ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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偶々見たら今日日間ランキングが九位でした。
……いや、マジで? 昨日なんておっさんのキャラ紹介してただけですよ? まさかザンツさんがそんなに……(絶対違う)

まぁ真面目に予測するとフラウさんですよね。私の見たタイミングが今日だったというだけで。
確認してみたら四半期までのランキングには入っていました。
皆様のおかげです、ありがとうございます。

人形の少女編が終わったら本編から外れるし後は衰退するだけだろうな、とかひっそり思っててごめんなさい。
これからも頑張ります。


今回はゼオ君の回です。


かつてあった出来事

 温かな一家団欒の時は轟音に続く轟音に壊された。

 

 確か直前でどこからか旅人が訪れ、村の大人が揉めていた。

 子供だった自分には関係なく、大人に任せていればいいかと無関心だった記憶はある。

 

 一家で考えても村全体で考えてもあまり裕福とは言えず、貧しくも協力して生活しているような状態だった。

 だから、いきなり「食い物を寄越してくれ」と頼んできた不躾な旅人に「すまないがこの村も食糧が不足している。分けることはできない」と断りを入れるのは自然な流れだったはずだ。

 

 だから村の人が悪かったわけじゃない。おそらくただ、相手が悪かったのだろう。

 

 家族と昼食を楽しんでいた彼は、そういったやり取りが行われているとは露知らず優しくも厳しい父親と、優しい母親と、我が儘で振り回されてばかりだが無邪気で可愛い妹と、団欒を過ごしていた。

 しかし直後、轟音が響いたかと思うと()()()()()()()

 

 意識に空白が生まれてなにが起こったのか理解できないまま直撃した瓦礫などに打ち据えられ、全身に痛みを覚えながら地面に倒れ込んだ。

 困惑する彼の耳に、男の声が聞こえてきた。

 

「あぁ、またやっちまったよ。まいっか」

 

 そちらを向くと身長二メートルのドラフの男が立っていた。男の全身は赤黒い液体で濡れており元の髪色はわからない。ただ光るように透き通った黄色く、獰猛な瞳が印象に残る。

 そいつの足元に見覚えのある肉塊が転がっていて息を呑んだ。先程まで揉めていたはずの村の人達だ。

 

 農作を手伝い田舎で平穏に暮らしていた彼が初めて見る死体に、身体が急激に冷たくなっていくような感覚が襲った。

 

「な、なんてことをしてくれたんだ!」

「ここは貧しい村なんだぞ! 食糧にだって余裕があるわけじゃないんだ!」

 

 血塗れの男に、各々農具やらを持った大人達が詰め寄っていく。

 

「おいおい。これ見てもまだかかってくるかよ。大人しく渡せって。なぁ?」

 

 男はあっさりと人を殺していながら、苦笑するような雰囲気を湛えている。

 

「ふざけるな! お前に殺されても、食糧を渡しても、村は滅んでしまう!」

「そうかい。じゃあ来いよ。――皆殺しだ」

 

 男は凄惨に笑って、無謀な村人達を迎え撃った。男が拳を振るうと直撃した村人の身体があまりの衝撃に砕け散り、後ろにいた者達に血と内臓の雨を降らせた。恐怖に引き攣る彼らに近づくと、容赦なくその拳を振るう。

 子供から見れば凄惨すぎて目を逸らしたくなる光景が続く。しかし彼は目を背けなかった。その光景を目に焼きつけておかなければならないと思ったのだ。悲鳴を上げ、虫けらのように次々と死んでいく彼らを見ておかなければならないと本能で悟った。

 

 その時、うえーんと近くで泣き声が聞こえた。聞き覚えのある声に惨劇から視線を外せば、我が儘でいつも振り回してくる傍迷惑な、だけど大切な妹が泣いている。あちこちに怪我をしていて痛みか家が吹き飛んでしまったことを嘆いているようだ。ふと両親はと思ったら、家の瓦礫に押し潰され血溜まりに沈んでいる。ぴくりとも動かない様子から息絶えているのは明らかだった。

 だがそのことに絶望を感じる間もなく、小さな妹に大きな影が差す。そして血塗れた男が妹の頭を大きな手で掴んで持ち上げた。

 

「……あ、やぁ……いたい……っ!」

 

 妹が苦しんで暴れるのも構わず持ち上げた男は、続いて彼の方に視線を向ける。

 

「こいつはお前の妹かなにかか?」

 

 獰猛な黄色い瞳に見据えられ、身体が竦んでしまう。妹を放せと叫びたいのに口さえも動いてくれない。

 

「おにいちゃん……!」

 

 妹は助けを求めるように手を伸ばしてくる。男はそれを見て満足そうに頷き、

 

「よく見とけよ。お前が弱いせいで、妹は死ぬんだ」

 

 男は言うと妹を掲げ、彼女がなにかを口にする前に彼の前で妹の頭をごしゃりと握り潰した。

 

「……っ!」

 

 伸ばされていた手がだらりと力なく垂れる。妹の無残な死に様に一瞬の空白が出来てから、全てを憎悪が埋め尽くした。

 

「……いい目だ。強いってのは退屈なんでな。いつか強くなって俺を殺しに来い。安心しろ、ちゃんとお前以外皆殺しにしといてやるからよ」

 

 今自分がどんな顔をしているのか自覚はなかったが、男は笑うと妹の死体をゴミのように放り投げ、言葉通り彼以外の生き残りを全て始末するために歩いていった。

 

 その時から、彼は誓った。なにがあっても男を殺してみせると。

 

 単純な復讐という動機だ。後々聞き回っていてわかったが、男は彼の村だけでなく他の村でも同じようなことをしているという。言葉通り、強いヤツと戦うために。

 

 彼は普通の子供だった。特別な才能があったわけでも、気性が荒かったわけでもない。自分を振り回す妹に苦笑して、文句を言いながら父親の畑仕事を手伝う、ごく普通の子供だった。

 だから村で見張りをしている大人達よりも圧倒的に強い男を殺すには、チカラが必要だった。

 

 だから彼は、村に伝わる御伽噺に縋る。

 

 彼の村があった地域では、昔いたとされる“鬼”という種族の逸話が伝わっていた。

 彼の住む地域にいた鬼は、気性が荒く粗野でなにかあったら暴力に訴え金銀財宝のために人々を襲ったとされている。数こそ多くなかったが、絶大な身体能力を誇っていたという。

 しかし御伽噺で悪者にされる彼ら鬼は、人の手によって退治され数を減らしやがていなくなった。

 

 そんな鬼に関わる逸話の中で、彼の村に伝わっていたのにはこんなモノがあった。

 

 ――人が妖刀に憑かれて人を殺して回りやがて鬼になってしまった物語が。

 

 子供は絶対近づくなと口を酸っぱくして言われていた村外れにある祠に、その妖刀が安置されていると言われている。元々は鬼神アシュラを祀る祠で、鬼神様のお力で妖刀を封印してもらおうという試みで安置されたという。

 だから彼は、怪我で動かない足を引き摺り這った姿勢で祠まで行った。そして祠に、一本の刀が納められているのを発見する。彼は躊躇することなくその刀を手に取った。全てを失った彼は、男を殺すためなら鬼にだってなってやると憎悪に燃えている。

 

 祠の傍には石碑があり、子供故あまり読めなかったが、妖刀は生き血を啜ることで使用者の身体を作り変えやがて鬼に変貌させると書いてあった。古い石碑なのか一部文字が掠れて読めない状態だったが、そんなことはどうでも良かった。

 

 彼は刀を杖代わりにして旅立つ。故郷の村を滅ぼした男に復讐するために。

 口調もがらりと変え、とりあえず身体を鍛えた。感性は普通の村人のため一般人には手を出さず、野盗や盗賊を狙って皆殺しにした。人を殺し、妖刀に生き血を啜らせ、チカラを蓄える。道すがら男の噂を尋ねて後を追い続けた。

 

 だから。

 

 同じ島にいるという状況で、ようやく山道で見つけた忘れもしない男の背中を見つけた時。

 

「オイ! てめえ、ぶっ殺す!!」

 

 再熱した憎悪が滾ってそう告げ、普段手に持っている二刀を抜き虚空から七本の刀を出現させていきなり殺しにかかったのは当然のことなのだろう。

 刀全てに炎を灯らせて全力の一撃を男に叩き込み、そして肌を浅く斬りつけた程度で弾かれたことに愕然とする。

 

「あぁ? なんだ、ガキかよ。まいっか」

 

 殺意を向けられながら呑気に振り返った男の顔は、十年経ったとはいえ記憶のモノとそう変わらない。

 

「殺しに来たっていうんなら大歓迎だ。精々、俺を楽しませてくれよ?」

 

 彼だけを特別扱いしたわけではない。復讐という燃料を与えてやれば、自分が戦いで楽しめると思っただけのことだった。

 それだけのために、本来必要なかった人々まで殺してたった一人だけを残していたのだ。

 

 だが彼には、男の記憶に自分が残っていないことなどどうでも良かった。

 

「じゃあお望み通り、ぶっ殺してやンよォ!!」

 

 憤怒と憎悪のままに、なんとしてでも目の前の男を殺す。それだけのために刀を振るい、男に挑んだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 だが、敵わなかった。

 

 いや、最初の一撃を加えた時からどこかでわかっていたことだった。

 

 今の自分では男に敵わないと。

 

 既に血塗れで、右腕は折れて変な方向に曲がっているし、左目は流れる血のせいで開けていられない。刀は大半がへし折られ、持ち替え杖のように使っている手に持った二本だけが無事だった。

 上半身の鎧と衣服は弾け飛び、痣のある身体が露わになっている。

 

 しかし、心のどこかで思っていたのだ。挑んで、殺されてもいいと。

 

 目の前の男を殺したい。だが同時に殺されたいとも思っていたはずだ。

 復讐のためとはいえ、人を選んでいたとはいえ、たくさん殺してきた。

 復讐に身を焦がし続けるのは難しい。人はずっと同じ感情を抱き続けているのが苦手な生き物でもあるのだ。だがそれでも始めてしまったことは止められず、ひたすら同じことを続けた。

 

 それでもただの村人だった彼の心は傷んでいった。蝕まれ、罪の意識に苛まれた。結果、彼は無意識下で罰を望むようになった。

 

 復讐を遂げた後に捕まえられるか、復讐を遂げる前に殺されるか。どちらでも良かった。どちらでも、罰が与えられればそれでいいと思っていた。

 

 ……だから、オレァここで死ぬンかな。

 

 動かない身体に、意識を失うかどうかという出血量。正直なところ勝てる気がしなかった。

 復讐したいと思っていたはずが、どこかで死んでも構わないと思ってしまっていたのだ。それでは勝てないのも当然だ。

 

「お前、なかなかしぶといな。だがもう終わりだ。どこの誰だか知らねぇが、久し振りに手応えあったぜ」

 

 男は多少切り傷をつけつつも全くダメージを負っていないようだった。

 

 男が幾人もの身体を粉砕してきた拳を振り被る。

 負けと悟り、死んでもいいと思っている自覚が生まれた彼に、抵抗する気は起きなかった。ただ目を逸らさずじっと、迫る拳を見据えていた。

 

 しかしその視界を、黒のマントが遮った。

 

 ばさりと靡いたマントの向こうに黒と白で分かれた覆面を被った背中が見える。腕組みをして堂々と仁王立ちしたそいつに、男の拳が突き刺さる。彼がかつて見たように、先程自分が受けたように、目の前の人物も吹き飛ばされる様を想像した。

 だがそいつはどんという音をさせながらも姿勢を崩さず少し後退しただけに終わった。そいつ越しに男が目を見開いて驚いているのが見える。しかも目の前の男は反撃の拳をお見舞いして男を後退させた。

 

 男は咳き込み、しかし次の瞬間には口端を吊り上げて笑う。

 

「……おい! お前、いいじゃねぇか! 次はお前が俺と戦ってくれるのか!?」

 

 拳を引き、心から楽しげに笑っていた。男はずっと自分と戦える者を探していた。退屈で、殴ったら壊れるだけの相手が多すぎたために、彼は強者を求めていた。

 

「いや、俺は別にお前に用があって来たんじゃねぇよ」

 

 目の前の人物が男とは裏腹に冷めた口調で告げる。「あ?」と男が眉を顰めたのも頷けるだろう。

 そしてその声を、鬼を目指す彼は知っていた。

 

「ゼオ」

 

 と、彼が自分の名前を呼ぶ。

 

「死ぬのは勝手だが、せめて俺に断ってからにしろよ。この間お前、目的達成したら俺の騎空団入るって言ってたじゃねぇか。その時点でお前はもう俺の中で戦力の一部なんだよ。死にたいんならそこで失血死してろ。こいつは俺が殺しといてやる」

 

 ゼオが十年追い続けた男を、彼はいとも簡単に「殺してやる」と口にした。気負っている様子もなく、悲壮な覚悟もなく、ただ事実として平坦に告げていた。

 

「だが、もしお前が自分の手で殺したいって思ってんならお前がやれ。――俺が見届けてやるよ、勝ちも負けもな」

 

 彼は肩越しに振り返って笑った。

 

 ……敵わねェな。

 

 ゼオは苦笑するしかなかった。強さでも、男という器の大きさでも彼には敵わないのだと理解する。

 冗談で口にした、思ってもいなかった復讐後の話のために駆けつけてくれて、背中を押した。一人で悩んで苦しんで戦ってきたゼオに別のナニカが生まれた瞬間だった。

 

「……ハハハハッ!!」

 

 ゼオは笑った。込み上げてきた感情をどうすればいいのかわからず、忘れてしまっていたために。

 

「アンタ、凄ェよ! こりゃ敵わねェな!」

 

 今まで苦しくても無理矢理、御伽噺の鬼のように笑ってきた彼が、戦いの中で心から笑った瞬間だった。

 

「いいぜ、諦めンのはやめだ。オレが殺す! 誰のためとかじゃねェ、オレ自身のために! だから見ててくれよ、()()ッ!!」

 

 ゼオは言って足に力を込めると杖にしていた刀を掲げる。その様子を見て微かに微笑んだ彼は、ズレて男への道を開ける。

 

「ああ、見ててやるよ」


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