バルツでの作戦を終えた俺達は、やはりというか俺のアジトに帰ってきていた。すっかり寛いで、飯だアップルパイだのと要求してくる始末。ここは俺の家だっての。
とはいえ戦力外である俺ができることなど限られている。それに俺も腹が減っていた。ついでに五人分(オルキスがめっちゃ食べるので五人前ではない)料理を用意してやる。腹ごしらえをして作戦の疲れを癒し、充分食べたところでアップルパイを焼き上げる。四人で一枚、オルキスは本人の強い要望により三段アップルパイを食べていた。……その小さい身体のどこにそんな入るんだかねぇ。
相変わらず不思議な胃袋をしているようだが、そこはもう気にしないことにしておく。
「いやぁ、やっぱりダナン君の料理は美味しいね。その辺のお店で打ち上げするよりいいよ。それに、ここなら内緒の話もしやすいからね~」
ドランクが言うとどうも胡散臭くなるから不思議だ。俺の料理が美味いのは食べた皆が言ってくれることだが、どうもな。
「ああ、そうだな。早速次の話に移るが、私は人形を連れてアウギュステに行く。そろそろアウギュステでの計画が終わりそうだからな」
「アウギュステでの計画?」
なにも知らされていない俺が黒騎士に尋ねる。
「そうだ。だが今回はスツルムとドランクには別行動をしてもらう」
「ほう。じゃあ俺も別行動ってことになるのか?」
「いいや。貴様には私と来てもらう」
秘密裏に協力している以上、帝国にその存在が知られるのはマズい。はずなのだが。
食事直後なので兜を外している黒騎士の顔は少し笑っていた。悪巧みをしていそうな顔だ。
「その心は?」
「帝国には既に、見所のある拾った人間に人形を預けている、という説明を何度か行った」
「……おいこら。事後報告じゃねぇかよ」
「そうだが?」
「そうだが? じゃねぇだろうよ。見所があると黒騎士に言われたってんなら相当強そうじゃねぇと無理だし。なにより帝国の一員になるんなら作法とか知らねぇと無理だぞ?」
要は、エルステ帝国最高顧問直属の兵士になれ、と言っているようなものだ。そうなるには足りないモノが多すぎる。
「問題ない。私がみっちり鍛えてやる」
「……それ死なないだろうな」
「さてな」
「おい」
「冗談だ」
嫌な予感がしてジト目で見るが、それは冗談だったらしい。……こいつも冗談を言うんだな。
「今の実力でも充分一兵卒とは比較にならないくらいには戦えるだろう。その歳で充分戦えるなら、見所があると判断した材料にもなり得る。もちろん三日でみっちり鍛えてやるが」
「スケジュールキツくないっすか。いやまぁしょうがねぇか。で、スツルムとドランクはその間どこでなにをする予定なんだ?」
同年代でも俺と同じくらい強いヤツが、少なくとも二人いるとわかった。年下でも充分強いヤツもいた。なら今以上に強くなれるのに努力を惜しむことはない。むしろ七曜の騎士の一人である黒騎士に鍛えてもらえるなら有り難い。
「内緒~」
「言う必要はない。後で雇い主にでも聞いてみろ」
二人は自分から言い出す気はないらしい。
「しょうがない、か。作戦後の飯抜きにするぞ」
「えっ!? そ、それは酷いんじゃないかな~」
「そ、そうだぞ。横暴だ」
余裕たっぷりな笑みと無表情が崩れた。……ふっふっふ。すっかり胃袋掴まれるな。
「ぼ、ボス。死活問題なので言っていいですか!」
「ダメだ。まだこいつを信用したわけではないからな」
「そんなぁ!」
ドランクが挙手をして黒騎士に訴えるが、断られてがっくりと肩を落とす。
「なるほど。黒騎士が口止めしてるってんなら仕方がない。黒騎士もなしだな」
「なに!? 貴様っ」
「でもまぁ、元々外で食ってた黒騎士さんはいいよなぁ、別に」
「くっ……!」
どうやら黒騎士も大分気に入ってくれたらしい。
「ってことで次の作戦後はオルキスと二人でいっぱい飯食べれるなぁ」
と俺は黒騎士の横に座るオルキスへ声をかけたのだが。
「……? ダナンのご飯は美味しい。ごちそうさま」
アップルパイを食べ終えたオルキスは話を聞いていたのか聞いていなかったのか、そんなことを言う。苦笑しつつ口元についた汚れを拭き取ってやる。
「……チッ。わかった、アウギュステへの移動中に教えてやる。だが決して他言するなよ。命がないどころの話ではなくなるからな」
「了解。腕によりをかけて作りますよ、黒騎士殿」
面白くなさそうな黒騎士の許可が下りた。睨まれて肩を竦める。
「ふん。調子に乗っているようなら、鍛錬で思い上がりを叩き潰してやろう」
「そりゃ感激。……死なない程度に優しくしてね?」
皮肉で返しつつも、本気で殺しに来たら俺みたいな弱小人間は呆気なく死ぬので、割りと真面目にお願いしておく。……そのお願いを聞いてくれたのかどうかはわからないが、三日間。死ぬギリギリまで鍛えさせられた。
「……飯作る体力を考えろ阿保!」
と俺が初日に叫んだのは言うまでもない。もちろん、その後の鍛錬が更に痛いモノになったのも、な。
◇◆◇◆◇◆
ということで、三日間に及ぶ地獄の特訓を乗り越えた俺は、ぐったりとした様子で小型騎空艇に乗り込んでいた。
「……大丈夫?」
ベッドに寝転ぶ俺を覗き込んでくるのはオルキスだ。
「ふん。だらしがない。そんな体たらくで私の直属が務まると思うな」
腕を組み憮然とした様子で言うのは漆黒の甲冑で全身を包んだ黒騎士だ。俺をこんなんにした張本人である。
「……俺が必要以上に疲れてるのは、あんたらが飯はちゃんと作れだのと無茶言うからだろうが。あの鍛錬と料理両立するなんて無理だろうが」
「実際やってみせただろう。料理中に倒れるようなら考えてやったのだがな」
「生き汚くて悪かったな」
「元はと言えば貴様の料理が美味いのが悪い」
なんて理不尽な言い草だ。
ただ人間、死にそうになってもやろうと思えばできるのだと理解してしまった。……次があるなら更に厳しい鍛錬になるんじゃないだろうな。
「到着するまではそのままでいいが、魔力を練るのを忘れるな。魔法を十全に使うには、魔力のコントロールを身に着けなければ話にならないからな」
「はいはい。ってかあんた魔法も使えたんだな」
「ああ。剣一本でのし上がれるほど、七曜の騎士は甘くない」
「そりゃそうか。余程特化してなきゃ、一芸だけでなれるわけもねぇか」
この世には、六つの属性がある。
火、水、土、風のそれぞれ相互関係にある四属性と、対極となっている光と闇の二属性。それぞれ適正というか、向き不向きがあるので使えない属性があって当然だ。
だがこの黒騎士は、基本を闇属性としていながら光以外の四属性まで扱えるのだ。しかも並大抵の魔法使いとは一線を画すぐらいの練度を誇っている。剣だけでも化け物みたいなのに、魔法でも化け物とか相変わらず底が知れないな。
俺が今まで強いと感じた者は、ナルメア、黒騎士、シエテってところか。俺からしたら誰が一番強いかなんてわからないな。ナルメアの名は今のところ噂でも聞いたことはなかったが、彼女は相当強いはずだ。十天衆にも匹敵し得るぐらいの力は持っているかもしれない。まぁ、実際にどうかは戦ってもらわないとわからないんだけどな。
「属性を扱うという点では、不得意のない貴様の方が上だろう」
黒騎士はそう言ってくる。
「確かに、俺――多分グランやジータも全属性満遍なく使えるけどな」
そう。俺は使えない属性がない。つまりは万能だ。だが残念ながら通常状態ではあまり上手く使えず、【ウィザード】やなんかを使うとあっさり上手くいく。万能ではあるが『ジョブ』に左右されすぎて黒騎士ほど自由に使えないのだ。剣と魔法を両立するような『ジョブ』があればいいんだけどな。
「それはきっと『ジョブ』があるせいだ。対応力という点で言えば間違いなく強いからな」
一属性しか使えない、などという万遍なさを阻害することはない、ということだろう。そのおかげで誰から教わってもある程度形になるのは有り難いことだった。
「その代わり『ジョブ』によって魔法が上手く使えるかどうかの基準があって縛られる、というわけか」
「そういうこと」
とりあえず『ジョブ』についての話はここまでにして、聞いておきたいことを尋ねておく。
「で、スツルムとドランクは今なにをしてるんだ?」
「……。まぁ島を発った今なら情報が漏れる心配もないか。あの二人には、他の島の調査に行ってもらっている」
「島の調査?」
「そうだ。グラン達と一緒にいたルリアという少女を覚えているか」
「ああ、あのコロッサスからなんか取り出してた」
「そのルリアには、貴様が見たように星晶獣の力を取り込む能力がある」
「ほう?」
そりゃ興味深いな。星晶獣の力は超常のモノだ。それをただの人が扱えるとは思えない。
「つまり特殊能力を持ってるってことなのか。だからあいつらの旅に同行してるんだな。まぁただの少女がいるわけねぇだろうとは思ってたが」
「そんなところだな。そして星晶獣の力を取り込むことでルリアの力は増していく。あの双子はどうやら星の島イスタルシアに行きたいようだが、それには島の星晶獣が守る空図の欠片を集める必要がある」
「イスタルシアねぇ……」
御伽噺にしか出てこないような、俺からしたら架空の島だ。なんて言うか、冒険ロマン溢れる理由で旅してんな、あいつら。
「でなければ瘴流域を越えられないからな。そして島を回り星晶獣の力をルリアが取り込むことで、力が増していくことこそが、私の目的に一歩近づくことでもある」
「ふぅん。じゃあつまり、各島の星晶獣を調べたり島の状況を調べたりして、星晶獣の力を取り込ませる必要があるってわけな。それなら先回りして事前調査を行う必要がある、か」
「察しがいいな。……私の目的については聞かないのか?」
大体把握した。暗躍などとカッコいい言葉を使っても、やるべきことは地味なモノだ。
と思っていたら黒騎士からそう尋ねられた。
「ん? まぁ、聞きたいは聞きたいが、どうせ話す必要が出たら話してくれるんだろ。なら俺が今ここで聞く必要はねぇな」
「そうか」
その目的を聞いて、こいつの目的に協力するかはまた別の話だろうしな。今聞いて離反したくなっても仕方がない。直前まで黙っていてもらおう。
「そういやさ、バルツにはなんでちょくちょく行ってたんだ? 罠とかは別に張ってなかっただろ?」
「ああ、その件か。あれは地下の地図を作らせていた」
「地図?」
「そうだ。使われなくなって久しい場所だったからな。ザカ大公との件とは別に、連中を誘導するためのルートを確保する必要があった。経年劣化で崩落した通路があったら誘導できないからな。地図を作ってどのルートをどう誘導するか決めたのだ」
「……地道なんだな、暗躍って」
「失敗が許されないなら尚更な」
なるほど。……ってことはこれから先俺もそういう地味な作業に付き合わされるのでは? まぁやれと言われればやるけど。飲まず食わずで何日もぼーっとしているよりかは楽だろう。
「他に聞きたいことはあるか?」
黒騎士に尋ねられ、天井を見上げて考え込む。
「そうだな、あんたの名前なんてどうだ?」
「なに?」
なんとなく思いついた質問に、黒騎士は声を尖らせる。
「黒騎士ってのは七曜の騎士としての呼び名だろ? なら別に本名があるんじゃないかと思うんだが」
「なぜそんなことを聞く」
「別に思いついたから聞いただけだ。言いたくないなら言わなくていい」
「……」
普段から顔を隠しているし、もしかしたら素性についてはあまり詮索されたくないのかもしれないとは思っている。だが気になっていることではあるので、聞くだけ聞いてみることにしたのだ。
「……アポロニア」
「ん?」
「アポロニアだ。二度は言わんぞ」
それ自体二度目では? とツッコむのは野暮だろう。
「ふぅん。公私共に黒騎士のままでいいんだろ?」
「ああ。人前で呼ぶなよ、うっかり首を落としてしまうかもしれん」
「物騒なヤツだな」
「貴様に言われたくはないな」
冗談なのか判別のつかない発言に眉を寄せると、思わぬ返答が返ってきた。
「あん?」
「私も帝国最高顧問として、様々な人間を見てきたつもりだ。だが貴様のように殺気もなく談笑するように人を殺せる人間は初めて見た。しかも人を殺したことに関して、全く罪の意識がない。危険だと思わないのに危険な行いができる人間は、あまり類を見ないタイプだ」
「そういうもんかね。まぁ、俺の育った街では人の命なんてその辺のゴミと一緒だったからな」
その価値観が、今も強く根づいているのだろう。
「そうか。孤児か?」
「ああ。地理詳しくねぇから具体的な場所がどこだったかはよくわかんねぇが、ゴミ溜めみたいなとこだったよ。人も、モノもな」
「そこで得た価値観が、貴様の中にあるということか」
黒騎士は俺の話に納得したようだった。人の持つ価値観は、生まれ育った環境に左右されやすい。俺がこういう人間になったのは、十中八九あの街のせいだと察したのだろう。
「……ダナンは優しい」
ところが、オルキスがぽつりと告げてきた。俺も、黒騎士さえ予想外だったのか驚いたようにオルキスを見る。
「そうか?」
「……ん。アップルパイ、作ってくれる」
シンプルな答えに思わず笑ってしまう。
「ふっ。そっかそっか。まぁもし俺が優しいと思うんならきっと、初めて俺に優しさをくれた人のおかげだろうな」
俺はオルキスの頭をぽんぽんと優しく撫でて笑った。俺がギリギリ人の生活に溶け込めているのは、彼女と過ごした日々があるからだ。それがなければとりあえずあいつらと会った時、出会い頭に警告なしで一発ぶち込んでいたかもしれない。そもそも、あの一時がなければこいつらとこうしていることもなかったと思う。多分だが、シェロカルテに関わった時点で危険人物だとされて裏で始末されそうだ。
「……」
オルキスは大人しく頭を撫でられるがままにしていた。
「……ふん。いい加減気を引き締めろ。貴様は弱くてはいられないのだからな」
「わかってるよ、帝国最高顧問様」
しばらく口を出さなかったが、注意されたらすぐに手を引いてベッドに寝転がりながら魔力を練り上げる。一応三日の内にClassⅡに手を出していた。と言っても俺が使いやすい短剣を扱える【ソーサラー】、【レイダー】、【アルカナソード】という三つだけだ。この間と同じように、持ってきた武器は左腰の短剣と銃、右腰の剣だけだ。シエテに傷をつけられた防具は新調しており、ほとんど同じ姿ではあったが綺麗になっている。
武器が増えれば戦術の広がるが、代わりに持ち運びが面倒になる。今後はそれも考えていかなければならないな。
数時間が経って、黒騎士から声をかけられる。
「そろそろ着くぞ。アウギュステだ。ダナン、くれぐれもボロを出すなよ」
「わかってるって。俺の演技に瞠目しな」
散々聞かされた注意にそう返して、俺は伸びをし身体を解しながら到着を待つのだった。