コツとかないんでしょーか。
先鋒は十六夜 咲夜。
そう決まったので、咲夜は依姫の前に立ち、ナイフを構える。いつもは余裕そうな振る舞いの咲夜だけれど、依姫の実力が分かっている以上、油断はしない。いつになく真剣な眼差しで、依姫を見据える。
一方、依姫も一切油断はしていない。
幾ら格下の相手であるとはいえ、彼女の能力ーー依姫から見れば瞬間移動とも言える、実際は『時間操作』の種が判明していない以上、油断すれば危険であるというのはよく分かっている。咲夜から目を逸らさず、じっと見つめる。
『…………』
二人は沈黙し、動かない。
隙を見せれば危険だと分かっているのだから、相手に隙を見せるつもりは勿論ない。よって、二人とも無闇に攻撃できないのだ。
まるでイタチごっこのように、お互いを睨み続けるだけの時が流れる。流石の幻想チームも、玉兎たちも、この場では真面目に、二人を見守っている……。
「咲夜さーん、ガンバレー」
まるで感情が籠っているようには感じられない、無機質で、空気の読めていない発言が周囲に響き渡る。唐突過ぎた為、緊迫していた雰囲気は全て掻き消され、この場に居る『真っ黒くん』を除いた全員が、ズコッ、と転びかけた。あからさまな隙である。
お互いにバランスを崩しながらも、隙を見つけた両者は、ほぼ同時に仕掛ける。
「『殺人ドール』っ!」
先に放たれたのは咲夜のスペルカード『殺人ドール』
投擲したナイフを咲夜の能力ーー『時間を操る程度の能力』で一度止め、一部の弾をバラバラに方向転換。それを繰り返すスペル。密度は高く、初見で避けるのは難易度が高い。
……の、だが。
「ふっ」
依姫は落ち着いて対処。
最小限の動きだけで避けれるナイフはそのまま避け、それでも避けれそうにないものは刀で弾く。安置を見つけることもなく、とても冷静に、一歩も動かず『殺人ドール』を回避した……又は弾いた。スペルブレイク。
弾幕が消えたことにより、依姫にも反撃するチャンスが生まれた。依姫は頭上に掌を掲げ、何かを呟く。すると、唐突に降り注ぐ、雨。
「っ!」
天候まで操れたのか。
多少の動揺を見せる。
「『火雷神』よ。七柱の兄弟を従え、この地に来たことを後悔させよ!」
『火雷神』
『愛宕様』を産んだ際に身を焼かれ死亡し、黄泉の国にあった食べ物を食してしまったことで黄泉の国の住人と化した『伊邪那美』の五体に発生した『八雷神』……その中の一柱である。
本来、『八雷神』はセットで呼ぶことが多いが、実は単体で呼ぶことも出来るし、八柱の中から一柱を選び、その力をベースとして呼び出すことも出来る。今回のベースは宣言通り『火雷神』、雷を操る『八雷神』共通の能力に加え、火を操ることが出来る一柱だ。
依姫が叫ぶと同時、轟くは雷鳴。
八つの雷が咲夜の周囲を覆い、それは少しずつ姿を変え、最終的に炎を纏った八匹の龍と化した。龍は一度制止し、咲夜を睨むと、
「ーーーーーーーーっ!!」
きぃん、と響き渡る、表現し難い咆吼。
それを合図に、八匹の龍たちは渦を巻き、咲夜に襲いかかる。まずは咲夜の周囲を凄い勢いで回り、続いて八匹の龍が隙間なく繋がることで、咲夜の逃げ道を排除する……。
前に、時を止めた咲夜は、龍たちの包囲から抜け出した。
抜け出した後、遥か上空に大量のナイフを設置。言うなれば、陣刑『ルミネスリコシェ』ーーいやまぁ、ただ単純に、いつものように『ルミネスリコシェ』というスペルを撃っているだけなのだけれど。
……兎に角、大量のナイフを設置した後、咲夜は依姫の背後に回り、ナイフを突きつけてから時止めを解除する。
「……不思議な術ね」
と、褒めてはいる依姫だが、実際のところは咲夜の能力に気付きかけている。
ポイントは咲夜が着用しているメイド服のスカートの裾。そこが、ほんの少しだけではあるけれど、焦げているのを依姫は確認していた。
勿論、まだ確信は出来ない。これだけでは、瞬間移動には少しのタイミラグがある、という可能性も十分に有り得るし、割とタイミングがシビアで、未だに慣れていなかった、という可能性も否めない。決めつけることは出来ないがーー。
「さっきも言ったでしょう? 瞬間移動だと」
「……言っていたわね。確かに」
咲夜のこの発言で、その線は更に濃厚になった。今の発言の捉え方として、大まかに分けるとすれば、二つほど意味が存在する。一つは『正直に自分の能力を明かしている』という線。ある程度の自信があるからこそ能力くらい明かしてやる、といった余裕が生まれ、オープンにしている、という線だが、この線はかなり薄いだろう。咲夜は依姫との実力差を理解している、自信なんてないし、余裕もないはずである。……まぁ、依姫の主観だけど。
もう一つは、瞬間移動というのはただのミスディレクションで、本来はもっと違うーー瞬間移動の劣化能力である、という線。
『ミスディレクション』
判断を誤らせる手法、又は間違った方向にそらせる手法のこと。
手品師の基本とも言えるこの技術。それを組み込んだものこそが、咲夜の戦い方である、という可能性。
その場合、咲夜が集中させたいのは『瞬間移動』という概念、ということになるだろう。本来の能力『時間操作』ではなく、自分の能力は『瞬間移動』であると思い込ませる。それにより、冷静な相手ならば『この攻撃は瞬間移動されると仮定すると避けられる。無駄な攻撃』と考え、その攻撃をしない。
瞬間移動されても大丈夫な攻撃を仕掛けに来るだろうけれど、それにはある程度の準備が必要であることが多い。咲夜の速さなら、その準備の間に狩れてしまう。
単純な相手ならば効果は薄いけれど、依姫のような相手なら、況してや五連戦なのだから、出来る限り消耗しないように立ち回るはず。そんな確信を持っているからこそのミスディレクション。
咲夜の戦い方。
……まぁ、どんな凄い戦法も、見破られてしまえば殆ど意味を成さないのだけれど。
「あと、少しだけ、おまけ」
設置型『ルミネスリコシェ』作動。
咲夜の呟きを合図に、依姫に向かい始める『ルミネスリコシェ』。依姫の周囲を美しく飛び交い、少しずつ、依姫の逃げ場を無くしてゆく。
そんな中、依姫はじぃ、と『ルミネスリコシェ』を見つめ、ある程度軌道を予想。脳内で組み立てを終えた依姫は、反撃しやすい位置にナイフが並ぶと同時、スペルーーと、いうよりは、能力に近いけれどーー能力を発動させた。
「『金山彦命』よ。私の周りを飛ぶうるさい蝿を砂に返せ!」
瞬間、ナイフは手触りの良さそうな砂に変わる。
『金山彦命』、あらゆる金属の神。『金山彦命』の力の前では、どれほど切れ味のよい刃であろうと、どれほど重い鈍器であろうと、それは意味を成さない。
勿論、咲夜のナイフは金属製。例外ではない。
依姫は咲夜の方に振り返り、にこり、と微笑むと、刀を向ける。
「そして、持ち主の元へ返しなさい」
依姫の言霊。
刹那、砂へと返ったはずのナイフ群は、先程消え去った場所に寸分狂わず、形を取り戻す。一つ、違うことをあげるならば、ナイフの向かう先が依姫ではなく、咲夜であるということ。当然、驚く咲夜。
「っと!」
驚くものの、あくまでも、これは咲夜の作ったスペルカードである。自分の技の長所短所、どちらとも熟知しているのだから、『ルミネスリコシェ』の避け方も当然理解している。跳弾することさえ分かっていれば、『ルミネスリコシェ』は避けやすい部類に入るスペルだ、軽々と回避する。
「…………っ!」
……ことは出来ず、咲夜の右腕をナイフが掠めた。
理由は単純明快。依姫が『金山彦命』の力を行使し、ナイフの軌道を変えただけ。
ここで漸く、咲夜は気付く。
『これはルミネスリコシェとは別物として考えるべきだ』
……分かったなら分かったで、避けようがある。
「仕方ない」
小さな呟き。
それを、依姫は見逃してはいなかった。
「いざ、私の世界へーー」
再び、全ては止まった。
咲夜以外の全てが色あせている、灰色で、無音な世界。
そんな世界で、咲夜はふぅ、と一息吐いてから、さぁ、安全圏に抜け出そう……と前を向いて、フリーズした。
「……あ、らら」
周囲、自らが放ったはずのナイフ群。
その隙間を埋めるかのように、降りてくる雷ーーもとい『火雷神』
そして、その先にもしっかりと配置されているナイフ群。念には念を入れすぎている気がしないでもない。
きょろきょろ、きょろきょろ。
辺りを見渡し、なんとかあるかもしれない隙間を探す。流石の依姫だって、少しくらいの計算違いがあるはずだ。諦めずに、咲夜は辺りを見渡し続けた。
「……………………あは」
無理ですわー。
数秒もせずに、咲夜は白旗をあげた。
◆◆◆
「依姫様。どうして最後、あの人間は瞬間移動しなかったのですか?」
「……さぁ? 詳しい種は分からないけれど、どうも、身体を通せる隙間がある場合にのみ移動できるらしいわね」
「そ、そうなんですか!? 流石依姫様! 相手の能力をしっかりと見極めるなんて!!」
そんな感じで、依姫VS咲夜。ウィナー、依姫。
咲夜は依姫に一撃も入れられず敗退、ということで、消耗させるどころか、こちらが消耗させられているような気がしてくるほどに完敗だった。
力の差を感じる。
「まーまー落ち込まず! 次は霧雨さんいてら、勝ったらごほーび、あげますから!」
「要らん」
「あら冷たい」
そんなシリアスムードぶち壊しの会話をこなして。
次に依姫の前に立ったのは、普通の魔法使い、霧雨 魔理沙だ。