ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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俺達と戦争でもするか?

 翌日。イスタバイオン王国の代表としてアニシダとハイラックが兵士を引き連れて再度訪れた。

 太陽が真上に昇ろうかという時間帯だ。

 

「それで、答えは決まったかな?」

 

 アニシダは余裕たっぷりに笑みを浮かべて対峙している二人に目を向ける。

 

 一人はイデルバ王国の将軍、カイン。黒髪に青い瞳の青年だ。一連の騒動では“蒼穹”と行動を共にし彼の策が窮地を救ったことも一度や二度とではない。

 もう一人はイデルバ王国には騎空団“黒闇”の団長、ダナン。黒髪に黒い瞳の少年だ。一連の騒動では影で動いていたというが、その行動の全てを把握しているわけではない。ただアリアと共に白騎士に挑んだということは知っている。

 

「ああ。まず、緋色の騎士バラゴナ。彼は現在昏睡状態にあり、意識が戻らない状態だ。安静に運んで欲しい。後で彼の眠っている部屋に案内しよう」

「イスタバイオン王国の名に賭けて、無事送り届けると約束しよう」

 

 カインとの公式なやり取りのためか、応えるアニシダの声音も真面目なモノだ。

 

「次にフォリア様の身柄だが」

「うむ。妾はここにおるぞ」

 

 カインが話しながら後方を振り返ると、そこには獣の姿をした星晶獣ハクタクを従えるフォリアが佇んでいる。その横にはアリアもいて、カインの言葉を待っている様子だ。

 

「大人しく渡してくれるって?」

「こちらとしてはそうしたいところなのだが……彼女は罪人だ。ただ引き渡すだけではイデルバの国民の一部が納得しない。ということで、国外追放に処すことにした。だから今彼女はイデルバの国民ではない。だから連れていくなり、好きにすればいい」

「へぇ、そう来たんだ」

「うむ。まぁ折角なのでぽーんと逃げ出してしまっても良いのじゃがな」

「あはは、それは困るね。こんな目の前から逃げられたらアタシ達が責任を問われそうだ」

 

 アニシダはカインの答えでそれなりに満足する。本当なら実はもう国外追放しました、という体で来るのが一番だったのだが……おそらくそれは彼の隣に立っている人物が関係してくるのだろう。その当人は不敵な笑みを湛えて悠然と構えている。見たところ年齢は“蒼穹”の団長と同じくらいだが、肝の座り具合は上なのだろう。実力でもそう変わらないという話だ。

 

「それでアリアちゃんはどうなのかな?」

「彼女はイデルバ王国の大切な客人だ。歓待を尽くし切れていないのでもう少し滞在させていただきたい。火急の用件なら真王直々に訪れるのが筋だと思うんだけど?」

「なるほど、ねぇ。確かに、一理あるね」

「アニシダ……」

 

 アニシダが頷くのでハイラックが窘めるように呼んだ。

 

「もちろん拘束を強要するわけじゃない。彼女が戻りたいなら今すぐでも構わないが、この国を気に入って欲しいというこちらの気持ちも汲んで欲しいとは思っている」

「大体わかった。もちろん大人しく引き渡してくれるなら文句はないよ。抵抗する気がないのもいいことだ」

 

 うんうんとアニシダは頷く。安心しかけるカインだったが、

 

「ただ、アリアちゃんの引き渡しを待って欲しいっていうのはちょっとねぇ」

 

 アニシダは言いながら背負った大砲についている取っ手に手を伸ばした。

 

「だからここは戦おうか。勝ったら見逃してあげよう。相手はアタシ達二人だよ」

「巻き込まないでくださいよ、全く」

「いつものことじゃん」

「自覚しているなら改善してください」

 

 アニシダが武器を構えると、ハイラックも渋々と言った様子で槍を構えた。なんだかんだで仲はいいらしい。

 

「盛り上がってるとこ悪いんだが」

 

 カインも携帯していた刀に手をかける中、ダナンは一歩進み出る。

 

「三人は俺が貰う。真王の思い通りにさせるなんてご免だしな。ってことで諦めてくれ」

 

 にっこりと笑って臨戦態勢の二人に告げた。

 

「……おい、どういうつもりだ」

「それが聞けると思ってるのかな? それは戦争になるよ」

「ははっ。戦争だってよ、ガイゼンボーガ」

 

 アニシダの脅しにも軽く笑って、名前を呼ぶ。

 

「戦争か! 吾輩の血が滾るというモノ。さぁ、始めようではないか!」

 

 戦争にここまで乗り気なヤツが他にいるだろうか。現れた無精鬚のドラフが興奮したように叫んでいる。両足の具足に左腕の鉄腕。ギルベルトが雇っていたので一応見た顔ではあった。

 

「大将の役に立てんなら、オレもやるぜ!」

 

 そう言って赤髪に褐色肌の少年が二刀を抜き放つ。各地を転々としていた二人の戦力が帰ってきたのだ。

 

「ダナンちゃんに手を出すなら、斬り伏せる」

 

 一見可愛らしい容姿ではあるが、刀の柄に手をかけ構える姿からは冷たい闘気を感じさせた。

 

「仕方がない、仕事は仕事だ」

 

 レラクルは近くの建造物の上に立って見下ろしている。

 

「指示をくれれば、私が皆蹴散らすから」

 

 フラウも脚を掲げて鮮烈に笑った。

 

「……やる気満々だね」

 

 笑みこそ崩さなかったが、一切恐れを抱いていない様子の一行にアニシダは冷や汗を垂らす。彼女としては今回、イデルバ王国がイスタバイオン王国に反抗せず、しかしフォリアを逃がしアリアを多少譲歩させるところまで落とし込めたならそれでいいと思っていた。

 それがどうしてこうなったか。カインだけならそこまでできれば上出来、と撤退する気だったのだが彼がいるせいで争いが起きようとしている。

 

 仲間を引き連れ堂々と立ち、不敵な笑みを浮かべる黒衣の少年。

 

 真王が珍しく気をつけるようにと口にした彼は、真王曰く「なにをしでかすかわからない血筋」だそうだ。多少読みやすくはなっているためきっと()()()()()()()()()()()()()()()()()とは言っていたのだが。

 “蒼穹”の団長二人とはまた毛色が違う。おそらくアリアとフォリアを一緒にいさせつつバラゴナを匿う気ではあるのだろうが、それにしても手段を選ばなさすぎる。

 とはいえ実際いくら練度の高いイスタバイオン軍であっても彼らを相手に勝利するのは難しいと思えた。ともすれば“戦車”一人に蹂躙されてしまうだろう。

 

「うーん……」

 

 アニシダは悩んだ。どうにか死傷者を出さず、兵士達も納得する形で撤退できないかと。

 

「――おや、騒がしいかと思えば。これは一体なんの集まりですか?」

 

 そこに穏やかな男の声が届く。カインが驚きに目を見張ってそちらを見たので、彼らにとっても想定外の出来事だろう。そして、真王の予測にもなかったことだ。

 

「……緋色の騎士バラゴナ」

 

 ハイラックが警戒するようにその名を呼ぶ。

 七曜の騎士たる証、緋色の甲冑こそ身につけていないが鍛え抜かれた強靭な肉体は強者のそれだ。昏睡状態にあると聞いていたが、顔色も良く衰えを感じさせなかった。

 

「はい。とはいえ今の私は緋色の騎士を名乗ることが許された身分なのか。少し疑問ではありますがね」

 

 バラゴナは白いシャツに黒いズボンというラフな恰好ではあったが、剣を携帯している。看病していたらしいハルヴァーダも一緒だ。

 

「陛下から、追放するとのお話は聞いていないね」

「そうですか。ではまだ名乗っても良さそうですね」

 

 アニシダの言葉に柔和な笑みを崩さず答える。彼女の頭では更に戦力が増えたと悩みが加速しているのだが、それを一切表に出していない。

 

「バラゴナ殿、昏睡状態と聞いていましたが目を覚ましたのですね」

「はい。どうやら、彼のおかげで」

 

 カインが言うと彼はダナンに目を移した。視線がダナンに集中する。

 

「あんたがグレートウォールと同化したってんなら、グレートウォールを消滅させた俺がなんとかできないわけねぇだろ? それからは疲労やなんかの一般的な治療だけで良かった。とはいえ同化の影響が大きかったのか、予測から一日ズレちまったってわけだ」

「私としてはもう少し休んでいたかったのですが?」

「そう言うなよ。あんたほどの人材を腐らせておく余裕なんてねぇんだよ。なにより、ハルと話す機会を作るならそれが一番だろ」

「……そうですね。そこは感謝しなければならないようです」

 

 ダナンとバラゴナが会話している間にもアニシダは思考を巡らせていたが、正直なところ無理だと確信した。それでも鎌をかけてみるかと一つ言葉を放る。

 

「いくら七曜の騎士と言えど、何日も寝たきりだったら多少弱体化してるんじゃないかと思うんだけど?」

「ええ、そうですね」

 

 アニシダの問いにバラゴナは表情を変えず頷いた。しかし次の瞬間には凄まじい闘気を放つ。

 

「……それでも、そう簡単に勝てるとは思わないことですね」

 

 口調こそ変わらないが、彼の全身から放たれる気迫に兵士達は半歩下がってしまう。

 

「――私ももう、大人しく従う理由はないようですね」

 

 冷静な声音と共にもう一つ凄まじい闘気が放たれる。出所は今まで黙っていたアリアだ。イスタバイオン軍としては彼女は国王のご息女であり、上官でもある。彼女が前に進み出て戦意を見せつけるだけで兵士の士気はぐんぐん下がっていった。

 

 ……なにも言わないと思ってたんだけど。

 

 誰の影響なのか、ここで彼女自身が反抗を示すとは。嬉しい誤算と言えるのかは微妙なところだが、予想外ではあった。しかも見事に兵士達の心を折りに来ている。本人がそこまで考えていたかどうかはわからないが。

 

「もちろん妾も戦うのじゃ。ここより逃げ果せるかの瀬戸際じゃからの」

 

 ハクタクに跨ったフォリアまで加われば、要するに身柄を引き渡して欲しいと挙げた三人が反抗の意思を示しているということだ。そうなると自分達がここに来た意義というのも薄れてしまう。いくら真王陛下のご命令だからと言い聞かせても、そのご息女二名に拒絶されバラゴナも敵対している今、士気を保つことはできなかった。

 

「……ハイラック。勝てると思う?」

 

 アニシダはそんな兵士達の心をひしひしと感じつつ、頼れる副官に尋ねる。

 

「……無理でしょうね。私とアニシダで七曜の騎士のお二人を抑えたとして、その間に兵士達全員がかりで残りを抑えられるかと聞かれれば不可能だと考えます」

「そうだよね。じゃあもう諦めるしかないかなぁ。でもそれだと三人と“黒闇”の騎空団は本当に真王陛下、ひいてはファータ・グランデとナル・グランデを除く全ての空域と敵対することになるけど、いいのかな?」

「元より真王に喧嘩売ってる身だ。それに、元々この空で味方が多い方だとは思ってねぇよ。上等だ、蹴散らして進む」

「ホントに厄介な子だよ、“蒼穹”の子達の方がまだ扱いやすかったね」

「そりゃ凄いな。俺にはあいつらの方が読めない」

 

 アニシダの皮肉にも、肩を竦めて受け流す。

 

「ホントならあんたら二人も人質として捕らえる予定だったんだが」

「そんな予定ありませんでしたよ」

「俺の中にはあったんだよ。まぁ一兵卒より発言力はありそうだし、残念ながら“黒闇”の騎空団に阻まれましたって報告をしてもらうヤツは必要だからな」

「そうだね。それしかないかぁ。あ、イデルバの特産品とかない? 流石に手ぶらで帰るわけにもいかないし」

「いいんですか、アニシダ」

「いいもなにも、この戦力相手に戦うだけ無駄だろうね。三人の身柄は確保できず、アタシ達は全滅なんてことも考えられる。なら戦いを避けてこのことを真王陛下に伝えることが優先だ」

「です、ね。仕方ありませんか。では撤退です。カイン将軍、この辺りで特産品はありますか?」

「え、ああ」

 

 急激に終息していく状況に戸惑いながらも、カインは言われた通りに特産を教えることにした。アニシダとハイラック、そしてほっとした様子のイスタバイオン軍はイデルバから撤退することになったのだ。

 

「とりあえずあいつらは去ったし、ここに長居することもできねぇな。国外追放になったフォリアを拾うなら」

「人を犬や猫みたいに。のう、ハクタク」

「そこで私に聞くのは悪意がありませんか、我が王よ」

「戦争が、吾輩が求めた戦争が……」

「ガイゼンの兄貴、そう落ち込むなよ。オレァアンタの武勇伝が聞ける時間が出来て嬉しいぜ?」

「そうか。ならば吾輩の戦い振りを、幾多の戦いに勝利し凱旋した吾輩の話を聞かせてやろう」

 

 フォリアとハクタク、ガイゼンボーガとゼオが軽口を交えている。いや、ガイゼンボーガは本気だったが。

 

「じゃあバラゴナ。お前は俺が預かる」

「奇妙な縁ですね。しかし私が目覚めた今、無理に同行する必要はないのでは?」

「ハルからの申し出でな。多分だが、真王が強硬手段に出た場合一所に留まれないことになるからそれを含めての俺達だろうよ」

「なるほど、それは妥当な判断ですね」

「ってわけで、一応他の団員と同じように扱わせてもらう。あんたには他に頼みたいこともあるんだが、それは後でいいや。最初の団長命令だ」

「仕方ありませんね」

「ハルを白風の境まで無事送り届けろ。そして戻ってこい」

「……えっ?」

 

 俺の団長命令に驚きの声を上げたのはハルだった。

 

「あんまりここに置いておくわけにもいかねぇが、それくらいはいいだろ。あんたなら護衛にもなるしな。ハルもここにずっと置いておくわけにはいかない立場だ」

「なるほど、一理ありますね」

「あ、ありがとうございます、ダナンさん」

「気にすんな。ちゃんと、バラゴナを治した代金は貰うからな」

「うっ……。わ、わかっています。僕がきちんとお支払いしますから」

「ああ。気長に待ってる」

 

 ダナンもすぐに返してもらえるとは思っていないのだろう。とりあえず吹っかけたのではと疑われるほどの金額を提示するつもりなのだ。

 

「それに、あんたには使命が終わって今と向き合う時間も必要だろうしな」

「――」

 

 ダナンの何気ない言葉に、バラゴナは言葉を失った。今までも思っていたのだが、あまりにも父親の面影からかけ離れた表情だったからだ。

 

「ってことで行ってこい。戻ってこいよ、他に頼みたいことがあるんだからな」

「はい。不思議なモノですが、一時でもあなたに剣を預けることになるのも悪くないかもしれませんね」

「そうかい。ま、それならこっちとしては有り難いけどな」

 

 ダナンは言いながらポケットに手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。

 

「ほい、請求書」

「は、はい」

 

 用意がいいな、とは誰もツッコまなかった。笑顔で手渡された紙には堅苦しい言葉遣いで正当な権利として支払いを求める旨の説明が記載されており、また請求金額が書いてあった。

 

「っ……!?」

 

 その金額を確認したハルの両目が見開かれる。

 

「支払ってくれるんだよな?」

 

 とにっこりむしろ爽やかなくらいの笑顔を浮かべていた。

 

「……はい。いつか、必ず」

 

 途方もない金額にがっくりと肩を落としながらも、自分がお願いしたことだと受け止めていた。

 

 そんなこともありつつ、ハルヴァーダとバラゴナは小型騎空挺で二人白風の境まで向かっていく。おそらく道中で色々とゆっくり話し合うだろうが、それについては二人の問題だ。他が口を出すモノでもない。

 

「さてと、じゃあ俺達も出発するか。フォリア島流し用の騎空挺は貰ってくぞ、カイン」

「島流し用って……ああまぁ、いいんだけど。とりあえず収束したから礼は言っておく。あと、空図の欠片はクルーガー島にいる千里眼の賢者、ゼエンと契約している星晶獣が持っている」

「そうか。じゃ、精々上手くまとめてみせろよ」

「ああ、わかってる」

 

 掻き乱しただけのように見えるが、彼の演説によって少しずつ民の声が大きくなっているのは事実だった。一日経っただけだが、それでもどういう国にすれば良いかという声が届くことが出てきたのだ。

 これからイデルバという国をまとめ上げるのはカイン達将軍の役目だ。

 

 ダナン率いる“黒闇”は、まだ客人扱いではあるアリアとフォリア、そしてハクタクを加えてイデルバの騎空挺を使い島を出る。

 

「行っちゃったね。不思議な子だったからもうちょっと話したかったんだけど」

「ああ、うん。レオ姉にその気がないとわかってても凄く止めたい」

「?」

 

 そんなことがあったとかなかったとか。


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