レム王国に着いた俺達は、大勢で押しかけるとややこしくなるということで、警備の一角としてイスタバイオン軍の部隊のいない場所に配置させられていた。とはいえ俺は黄金の騎士の下へ、ということで王宮の一室に案内されていたのだが。
「報告を聞きましょう、と言いたいところですが。そちらは?」
冷静な物言いでオーキス、スツルム、ドランクの三人に連れられた俺を出迎えたのは黄金の鎧を身に纏った女性だった。兜を被っていないことからもそうだが、黒騎士と違って全身が鎧に覆われているわけではないので細くくびれた腰が見えていた。
銀髪のエルーンだった。
「僕達が入る騎空団の団長だよ~。戦力になると思って連れてきたんだ~」
「そうですか」
ドランクは普段と変わらない様子で彼女にそう告げた。すると黄金の騎士は黄色の瞳でじっと俺を見つめてくる。
「どうかしたか?」
怪訝に思って尋ねた。
「いえ。貴方の顔に見覚えがあるような気がしまして」
「? 初対面だと思うぞ? アウライ・グランデに知り合いはいねぇしな」
「ええ、そうですね。ですが確か城の書斎に……」
顎に手を当てて考え込み、やがてはっとしたような様子を見せる。
「思い出しました。確か黒騎士になった後管理が面倒だとかで島一つを落とした愚か者の絵に似ているのです。目の色は違いますし年齢も離れていますが」
……おや。こんなところでもあいつの話題が。
「あれ~? でも黒騎士ってぇ、確か長い間いなかったんじゃなかったけ~?」
「よく知っていますね。いえ、貴方なら当然でしょうか。……記録から抹消されたのです。男が黒騎士になってから三日で追放され、管理という管理もしていなかったそうですから。汚点として抹消されたのだったかと思いますが」
「ああ、納得。多分そいつ俺の父親だわ。赤目だろ?」
「はい、その通りです。……奇妙な縁ですね」
「まぁ、あいつは各地で色々やらかしてるらしいし、七曜の騎士にヴァルフリートがいるってんなら気紛れでなろうとするだろうしな」
「ええ、私の記憶でもそのような理由だったかと」
やっぱりな。あいつ思いつきでなにやってんだか。どうしようもねぇな。イスタルシア行くとか言ってやがったが、その道中でもなんかやってんじゃねぇだろうな。というかちゃんとイスタルシア行ってんのかあの野郎。
わからないことを考えても仕方がないんだが。
「まぁクソ親父の話はどうでもいい」
俺は言って本題に戻す。
「こいつらは俺の仲間なんでな。あんたのところで世話になってたんならそれに報いる必要がある。あんたに協力するのは吝かじゃないってことだな」
「そうですか。戦力の増強は有り難いことですが、信用できるかどうかは……良しとしましょう。これまでその三人はよく働いてくれましたからね」
「そりゃ助かる」
アポロと因縁があると言うからどんなモノかと思っていたが、意外と話のわかるヤツだった。
「では報告を聞きましょうか」
「はいはーい」
ドランクは軽い調子で言うと懐から紙を取り出して手渡す。
「……これは」
書類に目を通す黄金の騎士の表情が、驚きに塗り替わっていく。
「いやぁ、驚くよねぇ。でもそれが僕達が調べた事実だよ」
「あたし達は仕事に対しては誠実だ。こいつの態度はいつだって軽薄だがな」
「こんな時まで貶さないで欲しいんだけど、スツルム殿?」
この中で俺だけ置いてけ掘りなのはちょっと困る。
「一体なんの話だ?」
「……私は彼らを白風の境で見逃す代わりに協力するよう取りつけました。そしてナル・グランデ空域に来てから、緋色の騎士バラゴナの狙いについて調査を依頼していたのです」
「ほう、あいつの」
「その結果がこれです。これから協力するというのであれば、ある程度事情を知っておいた方が良いでしょう」
そう言って読み終わったらしい書類をこちらに手渡してくる。それを受け取り内容に目を通して、俺は眉を顰めた。
「……へぇ」
……あの温厚そうなヤツの裏に、こんな真意があったとはなぁ。
俺は内容にざっと目を通してから紙を黄金の騎士に返す。白風の境にいたヤツらの言ってたハル様ってのが、おそらくこの書類に書いてあるハルヴァーダ様ってわけだな。どうやらハル様とやらは殺されるはずだったトリッド王国の末子だったようだ。
三人が集めてきた情報を元に書かれた報告書の内容は主に二つ。
トリッド王国の王族を皆殺しにしたのはバラゴナだということ。
ナル・グランデに聳えるグレートウォールは島一つなど簡単に消滅させられる巨大兵器であるということ。
「……」
黄金の騎士は今一度書類に目を落としてから物憂げに窓の外に目をやった。
「……ギルベルトが……不安? あの人は怖い、嫌な感じがする。幽世の力だけじゃない。……あの人は多分、危ない」
そんな彼女にオーキスが告げた。視線をそちらに向けてから、黄金の騎士は頷く。
「同じ真王陛下の配下でありながら、バラゴナとギルベルトの行動には不可解な点が多い。貴方達に調査してもらった内容にしてもそうです。これだけのことを陛下が知らないはずはない。しかし、だとすればどうして見逃されているのか……その理由がわからない。トリッド王国の崩壊には我々が知る以上に裏がある。それがバラゴナやギルベルトの独断による暗躍なのか……」
ぽつぽつと内心漏らすように話し、一旦口を閉じる。
「……信じたくはないが、父上、真王陛下が私には話してくださっていない、なにかがあるのか」
そう吐いた声は弱々しかった。……こいつ、真王の娘なのかよ。それは知らなかったな。真王がアウライ・グランデにいるってのはイスタバイオンと関わりがあるからっていう理由なのか。
「真王ってヤツはあんたの父親なのか」
「……ええ」
「なるほど」
「でねぇ、黄金の騎士ちゃんは真王陛下に心酔してるんだよ~」
「あ、なる。そりゃアポロと気が合わねぇわけだな」
ドランクの茶々に納得して言った。彼女の顔があからさまに顰められる。
「あの女と関わりがあるのですか?」
「まぁファータ・グランデで色々やってきたしな。ってかこいつらも黒騎士の一味だったんだぞ」
「……」
どうやら伝えていなかったらしい。今までの信用がガタ落ちになるくらいの目を向けられていた。
「もうダナンってば折角秘密にしといたのに~。ねぇ?」
「全くだ。ここにいることはあいつと関係ないから、言う必要がないだろう」
「……アポロと仲悪そうだったから、言わなかったのに」
三人から文句を言われてしまう。
「……はぁ。今更貴方達を疑うような真似はしません。これまでで腕が立つことはわかっていますので」
「意外と話がわかるんだねぇ」
「色々と、ここ最近考えることが多いというだけです。余計な不安材料を増やさないでください」
「そりゃ悪かった」
俺は肩を竦めて謝った。
「失礼いたします! ご報告申し上げたいことが!」
とその時、扉の外から慌ただしい声が聞こえてきた。
「許す。入れ。なにがあった?」
黄金の騎士は気を引き締め平坦な声で告げる。すると扉が勢いよく開きイスタバイオン軍の兵士が入ってきた。
「はっ! 城下でレジスタンスと交戦した者から報告がありました! レジスタンスの中に、イデルバ王国軍と思われる者が数名混じっていたとのことです!」
「……来たか。すぐに向かう」
「はっ! ご武運を」
火急の用件とはそういうことだったらしい。……フォリア奪還に来たあいつらだろうな、このタイミング。
「私はこれから侵略者の対処に当たります。貴方達はもし――彼ら若しくは誰かしらがハルヴァーダ様か姉さんを連れ去ったならその者を捕らえてください」
「姉さん?」
「イデルバ国王フォリアのことです」
「あん? ……どう見ても逆じゃねぇか?」
「……姉さんは生まれつき魔力が強大すぎて肉体の成長すら遅れていますから。私よりも年上になります」
見た目は俺より年下だったのにな。黄金の騎士はおそらくアポロと同じくらいの年齢だろう。
「ふぅん」
姉のことを話す時に少しだけ翳りが見えた。劣等感でも抱いてるんかね。
「一応言っておくが“蒼穹”の連中の前に俺は姿を出さない。ここにいるはずのないヤツとして扱ってくれ」
「? まぁ、いいでしょう。元々ある戦力というわけでもありませんので」
「悪いな。代わりと言っちゃなんだが、あんたが誰かの命令とか使命とか関係なく自分のやりたいことが見つかったら、その時は手ぇ貸してやるよ」
お決まりとなり始めたセリフを口にする。黄金の騎士の顔が少し驚いたようになる。
「……やりたいことがない、と?」
「少なくとも迷ってはいるんじゃねぇか? さっき会ったばっかりだがそれはわかった。それにドランクは『真王に心酔してる』って言ったがさっきあんたは真王に不信感を持ち始めたようなこと言ってたからな。それだけわかればこれまで真王の言いなりだった可能性と、これからの立場ってヤツを迷ってるんじゃねぇかと思った」
「……」
「だから真王の命令とか、七曜の騎士としての使命だとか、そんなモノに縛られねぇあんたのやりたいことが出来たら、手ぇ貸してやるって言ったんだよ」
「……あなたは」
黄金の騎士は驚いているようだ。まぁ材料はあったし、なにより俺の観察力はアポロのお墨つきだ。ずっと前、出会って間もない頃からのな。
「……。そういえばまだちゃんと自己紹介をしていませんでしたね」
黄金の騎士はなにを思ったのか、真っ直ぐ俺に向き直り俺を見据えてきた。
「七曜の騎士が一人、黄金の騎士。アリア・イスタバイオンです。あなたはどうやら、油断ならない人のようだ」
どうやら彼女は俺を認めてくれたらしい。すっと右手を差し出してくる。どんな理由かはイマイチよくわからないが。
「“黒闇”の騎空団団長、ダナンだ。七曜の騎士にそう言われるとは光栄だな」
今までは適当な肩書きだったが、今はちゃんと団長として名乗ることにした。俺も右手を差し出し黄金の騎士と握手を交わす。
「では私はこれで。貴方達もすぐに移動しなさい」
「了解~」
黄金の騎士は冷静に告げると踵を返しすたすたと立ち去ってしまう。
「いやぁ、流石はダナンだねぇ。観察力で言うなら僕よりも上だったりして~」
「どうだかな。俺のはただの染みついた習慣だ。なにより、なんだかんだ顔に出るタイプみたいだしな」
「まぁわかりやすいっちゃわかりやすいよねぇ。その分こっちはやりやすくていいんだけど」
「ああ、そうだな」
俺はドランクと顔を合わせて笑い合う。
「……こいつら組ませると碌なモノにならないな」
スツルムの呆れた声が聞こえた気がするが、今は置いておく。
「……ダナンがまた新しい女作ろうとしてる」
「してねぇよ。ってかまたってなんだ」
「……フラウとか」
「いやそれはまぁ、なんつうか」
「……あの人に手を出したら、アポロに言いつける」
「それはやめてくれ」
オーキスのはなんと言うか見当違いではあったが、後の火種になりかねないのでやめて欲しい。
「じゃあ僕達はこれからフォリアちゃんとハル君連れ出しに行くから」
「うん? 連れ去ったらって話じゃなかったか?」
「え~? 二人の安全を確保するなら、連れ去られるより先に連れ出した方がいいんじゃない? 結果的に助けられればいいんだから、文句は言われないと思うけどぉ?」
「ま、そうだな。じゃあそっちは頼んだ。俺はあいつの言う通りもしお前らが突破された時の場合に備えて適当に待機しておく」
「了解~。じゃあ僕の宝珠を渡しとくね~。わかってると思うけど、一つはレラクル君に渡しといてね~」
「当たり前だ。じゃあまた後でな。精々不意打たれて死ぬんじゃねぇぞ」
「もっちろん~」
「またな」
「……他と仲良くしてたら怒る」
ドランクから宝珠をいくつか受け取り、俺は三人と別れた。……なんかオーキスはいつもそういう風に言ってくるようになったんだが。いやしかし一々忠告しないとダメと思われるようなことを俺がしているのが原因とも言えなくもない。
俺はそんなに無節操に見えるんだろうか。少なくともグランやジータよりは節操あると思ってるんだが。
……難しいな。