ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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遅れてしまい申し訳ありません。
この話を修正しようと思っていたのですが、すっかり忘れていたことに気づきまして……。その気づいたのが11:30っていう状況でした。

戦争中と言えばあの男との邂逅でしょ、ってところです。
……あいつ、途中まで読んでいたエピと印象が変わったので、この話の流れに違和感が出ちゃったんですよねぇ。


イデルバ侵攻

 空域を越えた騎空団なんて数少ない、という。

 

 まぁ俺達はまだ正式な騎空団ではないと思うのだが、構わないだろう。一度来てしまえば二度目も同じだ。

 

 景色で違うところはあまりない。だが一つ、見覚えのないモノがあった。空域をまた越えようかというほど彼方に、巨大すぎる壁が聳えている。

 

「ナル・グランデ空域に来て早速なんだが、誰か今のナル・グランデ空域の情報とか持ってねぇか?」

 

 俺は無事瘴流域を抜けられたので気を抜いて尋ねる。

 

「俺の知識は三十年くらい前のモノだな。島の名前なら兎も角情勢については知らねぇよ。当時はまだトリッド王国が一大勢力だった時代だからな。今じゃあ崩壊して紛争が絶えないとは聞いたことあるけどな」

 

 実際にかつて旅したらしいザンツがそう言った。となると残る情報源は一人か。

 

「では私から説明させていただきます」

 

 こほん、と一つ咳払いをしてリーシャが居住まいを正した。

 

「現在ナル・グランデ空域はザンツさんがおっしゃったように紛争が絶えない空域となっています。とはいえそれも小競り合い程度の争いです。無数の小国があるナル・グランデ空域ですが、今は十年前に崩壊したトリッド王国の代わりに二つの国が覇権を争っている形となります。それがイデルバ王国とレム王国です。両国は互いに牽制し合いながら中立を加えて勢力を拡大していっている状態ですね」

 

 流石はリーシャ。秩序の騎空団という空域を越えて活躍する団の一船団長だっただけはあって情報を持っていた。

 

「なるほど。じゃああの騎空挺はどこの国のモンだ?」

「えっ?」

 

 ザンツに聞かれて、リーシャは身を乗り出し確認する。

 

「あれは……レム王国の騎空挺のようですね。向かっている先はどこでしょう」

 

 ザンツの言う通り統一感のある騎空挺が一方向に向かっているのが見えた。リーシャによればそれは今ナル・グランデ空域を二分する国の一つ、レム王国のモノだという。

 

「おかしいですね……この辺りはイデルバ王国の領地だったと思うのですが」

「だよなぁ。俺も確かこの辺にイデルバ王国の首都があったと思ってたところだったんだよ」

 

 他空域を知る二人の意見が一致した。つまり、なんだ? 敵国に乗り込もうってわけか。

 

「ふぅん。じゃあついていってみるか。別にどっちの味方をするわけじゃねぇが、情勢の最新情報真っ只中に行けそうだ」

 

 もしかしたらこの国の覇権が決定するかもしれねぇしな。

 という俺の思いつきでレム王国の騎空挺を、攻撃されない距離を保ちながら追跡した。

 

「……あん?」

 

 とそれらの騎空挺が停泊した島を見つけて近づいていくと、不意にローブのポケットに入っているワールドのカードが熱を持ち始めた。

 

「あ、新しい賢者がいるのね?」

「みたいだな」

 

 カードを取り出すとフラウが覗き込んでくる。他は「賢者?」と首を傾げていたが。

 

「じゃあ賢者の一人がレム王国にいるってこと?」

「どうだろうな。イデルバの可能性もある。まぁいいや、とりあえず賢者のいない方を味方しよう」

「なんで? 私みたいに仲間に入れるんじゃないの?」

「お前含めて賢者は大概おかしいんだよ。だから最初は信用しない」

「……なんとなく自覚はあるけどムカつく。最近相手してくれないし」

「こんな一部屋でなにするってんだよ」

「人前でも私は構わないけど?」

 

 こいつの神経が図太すぎる。

 

「いいから上陸するぞ。レラクル、仕事の時間だ。俺達が戦ってる間にできる限りの情報を集めてくれ」

「わかった」

 

 ぐでーっとしているレラクルに指示する。すぐに忍び装束になって目つきも普段と同じになる辺り流石だ。

 

「ザンツは上陸しても小型騎空挺から離れるな。どっちにつくわけでもねぇし、奪われたら事だ」

「おう」

 

 移動手段である小型騎空挺を失うわけにはいかない。その守りは操縦士でもあるザンツに頼む。

 

「ゼオ、リーシャ、ナルメア、フラウは俺と一緒にレム王国の連中が向かった方へ。戦争になったら均衡を崩さない程度に戦って、賢者を見つけたら俺とフラウが話つける」

「賢者ってのは教えてくれねェのか?」

「詳しくはな。フラウの同類だ」

「わかったぜ」

 

 仲間とは違うから同類、またはワールドの言うこと聞く同士か。

 

「じゃあ行くぜ、各自適当にな。本格的に参戦する気はねぇから。あと“蒼穹”の誰かがいたら身を隠せ。絶対に見つかるな」

「あの子達に見つかっちゃダメなの?」

「ああ。あいつらには騎空団としてちゃんと宣戦布告したいしな。それまでは仲間集めしかしてませんよーってフリしとく」

「相変わらずそういうの好きですね」

 

 以前の旅を知っているリーシャが呆れた目をしている。それはまぁ仕方がない俺の性分だ。

 

「暗躍とかの方が性に合ってるんだよ。いいから行くぞ」

 

 俺は言って、イデルバ王国の首都があるというグロース島に上陸した。もちろんレム王国が停まった場所からは離れている。

 

 レラクルは忽然と姿を消した。ここからはあいつの働きにかかっている。そしてそういう情報を探るのが得意だというから任せておこう。ザンツは貴重な移動手段でもある。戦いでヘマするとは思っていないが、小型騎空挺を任せておくのが最善だと思う。避難用だと思って勝手に使われる可能性もあるしな。

 というわけで、残りの面子で戦いのある方へ向かっていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 硝煙の匂いが鼻につく。

 雄叫びを上げ自己を鼓舞し、味方を叱咤し、敵を威圧する。

 両軍が激突しそれぞれが握る武器を敵の命を刈るために振るう。

 

 本来、防御側が本拠地にいる戦いの場合防衛側が有利に進む。それは地の利や戦力の投入しやすさなどが理由として挙げられる。

 侵攻側は限られた戦力しか持っていけず、補給もままならない。どちらが不利になるかは言うまでもないだろう。

 

 しかしレム王国による突然の侵攻と異様な士気の高さによって互角以上の戦いとなっていた。

 

 レム王国軍の士気の高さは軍を今率いているギルベルトという金髪の青年が発破をかけたためだ。

 

「紫の騎士様から賜った騎空挺をイデルバ王国の者が奪った」

 

 つまりは“蒼穹”のせいである。

 白風の境で奪われたグランサイファーは、紫の騎士がそのままレム王国に持っていったのだ。

 紫の騎士はレム王国王家の血筋で、そちらが本家、今のレム王国国王は分家となっているという事情があった。本家の人間から賜ったモノを奪うとは何事だ、とレム王国の人間は猛っているのである。ただし元々停めてあった騎空挺を盗んだのは紫の騎士だということを忘れてはならない。

 

 加えてギルベルトにはもう二つ、勝利を得るための策があった。

 

 その一つは既に発動している。

 

 トリッド王国がなくなり各地で紛争が起き始めた頃、そいつは突如現れた。

 傭兵を名乗っていたが紛争においてたった一人で戦況を覆せる傭兵など聞いたこともない。一人で多を蹂躙する様はその男の呼び名である“戦車"に相応しく、ギルベルトが彼を見つけた時にはほくそ笑んだモノだった。

 敵国に雇われていたがその場で敵国が払った金の二倍を支払い、またこれからもっと他国を侵略するために必要だと説得したことで彼を獲得することができた。

 

「ぬぐわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その男は雄叫びを上げて戦場を駆ける。

 黒い衣服の上に紺のローブと赤いケープを纏っており、両脚を金の具足で、左腕を金の籠手が覆っていた。男性ドラフの中ではあまり体格のいい方ではないのか二メートルほどの身長で、整えられていない焦げ茶に近い長髪にドラフ特有の角が生えている。無精鬚を生やしていることからも身嗜みに気を遣う性格には思えなかった。

 

 そんな彼は戦場を駆け周り拳を振るってイデルバ王国軍の兵士達を薙ぎ払っていく。剣で斬りつけても銃で撃っても止まらない、正に“戦車(チャリオット)”。立ち塞がろうモノなら吹き飛ばされるのがオチだ。

 独断専行が止まらないのだが、実際彼を止められる者はいなかった。

 

 戦場で愉しげに蹂躙する男に気圧される者もいる中、一つの影が後方から飛び出してきて彼の眼前に降り立った。それは見えていたが、構わず突っ込む。戦場で出会った敵は、悉く屠るからである。

 

 しかし降り立った女は、怒涛の勢いで突っ込んできてそのまま拳を振るってくる男に対し細い脚で蹴りを見舞った。拳と蹴りが激突し、その衝撃が周囲にいた兵士達を吹き飛ばす。しかし、両者がどちらも後退しなかった。

 

「初めまして、賢者さん」

 

 余波で銀髪が靡き、男と同じデザインのローブがはためいた。

 

「ちょっと話があるの。拳を収めてついてきてくれない?」

 

 彼女はそっと笑うと提案した。彼女の妖しい美貌と意識された表情と言葉、これらによって大抵の男はあっさりとついてくる、のだが。

 

「ならぬ。吾輩の居所は戦場のみ。戦が終わっていないというのに戦場を離れるわけにはいかん」

「えっ? いや、だから同じ賢者として話があるって……」

「ふん。賢者になぞ進んでなったわけではないわ」

 

 残念ながら、フラウの魅力も戦闘狂と呼ばれる男の前では形なしであった。

 

「ああもう。折角ダナンにいいこと見せられるチャンスなのに。じゃあ力尽くで連れていくから」

「やってみるがいい、吾輩の前に立ったからには蹂躙あるのみ!」

 

 決裂したらしいやり取りの後、二人は拳と脚を交え始める。両者の一撃がぶつかり合えば余波で体勢が崩れる。そのためか二人の近くから兵士が離れていった。

 

 そんな一際激しい戦いを繰り広げている両者に、のんびりと歩み寄る者があった。

 

「やっぱ失敗してたか」

 

 彼はローブのフードを被り、なぜか顔が見えないようにしながらイデルバ王国軍の間を歩いて二人に近づいた。

 

「あ、ダナン。ちょっと待って。こいつ連れてくから」

「加勢か? 構わんぞ、二対一でかかってくるがいい」

 

 遠巻きに見ていた兵士達とは違ってあっさりと両者の戦いに巻き込まれそうなところまで踏み入っていた。

 

「フラウ。いいからさっさとするぞ。もうすぐあいつらが来るってレラクルから連絡があった」

「わかったわ。どうするの?」

「さっさと用を済ませる」

 

 現れたダナンはそう告げると、フラウと戦っている男へと目を向ける。男の身体は銃で穿たれ、切り傷をつけて血を流している状態だ。

 

「あんた、なんでその身体で動ける?」

「負傷で吾輩の戦意が衰えることはない。むしろ尚尚昂ぶるばかりである」

「……戦闘狂かよ。痛みに慣れてんだか興奮してて痛みを今は感じてねぇのか」

「ふん。痛みなど極星が奪ったわ。吾輩の戦での高揚を、苦痛をな!」

 

 そう告げる男の目には怒りが宿っていた。彼の様子を見てダナンは考え込むように顎に手を当てた。

 

「……なるほどな。じゃああんたを倒すのは簡単だな」

 

 そうしてなにかを思いついたのか不敵に笑う。

 

「なに?」

 

 男が眉を顰めるのも構わず、ダナンはフラウに顔を向けた。

 

「フラウ。手ぇ貸せ。こいつを倒す」

「うん、わかった」

 

 頼られたフラウは嬉しそうに笑うと、先程よりも勢いを増して男に襲いかかる。それでも男を完全に押し切ることはできなかったが、

 

「【レスラー】」

 

 手がいっぱいになったところで衣装を変え筋肉が盛り上がったせいか体格が変わったかのように見える少年に懐に入られる。一瞬でパンツ一丁にマントと覆面という姿になった彼は滑り込ませるように拳を腹部へと叩き込んだ。強烈な拳がめり込むと骨の折れる鈍い音が聞こえ、男の身体がくの字に折れて飛んでいった。

 

「がぁ!?」

 

 それまで如何なる傷も物ともしなかった男が苦悶の声を上げて倒れ伏す。殴り飛ばしたダナンはすぐに元の恰好に戻った。関わり合いになりたくないと思って目を逸らしている者が大半だったことを活かし、一瞬で衣装を変えて戦うヤツという印象をつけないためだ。

 

「……ククッ」

 

 しかし男は倒れ伏した状態で肩を震わせ笑い始める。

 

「はははははっ!」

 

 笑いながら、彼は地面に手を突き身体を起こす。

 

「これだ、これこそが……! 吾輩が求めてやまなかった()()!! 失ったはずの痛覚が殴られた瞬間のみ戻ったぞ!」

 

 血塗れの口で喋るために血が飛び散っている。それでも尚彼は歓喜に身を震わせていた。

 

「上手く作用したみたいで良かったぜ。これであんたがやってた痛みを感じないのを活かした突撃はもうできないってわけだな。大人しく――」

「吾輩になにをした? 極星に奪われたあの時から、吾輩の肉体は痛覚も暑さも寒さも感じなくなった。どんな傷を負おうと、どれだけの戦場を駆けようと得られなかった痛みが、今の拳には宿っていた。それだけではない。殴られた痛みだけでなくそれまでに受けた傷の痛みまで感じた。一体、どういうことだ?」

 

 男はかつてない興奮に身を焦がし、怪我を押して立ち上がる。

 

「拳が当たる瞬間に痛覚を創ったんだよ。今の力じゃこれが限界だが」

「痛覚を創っただと? なにを言っている」

「俺はあんたら賢者が契約してる星晶獣の元凶、ワールドと仮契約を結んでいる。その力の一端で、なんでも創れるって話なんだが。それを使ってあんたの痛覚を創ってみた」

「……世界を冠する獣とは、また大層なモノだがな」

「全くだ。ってかフラウはワールドの存在知ってたのにあんたは知らないんだな」

「吾輩は星と全面的な協力を結ぶ気はない。星が吾輩が願った死にたくないという希望を叶える代わりに、吾輩から痛みなどを奪った故にな」

「ふぅん」

 

 彼の話を聞き、今のフラウもそうだが仲良くないヤツもいるんだなと考える。最初に出会ったロベリアとタワーはそれこそ意気投合していそうなモノだったが。

 

「じゃあ俺と来い」

 

 ダナンはそう言って男に手を差し伸べる。

 

「なんだと?」

「今はまだ創り直してやれねぇが、賢者のカードを集めれば力が増幅する。そうすればあんたの痛覚やなんかも戻せるかもしれねぇ」

「不要だ! 吾輩は“戦車”! 吾輩の力のみで取り戻す!」

「……そ、そうか」

 

 鬼気迫る様子に若干引いた様子のダナン。だがそれで退くことはなかった。

 

「じゃあしょうがねぇな。だが俺はあんたの力が欲しい。生憎と金はないんで、俺が対価として渡せるのはそんなモノしかねぇんだが」

「……同情ではないと?」

「ああ。俺はできるだけ、あんたのやりたいようにさせてやりたい。あんたが自分の力だけで取り戻したいってんなら手は貸さない」

「……吾輩が求めるのは戦場のみ」

「戦場か。わかった、あんたが戦えるように計らってはみる。だから、俺達と来てくれ」

「極星の親玉たる獣を従える者を信じろと?」

「従えてるわけじゃねぇんだが……まぁ最終的にはどうなるかわからないにしても、星晶獣がどうとかは関係ねぇよ」

「……」

「信じるかどうかはあんたが決めればいい。最悪ワールドと戦うかもしれねぇが、それはそれであんたとしてもありだろ?」

 

 フードの奥で不敵に笑い手を差し伸べる少年に、男は言葉を失ってしまう。

 

「……星々ですら夜空の一部、か」

「?」

 

 彼が苦笑して呟いた言葉の意味を、他の者は理解することができない。

 

「いいだろう。このガイゼンボーガ、貴公の軍門に下ろう」

 

 そう言ってガイゼンボーガは俺に別の絵柄が書かれたカードを手渡してくる。

 

「おう、助かる。ただ軍じゃなくて騎空団だけどな」

「では何故ここに?」

「情報収集と賢者に会うため。つまりもう達成した」

「そうか」

「合流して情報交換するか。フラウ、ガイゼンボーガを連れて小型騎空挺の方に向かってくれ。途中で戦ってる三人に声かけといてくれ」

「わかった。ダナンはどうするの?」

 

 フラウに指示を出した本人は、

 

「ちょっと、経過を見ておきたくてな。あと気になるヤツがいた」

「仲間に加えるの?」

「いや、間違いなく敵だ。だが様子だけは見ておきたい」

「そう。わかった、気をつけてね」

「ああ」

 

 二人の賢者と別れると、ダナンはイデルバ王国軍の中枢へと向かった。気になる人物、妙な気配を漂わせた金髪の青年が目指している場所だからだ。




というわけで三人目の賢者、ガイゼンボーガさんが仲間に加わりました。

スターさんは出てこなかったのですが、いずれ出しますのでお待ちを。

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