というお話です。
そういえばストック分、黄金の空編が書き終わりました。
本編で言うと、アウライ・グランデに行く前までの話が入ります。
まぁそこがキリいいので。
黄金の空編の最後を皆さんにお届けできるのは約一ヶ月後ぐらいになると思います。
そこまでお付き合いいただけますと嬉しいです。
フォリアの退位式後、急遽行った演説会。そこで俺が民衆を煽っていると、イスタバイオン王国軍が現れた。……敵国にあっさりこんなところまで攻め入られるとは、流石混乱の最中にあるイデルバ王国。
「駐屯している兵士では立ち向かう士気もなかったようだ。連絡が遅れて申し訳ない」
近くのどこからかレラクルの声が聞こえてきた。一応警備はしていたが、俺の話を邪魔しないように待っていたのだろう。彼に非はないと思われる。
「……別にいい。よく考えてみれば手出ししねぇわけねぇからな」
俺は彼だけに聞こえるよう、小声で返した。
真王がファータ・グランデになにかを仕かけているのはわかった。だが同時進行でこちらにも手を出してこないとは限らないのだ。なによりこっちには裏切り者のバラゴナ、アリアがいる。加えてフォリアも真王の娘だろうし、ハルヴァーダもここにいる。ついでにギルベルトもな。あいつの存在を真王が知ってるかはわからないが。
「是非交渉がしたいんだけど……今の代表者はアンタでいいのかね?」
「まさか。俺はどこにでもいる善良な一般騎空士だよ。取るに足らない、な」
「ははっ。真王陛下と白騎士に喧嘩売ったヤツが一般騎空士だなんて、冗談が過ぎるんじゃない?」
俺と女性ドラフの視線が交錯する。……なんだろうな、この感じ。どっかで感じたことがある気はするんだが。
「なんだ、バレてるのか。じゃあしょうがねぇな。――道、開けてくれ」
俺は肩を竦めると、民衆を威圧して壇上から一歩前に出る。ちゃんと伝わったらしく、群集が割れて俺の正面にイスタバイオン王国軍への道が出来た。
「どうも」
軽く言って威圧感を消し、壇上から飛び降りて道を歩く。向こうも女性ドラフと男性エルーンの二人が進み出てきている。俺が歩いている時に民衆に紛れていたり、裏で待機していた仲間達が寄ってくる。そこにカイン、レオナ、そしてアリアの三人までやってきた。フォリアは表に出てこず様子を見るらしい。まぁそれが賢明だろう。
やがて俺達はほぼ中央で対峙することになる。
「ようこそ、イスタバイオン王国軍。俺はイデルバの者じゃないが、“黒闇”の騎空団団長、ダナンだ」
「イスタバイオン王国軍、アニシダ。こっちは副官のハイラック」
「……」
俺が名乗るとアニシダと名乗った女性ドラフは返してきたが、ハイラックというらしい男性エルーンは軽く会釈するだけに留めた。まぁ俺に礼を尽くす必要はないだろうしな。
「イデルバ王国将軍が一人、カインだ」
イデルバ側の人間として名乗るべきと考えたのか、カインが俺の隣に並び立った。
「……なにをしに来たのですか」
アリアは固い声で二人に尋ねる。
「なにって、そんな警戒しなくても大丈夫だよ、アリアちゃん」
アニシダは軽い調子で言うと、不敵な笑みで続ける。
「アタシ達はなにもしない――アンタ達が素直に交渉に応じてくれさえすればね」
「……交渉の内容は?」
兵士を大勢引き連れて、交渉もなにもないだろとツッコまない辺りカインは冷静に振る舞おうとしてるな。
「一つ。真王陛下の騎士である緋色の騎士バラゴナの身柄の返還」
アニシダは出した左手の人差し指を立てる。
「一つ。真王陛下の騎士であり、ご息女である黄金の騎士アリア様の身柄の返還」
続けて中指も立てた。
「一つ。同じく真王陛下のご息女であるフォリア様の身柄の返還」
薬指まで立てたところで、
「以上、この三つが真王陛下のイデルバ王国に対する要求になるね」
そう言って手を下げた。……そう来たか。七曜の騎士二人は兎も角、フォリアまで求めるとはな。ハルヴァーダはグレートウォール関連で欲しかっただけだからもう不要、と。ギルベルトは興味がないのか知らないのか。
「……わかった、交渉は受け取ろう。だがイデルバは今フォリア様が退位したばかりで体制も整っていない状態だ。なにより、将軍の一人とはいえ俺一人で決められることじゃない。相談する時間をくれないか」
結論を急く必要はないと思ったのか、カインはそう伝えた。
「うーん……。まぁアタシ達もいつまでにーとは言われてないから別にいいよ。また明日、来るから」
「明日は早いんじゃないか? せめて三日は……」
「ダメダメ。あ、もし渡さないならイスタバイオン王国国王でもある真王陛下と袂を分かったとして、優先敵対国家に認定することになるかもね。ナル・グランデ空域に侵攻したら真っ先に、イデルバ王国を攻め滅ぼすことになるよ」
カインが譲歩させようとするが、アニシダは取り合わず脅しをかけてきた。イデルバとしてはレム王国との抗争があり、フォリアの退位で混乱している今他国と戦争するわけにはいかない。そんな余裕がないからだ。
要は、最初からお前らに拒否権はねぇぞ、と言っているわけだな。
「……わかった、一日考えさせてくれ」
「いいよー、一日だけ待ってあげる」
苦渋の表情のカインとは裏腹に、アニシダはにっこりと笑って踵を返し肩越しにひらひらと手を振った。ハイラックは生真面目に一礼して回れ右をする。……あ、ようやくわかった。
「あんた、アニシダっつったか?」
「うん?」
俺は彼女に声をかける。
「なんかどっかで会ったような感じがすると思ったら、あれだよ。あんたドランクに似てるんだ」
振り返ったアニシダに対してそう告げた。
「あの傭兵とアタシが? 面白いこと言うね」
「いや似てるって。俺が言うんだから間違いない。あんたとあいつは真意の読めないところと色々企んでるところが似てるんだな」
「アタシがなにを企んでるって?」
「さぁ、俺の直感だからな。だがそういうヤツは得てして話していることとは別になにかを狙ってるもんだ」
「根拠が薄いね」
「ああ。だが間違ってはないと思ってる。あんたは命令に忠実じゃないと思うんだよなぁ。今回の件も個人的な思惑があって引き受けた可能性もなくはないだろ?」
「アタシ達が来たのはそこのアリアちゃんの部下だからで、深い意味はないよ」
「……この場でその呼び方はやめなさい」
俺が言い合っていると、軽い調子で呼ばれたアリアが額に手を当てて言った。……アリアを見る目が妙に温かいというか、仕事上の付き合いというだけじゃない気がするな。こういうヤツはそういう細かな感情を見せないようにできるはず。ということは俺にそれを見せてるのが答えってことかよ。
「……チッ。あんたの思惑に乗るのは癪だな」
「なんのことかさっぱりだね。もう行っていい?」
「ああ」
ハイラックは俺とアニシダに訝しげな顔をしていたが、アニシダが歩き出すとそれについていった。……兵士全員がそうではなさそうだな。あいつの独断ってことか。
「……はぁ。ったく、こんなの俺が考えることじゃねぇってのに」
イデルバとは全く関係ないはずだったが、どうやら口出しせざるを得ない状況になってしまったようだ。
「カイン。とりあえず民をまとめてこの場を解散させろ」
「わかってる。元からそのつもりだった」
「そうかい。ならさっさとやってくれ。考えないといけないことが増えちまった」
「それは半分あんたのせいでもあるだろ」
「俺のせいにするなよ……」
カインと言い合いながら来た道を引き返す。その後壇上に上がったカインが民衆に向けて演説を行い、その場はお開きとなった。彼のおかげで多少民衆の意識も改善されたように思うが、まだ整理がついていないのだろう。まぁそんなに早く変わるとは思っていない。後のことは将軍達に任せればいいだろう。
当面の問題はイスタバイオン王国だ。
というわけで会議すべく将軍全員と前国王フォリア、そして当事者でもある俺、アリア、ハルヴァーダが集められた。
「イデルバ王国が以前の状態であったとしてもイスタバイオン王国と事を構えることはできない! ここは大人しく引き渡すべきだ!」
だん、と将軍の一人が円卓を強く叩いて主張する。
「まぁそうじゃな。昏睡状態のバラゴナに、妾、そしてアリアの身柄を引き渡すのがイデルバが生き残るための近道じゃな」
フォリア本人も頷いている。
「確かにフォリア様が国王でなくなった今、三人を引き渡しても我々になんら損失はない」
「そうだ、守るためには仕方のないことだ」
「元々七曜の騎士にフォリア様は真王の手の内だったわけだしな」
と、早速三人を引き渡す方向で話が進んでいる。
「まぁそれが一番楽だよな、自分達の言い訳になるし」
俺は冷や水をかけるように、自然な口調でそう言った。しん、と会議室が静まり返る。国を守るために、という理由をつければ三人をむざむざと引き渡す言い訳になる。他人のために仕方なく、と言える状況であれば自分の心に言い訳ができる。そんなに楽なことはないだろう。
「……彼の言い分は兎も角、フォリア様は置いておいて二人はイデルバの客人だ。易々と引き渡してはイデルバの信用に関わる。もちろん引き渡さないという選択肢はない。それをすれば、イデルバは終わりだ」
「ではどうしろと言うのだ!」
カインとしては助けたいという気持ちが強いのだろう。とはいえ、イデルバを守るという結果は変わらない。
「……バラゴナさんは、どうしようもないと思う。昏睡状態にあるから丁重に、と頼むくらいしかできることはない」
身柄を引き渡さない理由が思いつかなかったのだろう。カインが言うとハルヴァーダは表情を曇らせた。
「フォリア様については罪人として罰するという名目があるから自由にしてもらっては困るという理由を唱えることはできるけど……」
「無理じゃろうな。今日妾がなんの拘束もなく立っていたことが伝われば、今更幽閉などと言ったところで説得力がない」
「ですよね。となると追放くらいが妥当ですか」
「カインよ。無理せず妾を差し出して良いのじゃぞ? ……元々、国王になる前は真王の下で言われるがまま行動しておったからの。もう空を拝むこともできんかもしれぬが、それも仕方のないことじゃろう」
「姉さん……」
見えもしない空を天井越しに仰いだフォリアの瞳には、幼い外見とは裏腹に哀愁が漂っていた。
「いえ。フォリア様は国外追放とします。……あなたのやったことは許されないかもしれませんが、この国で罪を犯したわけではありません。直接害するような罰を与えるのは、筋違いだと思います」
「カイン……」
カインがきっぱりと告げる中、
「ふ、ふざけるな! そうなると直前でフォリアを逃がしたと思われて、イスタバイオン王国の反感を買う可能性があるだろう! そうなればイデルバは終わりだ!」
「そうだ! 罪人を解放した結果我々に危害が及ぶなど……!」
それでも将軍達が反論した。
「……ふむ。仕方ないのう。妾は国外追放ということで明日その場に居合わせて、勝手に逃走するか選べる状態となれば良かろう? あくまでもイデルバとは関係ないと主張する。……その後逃げるか大人しく捕まるかは妾次第というわけじゃな」
「ま、まぁそれなら我々の責任を問われることはないか」
将軍はあからさまにほっとしたような顔をしている。フォリアは太眉を寄せて呆れた様子だ。
「……姉さんは、逃げるつもりなんですか?」
アリアは姉の今後が気になるのか、そう尋ねた。おそらく自分がどうするかも含まれているからだろう。
「うむ。まぁあの真王から長らく逃れられるとは思っておらんがの。束の間の自由を謳歌したい気持ちはあるので、のんびり空を旅してみようかと思っておるのじゃ」
「そうですか」
フォリアの屈託ない笑みに、アリアは自分はどうすることもできないのかと思い悩んでいる様子だ。
「ならアリアも一緒に行ったらいいんじゃないか?」
「えっ?」
俺はここで助け舟を出してやることにした。
「アリアは客人だが、ここから出ていくのを引き止められるような関係でもないだろ。建前としてはアリアが勝手に出ていきましたで通して、後で合流みたいな」
「流石に無理があると思いますが……」
「ダナンの案は兎も角、アリアさんを簡単に渡すわけにはいかない。大切な客人だから丁重にもてなさなければイデルバの国の威信に関わるとして断ってみよう。あと本当に戻ってきて欲しいなら真王自ら出向くようにとも」
「……そこまでしていただかなくても」
カインの提案にも、アリアは乗り気でない様子だ。どうやらまだ真王に逆らうことに抵抗があるらしい。そこは流石姉というべきかフォリアの方がしっかりしていそうだ。
「ならしょうがない。俺達で攫うか」
「「「えっ?」」」
俺の発言に空気が固まった気がした。
「俺は真王が気に食わない。だから真王がアリア達を手元に置いておきたいなら邪魔をしたい。というわけで引き渡すくらいなら直前で攫って『娘は貰った! 返して欲しくば民衆の前で全裸土下座でもするんだな!』って」
「考えが突飛すぎてついていけないのですが。というかなぜ全裸土下座」
「あいつ豪華そうな服着てたから」
「……そんな理由で」
アリアは話を聞いてこめかみを抑える。
「くくっ、はははっ! いいではないか、そうしてもらうのじゃアリア」
「姉さん。笑い事ではありません」
「元々喧嘩売ってる身だし、今更なにしようが変わらないしな」
「それはそうかもしれませんが……」
「俺達が攫うならイデルバは関係ねぇし、一緒にどっかの国外追放されたヤツでも拾っちまえばいいんだろ」
「「っ!」」
俺が口にした言葉にフォリアとアリアが驚いていた。イデルバでは、二人が一緒にいることはできない。おそらく大人しくイスタバイオン王国に戻ってもそう変わらないだろう。ならそれ以外の場所に身を寄せるのが理想だ。できればイスタバイオンと事を構えても問題ないところ。
「お主まさかそれが目的で……」
「私は貴方のことを誤解していたかもしれません」
「誤解もなにもねぇよ。俺は俺のやりたいようにやる。それだけだ」
少しだけ俺を見る目の種類が変わってしまったので、照れ隠しのように告げた。
「そ、それなら!」
そこでこれまで全く喋っていなかった少年が意を決したように口を開く。全員の視線がそちらに集中した。
「バラゴナさんも攫ってくれませんか!?」
ハルヴァーダだ。この場で唯一バラゴナの身内である。
「バラゴナを?」
「はい。……トリッド王国崩壊前からずっと、バラゴナさんは一人で戦ってきました。ずっと真王に表向きは服従して機会を狙っていました。そんな彼が真王の下に戻ってなにをされるかは……正直わかりません」
ハルは服の裾をぎゅっと掴んで不安を露わにした。……まぁ少なくとも俺なら始末するだろうな。そのままにはしない。
「……おそらく矯正されるでしょうね。真王に忠誠を誓うよう、徹底的に」
イスタバイオンの内情を知っているアリアが苦々しく口にした。
「僕も、具体的には兎も角バラゴナさんをそのままにしておくとは思えません。だから、あなた達にお任せしたいんです」
顔を上げて俺を真っ直ぐに見据えるハルには強い意思が宿っていた。それはよくあいつらが宿していた、人を想う心だ。
「……そうかい。ならお前も一緒に来るか? どうせここにいる意味もあんまりないだろ」
「その、申し出は嬉しいのですが、僕はやめておきます。僕が一緒に旅をしたい方々は、別にいますので」
俺の提案に、ハルははにかむような笑顔で応えた。……ああ、多分あいつらだな。
「そっか。なら精々頑張るんだな。……あいつらの旅は酷いぞ? 俺も少しの間一緒にいたが、各島の星晶獣と戦うわ世界を左右する事態に巻き込まれるわで」
「ふふっ、そうですね」
「だから強くなれ。あいつらは優しいから足手纏いだなんて思わないが、辛くなるのはお前自身だ。役に立ちたいって思い続けることにならないようにな」
「はい」
珍しく、と自分で言うのもなんだがまともな助言をした気がする。特に下げたりもせずに。
「……不覚にも驚きました。貴方、まともなことも言えるのですね」
「どういう意味だこら」
「まぁ演説もあちこちいってたしの」
「俺もそう思ったから自分で励ます方向に変えたんだろうが。本来なら誰かが奮い立ってくれるまで貶し続ける予定だったってのに。どいつもこいつも」
将軍達がいる手前、カインと裏でやり取りしていたということは言えない。
「とりあえず、俺達で三人共攫うことにする。ちゃんとイデルバは関係ないってことを伝えるために、話し合って建前を決めろよ。あんたらは王に相応しくないんだ。将軍全員合わせて、やっと国を動かせるくらいにな。頭冷やしてよく考えろよ」
俺は結論を告げてさっさと部屋を出ることにした。これ以上長居しても仕方がない。
部屋を出たところには仲間達とレオナがいた。
「どうなったの?」
「それはカインに聞いてくれ。慣れないことして疲れた」
「あ、ごめん」
レオナに尋ねられるが、軽くあしらっておく。正直やっと終わったかと思うと疲れが全身に出てきた。休みたい気分だ。
「あの、ありがとう。君の言葉になにも言い返せなかったから。代わりに、皆を激励してくれて」
「適当言って混乱させちまったかと思っただけだ」
「それでも、ありがとう。この国の人達に考えさせるようにしてくれて」
レオナの大袈裟な礼をひらひら手を振りいなすと、俺は部屋に向かった。そこにフラウとナルメアがついてきて俺をあらゆる手で癒そうとしてきたのはちょっと、また別の疲れがあったのだが。