ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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アウギュステに到着

 青い空、白い雲。そして空をそのまま鏡に映したような透き通る海。

 

 一言で言ってしまえば、それがアウギュステだ。

 

 海ってヤツは知識でしか知らないが、塩っ辛い尽きぬ水のことを言うらしい。池や川、湖なんかとも違う広大な水なんだそうだ。

 

「……海は初めて見たな。だがちょっと聞いてたより汚いか?」

 

 もっとこう、キラキラと輝いていると聞いていたのだが、なんだか思ったほどではない。ちょっと濁っているような気がしなくもなかった。

 

「初見で見抜くとは、貴様やはり観察眼はそこそこだな」

 

 事情を知っているらしい黒騎士はそう言うだけだった。

 海を擁するアウギュステという島は、現在エルステ帝国と戦争真っ只中、だそうだ。どうやら屈強な海の戦士達がいるらしく、徹底抗戦の構えを見せるため少し手こずっているようだ。

 

「そりゃどうも」

 

 言いながら騎空艇を降りたところで、大勢の帝国軍兵士が整列しているのが見えた。……流石最高顧問様。お出迎えが派手ですなぁ。

 黒騎士は慣れているのか列の間を堂々と進んでいく。オルキスも緊張はしないのかとてとてと黒騎士の後をついて歩いていった。俺もその後ろを歩いていく。あまり生きた心地はしないが、まぁ帝国相手に喧嘩売ってるわけでもないし、別に気にする必要はないだろう。ただし、「あいつは何者だ」という疑惑の視線が突き刺さっていた。

 

「お待ちしておりました、黒騎士様。……してその少年は……」

 

 列が途切れるところで黒騎士を待っていた身なりのいい兵士が敬礼した後俺へと視線を向けてくる。にっこりと愛想笑いを浮かべておいた。

 

「こいつは見所があるからと拾い、直々に鍛えてやっているヤツだ。私直属の兵士だとでも思えばいい」

「黒騎士様が直々に、ですか? 一体何日鍛えたのでしょう」

「三日だ」

 

 黒騎士の答えに、列がざわめきいくつもの声が聞こえる。

 

「三日だと!?」「嘘だろ、あの一日でも受け続けたら死に至ると噂の黒騎士様の特訓を!」「三日も耐えたっていうのかあいつ!」「信じられん……」「黒騎士様が目をつけるような人間だ、化け物に決まっている」

 

 などという声も聞こえてきた。……おぉ、意外なところで評価されてしまった。ってか化け物て。俺はまだそんな領域にはいねぇよ。

 

「な、なるほど……。わかりました。では帝国の兵士として?」

「似たような扱いでいい。だがこいつは私が自由に動けるよう、人形の護衛としてつける予定だ」

「かしこまりました」

 

 上手いこと言ってんなぁ、と思うばかりだ。流石にこうして多くの兵士に畏怖されている姿を見ると貫禄があるなと感心する。オルキスはじっと押し黙っていた。おそらく兵士の前では感情を全く見せないように努めているのだろう。

 

「それで、戦況はどうなっている?」

「未だアウギュステからの抵抗は止みません」

「ここには今誰がいる」

「フュリアス将軍閣下、及びポンメルン大尉です。例の研究成果を手にしておられます」

「理解した。それでこの地での進捗状況は?」

「既に完成しており、兵器・アドウェルサは回収済みです。後はアウギュステを手に入れるのみとなっております」

「そうか。よし、順調だな」

「はい。このまま行けば直に抵抗している自警隊の連中も我々に従うでしょう」

「ふっ。そうだな」

 

 報告を聞く黒騎士の笑いを兵士がどう取ったのかは知らないが、少なくとも帝国の侵攻が順調であることを喜んでいるようには思えなかった。帝国とは関係のない、傭兵という手駒を持つ黒騎士のことだ。どうせ帝国の思惑とは逸れた目的でも持っているのだろう。

 

「黒騎士様はこの後どうされますか?」

「そうだな……折角だ、フュリアス将軍のところにでも行くとするか」

「かしこまりました。兵士を何人がつけますか?」

「私に、護衛が必要だとでも?」

「い、いえ! 失礼いたしました」

 

 将軍とやらのところへ向かうらしい。兵士の申し出を威圧的に断りつかつかと歩き出す。横を通った時兵士は冷や汗をぐっしょりと掻いていた。まぁ遥か高い上司だしな。しかも実力が知れ渡っている七曜の騎士が一人だ。そりゃ恐縮もするだろう。

 

「行くぞ」

「……ん」

「はいはい」

 

 黒騎士の後にオルキスと俺が続く。少し離れてから、兵士達のため息大合唱が聞こえてきた。

 

「なぁ。アドウェルサってのはなんだ? 兵器なんだろ?」

「ああ。アドウェルサは一言で言えば兵器だ。そして兵器でしかない。大量破壊兵器、とも言えるがな。高威力の砲撃を備えた兵器だ。量産化の目処は立っているらしいが、詳しいことは知らん」

「ふぅん。まぁ七曜の騎士にとっちゃ雑魚と変わらないのかもしれないがな」

「ふん。だが貴様にとっては充分な脅威だ。機動力、主砲、副砲、どれを取っても並みの相手では太刀打ちできるモノではないだろうな」

「へぇ。帝国はそんなモノに金かけてんのな」

「人同士の戦いなら充分強力だからだろう。今や帝国がファータ・グランデの大半を握っているが、ここのように抵抗する連中もいる。そういう連中相手に使う気だろうな」

「回りくどいことで」

 

 まぁでも確かに、俺の準備と似たような目的なのかもしれない。どんな相手がいても有利に立ち回れるように、兵器を用意しておく。別に悪い手ではないだろう。

 

「ちなみに兵器を生産する過程でゴミが大量に廃棄されている。ゴミを廃棄するならどこだと思う?」

「んー……。まぁその辺に積んどく……と言いたいところだけど流す、かな。自然を考えず効率だけでいくなら」

「正解だ。帝国は研究で出たゴミをアウギュステの海に流し続けている。その結果海は汚染されていっているというわけだ」

「環境破壊なんて酷い真似しやがるな。全員海に飲まれて死ねばいいのに」

「ふっ……それは現実になるかもしれんな」

 

 人は醜い生き物なので、人のいない自然はいいと思う。だから今の発言になるのだが、帝国側の人間であるはずの彼女は意味深に笑っていた。……この人、やっぱ帝国の中心にいながら立場が帝国っぽくねぇんだよなぁ。ホント、なにが目的なんだか。

 

「もうすぐ着く。軍の指揮を任せているフュリアスに失礼のないようにな。悪逆非道、という言葉が似合う男だ。気に障ったらその場で殺されかねんぞ」

「そりゃ怖い。まぁ大丈夫だろ。殺されそうになったらフォローしてくれ」

「さぁ、どうするかな」

 

 フォローしてくれねぇのかよ……。じゃあしょうがない、俺だけの力で切り抜けるしかないか。

 軽口を叩きながらも俺達はフュリアス将軍とやらがいる場所まで辿り着いた。大勢の帝国兵が待機する地点で、その中央には二人の意匠が異なる軍人がいた。

 

 一人はヒューマンで、髪と顎髭をこれでもかと固めている。セットに時間がかかりそうだ。

 もう一人はハーヴィンで小柄な体躯をしている。学士帽のようなモノを被り眼鏡をかけている。

 

「黒騎士様!」

 

 黒騎士の登場に、一兵卒達は敬礼し道を開けていく。その道は二人の軍人へと続いていた。その中を堂々と歩く黒騎士に、二人が気づいた。髭の軍人は見ただけに終わるが、眼鏡の軍人は苛立たしげに顔を顰めている。仲はあまり良くないようだ。

 

「ダナン。フュリアス将軍に挨拶しろ」

 

 ある程度近づいてから、そう指示される。……いやいや。フュリアスってどっちだよ。これまでに得た情報だけで判断しろってか。

 一応エルステ帝国への礼節は習っている。それの通りにやれば問題ないのだろうが、どっちなのか間違えてしまえば悪逆非道の将軍様に首を刎ねられること間違いなし、というわけか。

 

 俺は仕方なく真面目な表情を装って二人の前へと歩み出る。……さてどうするか。

 俺が近づいてくると、二人が怪訝な表情でこちらを見てきた。歩を緩めることなく進むとハーヴィンの方が口を開いた。

 

「なに、君。誰なの?」

 

 苛立ちを隠そうともしない声だった。無視して一歩進めると苛立ちが更に際立った。

 

「あのさぁ、誰か知らないけどこの僕を無視するなんていい度胸――」

 

 彼が苛立つにつれて周囲の兵士に緊張が走っていた。ああ、そうか。こいつがフュリアスか。

 俺はヤツが言い終わるよりも早く流麗な動きで左膝を突いて頭を垂れる。真剣な声を作って口上を述べた。

 

「お初にお目にかかります、フュリアス将軍閣下。まずは只今の非礼をお詫びしましょう」

 

 自分でも本当に俺かと思うような真面目な声を出していた。

 

「へぇ?」

 

 見ていなくても、嫌な笑みを浮かべているとわかる声だ。

 

「黒騎士直属とはいえ私は閣下に遠く及ばない立場の身。となれば頭が高い内に話すなど、それこそ失礼に当たるでしょう。偉大なるフュリアス将軍閣下より高い位置で話すなど、私めにはできません」

「ふぅん。君、なかなか面白いねぇ」

「光栄にございます」

 

 俺の言い訳に、フュリアスの笑みの雰囲気が変わった。周囲の兵士が僅かに弛緩したとこからも、それは間違いない。

 

「ねぇ君、黒騎士じゃなくて僕につかない? 面白そうだし、扱き使ってあげるよ」

 

 とんでもねぇこと言いやがんな。俺は真っ平御免だぞ。

 

「フュリアス将軍。目の前で私の部下を勧誘するのはやめてもらおうか」

 

 流石に黒騎士も余計なことを言わない内に助け船を出してくれた。

 

「ふん。僕はこれでも驚いてるんだ。君がその人形以外に興味を示すなんて、なんの冗談だろうねぇ?」

「さぁな。今は人形のお守り程度にしか考えていない。――ダナン、行くぞ」

 

 おそらく俺の頭の上で二人の視線が交差している。……居心地悪いから早く逃げたい。と思っていたら黒騎士に呼ばれた。

 

「失礼いたします」

 

 フュリアスに一言断りを入れてから、立ち上がって踵を返し黒騎士の方へ戻っていく。

 

「なに? 君は参加しないの? 折角、面白い客が来てるのにさぁ」

「私とて、貴様の手柄を横取りする気はない。その面白い客とやらをどう料理するのか、見物させてもらおう」

「……一々偉そうなんだよ」

 

 黒騎士が踵を返したところで、フュリアスが小声で毒づいていた。……ほう。こいつはプライドの高そうなヤツだな。

 だが聞かなかったフリをして、俺は黒騎士とオルキスと共に兵士達の列から離れた位置へと移動する。

 

「ったく。おい、フュリアスがどんな容姿か事前に教えてくれよ。どっちに挨拶したらいいかわかんないだろうが」

 

 会話の声が兵士達に聞こえない距離まで来てから、俺は黒騎士に文句を言う。

 

「だがわかっただろう?」

「結果論じゃねぇかよ。まぁわかりやすかったよ、あいつが怒ると兵士が緊張するからな。どうせ味方にも非道な行いしてんだろ」

「よく見ている。しかし貴様、よくああも口が回るな。あいつが第一印象から気に入った様子を見せたのは初めてだ」

「まぁあんなんじゃな。……一つ、ハーヴィンでプライド高いヤツは体格にコンプレックスを持ってることが多いから、わざと頭があいつより低くなるようにしたこと。一つ、俺が黒騎士直属だと名乗りながらフュリアスにのみ敬称をつけたこと。あいつが気に入るならその辺だろ」

「……」

「で、小さいことを気にしてんなら、『偉大な』とか大きいモノを連想させる言葉で煽てれば『あっ、こいつは見かけだけで判断せずに見てる』って勘違いして上機嫌になってくれるってわけだ。扱いやすいにも程があんな」

 

 あれで軍を率いる将軍とは、呆れたモノだ。乗せられやすすぎるだろ。

 

「……貴様」

「ん?」

 

 妙に真面目なトーンだったので、不思議に思って黒騎士を見る。

 

「戦闘以外だと使い道が多いな。特に表情と声の使い分けが上手い。場面で使い分ける器用さと、どんな相手だろうが怖気づかない図太さ。我々にはなかったモノだ。ドランクはどうしても胡散臭くなり、スツルムは愛想が悪い。無論私も、立場上こう振る舞うべきというモノがある」

 

 一瞬、彼女がなにを言っているのか理解できなかった。

 

「貴様は自分を演じ分けることができる。貴様だけの価値だ。加えてその観察眼。充分評価に値する」

 

 言い切られた後に言われた言葉を反芻して、俺は一歩跳び退いた。すかさず腰の短剣に手をかける。

 

「さてはてめえ、偽者だな!」

「……貴様が私をどう思っているのか問い詰めたいところだが」

 

 黒騎士が俺を褒めるだと? そんなはずはない。絶対偽者だ。

 と思って警戒を露わにしていたが、兜を脱いで素顔を晒したことで本人が入っていると判明してしまった。すぐに被り直したが。

 俺は俺の記憶が間違っている可能性を考慮し、オルキスに視線を送る。

 

「……本物」

 

 だが断言されてしまい、俺は警戒を解くしかなかった。

 

「……まさかあんたに褒められるとは思わなかった。別の人間が入ってるのかと思ったぜ」

「貴様……。そんなに貶されたいなら今から拳つきでわからせてやろうか」

「あ、本物だわ。いやぁ悪かったな疑って」

「やはり殴るか」

 

 結局脳天に一撃食らった。

 

「いや本気で疑って悪かった。まさか七曜の騎士に評価されるとは思ってもみなくてな、つい……」

 

 取り乱してしまった。頭を掻いて謝っておく。

 

「ふん。私も認めるべきところは認める。褒めるという行為は下を育てるためには時に必要な行為だからな」

 

 それもそうか。

 話し込んでいると、なにやら騒がしくなってきた。

 

「来ましたねェ……この時を待っていましたよォ!」

 

 比較的落ち着いた雰囲気だった髭の軍人が興奮したように叫ぶ。誰が来たのかと思って視線を巡らせると、

 

「今度はなにを企んでいる!」

 

 実直な少年の声が聞こえた。

 青いパーカーに胸当てをした少年で、傍らには赤い羽トカゲがいる。

 

 グラン一行だ。


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