一話飛ばさないよう一応ご注意ください。
俺達が去った後、イデルバ王国軍は押され始めた。それが俺達のせいだとは思わない。俺達がいなかったらとっくにこうなってたわけだろうからな。
あとイデルバ王国軍の士気が前線から下がっていっている。
「イデルバ王国軍の間で国王フォリアこそがかつてトリッド王国を滅ぼした張本人である」
とはレラクルの教えてくれた情報だが、どうやら戦争中に敵国の流した情報を信じるバカが多すぎるらしい。普通に考えたら士気を下げるためにわざと流したっていう戦略だろうに。
それから程なくして“蒼穹”の連中が到着していたが、周囲の兵士の士気が下がっているので次第に撤退していった。ラカムとオイゲン、イオとロゼッタがいないな。流石に別行動をしていたら情報を集めるもなにもないか。
あいつらがいて尚戦線は下がり、遂に王宮であるフォルクシルト宮まで押し込まれてしまう。
俺は実際のやり取りを聞くためにその近くの路地裏にまで来ていた。わざわざ【アサシン】で気配を消して、だ。
と、丁度死角になっていていい盗み聞きポイントだと思った裏路地に、傷だらけの女性が倒れているのを発見した。
俺が曲がる方の角を背に座り込んでいたので危うく踏むところだった。
襟足が長い外ハネショートの茶髪に青目の女性だ。赤と白のロングドレス風の服を着込みブーツと黒いニーソを履いているが、それらは所々切り裂かれ血を流している。傍に置いてある薙刀から、彼女も戦争に参加したのだろうかと思ったのだが。
レム王国軍は赤を基調としている。兵士は銀甲冑に赤が入っており、ギルベルトってヤツも赤だ。
イデルバ王国軍は青を基調としている。甲冑のデザインも違う。しかし“蒼穹”の連中と知り合いらしいドラフの男と黒髪の青年はあまりそういった意識がなさそうだ。
さて彼女はどちら側の人間なのだろうか、と迷ってしまう。赤が入っているからレムの方か?
「……こんなところで、なに、してるの……?」
傷だらけの状態で片目だけを開き、踏む直前で止まった俺を見上げてくる。瞳は不安そうに揺れている。そこに芯のようなモノはなかった。
「あんたこそ。回復しようか?」
命に関わる怪我ではなさそうだが、疲弊しているのは間違いない。
「ううん。いい。この傷は、まだ残しておく」
なにか事情があるのか彼女は弱々しく首を振った。
「それより、ちょっとお願いがあるの。足が動かなくなっちゃって。彼女の声が聞こえるところまで、運んでくれない?」
「誰のだって?」
「いいから、そっちの路地の近くに」
急いでいるのかそんなことを言ってきた。敵か味方かもわからないヤツに手を貸すのはあれなんだが、まぁ手負いならなんとかできるだろう。
俺はそう思い、嘆息すると座り込んだ彼女の脚と背中に手を伸ばし、持ち上げる。そのまま通りの方まで歩いていき、直前で下ろした。
「ありがとう」
そう言って彼女はまた壁に背を預けて話を聞く。この距離なら俺も聞こえた。
「――頼む! 教えてくれ、陛下! ギルベルトの言うことは、陛下が大罪人だというのは……」
必死さが込められた声だった。見れば“蒼穹”の連中と合流したらしい黒髪の青年が、傷だらけではあったが豪華な衣装に身を包んだ銀髪の少女を向いているところだった。ギルベルト率いるレム王国軍もいる。ここでの戦いは大詰めってところなんだろうな。
「事実じゃ。ヤツが広めた内容に嘘偽りはない」
「なっ!?」
少女は古めかしい口調で、青年の言葉を肯定した。その言葉に青年は驚き言葉を失っている。“蒼穹”の連中だってそうだ。そんなまさか、という顔をしている。
「……カイン」
ぼそりと座り込んだ女性が呟いた。おそらくあの黒髪がカインというヤツなのだろう。ってことはこの人はイデルバ王国側の人間か? ならなんで隠れて話を聞く必要がある?
「すまぬ。こればかりは嘘を吐くわけにはいかぬのでな。ただ、ナル・グランデを平和にしたいと、そう掲げた心は真実じゃ。……まぁ、今更信じてくれ、というのも虫が良すぎる話じゃがの」
少女は見た目にそぐわぬ苦々しい声で語った。
それから彼女はギルベルトに対し、自分の身柄と引き換えに軍を退いて欲しいと申し出る。その申し出を聞き入れ、大人しく引き下がるらしい。
「――では皆の者、後のことを頼んだぞ。妾がおらずともこの国は回る。イデルバは強い国じゃ。それは妾が誰よりも知っておる。もっともっと国を豊かにして、いずれはナル・グランデに、あの頃のような平和を取り戻すのじゃ」
イデルバ国王フォリアと思われる少女は静かに告げると、兵士達に囲まれて連れ去られていく。グランやジータが止めようと立ち塞がったのだが、
「我々はフォリアお嬢様の申し出により、停戦を受け入れました。これ以上の戦いは望みません。それでも取り戻すと言うのなら――あなた達は無抵抗の私達を殺すことになりますね?」
とギルベルトに言われて、大人しく引き下がる他なかった。……よく考えていやがる。俺なら「あ、そう」っつって取り返すかもしれないが。あいつらの性分をわかるくらいには付き合いがあるんだろうな。しかしあいつらはそうか、イデルバ王国側についた状態か。かと言って俺達がレム王国につく義理はねぇがな。
「……陛下」
ぽつりと零した彼女を見下ろすと俯いていた。陛下と呼べそうなヤツはフォリアだけ、となるとこの人はやっぱりイデルバ王国の人ってことでいいか。
「……あんた、事情を知ってそうだな」
「まぁ、ね。これでも一応、イデルバ王国の将軍の副官だから」
「へぇ、それなりの立場があるんだな。で、そのそれなりの立場にある人間がなんでこんなところで、傷だらけで隠れてるんだよ?」
「……」
思いの外重要そうな情報源と見て、俺は尋ねた。
「……私には婚約者がいたの。でも、十年前トリッド王国が崩壊したあの日に、死んでしまった」
悲しみが溢れ出ないようにするためか固い声だった。話が繋がっていなさそうな語り始めだったが、トリッド王国の崩壊に関わる人物を、俺は一人だけ知っている。それが先程レム王国軍に連れていかれた、イデルバ国王フォリアだ。
「それを知って私は、彼が死んだ原因を作ったと思われるフォリア様を問い詰めて、刃を向けた」
「……じゃあ戦ってる間に、敵国が流したよくわからん情報を信じて自国の王様を疑ったってのか?」
イデルバの民は強い、とかフォリアは言っていたが、そんな根も葉もない噂に踊らされて士気を落とすようじゃダメだろ。最後まで戦っていたヤツらがいるからフォリアが信頼されていなかったってわけじゃないんだろうが、信頼が薄すぎだろ。
「……それは、ちょっと違う。私は戦争が起こる前に、ギルベルトに言われて気になって文献を調べてたところで見つけることができたの。元々フォリア様が誰にもわからないようにしてたみたいなんだけど」
「おいおい。イデルバ王国とレム王国は睨み合ってるんじゃなかったのかよ。なんで敵から聞いた情報を信じてんだ」
「……その、言われたら気になっちゃって。元々トリッド王国が崩壊した理由って、私の婚約者を奪ったのは誰なんだって、ずっと抱えてきてたから」
余程その婚約者ってのが好きなんだろうな。だが、それにしても迂闊にすぎる。
「あんた、バカだろ」
だから俺は、きちんと侮蔑を込めて言い放つ。
「……」
女性は少し驚いたように俺を見上げてきた。俺はその青い瞳と目を合わせて言葉を続ける。
「どれだけ婚約者が大切だったかはあんたにしかわからねぇから、トリッド王国を崩壊させたヤツを恨む気持ちは置いておく。だがあんたは敵国の将の言葉を信じて、将軍の副官として見てきたフォリアのことを信じなかったんだろ? まぁ、現状を見るにフォリアってヤツは国王としては信頼されてなかったんだろうがな」
「そんなことは……!」
「ないと言い切れるか? あいつは最後、ナル・グランデを平和にするために尽力してきたと言った。その気持ちがあるとわからなかったから、敵の言葉一つで刃を向けられるんだろうが。戦争中の癖に兵士が士気を落とすんだろうが」
「それは違う!」
俺の言葉を、これまでに初めて聞くほど強い声で否定してきた。
「……フォリア様は、私達民を想って行動してくださっていた。それは間違いない。イデルバ王国の民の一人として見てきてる。それでも信じられなかったのは、私の心の弱さ」
「そうか。じゃあ不憫な王様だな。自分は民に尽くしていたってのに、噂一つで忠誠心が薄れる民ばっかりでよ」
「……」
「だがあいつはそれを肯定した。間違いなくあいつがトリッド王国の崩壊を招いたんだろうな、本人が言ってるんだし。だがたった一人の人間にできることなんざ高が知れてる。あいつだけがやったとは、限らねぇよ」
「……それは、確かに。崩壊が確定したのは、七曜の騎士が一人、緋色の騎士バラゴナがトリッド王国の王族を皆殺しにしてから」
「へぇ、あいつがねぇ。ってかあいつトリッド王国の王族なのか」
「え、うん」
なるほど。トリッド王族王家をバラゴナが皆殺しにした。ってことは真王がきな臭いなぁ。あいつ、七曜の騎士がやってることの大半に関わってそうだし。アポロは自分の意思だったみたいだが。
「さて、トリッド王国崩壊は誰がやったんだか。到底一人じゃできないよなぁ、国一つを滅ぼすなんて。実際、今挙がってるだけでもフォリアとバラゴナ。つまり複数人を同時に動かしトリッド王国を崩壊させていく筋書きを描く必要がある。それができるヤツが、この空にどれだけいることやら」
「……えっと?」
「悪い、独り言だ。とはいえ話をざっと聞いただけでもフォリアが実際にあんたの婚約者を殺したかどうかは置いておいて、トリッド王国の崩壊を全てあいつの罪と見るのはただのバカだな」
「……自覚は、してる」
「もちろん心を入れ替えて今のナル・グランデを平和にしようとしてますって言われたところで虫がいいのはわかるが、真実を知りたいんなら目先の情報に飛びつくなよ。少なくともあんた、俺より年上だろ?」
「うん、そうだね。いい大人が、なにしてるんだろう」
「そう思うんならこれからなんとかするんだな」
「これから?」
とりあえず今は感情の暴走が収まった状態らしいので、思ったことを告げていく。
「ああ。あんたがフォリアに挑んだせいでフォリアが戦線に出てこられず士気を維持できなかったって考え方もできるよな?」
「うっ……」
とはいえ戦線に出ていたところで噂が流れた段階でフォリアがそれを認めて降伏したんじゃねぇかなとは思うんだが。
「出てても降伏が早くなっただけかもしれねぇが、それでも早めに降伏することで犠牲者は減ったかもしれねぇな」
「……私がフォリア様に刃を向けたせいで、犠牲者が増えた?」
「と言うこともできる。だからあんたは今、取り返しのつかないことをやった身ってことだ」
俺の言葉に彼女の顔から血の気が引いていく。
「過去はなくならないんだ、だから今から行動を起こすしかねぇだろうよ」
「今から……」
「そうだ。これ以上迷惑をかけないために家に引き籠もって全てが終わるのを待つか、戦うか」
「戦うって、誰と?」
「それは自分の目で判断しろよ。誰かに言われなきゃ考えられない歳じゃねぇだろ」
「……」
俺がこの人に優しくする道理はない。むしろここまで初対面なのに親身に話を聞いているだけでマシな方だろう。
「考えて悩め。それで答えが出なきゃ……そうだな。俺が道具として使ってやる。命令に忠実で、ただ言われた通り動いてろ」
「あはは、それは勘弁したいかな」
道具として使われるのが嫌なら、一人の人間として生きたいなら、悩み続けるしかない。
「そうかい。じゃあ考えろ。自分のやりたいことがなんなのかをな。せめて、死んだ婚約者に顔向けできるような答えを出すんだな」
俺は言って、元々座り込んでいた位置に置いてあった薙刀を拾い、彼女の傍に置く。
「……君は、何者なの? なんで私にそこまでしてくれるの?」
「別になにもしてないだろ。運んで、話聞いただけだ」
言いながら手を翳し脚の傷を少しだけ治す。
「歩ける程度にだけ治してやった」
「あ、ありがとう」
「じゃあな。もう会うことがあるかはわかんねぇが」
「それで、何者なの? なんでイデルバでも、レムでもない人がこんなところに」
「通りすがりの騎空士だ。新設だから無名の騎空団のな。あ、俺と会ったことは“蒼穹”の連中には言うなよ」
俺は言って口の前で人差し指を立てる。
「え、あの子達の知り合いなの?」
「さぁ、どうだろうな。じゃあ頼み聞いてやった礼として頼むわ」
「あ、うん」
女性にそう告げて、俺は用済みとばかりに踵を返す。
「えっと、君の名前は?」
「言う必要がないな。縁があったら教えてやるよ」
ちょっと必要以上に関わりすぎてしまったので、取り合わず立ち去ることにする。俺も名前知らないし、名乗る必要もないだろう。
さて、小型騎空挺の方に戻って情報交換をしよう。余計な寄り道しちまったし、話しながら聞いていた感じだとあいつらはフォリア奪還に向かう可能性が高そうだな。つまりギルベルトを追ってレム王国に行くってことだ。まぁあいつらならやりそうだよな。
と、裏路地を歩いていると背後から物凄い殺気を感じた。身構えて振り返るまでの間に、裏腹な軽い声が聞こえてくる。
「あっれ~? こんなところで会うなんて奇遇だね~」
声が聞こえている間に振り返ると、視界いっぱいに蒼髪ツインテールに黒いドレス姿の少女が現れた。
「っと、オーキス」
いきなりのことではあったが抱き止める。彼女の身体を抱えると一緒にいたらしい青髪のエルーンと赤髪のドラフが見える。
見慣れたヤツらだが恰好が変わっていた。おぉ、スツルムの胸を覆っていた豹柄のちょっとダサいヤツがなくなってる。いやスカーフみたく首に巻きついてたわ。これならまぁちょっとしたアクセント程度に留まってる、かな?
「……また女作ろうとしてた」
「いやしてねぇから。ってか殺気はお前か」
「……ん。見境なくは、許さない」
それはちょっと、マズいな。フラウとか。
「丁度いいや。お前らもいるんなら、確保した団員と合流していいか? こっちの情報については、お前らの方が詳しいだろうしな」
「ああ、元々そのつもりだ」
「まさかこんなところで会えるとは思ってなかったけどねぇ。あ、でも後で僕達と来てもらうけどいい?」
「別にいいぞ」
さてと、まさかの再会にはなかったがこれでナル・グランデの情勢は大体把握できるだろう。
「……このまま行って。見せつける」
「はいはい。じゃあ行くかぁ」
ちょっと揉めそうだが、俺が撒いた種とも言える。心の準備をしつつ、あいつらと合流しよう。
そうしたら情報交換と整理の時間だ。