里に泊めてもらった翌日。
俺達は改めて里を出ると山頂付近にあるという星晶獣ディコトムスの棲家へと近づいていった。
「だが、まさかディコトムスが瘴流域内にいるとはな。これじゃあどうあっても入れねぇぞ」
「とはいえ行くしかないだろ。あいつらが来たってことはディコトムスは少なくとも正常だ。つまり根城から出てこない可能性だってある」
ルリアがいる限りあいつらが星晶獣に問題があったとして見過ごすことはない。なのであいつらが通った島の星晶獣は暴走していない、ということになる。
「呼んだら出てきてくれないかな?」
流石に無理だと思うんだが。
「ディコトムスー! 出てこいよ、俺だよザンツだよ!」
「いくら星晶獣がずっといるからっつっても流石に呼んで出てくるわけ」
ディコトムスの棲家近くの瘴流域を目前にして叫ぶザンツに呆れる。
星晶獣に寿命があるのかわからないが、少なくとも覇空戦争の時から生きているのは確かだ。要は時間の感じ方が人とは違う。ザンツが訪れたのは精々三十年前くらいだそうなので、果たして覚えているかどうか。永遠にも等しい時間を生きるなら僅かしか会っていない連中のことを覚えていないだろうし。
「――――!」
そこでなにかの咆哮が聞こえた。山なので反響しているが、間違いなく吹き荒れる瘴流域の中から発せられている。なんだ、と思って待っていると瘴流域を切り裂くように一つの巨体が姿を現した。
単純に表現するなら、黄金の昆虫。頭に生えた一本の立派な角とがっしりした造形から、昆虫の中でもカブトムシに分類されそうだ。
そいつは俺達の頭上を越えて近くにズズンと着地する。重いせいかそれだけで少し雪崩れが起きていた。
「来てくれたか、ディコトムス!」
ザンツのおっさんだけが喜んでいるが、他は呆気に取られていた。……だってまさか呼ぶだけで登場するとは思わねぇじゃん。
「……マジかよ。まぁ来てくれたんなら有り難いっちゃ有り難いんだが」
「ほらな? 三十年前に立ち寄って、歯に異物が挟まったこいつを助けてやった恩がこうして実を結んだんだ」
「関わりショボいな。まぁ普通星晶獣と関わるならそんなモノか、間接的だろうしな」
「そういうこった」
あいつらが特殊すぎるんだよ。一般の騎空士は多分星晶獣と戦ったりしねぇ。
「まぁ来てくれたなら良かった。なぁ、ディコトムス。お前の持ってる空図の欠片が欲しい。どうすればくれる?」
最近はなかった問いを巨大な星晶獣に投げかける。
「――――!」
ディコトムスは言葉として聞こえない声を発し、前足を持ち上げるとズドンと踏み鳴らした。積もった雪が津波のように襲いかかってくる。
「戦うか。いいぜ、やってやる」
闘気を正面からぶつけてくる星晶獣に、俺はニヤリを笑った。
「お前らは手ぇ出さなくていい。ちょっと試したいことがある!」
俺はそう言って、一人前に躍り出ると雪の津波に対し右手を伸ばした――想像するのは先程までの光景。つまりは雪の津波がない状態。
「――消えろ」
津波が手に触れ俺が呟いた瞬間、手袋越しに凍えそうになる感触が消失した。迫ってきていた津波が消滅し金の粒子が舞っている。
「……これって」
唯一能力の正体を知っているフラウが呟く。
「かかってこいよ、ディコトムス。お前の相手は俺だ」
『ジョブ』を使うと服装が変わってしまうためこの環境下では死にかねない。標高が高くなってきていて更に寒さが著しくなってきているところだ。こんな場所で【レスラー】とか自殺行為である。
なので今回は、『ジョブ』を使わずワールドの能力を戦闘に活用するという目的の下戦うつもりだ。ワールドの能力と合わせれば『ジョブ』を使うこともできるのだが、実戦で有効打となり得るかを試すにはいい機会だった。なにせ、俺はあいつらと違って星晶獣と戦う機会なんて限られてくるはずだからな。星の民が作った生物兵器に通用するかを確かめておきたい。
ディコトムスは羽を震わせて巨体を浮かせる。対して俺は右手を地面に着けるとディコトムスの真下から巨大な氷で出来たトゲが出現するのを想像した。想像の通りに氷のトゲが巨体を攻撃するが、回避されてしまう。飛び回るディコトムスを同じように追うが捉え切れない。先回りしようにも地面から少しでも突き出てきたところで避けられてしまう。
そこで多少魔力量に無理を言わせディコトムスの避ける先にも一斉に氷のトゲを創ってみた。そうなっても少し上昇すれば回避できる。なかなかに手強い相手だ。
俺は腰を上げて右手を横に伸ばし、吹雪を炎に創り変える。極寒の地でもこれができるので凍えることはない。吹雪と積もった雪を炎に変えて奔流を創り出した。燃え盛る炎に手を翳してまた創り変える。形のない炎に形を持たせて飛び回るディコトムスに向かわせた。想像したのは大蛇だ。炎の大蛇を複数創り出してディコトムスを狙う。寒冷地帯にいるから暑さに弱い、というのは貧困な発想だが、流石に当て嵌まらなかったらしい。巨体を揺らして器用に避けていく。
無からでも創り出せるが有から創り変える方が魔力が少なくて済む。そしてこの地には雪が豊富だ。材料なら腐るほどあった。つまり俺は少ない魔力消費でナニカを量産できるということ。この場においてはそれが炎だが。それは向こうもわかっているのか、炎の大蛇を避けながら方向転換をし一直線に俺へと突っ込んできた。頭の角を俺に向け、加速して向かってくる。当然俺も直撃を受けるのはマズいので大蛇を殺到させるのだが、さほどダメージは与えられていないのか構わず突っ込んで来られてしまった。
炎だけでなんとかなれば良かったんだが。
俺は右手を前に突き出してディコトムスの強烈な突進を受ける。これはタイミングが重要だ。集中し風圧を纏って突進してくるディコトムスの角が当たった瞬間に、
「無に帰せ」
ワールドの能力を発動し突進が生み出す衝撃を無へと創り変えた。結果勢いを失ったディコトムスが停止する。突進の瞬間までは吹雪が方向を変えていたのだが、能力を発動した瞬間に元通りの流れに戻っている。
そのまま相手が行動を起こす前に左手でディコトムスを殴りつける。できるだけ力強く。ただ【レスラー】を発動していない時の俺の拳なんて高が知れている。星晶獣の巨体にダメージが通るほどではない。
だから俺の拳が作った衝撃を、ワールドの能力で巨体が吹っ飛ぶまでに創り変える。
当たった直後に発動させるため拳が直撃してから少し遅れてディコトムスの巨体が浮いた。流石に吹っ飛ばすまではいかねぇか。角度にして六十度ぐらいまで浮かせたくらいの成果だった。
「よし、とりあえずは順調だな」
ワールドの能力は幅が広すぎるので使い道に困るところはある。なのでまずは俺が思いついた使い方を一つずつ試していっているような感じだ。あともう一つ思いついたことがあるので、それで勝負を決めるとしよう。
「この力もある今、俺に真似できねぇことは大分減ったんでな」
俺は笑うと、大量の剣を虚空に創った――シエテの剣拓を模倣した形だ。
とはいえあいつの技と違うのは、俺が知っている武器の形にしかならないってところか。あいつは剣拓を取ってそれを攻撃に役立ててるみたいだが、あれら全ては別の剣だ。流石に万とかを使う場合は被ると思うのだが。俺が想像できる形のみなので、英雄武器や俺が持っている武器、店で見たことのあるモノなどしかない。ほとんど同じ形というわけだ。
「こいつぁ痛ぇぞ、なにせ俺も死にかけたことがあるくらいだからな」
言って、大量の擬似剣拓を叩き込む。それでも頑丈な甲殻に物言わせて離脱したのは流石と言うべきか。
「逃がすかよ」
俺は光の弓を形成して矢を番える。
一矢放っただけで大量の矢へと変わり弓からずっと放たれていく――ソーンの弓のイメージだ。まぁ俺は彼女ほど目が良くないので超長距離射程とまではいかないのだが。弓の向きを変えるだけで狙えるので楽だ。
他の十天衆も再現できなくはないんだろうが、想像しやすかったのはこの二人だ。逆に難しいのはシスやオクトーだろうか。あの辺りの自分の身体能力やなんかで強さを体現するヤツはワールドの能力では真似しにくい。
シスの速さやオクトーの剣技はまぁ仕方ないだろう。
剣拓もどきに光の矢を加えてディコトムスを追い、攻撃を加え続ける。
遂にディコトムスの巨体が雪山に墜落した。……いや、あれは違うな。
巨体が雪山に突っ込んだことで、大規模な雪崩れが巻き起こった。地震かと思うほどの揺れに、上から迫る雪の大津波。
とはいえ俺のやることに変わりはない。右手を突いて雪崩れのない一帯を想像するだけ。
「戻れ」
雪崩れが迫っても集中を切らさず、巻き込まれそうな仲間達をカバーできるようにここら一帯を雪崩れがない光景に創り変える。ワールドの力が金の波となって広がっていき、当たった端から雪崩れが消失していく。
雪崩れが跡形もなく収まると、雪に埋もれたディコトムスがいた。
「まだやるか?」
俺はそう尋ねる。正直なところあまり魔力的な余裕がないのでここらで降参して欲しい。想像力さえあれば自由に創れるので戦闘にも活かせる能力だとわかったことだしな。
「――――」
向こうもこれ以上は無駄だと思ってくれたのか、身をゆっくり起こすと一鳴きしてどこからか空図の欠片を出現させる。そしてそのまま俺にまで飛ばしてきた。受け取り、防寒用に買ったバッグの中に入れる。これで十個揃ったわけだな。
「よし、これで空図の欠片集めは一旦完了だな」
言って仲間達を振り返る。
「凄ェぜ大将!」
開口一番ゼオが褒めてくれる。こういう手放しの賞賛は少し擽ったい。
「星晶獣を一人で、か。とんでもねぇ強さだな」
「少し見ない間にまた強くなりましたね。あとあの能力は一体?」
ザンツとリーシャも続く。だがリーシャの言葉を発端にフラウはふっと微笑んだ。
「もしかしてリーシャは教えられてないの、彼の能力」
「ふ、フラウさんは知ってるんですか」
「もちろん」
勝ち誇るフラウと悔しそうなリーシャ。いやそんなことで争うなよ。
「ダナンちゃん、お姉さんにも教えて?」
「いや、まぁ色んなことができる能力だよ。詳しいことはまた今度な」
ワールドの目的を話さなきゃいけない状態になった時、それを聞いて彼女達がどう思うかは微妙なところだ。なにより俺もワールドに全面協力すると決めているわけではない。
「ホントに、ダメ?」
「ダメなモノはダメだ。ほら、さっさと行くぞ」
上目遣いのナルメアにもきっぱりと告げる。
「ここの人達に挨拶してからいよいよナル・グランデ空域に乗り込むぞ。気を引き締めろよ」
俺は言って、自分から歩き出す。大体の方角はわかっているので簡単に辿り着き、無事に空図の欠片を手に入れたのでこの島を発つと伝えた。攫われたハル様とやらは俺達がこれから行くナル・グランデ空域にいると思われるとのことで、もし縁があったら助けて欲しいと言われてしまった。
まぁ、もし会ったらな。
いやまぁ、多分会うとは思っている。だってあいつらが行った空域だぜ? また厄介事に巻き込まれてるに決まってるだろ。となると七曜の騎士とやり合ったり空域特有の出来事に巻き込まれたりするわけだ。結果その攫われたハル様もなんらかの関わりがあるのだろう。
つまりあいつらを探すのと厄介事の中心に向かうのはイコールで繋がっている。
ともあれ確証はないので「もし」とつけ足しておいたが。
俺達は木の板を創って雪山の斜面を滑り降り、素早く小型騎空挺まで辿り着く。グランサイファーのように盗まれていなかったので一安心だ。積んでいた食料やなんかも無事。
早速乗り込んで暖房を使い暖めながら瘴流域へと向かった。
白風の境があるノース・ヴァストに被った瘴流域。ディコトムスに会う前にも目前まで近づいたが、小型騎空挺で近づくとその威容と大きさがより伝わってくるように思う。
「よーし、じゃあ空図の欠片を並べるぞ」
瘴流域を越えるには七曜の騎士の存在または空図の欠片が必要になる。アポロ以外に七曜の騎士の知り合いはいないので、俺達は必然空図の欠片を使うことになる。一空域の空図の欠片を集めて、おそらく空域全ての空図の欠片を集めることで新たな空域への瘴流域を開くことができる、ということだとわかった。そして十個と知っていたということは空域ごとに空図の欠片の数が決まっているということでもある。おそらくナル・グランデの次に行くには今持っている空図の欠片ではなく、ナル・グランデの空図の欠片が必要なのだろう。面倒だが、仕方がない。
小型騎空挺の中で床の真ん中辺りに空図の欠片を、なんとなく円になるように並べてみる。すると空図の欠片が全て光り出し、宙に浮く。おぉという感嘆の声がいくつか聞こえてきた。
「おっ? 見てみろよ、瘴流域に道が出来てくぜ」
操縦席に座っているザンツから言われて前方を確認すると、確かに空域を遮断する巨大な瘴流域の中に道が開けていた。
「瘴流域にいる魔物は強いらしいが。ザンツ、ぶっちぎっていいぞ」
「了解、団長。俺の最高速を見せてやるぜ!」
なぜかテンションの上がったザンツが、瘴流域の開けた道に高速で突っ込んだ。がくん、と負荷がかかって体勢を崩す。……フラウが俺に寄りかかってきたのは多分わざとだ。
「じゃあナル・グランデ空域行って、適当にあいつら見つけて帰るか」
俺は軽く言って、遂に空域を越えた。
十天衆の技を真似できるなんて、なんて強い能力なんだ!(フラグ
※この作品は主人公最強ではないので、どっかの双子さんに先を越されるのが常です。ご注意ください。