色々とやりたいこと、やるべきこと、やらなくてもいいけどなんか巻き込まれたことなどが乱立していっているが、とりあえず重要なことは空図の欠片を集めることだ。
というか一つ一つ終わらせていかなければ延々と続いてしまう気がする。
空図の欠片回収、仲間探し(特に操舵士)、賢者探し。
この三つを俺の主な旅の目的としよう。割りと運要素が強い気はしているが、そこは各島を回って補うしかない。
ともあれ立ち止まっている時間は少ない方がいい、ということで定期船に乗って王都メフォラシュに向かった。
オルキス女王にお目通り願うと告げたら衛兵に槍を向けられる。……なんでだ。俺ってそんなに怪しい恰好してるだろうか。
「アダムに話を通してくれれば伝わるって」
「アダム様を呼び捨てにするなど無礼な! ここで始末してくれる!」
いや熱くなりすぎだろ。
本気で殺しにかかってきそうなほど鬼気迫る衛兵達に対し、俺は抵抗しなかった。
「おやめなさい」
少し厳しめにぴしゃりと言い放ったのは、赤い軍服に身を包んだ黒髪の男。件のアダムだった。
「あ、アダム様っ!」
衛兵は槍を提げ背筋を伸ばして敬礼する。躾が行き届いているようでなにより。
「久し振りですね、ダナン。オルキス女王陛下がお待ちです。行きましょう」
「ああ。とりあえず減給って言っておいてくれ」
「それもいいかもしれませんね」
アダムは俺を真っ直ぐに見据えて言ってくる。軽口に頷いたのはおそらく冗談だろうが、声音が変わらないせいか衛兵が顔を引き攣らせていた。
「すみません。つい先日オルキス女王が誘拐されたところですので、兵士も殺気立っているようでして」
「そりゃ物騒だな。体制の整っていないメフォラシュを襲ってなにになるんだか」
俺が肩を竦めるとアダムは少しだけ眉を寄せた。
「……実は、外敵と言うには少々込み入った事情がありまして。オルキス女王を攫ったのは、脱獄したフリーシアなのです」
「は?」
脱獄したというのにも驚いたがあいつメフォラシュに捕まってたのか。
「短い間でしたが非常に濃いことがありまして、今はなんとかエルステ王国の運営を安定させようと日々動いているというわけです。道すがら、簡単に説明しましょうか」
「頼む。外の情報じゃあ“蒼穹"の連中がここに来てからアガスティア行ったってことくらいしかわからねぇからな」
「そうですか。実は彼らがここに来てから、投獄されていたフリーシアが脱獄を企てたのです。私と彼らはまんまと裏を掻かれオルキス女王を誘拐され、アガスティアのタワーでアーカーシャを渡せという彼女の要求に応えるために旧帝都アガスティアへと向かいました」
「それでか。ったく、揃いも揃ってなにやってるんだか」
まぁ十年も帝国を牛耳っていたようなヤツだ。そんじょそこらの凡人とはなんつうか、「人の使い方」が違うんだろう。
「返す言葉もありませんね。兎も角、そうして私は彼らにオルキス女王奪還を頼みました。……今メフォラシュが指導者を失うわけには参りませんので。ここからは聞いた話ですが、タワーでフリーシアと戦いオルキス女王を奪還されました」
「そっか。アーカーシャはオーキスが預かってるんだもんな」
「ええ。一応こちらからオーキス様に連絡を取ってみたところ、すぐに反応してくださったようでその場に間に合ったそうです」
「へぇ。じゃあそのままメフォラシュまで一緒に?」
「はい。それでその後なのですが……」
アダムはまた歯切れ悪く少しだけ言葉を切った。
「戻ってきた直後に、同行していたリーシャさんが第四騎空艇団本部に呼び戻され、赤髪のドラフの女性、スツルムさんとおっしゃいましたか。彼女が駆け込んできてドランクさんという方を助けて欲しい、と」
……色々詰め込まれすぎててよくわかんねぇ。というかうちの連中はなんだかんだあいつらに巻き込まれすぎやしてないか?
「すまん、ちょっと追いつかん。まず、リーシャが呼び戻されたって話だが。あいつは確かそれこそアマルティアに行ったはずだぞ?」
「ええ、そのようですね。大まかにしか私も聞いていないのですが、ザンクティンゼルで情報を整理したところ空図の欠片は島と強い結びつきを持つ星晶獣が持っていると判明し、空図の欠片について調べるためにアマルティア島を訪れたそうです。そこでリーシャさんのお父上、碧の騎士ヴァルフリートがダイダロイトベルトに向かっているという情報を聞いて、団長さんのお父上と旅をしていた彼から得られる情報があると思い、リーシャさんも同行して向かったそうです」
「なるほどなぁ。ダイダロイトベルトに向かったって話は聞いてたんだが」
「そこで緋色の騎士バラゴナさんや黄金の騎士アリアさんと関わったり、『
「……あいつら行く先々で厄介事に巻き込まれてんな。疫病神でもついてんのかよ」
誰かが、と言うよりかはそれぞれが、という感じには考えているが。
「ええ、彼らの旅は退屈しなさそうです。それでスツルムさんの要請に従い、彼らはドランクさんの残した宝珠の示す先に従って次の島へと向かいました。少し調べさせましたが、その方角にはノース・ヴァストという島があります。空域を分かつ瘴流域にかかった、ファータ・グランデ空域で最も過酷な島と呼ばれる極寒の地です」
「大体わかった。それで、オーキスもそこについていったってわけだな」
「その通りです。あなたも、彼の地に向かいますか?」
アダムがそう尋ねてくる。俺がオーキスやスツルム、ドランクと知り合いだというのは彼も知っている。まぁ色々と関わりがあったことだし、それはいい。
だがそうか、あいつらの後を追うっていう選択肢もあるっちゃあるか。だがまぁ、そんなに心配はしてないな。ドランクを助けて欲しい、なんて状況が考えられないっていうのもあるが、あいつのことだからそう簡単に死ぬことはないだろう。そんなことよりスツルムが素直にあいつらを頼ったことの方が気になる。相当焦ったんだろうな。そのことをたっぷりからかってやるくらいはしたいが。
「いや、いいや。あいつらが戻ってきたら、スツルムを盛大にからかってやればいい」
「……そうですか。信頼しているのですね。彼らのことを。そして、“蒼穹”を率いる彼らを」
「そりゃあいつら強いしな。能力としちゃ俺と同等。それが二人もいるって考えたら相当なモノだろ。なにより星晶獣との騒動のおかげでどんどん強くなっていきやがる」
俺みたいな凡才は置いていかれないようにするので精いっぱいだ。
「そうですね。しかしそれはあなたもでしょう? 随分と腕を上げたようですね」
「そりゃどうも」
短い期間で星晶獣や変なヤツと戦い、確かな成長を感じていた。それがアダムにもわかったらしい。自覚する分でも問題ないが、他人から見てもそうなら確信に変わる。
アダムと話している内にオルキスの部屋に着いたようだ。彼が足を止めコンコンと部屋の扉をノックする。
「アダムです。入ってもよろしいですか?」
「うん、どうぞ」
中から以前と変わらぬ声が聞こえ、「失礼いたします」の声の後扉を開け中に入っていく。ここは彼女の執務室のようだ。書類が積み上げられ、事務作業に追われている様子が伝わってくる。
「あ、ダナンさん。久し振りっ」
俺に気づくと華やかな笑顔を見せてくれる。
「ああ。元気そうでなによりだ。俺も色々回るとこがあるんで手短に済ませるか。さっきアダムとも話してたんだが、この島にある空図の欠片を手に入れたい。どうすればいい?」
さっさと本題を告げる。と、二人が顔を合わせて少し笑った。そんな様子に首を傾げていると、オルキスがくすくすと笑って説明してくれる。
「実はその、空図の欠片はアダムの中にあるの。団長さん達もびっくりしてたよ」
「お前が持ってるのかよ……。俺はてっきりデウス・エクス・マキナが持ってるもんかと思ってたわ」
「星晶獣デウス・エクス・マキナは確かにメフォラシュに封印されていた星晶獣ではありますが、空図の欠片を持つ条件、と思われる島との強い繋がりについては怪しいところがあります。あの星晶獣の存在を知っている者はメフォラシュでも僅かです。星の民に貰ってからすぐ封印していたからでしょうね、結びつきはあまりありません」
「ああ、なるほどなぁ」
空図の欠片を島と強い結びつきを持つ星晶獣が持っている、と知らなければわからない話だった。
「すぐ出るって言ってたけど、ダナンさんもノース・ヴァストに?」
「いや? あいつらなら大丈夫だろうし、俺が心配することでもねぇよ」
「そっか。じゃあ次はどこに?」
「今は一応空図の欠片集めをしてるところだから、次はダイダロイトベルトだな。さっきアダムに聞いて空図の欠片があるって知ったし。ノース・ヴァストに行くかどうかは、微妙なところだが」
「そうなんだ」
俺の言葉に、オルキスは少しだけ表情を曇らせる。あいつらは来たようだがあちこち移動してしまうため、少し寂しいのかもしれないが。
「オルキスも執務で忙しそうだしな。ってことでアダム。空図の欠片をくれ」
俺は言ってアダムに向けて手を出した。
「それはできません」
「なに?」
しかし彼は首を横に振る。
「私はオルキス女王の部下ですので、命令なしに空図の欠片を誰彼構わず渡すのはいただけないでしょう?」
……チッ。そういうことかよ。
「あなたも折角来たのですから、少しはのんびりしていってはどうですか? そうすればオルキス女王も空図を渡すよう命じてくださるかもしれませんよ」
続いたアダムの言葉に、オルキスは顔を輝かせる。やはり寂しかったようだ。……こうなったら素直に従うしかないか。アダムと無理に戦う必要はないだろうしな。
「……しょうがねぇか。ただし、明日の夕方には発つからな。それまでで良ければ」
「うん、ありがとうダナンさん、アダム」
頭を掻いて言った言葉に、オルキスは嬉しそうな顔で礼を言ってくる。
俺はその後我が儘な女王様の命によって、客人だというのに料理を振る舞うことになったのだった。ついでとばかりに兵士達や街の人達にも配布されたせいでほぼ一日中拘束されてしまったのだが。まぁ、喜んでくれたし良しとするか。
翌日の昼飯を作っていたら夕方になってしまったが、夕食は作らんぞという約束をしていたので、アダムから空図の欠片を受け取り王都メフォラシュを立ち去ったのだった。