基本は本編に沿うような流れになります。というか勢いでアガスティア辺りまで書いちゃったので投稿します。
とりあえずはオリ主ではなく、グラン達のプロローグとなります。
本作ではグラン君とジータちゃんが双子として出てきます。
とりあえずストック的に二ヶ月くらい毎日更新できるかなと思います。
お愉しみいただけると幸いです。
雄大なる蒼は大いなる空の旅路へ出向く
どこまでも広がる蒼い空。
遥か下方にある大地は見えないが、空には島々が浮かび民はそこで暮らしている。
実在が確認されていない伝説の島や、秘境がまだまだ多く残っているこの空の世界で、全てを乗り越えた先にあるというお伽話上と思われる島があった。
――星の島イスタルシア。
彼方に在るのかないのか。実在すら怪しいその島を目指す者など今は数少ない。
ただ、もし。
イスタルシアにいるという誰かから手紙が来たとしたら?
その誰かが心から信頼する人物だったとしたら?
あなたはイスタルシアの存在を信じるだろうか。それとも戯言と切り捨てるだろうか。
もし、そんなことがあったとして。
イスタルシアを目指し空の旅を夢見たなら。
きっとその誰かは、子供にも勝る純粋さと好奇心を持った者なのだろう。
◇◆◇◆◇◆
「おーい、グラン」
晴れ渡る蒼い空の下。神秘と田舎が共存する島で、奇妙な生物が相棒を呼ぶ。
そいつは赤い身体と竜のような特徴を持ち合わせてはいたが、妙に小さく愛くるしいようにも見えた。人の頭ぐらいの高さを小さい羽で飛ぶ先には、一人の少年が立っていた。
青いパーカーに茶色いズボン、銀の胸当てと両手足に装着された金属が戦う者であると示している。なにより彼が持つ剣が物語っていた。
神経を集中させ真っ直ぐに剣を構える姿からは、十代半ばにしてそれなりの鍛錬を積んでいる様が伺える。
「あ、ビィ」
それでも相棒が飛んできたことに気づくと破顔し、年相応の表情をする。
「ジータが飯出来たから呼んでこいってよー」
「もうそんな時間か。……そういえばお腹減ったな」
ビィに言われて剣を腰の鞘に収める。言われてからようやく空腹を意識したらしく、ぐぅと腹が鳴った。
「へへっ。じゃあ行こうぜ、オイラも腹減ったぜ」
「うん」
グランとビィは少し急いで自分達の家に向かう。そして大きくもない一軒家に到着すると、既に家の外へもいい匂いが漂ってきていた。二人揃って腹を鳴らし顔を見合わせて笑う。
がちゃりと扉を開けて入ればテーブルに料理が並んでいて、しかしその前に少女が立っていた。
「遅い! もう、料理が冷めちゃうでしょ」
眉を吊り上げグランと同年代くらいになる可愛らしい顔を怒ったようにして二人へと注意する。
金髪にピンクのカチューシャをつけ、ピンクのスカートに身を包んだ様は彼と比べると些か以上に少女らしいと言えたが、彼女も籠手を嵌め剣を握れば魔物を切り倒す勇ましい面を持っている。
「ごめんごめん」
「全く……私だって鍛錬したいのに、グランはいっつも私に家事押しつけて。偶には料理してもらおっかな」
苦笑して謝る彼に、何度も聞いたような不満を漏らした。
「オイラはジータの料理が食べてーよぉ……。こいつ下手くそだし」
「わかってる。でも掃除洗濯は手伝いなさい」
「はーい」
「はいは伸ばさない」
何分料理下手なグランに任せると悲惨な食事となってしまう。彼女もわかってはいたので言ってみただけだった。
二人は双子であり、同じ夢を掲げた同志でもある。
こんな田舎に強い魔物はおらず、二人は大抵の魔物ならあっさり倒してしまうだけの強さを持っていた。それでも毎日競い合うように鍛えているのは、掲げた夢のため。
いつものように三人で食卓を囲んでいたが。
「あっ」
グランがふとした拍子にグラスを倒し飲み物を零してしまう。
「ちょっと、大丈夫?」
同い年、むしろグランが一応兄なのだが、すっかり保護者のようなジータはグランの方にタオルを手渡す。
「ああ、うん。大丈夫」
「グランのことじゃなくて、お父さんの手紙」
「あっ!」
ジータの言葉にうっかりしていたとばかりに慌てて服を弄った。
グランは折り畳まれた紙を取り出し開いて濡れていないかを確認する。無事だったのでほっとため息をついた。
「ったくよぅ。親父さんの大事な手紙なんだからもうちょっとしっかしてくれよな……」
「やっぱり危なっかしいグランに預けとくのやめようかなぁ」
「だ、大丈夫。大丈夫だってきっと」
呆れた様子の二人にグランは引き攣った笑いを浮かべるしかない。
「う〜ん。やっぱりビィの足に括りつけとく?」
「オイラは伝書鳩じゃねぇ! 引き出しに入れておこうぜ。ずっと持ってなくても、もういっつも見てるから覚えてるだろ」
「まぁ、そうだね」
ビィの提案に頷くと、二人の父親から昔に届いた古い手紙を一度名残惜しそうに目を通してから、丁寧に折り畳んで引き出しにしまった。
幼い頃に旅立った二人の父親は、手紙にこう書き記していた。
『空の青さを見つめていると見知らぬ彼方へ帰りたくなる。空の青さに吸われた心は遥か彼方に吹き散らされる。果てだ。ここは空の果てだ。遂に辿り着いた。我が子よ。星の島、イスタルシアで待つ』
実の子供に読ませるには随分と詩的な文章である。きっと書いた本人に見せたら恥ずかしがること請け合いだ。目の前で読んでやれば堪らずやめてくれと言われそうな手紙だった。
それでも二人は事実父親の筆跡で書かれたこの手紙を読んで、空の果てにあるというイスタルシアを目指し旅に出たいと思っている。
……とはいえ十代の子供に船を買えるような金はなく、船を操縦する知識も空を旅する力も足りていなかった。
いつか叶えると夢を思い描き、しかしその夢が遠すぎて足踏みのような進み具合でしかない、どこにでもいる少年少女だ。ただ彼らには特別な才能が備わっていた。
つまり彼らは、なにかきっかけさえあれば、空の果てを目指し旅立てる。
しかしそれは。
「あ、こらビィ。また残して! 途中で林檎食べてきたでしょ!」
「た、食べてねーよ!」
「嘘ついてもダメだよビィ。ジータってそういうところ目敏いから」
「目敏いってどういう意味? 二人共、今日という今日はみっちりお説教だからね」
「お、おいジータ落ち着けって。たまたま畑のおっちゃんと会っただけで……」
「ほらやっぱり食べてる。もう、今度からビィご飯抜きじゃなくて、林檎抜きにするからね」
「うぇっ!?」
「嫌なら反省しなさい。全くもう、グランもビィも私がいないと全然ダメなんだから。こんなんじゃ旅に出ても不安しかないよ」
「ははは……ホントにジータには助かってるよ」
「褒めたってお説教はやめませんからね」
こうして楽しげに暮らす平穏を捨てるということでもある。
残酷な運命と死が待つ外へと飛び出すことである。
その覚悟を、二人は間もなく問われるのだ。
その日の午後。
軽く手合わせして食後の運動を充分に行った後のことだった。
「あ、やっぱりここにいやがった!」
そこに一人の少年が駆け込んでくる。妙に強張った表情の彼はアーロン。緊張が顔に出ていて只事ではないと教えてきていた。
「アーロン? どうかしたの?」
手を止めてジータが微笑みかけると、急いでいただろうに頬を紅潮させる。
「?」
思わず言葉に詰まってしまったからかジータは小首を傾げていた。
「な、なんでもない……」
当然、陽光に照らされた笑顔が可愛かったなどと口にできるはずもない。
そういえばそんな浮ついた感情を抱いている場合ではなかったと思い直して表情を引き締める。
……そんな幼馴染みの内情を見ただけで察したグランとビィは苦笑した。というかいつものことである。
この夢見がちな双子を諦観したように見る幼馴染みは、いつからだったかジータを想っていた。幼い頃は一緒に遊ぶ友達だったと思うのだが、年々成長する彼女に異性ということを意識せざるを得ない状況に陥っているというわけだ。しかももし彼女が旅に出ずこの閉ざされた島で暮らしていくのだとしたら、同年代が三人以外にいないこの田舎では自分がジータと……なんて妄想をするくらいには年相応であった。
「って、そうじゃない! お前らが気づいてないから、こうして俺が来たんだろ!」
「「「?」」」
ようやく鬼気迫る表情になったアーロンの言葉に、今度は三人で首を傾げることになる。
「ったく……あれを見ろ!」
呆れたアーロンが指差したのは空だった。三人が顔を上げて、目を見開き驚く。
「戦艦……! しかもあれって帝国の」
「なんでこんなところに……」
上空を飛ぶ一隻の戦艦。それはこのファータ・グランデ空域では最も有名な国のモノだった。
エルステ帝国――かつては歴史こそあれど勢力はない小さなエルステ王国だったが、帝政に変えてから今や空域全土を支配する勢いで力を持った国。
そんな国だからか黒い噂を絶えず実際いい噂をほとんど聞かないが。
なぜこんな田舎の島に戦艦がやってきたのか。正直なところ人数でも強さでも一隻で島一つ滅ぼすことができるような格差があった。
「なんでかわかんないけど、この島に帝国が来てるんだ! 早く避難するぞ!」
アーロンがそう告げたことで彼がなぜここに来たかを察する。その時、戦艦の一部で爆発が起こった。
「な、なんだぁ? 爆発しやがったのか……?」
墜落するような爆発ではなかったが、破片が落ちてきたらと思うと気が気でない。と思っていたらきらりと光るなにかが落下していくのが見えた。火が点いた部品なら一大事だ。なにせ落下地点には森がある。もし燃え広がったら島全土を焼き尽くすまで止まらないだろう。
「……わかった。アーロン、悪いけど先に行っててくれ。大事な父さんの手紙を落としちゃったみたいで、燃えないようにこの辺探してから行くよ」
「はぁ? お前こんな時にまでなに言って……。それなら俺も探した方が手っ取り早いんじゃないか?」
「うん。でも僕が見つけないとジータに怒られちゃうから。あと先行って後から行くって皆に伝えてくれた方が心配されないかな」
「……はぁ。わかった。でジータは……」
「私がいないとグランが迷子になるでしょ」
「そうだな……早く来いよ!」
「うん」
アーロンは嘆息したが一人で来た道を走り出す。
「……グランって、こういう時は頭が回るんだね」
「こういう時はって言わないでよ。ジータは避難してても……」
「そうやって一人で行こうとするから、目が離せないんでしょ。いいから行くよ」
「……うん」
「ったくよぅ。二人共避難しといた方がいいと思うんだけどなぁ」
「そう言ってついてきてくれるんだ?」
「オイラも二人が心配だからな!」
結局、三人は落下物が気になっていたのだ。だからありもしない、だがアーロンはまだグランが持っていると思っている手紙を使って言い訳したのだが。そんなことなどずっと一緒にいる二人からしてしまえばお見通し、若しくはアーロンも予感ぐらいはしているかもしれない。
「じゃあ気を引き締めて行こう!」
グランが言って駆け出すのを、二人がついていく。三人は戦艦から落下したモノの方へと駆けていった。
火災になったらマズいという懸念があったからか全速力で先頭を走っていたグランが、木々の生い茂るせいで視界が悪い森の中で、突然飛び出してきた人影とぶつかってしまう。
「きゃっ!」
軽い衝撃を受けてグランがそちらを見やると、蒼い髪に白いワンピースを着た少女が小さく悲鳴を上げて後ろへ倒れそうになっているところだった。この島では一度も見かけたことのない子だ。もしかしたら帝国の手の者かもしれない。それでも自分がぶつかってしまったこともあり、グランは少女の手を取って倒れないように支えた。
グランの手に支えられてなんとか倒れなかった少女が顔を上げて、目が合う。
空のように透き通った蒼い瞳に思わず魅入ってしまう。
年齢は二人よりも三から五は低いだろうか。首に提げた飾り以外には飾り気がない様子だ。
「えっと……」
ずっと手を握っていたせいか、少女は少し困ったように眉を下げる。そこで無言で見つめていたことに気づいたグランははっとして手を離す。
「ご、ごめん。それで君は? この辺では見たことないと思うんだけど……」
「あっ。お、お願いです! 助けてください!」
グランが事情を聞こうとするとこれまでの状況を思い出したのか縋るようにグランへと詰め寄り必死な顔で訴えかけてきた。
助けるとは一体どういうことなのかと尋ねる前に、がさりと遠くで茂みが揺れる。それだけのことでびくりと肩を震わせる少女の様子に、只事ではないと理解した。
茂みを揺らす音が複数聞こえ、続いて金属の擦れる音も聞こえてくる。音のした方向を警戒して睨んでいると、やがて鎧を身に着けた兵士達が姿を現した。少女はさっと後退しグランが庇うように前へ出る。
「貴様らはこの島の者か? とりあえずそれを渡してもらおう」
先頭に立つ兵士がグランへと手を差し出した。その言葉を聞いた二人は躊躇いなく剣を抜く。
兵士達がこの少女を大切に扱っていないことはよくわかった。もし言うのであれば「それ」ではなく「その子」になるはずだ。なにより怯えて震える少女がそのことを物語っている。
「……それはできません」
グランは帝国兵を睨みつけてはっきりと告げた。
「そうか。なら死ね。それは貴様らのような価値もわからない子供に渡すモノではない」
大人しく渡す気がないと見た兵士達も剣を抜く。しかし、倒す意義があるのはこちらも同じだった。
「……さっきから黙って聞いてみればその子をモノみたいに言って。そんな人に渡すと思ってるなら帝国の兵士さんは随分と頭が弱いみたいですね」
物言いが辛辣極まりなかった。彼女も相当怒っているらしく、自分に向けられたモノじゃなくて良かったと思うグランとビィだった。
「子供が、粋がるなよ。殺れ! 最優先事項は機密の少女! 障害は始末してしまって構わん!」
彼女の言葉にプライドが傷ついたらしく、兵士達へ号令して三人を殺そうと襲いかかってくる。しかし憤ってはいるとはいえ所詮子供と侮っているのか兵士がまず一人ずつ前に出てきた。合わせて二人も駆け出す。
兵士が真上から剣を振り下ろしグランを狙う。彼は難なくかわすと横から兜越しに剣で頭を殴りつけ、一撃で昏倒させた。
「なにっ!?」
兵士として日々訓練を課される者が一撃で倒されたという事実に驚いた二人目は、そのまま突っ込んできたグランに対処できず同じく一振りで倒される。ほぼ同時にどさりという音が聞こえたかと思うと、ジータも二人倒していた。全く傷もない状態での完勝である。
「な、なんだと……。こんなガキ共に……」
一人残ってしまった号令していた兵士がわなわなと震えてあっさり四人も倒されてしまったことに驚愕した。
しかも二人がそのまま自分へと向かってくる。
「クソッ!」
半ば自棄に近い一撃をグランがしっかりと受け止め、その隙に回り込んだジータが後頭部に一撃くれてやった。
油断はあったにしろたった二人で兵士を五人共倒してしまっていた。二人が軽く拳を合わせている様を呆然と眺めていた少女に、明るい声が届く。
「へへっ。どうだ、あいつらの剣の腕は!」
まるで自分のことのように誇らしげな赤い生物を微笑ましく思――
「えっ!? なんですかこの生き物! 見たことないですぅ!」
危うく受け入れそうになってしまったが、図鑑でもこんな生物は見たことがなかった。少女は目を輝かせてビィに顔を近づける。
「ははっ。ビィは、なんて生き物なんだろうね。もう学名もビィでいいんじゃないかな。他にいないだろうし」
「オイラはビィじゃねぇ! ビィだけど!」
グランとビィの言い合いに思わずくすりとしていると、そこへ切迫した声が聞こえてくる。
「ルリア!」
そちらを見ると鎧姿にマントをした女性が駆けてくるところだった。双子よりも十くらい上に見える大人の女性だ。
整えられた長髪と凛々しい相貌からどこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせている。
「カタリナ!」
また帝国兵かと身構える二人だったが、少女の嬉しそうな声を聞いて柄を握る手を緩めた。どうやら二人は信頼を築いているようだ。なにより帝国兵にしては先程の連中と違って彼女を名前で呼んでいる。
「君達は一体……? それにこの倒れた兵士達は……」
「二人が倒したんだぜ! 凄ぇだろ!」
またしてもなぜかビィが誇らしげにしていた。その空中を浮遊する奇妙な生き物を見て。
「……なんと愛らしい……ではなく君はえっと、なんだ?」
一瞬緩みかけた頬を引き締めしかし記憶に該当しそうな生物がいないことから怪訝そうに首を傾げる。
「えと、ビィさんって言うんだって」
「ビーサン? ……その、なんだ。海岸で履くサンダルのような名前なのだな」
「オイラはビーサンじゃねぇ! ビィだ!」
「すまない、冗談だ。二人共、よくルリアを守ってくれた。礼を言おう」
物怖じしないビィのおかげか、それとも目の前の女性が穏やかに微笑んでいたからか。緊張しがちな二人の心を安心させ、間違いなくこの人が自分達の敵ではないと理解する。
「い、いえ。凄く困ってたみたいだったので」
「はい。放っておけなくてつい……」
それでも少し恐縮したようなグランと、照れたようにはにかむジータ。おそらく見た目が油断を誘ったのだろうが、二人で兵士を五人も倒したという事実は変わらない。カタリナは内心で二人の実力を高めに設定すると、一先ず自分のすべきことのために動き出す。
「すまないがあまり話している時間はない。この辺りに帝国兵がうろついている。一刻も早くこの場を離れなければ……」
彼女がそう話している間に、
「カタリナ中尉ィィ」
ねちっこいような中年男性の声が耳に入ってくる。
見るといつの間にかたくさんの帝国兵が彼らを取り囲んでおり、その中の一人が明らかに一般兵士を装備の違う黒い軍服の男だった。香油かなにかで丸く固めた髪とセットに時間がかかるであろう上向きに曲がった顎鬚。
「ポンメルン大尉……!」
カタリナが遅かったかと顔を歪める。彼女が中尉と呼ばれたことから、彼が直属の上官であると理解できた。それでも彼女はできれば穏便にやり過ごしたいのか、冷静を装って話し始める。
「……ルリアの保護に成功しました。兵を退いて戦艦へ戻ってください」
「白々しいですねェ。あなたが少女を逃がしたのでしょう? 機密の少女の観察役を任されていながら偉大なる帝国に楯突くとは……」
「……」
既にバレていたようだ。これではなにを言おうとも彼女の処遇は決まったようなモノだった。
「ふむ、ふむふむ。どうやら先に来ていた兵士を倒したのは、あなた達ですか。こんな子供に負けてしまうとは、帝国兵士の練度も落ちぶれたモノですねェ」
大尉は倒れた兵士達を見やると剣を持った二人を眺めて残念だとばかりにため息を漏らす。
「カタリナ中尉。その少女を逃がすことがどれほど重大な損失を齎すか、あなたならわかるでしょう。帝国が全空を支配するためには必要なことなのですよォ。星晶獣を制御するために必要不可欠な存在なのですからねェ」
星晶獣。かつて今空の世界で暮らす空の民と覇権を争った星の民が生み出した遺物。その力は強力で、一体で島一つを滅ぼすことなど容易とされているほどだった。
それを制御するとなると、確かに手放すには惜しいだろう。
「そこの子供二人にカタリナ中尉まで加わるとなると……兵士を悪戯に消耗してしまうかもしれませんねェ。ではあれを出しましょう。ーーヒドラを持ってきなさい」
ポンメルンはそう言って兵士に指示を出す。「はっ」と短く応えた兵士が立ち去った。
「ヒドラ……? まさか!」
「そのまさかですよォ。あなたもその子供も、まとめて始末してあげますからねェ。くっ、くっくっく……」
慄くカタリナと嫌な笑みを浮かべる彼の様子が理解できたのは、ずんずんと重い足音を響かせ森の木々を薙ぎ倒しながら向かってくる巨体を目にしてからだ。
「ヒドラを使う! 散開して後方に陣を張れ!」
大地を踏み締める四つの足。全身を覆う赤い鱗。巨体を持ち上げられるのか怪しい翼。そしてなにより五つの首を持つ怪物だった。巻き込まれないように兵士達が退避する中、ヒドラと呼ばれたそいつは目の前の矮小な獲物を五つの頭で見定める。そして自分の圧倒的優位を誇示するように咆哮した。
その姿はこの島で戦ってきたどんな魔物より強大だったために足が竦みかけた。それでも逃げ出さず剣を構えたのは、後ろで震える少女のためか、はたまたここで折れては空を旅するなど夢のまた夢と奮い立ったのか。
この時、ヒドラと対峙する三人の考えは分かれた。近いのはジータとカタリナだったろうか。
カタリナは多少腕が立つとはいえ子供に任せるわけにはいかず自分が前に出て戦わなければという思いがあったが、はたして自分と未知数の二人を合わせたとして勝てるのかと逡巡した。
ジータは強大な敵に畏怖してしまっていたが、頭の冷静な部分が状況を判断していき、勝つためにはまず三人で連携する必要があると思う。加えてジータにはないがグランにある能力でもっと戦力を増強させられれば、勝機はなくもないと判断した。カタリナの実力は未知数だが少なくとも今の自分達よりは強いだろうと思っている。
ではグランは、どうか。
ジータはなにをするにもまずあのヒドラと戦わなければならないという事実と向き合うため、勝ち目が薄いと思われる敵に対して一歩を踏み出した。それを恐怖に立ち向かう勇気と捉えるか、実力に見合わない無謀さだと捉えるかは人によるが。
踏み出した彼女を制する手があった。グランの手だ。彼はジータの一歩前で真っ直ぐにヒドラを見据えている。
そして剣を納めた。
「……っ」
その時点でジータはグランがなにをする気か察して、声をかけようとするが、もう遅かった。彼は大きく息を吸い込み決意を瞳に宿らせて、
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げヒドラへと駆けていく。
「お、おい!」
カタリナが無謀に思える突撃を制止しようとするが、彼には止まる気がなかった。
「ふん。身の程を知らないガキですねェ。ヒドラ、やってしまいなさい!」
ポンメルンはそんな少年の蛮勇を笑う。ヒドラがゆっくりと顔を向けて口の中に焔を灯した。
「――来い、輝剣クラウ・ソラス!」
走りながら右手の中に虹色の結晶を出現させ、その結晶が砕け散ると代わりに水晶のような綺麗な刀身を持つ剣が現れた。ヒドラの首の一つが吐いた火炎に向けてその剣を振るうと、道を開くように真っ二つに裂けていく。
「なにっ!?」
これにはポンメルンも驚愕している。グランは勢いを保ちながら
「レイジ! ウェポンバーストッ!」
自分の攻撃力を高め、この後に放つ渾身の奥義の威力を上昇させる。彼は初手の一撃で決めるつもりだ。
近寄ってくる羽虫を払うようにヒドラが攻撃してくるのを掻い潜り懐まで接近する。グランは剣の柄を両手で握ると大きく上段に振り被った。
「ノーブル・エクスキューションッ!!」
剣から光の柱が立ち上り、振り下ろせば柱ごとヒドラへと叩き込まれる。巨体の化け物にも効果はあったのか、呻き声が漏れていた。強烈な一撃に砂煙が舞い、ヒドラの様子を覆い隠す。
「……や、やったのか?」
ビィが固唾を呑んで見守る中、グランは肩で息をして剣を構える。油断はしていない、はずだった。
「っ……!?」
気づけば砂煙の中に大きな影が見えてグランへと近づいてきていた。煙を裂いて現れたのはヒドラの鉤爪だ。グランは反応できずその鋭利な鉤爪に切り裂かれ、手に当たって吹き飛ばされる。血が噴き出し宙を舞う様は明らかに致命傷だとわかった。地面を力なく転がってうつ伏せになると流れ出た血が止まらず血溜まりを形成する。
「――」
ぴくりとも動かない生まれた時から連れ添った双子の片割れを見て、ジータは自分の中から全てが抜け落ちたような感覚を得ていた。冷静に考えていた頭も働かなくなり、ただ倒れ伏したグランを呆然と見つめる。
「く、くくくくく……。なんと呆気ない。少し冷や冷やしましたが、所詮は子供。私に逆らわなければこんなことにはならなかったでしょうに」
そこに彼の死に様を嘲笑う声が届く。にたにたと嫌らしい笑みを浮かべたダサい髭のおっさんだ。
その顔を見た時彼女に生まれた初めての感情は、殺意と憎悪だった。
どんな事情があろうとも、誰かを守るために戦った者の死を嘲笑うことなど許されない。などという綺麗事はどうでも良くて、ただただ憎かった。今すぐ自慢の顎鬚を切り落として生きていることを後悔させてやりたいという気持ちが湧き上がってくる。
「貴様……! 民間人を手にかけるとは……どこまで腐っている、ポンメルン!」
悔しさと怒りから声を荒らげるカタリナも、
「お、おい! 嘘だろ、しっかりしろよ! なぁ!」
グランが倒れたのを信じられないという様子で何度も呼びかけるビィも、気づいていなかった。
普段優しい少女が今この瞬間に人生最大であろう怒りを覚えていることに。
「……大丈夫。大丈夫だから」
三人がそれぞれに取り乱す中、残った少女が静かに歩み出る。倒れて動かないはずのグランへと近づいた。首飾りと森の中から光が溢れ出す。森の中、すぐ近くにあった祠からも溢れていた。
胸の内に燻る黒い感情を湛えていたジータも、優しい声と不思議な光に一瞬心が安らいでいく。
「ごめんなさい、私のために」
ルリアがグランへと屈み込み光を強めていく。
「い、一体なにが起こってるんですねェ!」
ルリアを利用しようとしていたポンメルンでさえなにが起こっているのか理解できないようだ。
誰も動かない中、しばらくして光が収まるとぱっちりと目を覚ましたグランがゆっくりと上体を起こすのが見えた。
「えっ……!?」
死んだと思っていた、と言うより死んでいた片割れが生き返ったことに驚き、憎悪が消し飛んだ。
「な、なにが起こって……これは一体、どういうことなんですねェ……」
先程までの威厳はどこへ行ったのか、大尉は慌てふためていていた。
「――始原の竜。闇の炎の仔。汝の名は……バハムート!」
少女が詠唱すると祠の光が強くなり、突如として巨大な黒銀の竜が顕現する。目元と口、両腕を拘束された異様な姿ではあったが纏う威圧感はヒドラの比ではなかった。
「ひっ……!」
ヒドラよりも強大な存在の出現に、ポンメルンの喉が情けなく鳴った。
バハムートと呼ばれたその存在は、力任せに拘束具を引き千切ると敵であるヒドラに向かって咆哮する。今度はヒドラが畏怖させられる番だった。
黒銀の竜は光を集束させると咆哮と共に極大の光線を放つ。ヒドラのいた地点に着弾すると跡形もなく消し飛ばした。
あまりの衝撃で近くにいたポンメルンの固めた髪が巻き上がり、ぼさぼさのまま落ち着く。ヒドラの後方に控えていた兵士にも被害が出ており、たった一発で形勢が逆転してしまった。
「……そ、そんなバカな……。ヒドラが一撃で……」
一瞬で老け込んだように見えるポンメルンは唖然としてバハムートを見上げる――そして目が合った。感情の読み取れない瞳に恐怖し、びくりと身体を震わせるとそこからの行動は早かった。
「て、撤退! 撤退ですねェ! 負傷者は抱えて、全軍撤退するんですよォ……!!」
青白い顔で命令し兵士達と共に逃げていく彼に威厳などは欠片もない。
敵が去ってほっとしたからか、ルリアは膝を突いた。
「ルリア!」
カタリナが心配して駆け寄る。ビィもグランへと飛びついた。とはいえ生き返った本人はどんな状況かさっぱりわかっていないらしく困惑していたが。
そんな四人を眺めたジータは苦笑して、一旦先程の感情を追いやり声をかけることにするのだった。
こうして蒼の少女ルリアとグランは命を共有し、帝国に逆らったことで故郷を追われることになる。
巻き込んでしまって申し訳ないというカタリナの謝罪を、旅に出られるいい機会だと笑って流した二人は、ビィを連れて故郷を旅立った。
夢見たイスタルシアを目指す大いなる旅路が今、幕を開けるのだった――。
尚。小型の騎空艇で空へと旅立った五人は、初操縦カタリナの手によって破壊、近くの島に不時着することとなるのだが、それはまた別の話。
双子ですがグラン君のみルリアと命を共有するような結果となりました。
途中でグラン君が虹の結晶(ガチャのヤツ)からSSR武器を出してましたが、
その能力の詳細を説明するのは大分先になります。
まぁ言ってしまえばガチャです。彼しかない能力ですが。