ザンツは俺とフラウがあれこれしている間に小型騎空挺をアルトランテに運び込み、出航準備を整えていてくれたらしい。
「よし。じゃあ行くぜ、団長! 騎空挺アルトランテ、再開の航行の始まりだ!」
ザンツは甲板で舵を握り声を張り上げる。誰よりも興奮しているのは彼だろう。
「ああ。目的地はガロンゾだ。飛べるとはいえあちこち不備だらけだろうからな。その修理に行く」
「おうよ。じゃあ行くぜ、アルトランテ!!」
ザンツが操舵すると騎空挺のプロペラなどが回り出し、アルトランテの船体が浮上する。そこからは風に導かれるように飛び立ち船の墓場と呼ばれた島から一気に離れていった。
「あれ、普通に飛べてるんだ。この島は気流が島に向かっていってるから、簡単には出られないんだと思ってたけど」
フラウが率直な疑問を口にする。
「まぁな。だが風ってのは巡るもんだ。島に向かった気流は島にぶつかって、気流のない方向、つまりは上か下に流れるんだ。今は上の流れに乗っかって出航したってわけだな」
「ふぅん、そうなんだ」
ザンツは騎空挺が操縦できて嬉しくて堪らないのか、饒舌に語った。
「俺はそれより、ぎしぎし軋む音がするのが気になるんだが」
「ははっ。そりゃそうだろ。竜骨は新品同然だが、他は三十年前が最新。つまりはオンボロだ。二十年は手入れされてねぇし、坊主が修復してくれなきゃ飛べてねぇだろうな」
そこかしこから騎空挺の悲鳴が聞こえてくるようで不安だ。笑い事じゃねぇだろとは思うが、彼の想いの丈は知っているから信じてやるしかない。
「ねぇ、部屋に行きましょ?」
フラウがそっと耳元で囁いてきた。眉を寄せて彼女を見据えるが「ね?」と言ってきて取り合わない。
「……はぁ。後で悔やんでも知らねぇからな」
「今更よ」
そう言われるとこちらとしても返答しづらい。今までの相手はこう、初めてだったからな。彼女のような相手にはどうすればいいのかと思う部分はある。しかもフラウとしてはどちらかというと黒歴史みたいな部分があるようなので触れづらい。まぁ、なるようにしかならねぇか。
断るという選択肢もなくはないのだが、彼女を遠ざけて「あなたもやっぱり他の人達と同じだったのね」と距離を置かれるのもそれはそれで協力を取りつけづらくなる。なにより、彼女の気持ちがわからなくはない部分があった。醜い部分ばっかり見えていると世界が嫌になるもんだとは思う。俺は救われた、運のいい身だからこうして今ここにいる。となると他人事とは思えないところもある。
「期待はすんなよ」
「残念だけどするよ。だって自分が、って思ったのは初めてだもの」
俺の言葉には笑って取り合わない。まぁ、勝手に期待してがっかりするのは勝手か。
そう思い、俺は彼女の思いを正面から受け止めることにした。オーキスやアポロほどの深い感情ではないと思うが、この時彼女がそう思ったのなら仕方がない。
そうして彼女を連れ立って部屋を探したのだが、流石に十年単位で放置されていたこともあってベッドはボロボロだった。団長室という札が下がっている大きめの部屋があったので、折角ならそこにしようと思い中へ入る。
ある程度手放す前にモノを持ち出していたのか閑散としていて、やはりベッドはボロボロのカビだらけ。ワールドの能力で部屋全体を新品同然に創り変えて使うことにした。
「……ふふっ。私から迫るなんて初めて」
ベッドに腰かけた俺にしなだれかかるようにしてフラウが呟く。
「そうか。まぁ無理はしなくていいから、ゆっくりな」
「うん。できればその、優しくしてくれると嬉しい」
それはちょっと自信ない。だが欲望の吐け口にするような真似はしないでおこう。理性をしっかり持って。
ほとんど成り行きに近い気もするが、俺は経験三人目を経ることになるのだった。
◇◆◇◆◇◆
ガロンゾに到着するまでの間、俺達はずっと一緒だった。日にちに直すと三日くらいか? 正確な日付はわかっていない。それだけ求め合ったということだろう。決して俺が欲望を暴走させたわけではないということだけ記しておく。
フラウは妙に手慣れている部分もありながら、優しくすると生娘のような反応を見せる。そういった一つ一つに今までがどうだったかという名残りがあって、少し激しく執拗になってしまったかもしれない。これが所謂独占欲というヤツなのだろうか。
そのフラウは今俺の上でうつ伏せになっており、安らかな顔で目を瞑っている。だが寝ているわけではない。
「ふふ……誰かと一緒に朝を迎えるのも、悪くはないものね」
愛おしそうに細い指で俺の身体を撫でている。
「それくらいなら今までもあったんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、こんなに温かい朝はなかったわ。あんなのただ男が女を欲望の吐け口にするだけの行為だと思ってたのに。……今まではそうだったのに」
綻ぶような柔らかい声音に、少しでもいいと思ってもらえたならそれでいいかと思う。
「今は凄く満たされてる気がする。私からもっと、なんて初めてだった。嫌じゃない行為もね」
「ああ、一応嫌ではあったのか?」
「うん。愛しているとは言っても下卑た欲望の吐け口にされていれば嫌悪感だって湧くわ」
それもそうか。彼女は周りを全員愛していたが、愛しているからなにをされてもいいとは思っていなかった。嫌なことは嫌だった、のだろう。でなければ友達がいなくなったことで心が折れたりはしない。それでも我慢していたのはなぜなのか。そこから人生が変わったことだけは、デビルに感謝できるのかもしれないが。
「そうか」
「うん。……それにしても、やっていることは同じなのに不思議ね。あなたが上手だからとか?」
「さぁな。俺は経験少ない方だし、特別上手いわけじゃねぇと思うんだが。確かなのは、自分が気持ち良くなりたいだけの行為か、そうじゃないかの違いがあるってことくらいだな」
「じゃああなたのおかげなんだ」
「どうだろうな。行為自体に対するフラウの心境の変化ってのが要因じゃねぇか?」
「それもあなたのおかげよ」
フラウは俺を見つめて微笑んでくる。
「ねぇ、一つお願いがあるんだけど」
「ん?」
フラウは俺の顔の横に手を突いて覆い被さるようにしてくる。さらりとツインテールが垂れてきた。互いに全裸なので色々と見えてしまう。
「その、昔私がされたみたいに、自分勝手にして欲しいの」
「……なんでそんなことを?」
それが嫌だったっていう話をしてたんだろうに。
彼女の真意を探るために赤い瞳をじっと見つめる。
「今あるモノが、優しくされたからなのか、あなたが相手だからなのかを見極めるため」
「……そうかい。じゃあ遠慮なく。男ってのは結局そういう生き物だろうし、その辺は諦めるしかないって思ったら悪いな」
「ううん。それでもいいなって思えたら、きっと私はこの面倒事しか引き起こさない身体を受け入れられると思うの。だってあなたが求めてくれるんだもの、ね?」
「なら、どっちにしても引き受けるしかねぇな」
フラウの言葉を受けて、とりあえず一日かけて要望に応えることにした。
結果二人してぐったりしてしまったのは言うまでもない。
その後魔法で身体を清めてから部屋を出たのだが。わかってはいたがとっくにガロンゾには到着していたので、港に停泊した状態だった。甲板の掃除をしているザンツに、「随分長いことお楽しみだったみてぇだな。それでこそ一騎空団をまとめる団長だ」となぜか褒められて(?)しまった。彼の場合は前例が前例なので宛てにならないだろう。
「じゃあこれから修理のヤツ呼ぶからよ。……ちゃんと部屋片づけたか? 私物も置いていくなよ?」
「問題ねぇよ」
「私もあの島で失ったからこの身一つよ」
「よし。じゃあ見積もりだのなんだのの話はつけとくぜ。ただその、なんだ。金に関しては協力してもらわねぇとダメなんだが……」
「わかってるよ。元々騎空挺を買うために金を工面するつもりだったし。流石に今全額払うことはできねぇだろうがな」
「悪ぃな、助かるぜ」
「いいんだよ、俺の騎空挺でもあるんだからな」
俺は言って、それならシェロカルテの店を探して話をつけておかなきゃな、と考える。
「ダナンさん〜。丁度いいところに〜」
と、背後から声が聞こえた。……お前実は【アサシン】かなんかじゃねぇだろうな。
「……それはこっちのセリフだ、シェロカルテ。タイミング見計らってたんじゃねぇだろうな」
俺は呆れ半分の表情で振り返る。いつもと変わらぬ笑顔でハーヴィンの女性が立っていた。
「そんなことはないですよ~。それより一つお願いがあってですね~」
「そりゃ奇遇だな。俺もお前に用があったんだ」
俺も笑って視線を交わす。
「とりあえず俺の方の話な。騎空挺を買うっていう予定だったが、ちょっと宛てが見つかってこいつを修理して乗ることにしたんだ」
俺は港に停めてある騎空挺を親指で示す。
「ああ、騎空挺アルトランテですか~。かつて『伊達と酔狂の騎空団』の本船として活躍した歴戦の騎空挺ですね~」
「ほう? 嬢ちゃん目利きできるんだな。あの頃は似たような騎空挺がいっぱい製造されてて、模倣品も多いってのに」
シェロカルテは見ただけでそれと察したらしい。そのことにザンツが感心したような声を上げる。
「商人ですからね、当然です~。それに、間違ってもこの船を模倣品だなんて思えませんよ~。歴戦の風格は、見ただけで伝わってきますからね~」
「ははっ。デキる嬢ちゃんだ」
流石はシェロカルテ。ザンツともすんなり打ち解けている。
「まぁ、そういうわけでこいつの修理費用に突っ込むから、儲けはおっさんと話して修理を担当するところに振り込んでおいてくれ」
「わかりました~。それでなんですが、お願いの一つは例のお話に関係することでして~。お陰様で好評でしたので、事業拡大をすると同時に新メニューを二つほど開発していただきたいんです~。在庫切れを極力減らす、メニューの更新を怠らない、これがブームをできるだけ長く続けるコツですからね~」
「わかった。味つけのタイプ的になにか案があったら教えてくれ」
「わかりました~。私としてはこういう素材なんかがいいんじゃないかと思います~」
シェロカルテは話の早いことで、すっと色々な素材が書かれた紙を取り出した。記載された材料は基本が果物だったが、パイ屋なのでパイに合いそうなモノが並んでいるような形だ。どれも市販されているような珍しくもない材料だが、ここから格別な美味さを演出するのは“シェフ"たる俺の仕事だ。
「助かる。この中から考えてみるな」
「はい~。是非お願いしますね~」
彼女は最初一つ目と言った。区切りがついたので次の話に移るようだ。
「次のお話なんですけど、色々情報を確認したところゼオさんの目的の人物がこの島にいるみたいなんです~」
「ああ、あいつの。それでその本人は?」
「もちろんこの島にいますよ~。今追っているところだと思いますね~。ちょっと調べてわかったのですが、ゼオさんの追っている方は生身で街一つを壊滅させただとか、拳一つで人体が弾け飛んだとか、そんな逸話のある人物のようなんです~」
シェロカルテは内容故かやや声を潜めて言ってきた。
「……そんなヤツに、か。あいつもあいつで苦労してんなぁ」
「随分と呑気なこと言ってますね~。このままだとゼオさん、殺されてしまうかもしれませんよ~」
「それは、困るな。しょうがねぇ、後でちょっと追ってみる」
「はい~。次が最後になるんですが、頼まれていた腕利きの刀使いの噂を耳にしたんです~。凄く残忍で人を人とも思わない人物ですが、刀一本で街の領主にまで昇り詰めたとか。その方の名前はオロチと言い、極東から移り住んだとされるツキカゲ城があるカラクト島にいますよ~」
「おぉ、あんな適当な依頼でも見つかるもんなんだな。ありがとな、シェロカルテ」
「いえいえ~。商売は信頼が第一ですからね~。まずはこちらから誠意を見せるのがコツですよ~」
彼女はいつもの笑顔で有り難い情報を次々とくれる。
提携相手としてこれ以上の人物はいないだろう。
「じゃあ騎空艇の修理費用については頼んだ」
「はい~」
話が終わるとシェロカルテはザンツの方へ歩み寄り、一緒に騎空艇修理の方へと向かった。ザンツは有名だそうなので断られる可能性もあるかもと言っていたが、彼女が付き添ってくれれば問題ないだろう。後のことは任せるか。
「……あの子とは仲いいの?」
二人が立ち去ってから、置いてけぼりだったフラウが若干冷めた声で尋ねてきた。
「それなりに長い付き合いだし、商人ってのは距離を詰めるのが上手いもんだからな」
否定はしない。だが俺だけが、というより彼女なら誰とでも、という印象を受ける。なにせ十天衆全員とパイプを持ってるそうだし。あ、フラウみたいなローブを着た、茶髪の青年以外の人物を見かけたら情報をくれって言うの忘れてたな。後で探して伝えておこう。
「ふぅん。ダナンはこれからどうするの?」
「俺はゼオってヤツを探したいところもあるが、それより先にやることがあってな」
「なに?」
俺はフラウに意地悪くならないよう笑いかける。
「どっかの普通を知らない人とのデートだよ」
俺の言葉にきょとんとしていた様子だったが、やがて意味がわかったのか打って変わって顔を綻ばせると近寄ってきて腕を絡ませてきた。
「そっか。じゃあ仕方ないね」
彼女が明るく笑ったので、とりあえず間違ってはいないのだろうと当たりをつける。
ガロンゾのデートスポットなんて知らないので、とりあえずぶらぶらと回った。簡単に言えば彼女を楽しませるではなく、彼女に普通の付き合いとはどういうモノかというのを教えるためのモノだ。本当はこういうデートを繰り返してから先に進むんだぞ、っていう。いや俺もそんな風にしてたことはないんだが。順序的に間違っていなかったのはオーキスくらいか。まぁ早かったとは思うが。
とりあえずフラウとのデート体験みたいなことをして、その日は終わった。適当な宿で一泊したが流石に眠かったのでなにもしていない。だって不眠不休だったし。