助けに来ましたっ!!」

 

 『キリッ』……なんて擬音が付いていそうだった。

 まぁ、しかし、この場でそんなことを思った者は誰一人として居なかったーーそもそも『キリッ』なんてネタを知らなかった、という理由もあるけれど、仮に知っていたとしても、やはり思う者は居なかっただろう。

 それほどまでに彼の登場は印象的で、異常で。彼自身もまた、そうであったのだから。

 

「……ど、どうやってここまで来たんだ? ロケットはなかっただろ」

 

 意を決して、魔理沙は一先ず、彼がどうやってここに来たのか、等の手段を問う。

 そんな彼女の問いに、彼ーーいつもは『想也』と称すが、ここは敢えて『真っ黒くん』とでも呼ぶとするかーー『真っ黒くん』はにこりと微笑み、レミリアの肩に手を置く。ぽむ、と。

 レミリアの肩は震えた。

 

「いっやー。レミリアさんにぼこされてからなんやかんやありましてね。その後なんやかんやがあって、なんやかんやが起こったので、なんやかんやでここに着きました!」

 

「……なんやかんやって、何だ?」

 

「なんやかんやはなんやかんやです」

 

「…………」

 

 はぁ、と魔理沙は溜息を吐き、駄目だなこりゃ、と白旗を上げた。

 こういうノリの彼は基本何を言っても止まらない。真剣な時は真剣だが、ふざける時はふざけまくるーー黒橋 想也はそういう生物であるということを、それなりに想也と話した魔理沙は理解している。……メリハリが付き過ぎていると言えば簡単か?

 幻想郷の住民達が個性豊か過ぎて陰が薄れ、比較的常識人に見える彼だけれども、外の世界ーー現代日本に住む者達からすれば、彼は充分過ぎる程に『異常』なのだ。

 

(……しかし)

 

 やはりこいつ、行動言動姿形は間違いなくあいつだ、と、心の中で魔理沙は呟く。これはこの場に居る全員ーーから依姫と月の兎達を除いた四名、全員同じ考えである。

 

 

 

 ……何度も言うが、彼こと『真っ黒くん』は行動言動姿形と、ほぼ全ては彼女達のよく知る『黒橋 想也』に違いない。優しい声色も、それなりに美形である顔も、変態的思考が滲み出た発言も、そして癖等の挙動も。

 ぱっと見る限りでは『黒橋 想也』という存在とほぼ変わりはないのだ……が。やはりそれは、ぱっと見だけに限る。

 

 ーーよく見てみろ、彼の真っ黒な目を。

 ーーよく感じてみろ、彼の雰囲気を。

 ーーよく感じ取ってみろ、彼の本質を。

 

 ……彼は、違う。

 『黒橋 想也』という人間に限りなく近い存在でありながら、寧ろ『真逆』に等しい存在ーー矛盾の固まりのような存在なのだ。

 

 ……ここで彼のことーー『真っ黒くん』を詳しく解説し、正体を暴いたところで、彼女らに届くことはない。ここまでの情報が彼女らに届いていたならば、多少は『正体』に気付くのが早かったかも知れないけれども。

 気付いていたところで、彼女達にはどうしようもなかっただろうから……無駄なことを考えずにいられた分、結果としてはよかったのかも知れない。

 

 

 

 ある程度『真っ黒くん』のことについて考察してみた魔理沙だったけれど、特にこれといったことは思い付かず。唯一思い付いたことと言えば、多分月には能力で来たんだろうな、ということだけ。

 はぁぁ、と深く溜息を吐いてから、先程『真っ黒くん』の浮かんでいた方に向き直る。

 

「う、わっ!?」

 

 目の前に彼の顔が映った。

 にっこりと微笑んでいた。

 

「やっほー霧雨さん。今日も可愛らしいお顔をしていらっしゃる」

 

「……お、おう」

 

 レミリアが。

 吸血鬼ーー夜の女王である彼女が彼を恐れた理由がよく分かった。

 この一瞬で、この一言で。明らかにこいつはヤバイと、魔理沙も思い知ったのだ。何気無い一言ーー時と場合によっては褒め言葉である、そんな言葉に、今まで味わったこともない恐怖を覚えたのだ。

 返答出来ただけでも、大したものである。

 

「……あぁ勿論。博麗さんも咲夜さんもレミリアさんだってとっっ、ても可愛いですので、安心してくださいね」

 

 微笑みながら振り返り、言った。

 一同、何に安心すればいいのか全く分からなかったし、全く安心することが出来なかった。

 いつものようにふざけた場面で言われたなら多少は嬉しかったかもしれないけれど……この状況下では自分の容姿を褒められても全く嬉しくないし、感謝しようとも思えない。

 鳥肌さえたってしまいそうである。

 

「……さて。そんな可愛い人達を拘束するなどと! エロ同人誌ならともかく、こんなことを『現実』でやっちゃいけませんよ、依姫さんっ♪」

 

 唐突な話題のすり替え。

 『真っ黒くん』は言いながら、たったった、と駆け足で依姫の元まで近づく。近付いて、ちは! と挨拶してから、すっと屈んで、砂浜に深く突き刺さっていた『祇園様』の刀を抜き、

 

「よっせ」

 

 と呟くと。

 

 ぽきっ、なんて擬音と共に。

 まるでシャープペンの芯のように、まるで某最後までチョコたっぷりなお菓子のように、はたまた、名前からしてポキッと折れそうなお菓子のように。

 

 『真っ黒くん』は、『祇園様』の刀を、木の枝でも折るかのように、膝と腕を駆使して軽く折った。

 

「……なっ」

 

 この際、依姫が驚いた理由は『彼の移動を目で追えなかったから』とか、バトル漫画にでもありがちな修行後バトル的展開が起こったからではない。寧ろ、彼の行動はただの一般人でさえも普通に見えるくらいのものだった。

 この場合に問題だったのは、一切油断していなかったのにも関わらずここまでの接近を許し、なおかつ『祇園様』の刀を抜かれ、折られてしまったことにある。

 

 前述した通りだが、依姫はこの場に現れてからの数十分。未だに一度も油断していない。霊夢、魔理沙、咲夜、レミリアへの警戒は勿論解かず、味方である月の兎に対しても警戒を怠ってはいなかった。万が一裏切られでもされた際の対処方は何パターンも用意されていた。それが依姫の戦い方ーーあの時想也に敗北してから学んだことである。

 ……その依姫が。

 『英雄』である黒橋 想也の姿をした彼には最大限の警戒心を持っていたのにも関わらずーー彼が行動を起こした際、即座に行動を封じるつもりでいたのにも関わらず。行動を許したどころか、接近を許し、『祇園様』の刀を折られた。

 

(……何を、されたっ!?)

 

 流石の依姫も、動揺を隠しきれない。

 

「……おやおやぁ? 普通に眺めているだけ、と? ふっ、依姫さん。もしかして油断してましたぁっ!?」

 

 心底楽しそうに『真っ黒くん』は笑う。

 その笑顔はとても純粋なものとは言えないーーまるで泥水のように濁っていて、裏があるようにしか感じられない。最低過ぎる笑顔だった。

 

「油断してたんですよね? 油断してたんでしょ!」

 

 ぐわんぐわん、と彼の言葉が依姫の脳内で響き渡る。

 油断してたんでしょ油断してたんでしょ油断してたんでしょ油断してたんでしょ油断してたんでしょ。油断油断油断油断油断油断油断油断油断油断油断してた? 油断してた? 油断してた!

 ……そうか、私は油断してたのか。

 

 

 

「……そう、ですね。少し、油断していたかもしれません」

 

 依姫の中から動揺は『消された』

 そこに、私は油断してた、といった思考が入った。

 

「やっぱり。まぁ、実力差相当ですしねー。油断するくらい開いてますもん。うっへへー、でも、もうちょい気を引き締めた方がいいですよー?」

 

「……助言として受け取っておきます」

 

 そう言って、依姫は『真っ黒くん』の腹部めがけ蹴りを放つ。おっと、と呟きつつ、『真っ黒くん』は後ろに飛び、華麗ーーとはいかないまでも、見事に蹴りを回避してみせた。一度砂浜に着地した『真っ黒くん』は、まだ依姫のリーチ内から出れていないと判断し、再び砂浜を蹴る。霊夢達のところにぴったりと着地した。

 その後、今日何度目か分からない笑みを浮かべると、砂浜に腰掛け、言う。

 

「じゃ、弾幕ごっこでもしましょーか」

 

『は?』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『弾幕ごっこ』

 人間も妖怪も月の民も、それどころかオケラだっても。皆が割と平等に楽しめる、この世で最も無駄であろうゲーム。またの名を『スペルカード戦』とも言う。

 そんな感じのゲームの内容を簡単に説明をされ、脳内でそのゲームを行った際のことをシュミレートしてから、依姫はふむ、と呟いた。

 

「……まぁ、普通の殺し合いよりは圧倒的に猟奇的でないし、無駄な血は流れない。画期的なゲームです」

 

「うん。じゃ、弾幕ごっこを受けるってことでいーよね?」

 

「……いいでしょう。私がそちらの全員に勝てば、そちらは大人しく帰ってもらいます。仮に私が負けても都には入れませんが」

 

「あいあい、了解。じゃ、作戦会議開いてくるから、ちょいと待っててね」

 

 軽い口調でそう言うと、彼はぱちん、と指を鳴らした。

 すると、彼の姿は依姫の前から消え、どういう仕組みか、霊夢達のところに移動していた。今回は普通に瞬間移動を使用した為、流石の依姫も視認出来ていない……というか、出来るはずがない。

 

「…………」

 

 折角だから、と依姫は、彼の言う『作戦会議』が終わるまでの間、どういう種なのか、と考えることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 さて、霊夢達こと幻想チーム。

 仕切っているのは一番月に来たがっていたレミリアではなく、その従者である咲夜でもない。かといって霊夢や魔理沙でもなくーーそう。『真っ黒くん』であった。

 

「作戦なんですけど。咲夜さん霧雨さんレミリアさんレミリアさんに負けたヘタレ男の順で依姫さんを疲労させ、博麗さんに決めてもらう、というのはどうでしょうか。勿論、疲労させずに決めてもらっても構いませんけど。異論、あります?」

 

 特に異論はない。

 異論はないが、正直言って、彼女らは彼の作戦に従うのがなんとなく嫌だった。……まぁ、嫌だっただけで、はっきり「嫌だ』と告げる訳でもなかったし、そんな気持ちさえも、数秒後には『消されて』いたけれど。

 

「おー。じゃ、依姫さぁん。準備完了でーすー」

 

 作戦会議時間、約三十秒。

 

 

 

 

 

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