まぁあの騎空団の人は団長しかまだ出てきていないと思うので、妄想を全開しています。
詳細は明日の更新でなんですけどね。
メフォラシュから意気揚々とダイダロイトベルトに繰り出そうとした俺だったが。
「ダイダロイトベルト行きの船は出てないのか?」
ラビ島の港で定期船の確認を行っていたところ行き先になかったので乗組員の一人に聞いたのだが、返ってきたのは「他の島にも存在しない」という答えだった。
「ああ。ダイダロイトベルトは商船が飛ぶには危険が多すぎる。秩序の騎空団や騎空士に頼んで、危険を承知で行ってもらうしかないんだ。あそこは空域を隔てる瘴流域が近いから荒れていて、並みの船じゃ近づくことも難しい。小型の騎空艇やなんかですぐ離れるなら行けはするだろうが、行きたいと思ってくれる人がどれほどいるか……」
乗組員のおっさんが苦い顔で説明してくれる。……なるほど。商売目的で行くにしても船ごと落ちたら金を稼ぐどころじゃないってわけか。確かにそんな危険な地に行くより航路が確保された地へ行って普通に売っていった方がイチかバチかすぎないか。
「なるほど、じゃあしょうがねぇか」
俺は頭を掻いて、乗組員に礼を言いその場から離れる。……となると早速行き先を失った形になるが。
さてどうしたもんかと悩み込む。俺の目的を達成するためにもダイダロイトベルトには行かなくてはならない意味がある。とはいえ仲間集めもどこか決まった行き先があるわけじゃない。行く宛ての全くない旅ほど途方もないモノはないぞ。
「――よぅ、坊主。困ってるみたいだな」
流石に打つ手なしかと頭を悩ませている俺の耳に聞いたことのある声が届いた。驚いてそちらを見やると、緑髪をオールバックにしてゴーグルを装着したおっさんが立っている。
「ザンツのおっちゃん?」
そう、確か黒騎士達が愛用していた小型騎空艇の操縦士だ。その腕前は身を持って知っている。
「おうよ。ダナン、つったか? こうして顔合わせんのは久し振りだな」
ザンツはニカッと歯を見せて笑った。
「そうだな。……話聞いてて俺に声かけてきたってことは、もしかしてダイダロイトベルトまで連れて行ってくれんのか?」
タイミングを考えて、そうとしか思えない。
「察しがいいな。そう、お前さんをダイダロイトベルトまで連れてってやる。ただし」
「条件がある、ってことか」
「そういうこった。話が早くて助かるぜ」
「大体わかるだろ、流れを読めばな。とりあえず話は聞こうか? 俺でできないことを条件に出されても仕方ねぇ」
「慎重だな。まぁそれくらいじゃなきゃなんねぇ。……俺と一緒に、ある島まで来て欲しいんだ。詳しいことは言えねぇが、そこでの出来事によっちゃ今後も島を渡る足になってもいい」
少し真剣さを滲ませてザンツが告げてくる。……条件の詳細は明かさない、または明かせないか。だが見返りは非常に大きい。定期船での移動は時間がかかるしザンツの小型騎空艇は並みの騎空艇より速い。空を移動するという比較的無駄な時間を削れるということだ。
「……わかった。引き受けよう」
俺は考えた末にそう答えを出す。というより俺には他の選択肢は思い浮かばない、わけではないが確実な手段が取れない。
「助かるぜ。先にダイダロイトベルトに向かうってことでいいか? 坊主は強いだろうとは思ってんだが、どうも依頼をこなすだけの力があるかってのは見抜けなくてなぁ」
「そんなんでよく俺に依頼する気になったな。というかなんで俺だ?」
ザンツの言葉に呆れつつ、そういや聞いていなかったと肝心なことを尋ねる。
「ダナンは気にしてねぇみたいだが、ちょいと名前を出して依頼しづらい理由ってのがあってな。なにより行き先が行き先だ。生半可なヤツ連れていけねぇよ」
「さっき俺の実力が見抜けねぇって言ったばっかじゃねぇかよ。そんなんで大丈夫か?」
「大丈夫だって。ほれ行くぞ坊主」
「ったく、まぁいいか」
マイペースなおっちゃんに連れられて、俺はおよそ最速でダイダロイトベルトに到着することができたのだった。
流石にザンツの小型騎空艇は速いな。乗り心地が良くて速いって最高だろ。
「よし、と。んじゃ行こうぜ」
ダイダロイトベルトは歪な島だった。一般的に島と言えば地続きを連想するのだが、この島は違っている。細い地や浮いた地が外側にあって、中心に行くほど地続きに変わっていくようだ。中型以上の騎空艇であれば外側につけなければ尖った岩などにぶつけてしまう可能性もあったかもしれないが、小型騎空艇とザンツの操舵技術があれば難なく中心の安定したところまで辿り着けた。
「おう。ってか変な島だな。島としての体裁を保ってるのかも怪しいじゃねぇか」
「ははっ。この程度で驚いてちゃキリねぇぞ。世界は広いからな。他にも変な島がたくさんあんだ」
「年寄りならではの言葉だな。とりあえず情報収集から始めるとするかね」
「いや、その必要はねぇよ」
「ん?」
アダムから聞いていたのは星晶獣とその名前だけだ。どこかで祀ってる祠やなんかを探したり人に尋ねたりして回ろうかと思っていたのだが。ザンツは不敵に笑って俺を止めた。
「ただちょっと必要なモンがあるんでな。まずは買い物だ」
「?」
ザンツのおっちゃんの行動が読めずに首を傾げることしかできなかったが、なにか考えがあるのだろうととりあえずついていくことにしたのだが。
「買ったの酒とつまみばっかじゃねぇか!」
小一時間ほど買い物をしたところで、俺はようやくツッコんだ。
「ははっ! そりゃそうだろ! 手っ取り早く信頼を得るには、酒飲んで語り合うか裸の付き合いをするのがいいんだよ」
ザンツは全く悪びれずに笑う。……今時流行らないぞ、そんなの。酒飲めないヤツとは仲良くなれねぇって言ってるようなモンじゃねぇか。
「だからって買い込みすぎだろうがよ」
「そんなことねぇって。ほれ戻んぞ」
「はあ?」
二人共両手に買い物袋を持って、中に酒瓶とつまみ用の食い物を詰め込んでいる。こんなに飲み食いするつもりなのかと思ったが、ザンツは小型騎空艇を停めた場所へと歩いていってしまう。いい加減にしろよこの爺と思わなくもなかったが、一旦荷物を置きに戻るだけの可能性もあると考えて大人しくついていく。なにより言っても聞かなさそうだった。
「じゃあ飲もうぜ、カンパーイ!」
「ざけんな酒瓶で頭かち割んぞクソ爺」
「……いきなり口悪すぎない? 歳食うと涙腺緩むんだぜ?」
「知るかよ。なんでこんなとこまで来ておっさんと酒飲まなきゃいけねぇんだ」
一応もう夕方になったからまだ時間が早いとは言わないが。
「いいからいいから」
「一応言っておくが俺未成年だからな?」
「……」
「おい」
ザンツは俺の物言いに視線を逸らした。この様子だと知らなかったか、知らないフリして飲ませようとしていやがったな。
「……はぁ。しょうがねぇ、誰にも言うんじゃねぇぞ」
「おっ、付き合いいいじゃねぇか。安心しとけ、そのためにここで飲むんだからな」
どうやらこのおっさん、最初から未成年の俺に飲ませる気満々だったらしい。それはそれで先達としてどうかとは思うが、律儀に守っていないヤツも大勢いるだろう。アウギュステでの宴では色々なヤツがいたし、秩序の騎空団もいた。妙な真似はできない。リーシャと酒場に行った時はあいつが真面目だから目の前で飲むのはよろしくないと思って避けた。ついでにアポロ達と一緒にいた頃はオーキスへの教育上良くないので飲酒していない。
「……しょうがねぇから、って言ってんだろ。あんたがさっさと星晶獣に会う方法を教えてくれりゃ無闇に法を破ることもなかったんだがな」
「ははっ。ほれ乾杯だ」
ザンツは笑って取り合わず、床で胡坐を掻くと買ってきた酒瓶を掲げる。俺は仕方なく、適当に買ってきた小さめの瓶を掲げた。
「乾杯、っと」
キン、と瓶を打ち合わせてからザンツが酒瓶の蓋を開けてそのまま一気に煽った。ぐびぐびと勢いよく飲んだかと思うと、半分くらいまでいったところで口を放す。
「っぷはぁ! やっぱこのヒリヒリするような喉越しだよなぁ」
ザンツは堪らないとばかりに言ってどんと酒瓶を置いた。俺は酒を飲むのが初めてなので怪訝に思いつつも蓋を開けて一口を煽る……これ美味いんだろうか。苦い気がするのは俺が飲み慣れてないからか? まぁいいや。普通の飲み物も買ってきているし、あんまり飲まずに過ごしていよう。
「ははっ! 流石にまだ酒の味はわからねぇか!」
ザンツは俺が顔を顰めているのを見てか楽しそうに笑う。
「うっせ。初めて飲んだんだから仕方ねぇだろ」
俺は言いながら茶を開けて口直しをした。
「酒ってのは飲めばわかるようになってくもんだ。あと弱くても少しずつ耐性ができる」
「そこまでして飲みてぇとは思わねぇよ。それより早く本題に――」
「固いこと言いっこなしだぜ。そうだ、坊主の旅の話でも聞かせろよ。酒の肴にな」
「あん? ……まぁ、知られて困るような話でもねぇか」
なんでそんなことを、と思いはしたが特に困るようなことでもない。なにより今までザンツに小型騎空挺を操縦してもらっていて、情報を漏らされたということは聞いていないしそういう懸念を抱く必要もなかった。言い触らすような真似はしないだろうという信頼はある。
「じゃあそうだな、俺が黒騎士達と出会ってからの話でもしてやるか」
「おっ? 気になるなそれ。聞かせてくれよ」
ということで、ザンツに俺の今までの旅路を語っていく。酔いが回っているのか上機嫌な彼は機嫌良く相槌を打ってくれた。俺も酒が入っていたこともあってか滑らかに話を進めていった。
「ははっ! 若いってのはいいなぁ! 随分と青春してんじゃねぇか!」
「うっせぇなぁ。俺だって予想外すぎんだよ。元々俺が何者なのかっつうのを探る足がかりするためだけのヤツらだったんだぜ?」
「それにしちゃあ随分と情のあるこった」
「知ってるよ。それも含めて予想外だっての。俺だってこんなに、あいつらが大切になるなんて知らなかったんだ」
「そんなもんだ。俺だって、昔旅してた仲間達ってのは今もかけがえない仲間だしな」
飲み始めてからどれだけの時間が経ったろうか。俺もすっかり酔っ払って、些か以上に口が軽くなっている気がする。アポロとオーキスに、なんて話までする気じゃなかったんだが。これが酒の力ってヤツか。
顔が熱くて頭の働きが緩やかになっている気がする。壁に寄りかかっていないとフラついてしまいそうだ。俺はとりあえず三本ほど小さい瓶を飲み干して、それからはずっと茶を飲み続けている。アルコール度数もあまり高くない酒だったそうなので、俺は酒に弱いらしい。
ザンツはそれなりに強いのか大きな酒瓶を五本ほど空けた上に小さいのが五本。本人はまだまだいけると豪語しているが、顔は赤くなってきているので酔ってはいるみたいだ。
「じゃあそろそろザンツの話も聞かせろよ。俺だけ、なんて言わねぇよなぁ?」
「……ああ、わかってんよ。そのためにこうして酒飲んでたんだからな」
「ん?」
俺は軽口のつもりで言ったのだが、ザンツは妙に真剣な表情をし始める。
「……これからするのは俺の、過去の話だ。もう二十年以上も前の話になる。あんまり肴としちゃ美味くねぇ話だが、ちょいと聞いてくれや」
どうやら酒が入っていないとできないような話をする気らしい。
「ふぅん。まぁいいぜ、俺も色々話したしな。あんたの話も聞いてみたい」
俺は言って先を促す。ただ人生の先輩というだけでは説明のつかない経験論が偶に飛び出してくるため、ザンツの過去というのが気になっていたというのもある。重い話だろうが、聞かずにいるなんてことはない。
「そうか。じゃあ話すとするか」
ザンツは酒瓶に残っていた分を一気に飲み干すと、瓶を置いて少し顔を伏せた。
「……知ってるかもしれねぇが、俺は『伊達と酔狂の騎空団』っつう騎空団の操舵士をやってたんだ」
ぽつりぽつりと語り出したザンツの過去にまず驚く。
『伊達と酔狂の騎空団』って言うと……全盛期は今から三十年以上前になるだろうか。未開拓の地を旅して回り、ファータ・グランデ空域を開拓していった騎空団。かつては全空に拠点を持つ最大規模の騎空団である、秩序の騎空団に次ぐ勢力だったほどだという。秩序の騎空団もそれから勢力拡大がされていっているとはいえとんでもない連中だったのは間違いない。
その実態はただ団長のやりたいことについていきたい物好きが集まっただけの集団だったらしいが、それだけで秩序に次ぐって、現代で言う“蒼穹"の騎空団レベルだったということだろう。というかむしろあいつらがやっていることの先駆者に近い。
未開の航路を切り拓き旅をしていた彼の騎空団の操舵士ともなれば、凄腕なのは間違いない。そうなるとザンツの操縦が上手いことにも納得がいく。
どこにどんな島があるのかもわからない状態で旅を続けて航路を開拓する。そんなことが可能だったのは、間違いなく船を操舵するヤツが優秀だったからに他ならない。
そのザンツに一体なにがあったのか、純粋な興味が大きくなり彼の話に耳を傾けた。