ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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始まりは薄い本の如く。

……申し訳ない。


イデルバの戦力

 俺は眠っていた、はずだった。

 

 なんだか妙に気持ち良くて、目が覚める。目を開けると全裸のフラウが俺の上に乗っている――ズボンを下された俺の腰の上に。

 

 ……いや人が寝てる間になんつうことを。

 

 ゆっくりと上下に動いていたフラウだったが、俺が目覚めていることに気づくと動きを止めてこちらを見てきた。彼女の赤い瞳が薄黒い中で妖しく輝いていた。頬は上気しており恍惚とした笑みを浮かべている。髪が振り乱されているのがこれまでの彼女の様子を表しているようだ。

 

「起こしちゃった?」

「……いや、起きるだろこれは」

「そう? でももう何時間かこうしてるけど」

 

 どの口が、と思ったのだがどうやらこれまで全然気づいていなかったらしい。

 

「で、なにしてんだよ。我慢するんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけど、最近誰かに邪魔されてたし。その上一週間も戦い続けて全然できなかったから、我慢できなくなっちゃって」

 

 ちろりと小さく舌を出すが、可愛らしさより妖しさが際立つ。

 

「……そうかよ」

 

 俺はふと気になって左横に眠るナルメアを見た。すぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠っている。起きる気配はなさそうだ。

 

「大丈夫、今のところ起きてないから」

「だからっていいわけじゃないだろ」

「わかってるよ。ある程度満足したら部屋に戻るから」

「……ホントだろうな」

「うん。起きた時ナルメアさんに見つかったら面倒だもん」

「まぁ、なら好きにしてくれ」

 

 俺は諦めて身体から力を抜く。フラウのせいか、まだ身体に疲れが残っている。このまま二度寝してしまおう。

 

「うん。好きにするね。だから、寝てていいよ」

「そうする。くれぐれも、騒ぎすぎんなよ」

「うん、わかってるって」

 

 言って、現実逃避をするようにすぐ目を瞑った。意識しそうになると眠れないので、できるだけ意識しないように努めていると眠ることができた。おそらく彼女も俺が眠るのを待っていてくれたんだとは思う。流石に動かれてたら眠れん。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 次に俺が目を覚ました時、フラウはいなかった。ナルメアが変わらず横で眠っているのを見ると、もう戻ったらしい。自分の身体の様子を確認して、彼女がちゃんと掃除をしていってくれたことに感謝する。

 しかしあれほどとは思っていなかったな。今度からは気をつけるとしよう。

 

 一度目覚めた時は薄暗かったのだが、今は明るい。おそらく一晩明けたのだろうと思う。詳しいことを聞くためと今の位置を確認するために、一度甲板へ上がるか。

 

「ナルメア」

 

 俺はずっと手を握っていたらしいナルメアを揺り起こす。

 

「ん、ぅ……?」

 

 寝惚けている様子で、手を放すとこしこし目を擦った。

 

「もう俺は起きるが、まだ眠いなら寝てていいぞ」

「……うん。もうちょっといるね」

「わかった」

 

 ナルメアは起きないようだったので、頭を一撫でしてからベッドから降りて部屋を出た。部屋を出て扉を閉めさて甲板へ、と思っていると隣の部屋の扉が開く。見るとフラウが出てきていて、こちらを見てきた。瞳を妖しく輝かせてきたと思ったら素早く駆けてきて俺に抱き着いてくる。甘く誘うような香りが鼻をついた。

 

「おい、どうした?」

 

 なんとか受け止めつつ尋ねると、

 

「……ねぇ、今から部屋に行きましょ」

 

 耳元で甘く囁いてくる。

 

「いや、俺が寝てる間に来ただろうが」

「それだけじゃ足りないの。ねぇ、いいでしょ?」

 

 我慢ならないのかぐいぐいと俺の身体をさっき自分が出てきた部屋へと引っ張っていく。……まぁ、長らく放置することになった結果だと思って諦めるしかないか。

 

「わかったから、離してくれ」

「嫌」

 

 フラウはむしろ強く抱き締めてくる。仕方がないなと苦笑して、彼女が出てきた部屋へと歩いていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 フラウに長時間付き合ってやり、満足したそうなので身体を清めてから部屋を出て今度こそ甲板に上がる。

 

「……よくもまぁ、こんな事態が起きているのにのんびりしていられますね」

 

 上がって早々アリアからジト目を向けられてしまったが。彼女の衣服の傷が若干増えていることに気づいたので申し訳なさがやってくる。

 

「……悪い。まぁそんなに心配はしてないけどな。七曜の騎士なら余裕で撃退できるだろ?」

「ええ、騎空挺の操舵をしていなければ、ですけどね」

 

 あれ、言葉にトゲがあるんだが。

 

「いや、悪い。アリアも疲れてるのはわかってるんだが、どうしようもなくてな」

「どうしようもないことないでしょう。……あんなに大きい声で、全くはしたない」

 

 おや? アリアさんの顔が少しだけ赤くなった。

 

「…………もしかして、聞こえてた?」

 

 俺は急に気恥ずかしくなって尋ねる。アリアはこくんとこちらを見ずに頷く。……そっかぁ。そっかぁ。

 

「いや、悪い。ホントに。そういや貰った騎空挺だから防音とか全然だったっけな」

 

 すっかり忘れていた。完全にフラウとの行為が丸聞こえだったんだろう。ってことはナルメアにも隣の部屋で致していたことを聞かれてたってことじゃないか? なんだろう、凄く恥ずかしい。

 

「……この話題はやめにしましょう」

「お、おう。で、今どの辺りだ? イデルバ王国に向かってるなら、そろそろ着く頃じゃないか?」

「きちんと向かっていますのでご安心を。もう見えていますよ」

 

 ちょっと距離を感じる喋り方をされてしまったが、それも仕方のないことだと諦めて周囲を見渡す。すると遠くに見覚えのある島が見えた。

 

「そうか。なら良かった、って言える状況なんかね」

 

 しかしその島には黒い群れが襲いかかっていた。ただ迎撃態勢は整えているようで、被害を食い止めながら大砲などで処理していっているようだ。あいつらが現地で戦っていることを考えても複数が固まって襲いかかっているような状況だ。もっと数が増えないことには空域中に飛び交うような事態にならないと思うんだが。

 

「どうでしょうね。しかし彼らは持ちこたえているようにも見えます」

 

 確かにアリアの言う通り対処できている様子だ。

 

「これはおそらく、貴方が姉さんだけを行かせて時間稼ぎに徹した結果でしょう」

「……だといいがな」

 

 俺は言って、担いできた革袋の中からなんの変哲もない弓を取り出す。甲板で弓を構えると弦を振り絞って黒い群れに狙いを定めた。

 

「……吹っ飛べ」

 

 番えたのは光の矢。十天衆ソーンの力を模倣した光の矢を群れに放つ。光の矢は俺が思い描いた通りに群れに当たる直前で無数に増殖して降り注いだ。群れの半数が削れただろうか。

 

「援護射撃にしては充分だろ。ほら、着陸だ」

「はい」

 

 アリアには操縦に集中してもらって、俺が騎空挺を守護することにした。幽世の存在が間違ってもこっちに攻撃しないようにな。

 だがヤツらもある程度の知性があるのか、それとも優先順位でもあるのか、こっちに襲いかかってくることはなかった。無事に着陸してから前線の方へ行って弓で援護し幽世の群れの殲滅を手伝う。

 

「よう、生きててなによりだ」

 

 俺は前線にいた顔見知りに声をかける。

 

「……あんたは」

「ダナン君? なんでここに……アリアさんまで」

 

 カインとレオナだ。将軍だってのにこんな前線にいていいんだか。

 

「フォリアから聞いてないのか?」

「事態を聞いてるからこそだ。あんたらは時間を稼ぐためにベスティエ島に残ってたんじゃなかったのか?」

「手が回らなくなって逃げてきたんだよ」

「そんな言い方しなくてもあんたらを責める気はない。フォリア様が必死に空域中を駆け回ったんだ、事態の重さくらい把握してる」

 

 カインは俺を良く思っていなさそうだからこう言えば胸倉ぐらい掴んでくると思ったんだが、どうやら分別はつくらしい。まぁ、それくらいじゃなきゃ将軍は務まらないか。

 

「そうかい。じゃあ素直に説明するか。俺達じゃ幽世の門を管理してるエキドナを倒すことができない。戦力が足りないからだ。……俺の能力ならエキドナから幽世の力を乖離させることはできると思うんだがな」

 

 やろうにも俺がエキドナに直接触れなければならない。それを成し遂げるのに湧き続ける幽世の軍勢を退け続けて暴れるエキドナを押さえなければならない。そこに至るまでの戦力が、俺達にはなかった。

 

「それで、一旦幽世の軍勢を押し留めるのをやめて戦力を整えようとしてるわけか」

「話が早くて助かる」

 

 俺のやろうとしていることを察したカインに、素直に感心する。

 

「言わんとしてることはわかった。けどイデルバも見ての通り幽世の存在に対抗するので精いっぱいだ」

「みたいだな。……ベスティエ島に何人か残してきてるってのにこんなに散らばってるのは予想外だが、まぁ仕方ねぇ。どんどん増えていってたからな。我ながらよく一週間も一体も漏らさずにいれたもんだ」

 

 途中から幽世の存在が出てくる穴が増えていって、全力全開フルパワーが常時続いたような一週間だったからな。倒し続けられただけでもマシと言うべきか。

 

「そこは感謝しないとな。……あんた達がいなかったら今頃ナル・グランデ空域全体が混乱して、小国のいくつかは滅んでただろうな」

「そこは必至に駆け回ってたフォリア様に礼言っとくんだな」

「そのフォリア様が言ってたんだよ。今もベスティエ島で戦ってる仲間がいるから、って」

 

 あいつ、そんなことまで言ってたのか。まぁ責任重大だったし、空域の危機だから必死になってくれるのは有り難いんだが。

 

「それでその姉さんはどこに?」

「悪いが俺達も行方まで知ってるわけじゃないんだ。最初の方にイデルバに寄ってくれたみたいだったから、会ったのは一週間以上も前だから」

「……そうですか」

 

 カインの返答にアリアの表情が暗くなる。

 

「なぁ、アリア。フォリアって凄いのか?」

「えっ?」

 

 俺が尋ねると彼女は戸惑っていたようだが、少しずつ話していった。

 

「は、はい。それはもう……。肉体年齢を遅らせるほどの魔力を有し、真王から色々な仕事を任されるほどでしたから」

「なら心配いらねぇだろ? そこにハクタクもいるんだからな」

「っ……。それもそうですね」

 

 わかっているなら良し。アリアは俺の言葉に微笑んでいた。少しは拭えていそうだ。

 

「……はっ。なるほど、これが貴方の手管というわけですね」

 

 しかしなぜかはっとして警戒するように俺から距離を取った。……なぜだ。

 

「いや、違ぇよ。まぁいいや。とりあえず、急いで戦力集めないといけないんだが、イデルバからは無理そうってことでいいか?」

 

 否定しつつあまり余裕のない事態だと思い直しカインへと目を向ける。

 

「ああ。ようやくまとまり始めたばかりのこの国に、正直言って出せる戦力はない。首都のここ以外にも兵力を派遣してイデルバ国内の島を全て守ろうとしているから、むしろ人手不足だ」

「そうか……。なら仕方ねぇな」

 

 国にある島を全て、か。なら厳しいのも頷ける。

 

「ねぇ、カイン」

 

 イデルバからの助力は諦めるかと思っていたその時、傍に立っているレオナが口を開いた。何事かと俺達は彼女の方を見やる。

 

「私が彼についていってもいい?」

「えっ!?」

 

 彼女の申し出に、他でもないカインが一番驚いていた。俺も驚いていたが、カインの驚きっぷりは大袈裟なんじゃないかと思うくらいだ。

 

「そ、そんなに驚くこと?」

「い、いやだってレオ姉が自分から俺と離れるって言い出すとは思ってなくて……」

「まぁ、確かにね。ちょっと前の私だったら考えられなかったかも」

 

 カインの言葉にレオナも苦笑した。ある程度自覚はあったらしい。

 

「でも、なんでだ?」

「私ももうちょっと、全体を見なきゃいけないなぁって思って。カインは立派に将軍やってるから、私も頑張らないとね」

「レオ姉……」

 

 どうやらレオナも少しだけ前を向こうとしているらしい。

 

「だがレオナって確か強いんじゃなかったか? 真面目な話レオナがいなくなってここ落ちるとかあり得るんじゃないか?」

「正直頼りにしてたとこはあったけど、大丈夫だと思う。レオ姉がいないくらいで崩れるイデルバじゃないから」

 

 俺の疑問に応えたのはカインだった。

 

「いいの?」

「ああ。レオ姉が前を向こうとしてるなら弟の俺が背中押さなきゃな。レオ姉、行ってナル・グランデを救ってくれ」

「うん、わかった」

 

 カインの言葉に頷いたレオナは、俺が見た中で一番晴れやかな笑顔だった。

 

「ということで、これからよろしくね」

「おう。よろしくな」

「言っとくが、レオ姉に手を出すなよ」

「出さねぇよ人を誑しみたいに言うんじゃねぇ」

「えっ、違うの?」

「……お前らな」

 

 なんでこいつらにまで誑しだと思われてんだ。いやまぁイデルバにいる頃オーキスやらフラウやらと夜を過ごしつつリーシャやナルメアとも一緒にいたからか。確かにそう思われても仕方ないかもしれない。

 話題転換も含めて俺はさっさと踵を返し騎空挺へと向かう。

 

「まぁいい。さっさと次行くぞ。レオナ、騎空挺の操舵はできるか?」

「あ、うん。一応軍人として一通り習ってるし、経験もあるけど?」

「なら良かった。俺達操舵士送り込んだ関係でできるヤツに頼むしかなくてな。これまではアリアに頼んでたんだが、休ませてやりたいし頼めるか?」

「うん、いいよ。次の目的地はどこにするの?」

「イデルバ以外ならどこでもいい。空域中から戦力を募ろうと思ってるんだ」

「わかった。近い方から順に回る感じにするね」

「ああ、頼む」

 

 いや、意外と頼りになる戦力が来てくれることになって良かった。しかも操舵ができるからアリアを休ませることもできる。

 

「休ませてもらえるのは有り難いですが、次はちゃんと防音してくださいね」

「わかってるよ、二度としないって」

 

 アリアの冷ややかな忠告に返す。いやホントに。俺だってバレバレだって知って恥ずかしかったし。

 

「防音って、なんの話?」

 

 レオナが尋ねてくる。……うわ、話しづらい。

 

「彼と連れのフラウさんが激しく交わっていた声が響いて、酷かったので」

「えっ!?」

「言うんじゃねぇよ」

 

 しかしアリアはあっさりと話してしまった。レオナは思ってもみなかったのか頰を薄っすらと染めている。

 

「言っておいた方がレオナさんのためでしょう」

「それとなくでいいだろうが。なんでそのまんま伝えるんだよ」

「えっと、若いんだね?」

「……無理にコメントしなくていいから。あと防音は気をつけるから、ホントに」

「……う、うん。お願い」

 

 こういう話題は同性なら兎も角異性相手には厳しい。さっさと区切るに限る。アリアをジト目で見るが、ツンと取り合わない。余程はしたない行為をしていた俺が気に入らないらしい。まぁ今回のは俺が悪いので仕方がない、か。

 

 少し空気を悪くしつつ、俺達はレオナの操縦で次の島に向かっていった。

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