アウギュステに集った帝国兵の下へ、グラン達がやってきた。
六人と一匹だったはずだが、一人厳つい老兵が加わっている。……それを見た黒騎士の身体が刺々しい気配を纏う。知り合いか?
「待ってましたよォ! あの時の借り、返させてもらいますねェ」
独特の口調で笑う髭の軍人が兵を割って前に進み出る。
「ポンメルン大尉! フュリアス少将までいるのか!」
元帝国軍所属のカタリナが声を上げ、一行が武器を構えたまま警戒を強くする。
「あれ? あれあれ? 君達まだ生きてたんだ? 虫ケラ並みの生命力だよねぇ。ま、今度こそ僕の手で甚振れるって考えたら喜ぶべきなのかな?」
フュリアスは明らかに愉悦の混じった声で言った。挑発のためではなく心から言っているようだから歪んだ性格が垣間見えるというものだ。
「黒騎士とグランに喧嘩吹っかけてきた黒いヤツもいるぞ!」
赤いトカゲが俺達を逸早く発見した。
「なぜ貴様らがここに……そうか、ザカ大公の仕業か」
黒騎士としても予想外だったらしい。俺はにっこりと笑って手を振る。流石に敵意は薄まらないが。
「流石にこの戦力を相手取るには分が悪ぃか?」
ラカムが険しい表情で帝国兵を見渡す。既に臨戦態勢に入っており、合図一つで蜂の巣にできる状態だ。
「安心していいよ。そこの黒騎士は今回ただの傍観者。君達の相手をどうしてもしたいっていうからさぁ。ねぇ、大尉?」
「ええ。私はあなた方に復讐スルために、ここにいるのですからねェ」
フュリアスに話を振られたポンメルンは懐から一つの結晶を取り出す。禍々しい光を放つ黒い結晶だ。なんだあの嫌な感じのするアイテムは。
「帝国が研究してきた魔晶の力、とくと味わうがいい、ですねェ!」
ポンメルンはその黒い結晶、魔晶とやらを胸に宛てがうように取り込んだ。するとどんな仕組みなのか魔晶を取り込んだ彼の身体が変化していく。禍々しい鎧を身に着けた巨人へと。
ただしポンメルンの顔は巨人の胸辺りに出ていて、意識はないのか項垂れている。顔以外は埋まっているのか見えないが、巨人の頭が意思を持って驚愕するグラン達を見下ろしている。
「イイ心地ですねェ……。身体の底から次々と力が溢れ出してくるようですよォ!」
胸の方ではなく巨人の頭の方で喋っているような聞こえ方だった。……なんじゃありゃ。人が化け物になったぞ。左手に盾のようなモノをつけていて、右手に剣を持っているからまだ人と同じような戦い方をしそうなのだが。
「この魔晶の力で、今度こそ貴様らを八つ裂きにしてやりますよォ。機密の少女を奪ったそこの小僧と小娘、そして帝国を裏切ったカタリナ中尉ィイイ……!」
巨大化したポンメルンはずんずんとグラン達に歩み寄り、右手の剣を振り上げる。
「来るぞ! ライトウォール!」
カタリナが前に出て障壁を張る。
「そんなもので防げると思わないことですねェ!」
しかし、ポンメルンの一振りよって呆気なく切り裂かれ余波が一行を襲った。
「なんだと!?」
「魔晶は私の力を飛躍的に高めてくれるんですよォ! もうあなた方は敵ではありませんねェ!」
「くっ!」
ポンメルンはまだまだ余裕そうだが、一行には余裕がない。加えて、
「ポンメルン大尉を援護しろ!」
大勢いる帝国兵達も黙ってはいなかった。銃を構えて整列する前列の兵士達が片膝を突いてグラン達を狙っている。
「ダメ! ティアマト、お願い!」
これは流石に始末されるかと思ったが、後ろの方にいたルリアが光と共に巨大な影を呼び出した。竜を伴った美女のような姿をしている。
「撃てぇ!」
構わず銃を撃ち放つ帝国兵だったが、ルリアの呼び出したそいつは風を障壁のように操って銃弾を全て風で受け止めた。勢いを失った弾丸が虚しく地に落ちる。前方全ての銃弾を受け止めるとは、あれは普通の魔物じゃねぇな。星晶獣か。
「チィ……! 流石は化け物、と言ったところですかねェ。その力で次は誰を殺すんですかねェ!」
「っ……」
ポンメルンの言葉に、ルリアは俯き表情に影を落とす。
「黙れ! 誰がなんと言おうと、どんな力を持っていようとルリアは普通の女の子だ!」
「そうだよ! ルリアちゃんを道具としか見ていない、節穴のあなたにはわからないでしょうけどね!」
しかしすかさずグランとジータが怒りを見せて反論する。
「私は事実を言っているだけですねェ。それでも黙らせたいというなら、力づくでやってみるがいい、ですよォ!」
ポンメルンが言って右手の剣に力を溜める。
「ああ、やってやるさ!」
「いくよ、グラン!」
「「【ウォーリア】!」」
二人は同時に『ジョブ』の力を使ってClassⅡへと姿を変える。……やっぱり至ってたか。まぁ俺が手を出してるんだから、お前らもそうだよな。
「「ウェポンバースト!!」」
奥義の威力を高め、二人は一瞬視線を交わす。
「魔晶剣・騎零!」
「「テンペストブレード!」」
ポンメルンの闇の力を纏った一撃と、二人の攻撃が合わさった巨大な竜巻が激突する。
相殺、と言うには少しポンメルンが優勢すぎるか。
巨体だからか余波を受けても平然としている彼に引き換え、奥義を打った二人は後方に吹き飛ばされている。
「全力の一撃を相殺するとは、やりますねェ。しかし次はどうでしょうかねェ!」
ポンメルンは嘲笑うように称えながら、再び闇の力を剣に纏わせた。
「もう一発来るぞぉ!」
「やはり私が受けるしか……!」
「ダメ、カタリナ!」
二人が体勢を崩している中、先程の一撃がもう一度来たらと慌しくなっていく。
「あれはなんだ? 魔晶とか言ったか……相当ヤバい代物みたいだな」
「ああ。星晶獣を研究している中で辿り着いたモノでな。人並み外れた力を手にすることができる。無論、その代償は小さくないがな」
「ふぅん。ただでさえ強いあんたがあれ使ったら、誰にも止められなさそうだよな」
「そうだな。だが、私がそこまでする未来は見えん。今のままでも充分あいつらを蹂躙できる」
「確かに」
七曜の騎士が追い詰められて魔晶を使う。そんな事態になり得るはずもない、か。そうなったらもちろん俺は逃げ出すけどな。巻き込まれたら敵わん。
そう話している内に、カタリナが負傷しグランとジータは地に平伏している。
「あれ、死ぬんじゃないか?」
「いや。――そろそろだ」
「ん?」
勝ち目が見えてこない状況だというのに、黒騎士に否定されてしまった。不思議に思って今起こっている状況を見回す。
「くっ! こうなったら私が時間を稼ぐしか……!」
「っ、ぅ……! だ、ダメ、そんなの……! やめて!」
「ルリア、しかしこのままでは……!」
帝国兵は余裕綽々な様子だ。カタリナが時間を稼ごうと前に出るのを、なにかに苦しむような様子を見せたルリアが止める。いや、止めたわけではないようだ。
「ち、違う……違うの……。これは……リヴァイアサン……?」
なにかに怯えているようなルリアに答えたのは、帝国の伝令兵だった。
「フュリアス将軍閣下! ご報告します! 我が軍の軍艦、その半数以上が海に呑まれました!!」
「はぁ!?」
その通達にフュリアスは絶句する。
「違うな。海に呑まれたのではない。海に食われたのだ」
黒騎士はそう否定し俺の方をちらりと見てくる。
なぜ彼女がこっちを見てきたのかわかった。……そういや、海に呑まれて死ねばいいとか言ってたなぁ。
「……く、クソッ! 撤退だ! 大尉、撤退する!」
「今いいところなのに……」
「早くしろ!」
フュリアスは黒騎士の声が聞こえてなかったのか、ポンメルンに声をかけると一目散に撤退し始めた。少し遅れて兵士達もついていく。
「くっ! 次は必ず、仕留めてあげますねェ。その時を楽しみにしているのですよォ……!」
ポンメルンは後一歩のところまで追い詰めたところだったので悔しそうにしながらも、なにか予想外の事態が発生していてそれどころではなくなってしまったのだと理解したのか変身を解いてまだ状況が理解できていなかった末端の兵士達に撤退の指示を出していく。
「助かった、のか……?」
グランがイオに治療されながら言うが、それを黒騎士が否定する。
「どうだろうな。さっきまでの方がまだ勝ち目があったかもしれんぞ。ほぅら、顕現する」
黒騎士が海の方を振り向いたので、俺もそちらを向いた。
そして目にした。海から神が顕現する様を。
海水全てを巻き上げるかのような巨大な竜巻が起こったかと思うと、その頂点から赤い光が二つ見えた――中になにかいる。
そいつは竜巻を切り裂くように姿を現した。巻き上げた海水を雨のように撒き散らし、青く長い巨躯を揺らす。
手足のない巨躯は蛇のようにも見えるが、竜と言った方が正しいだろう。
そいつは、目に映る全てに怒りをぶつけるように、赤い瞳に憤怒を滲ませて咆哮した。
「……リヴァイアサン、なのか?」
俺が名前を知らない老兵が呆然と呟いた。……もしかして、あいつがこの島の星晶獣か? 正しく海の化身。確かにこれは、人相手の方が勝てる見込みがあったかもしれねぇな。
「そうだ。帝国が研究で出たゴミを海に流し、島を荒らした結果があれだ。怒り狂って我を忘れているようだがな」
黒騎士が肯定した。……全てこいつの思惑通り、ってわけか。フュリアスは軍艦攻撃されてめっちゃ驚いてたし、やっぱりこいつは帝国の味方ではねぇよな。
その言葉に、老兵が怒りを表情に出して黒騎士を睨みつけた。
「て、てめえ……! 自分がなにやったかわかってんのか!? 海はアウギュステにとって……」
「黙れ、下衆が! 貴様こそ自らの咎を置いてなにを吼えている? 恥を知ることだな」
老兵の怒りを、更に強い怒りで返した黒騎士。この人のこんなに感情が見えるとこ、初めて見たな。
「……全く。ここに来ると不愉快なことばかりだ。行くぞ、人形、ダナン。我々にも役割がある」
彼女はそれ以上会話する気がないのか、さっさと歩き出す。仕方なく二人でついていった。
「逃がすと思うか?」
「おい待てラカム!」
しかし見逃す気はないのかラカムがこちらに銃を向けてきた。狙うのは黒騎士のようだ。老兵が止めようとするが、構わず引き鉄に指をかけ力を込める。
……ヤツが狙っているのは黒騎士の頭。歩く速度を見てある程度現在位置より前に銃口を向けている。ヤツのいる場所と反動を考えて、大体の銃弾の通り道を算出する。
俺は素早く左腰の銃を抜いて両手で照準をつける。俺とヤツの距離を考えて、この角度なら同時に撃って交差するという角度を見つける。そしてラカムが指に力を込めたタイミングで、同時に引き鉄を引いた。ちゅいんという甲高い音がして、二つの銃弾がぶつかりあらぬ方向へと飛んでいく。
「野郎……! マジかよ!」
「この間の仕返しだ。素直に見逃してくれ」
俺はラカムに言って、構わず進んでいた黒騎士へ小走りで追いつく。
「余計な真似を」
「いやぁ、上手くいって良かった。ミスって銃弾こっちに来たらどうしようかと思ったぜ」
「貴様……」
「上手くいったんだからいいだろ?」
「結果論だな」
残念、不要な手出しは褒めてもらえないようだ。別に褒めてもらわなくてもいいんだけど。
「で、俺達はこのまま静観するのか?」
「ああ。役割は全てが終わり、リヴァイアサンが倒された後だ」
「ほう。案外信じてるんだな、あれに勝てるって」
「ふん。勝ってもらわなければ困るというだけだ。死に物狂いでヤツらは超えるだろうがな」
「なるほどねぇ。じゃあ二度目のお手並み拝見といきますからぁ。……あ、オルキスミニアップルパイ食べる?」
「……食べる」
「貴様……」
手出し無用とのことなので、俺は気を抜いて観戦モードに入る。
俺特製「冷めても美味しいミニアップルパイ」を三人で食べながら遠くでリヴァイアサン戦を見守るのだった。