ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

150 / 245
オリキャラ登場回。
サブタイトルはあれですが、サブル島の人達よりは多分マシ。きっと。

ただし民度は低いですご注意を。


お空の民度

 小さな二つの足跡に、なにかを引き摺る一本線の跡。

 

「♪」

 

 呑気な鼻歌を引っ提げて、彼女は今日も放蕩する。

 

 求むるモノは未だ遠く、終わらぬ旅路は続いていく。

 

 水色の和服を着込み、童顔に似合わぬ豊かな胸元を晒す。

 水晶のように透き通った長髪は後頭部で一括りに結われ、風に靡き川のようにさらさらと舞う。

 右手に握った鎖を肩に担いで引っ張る先には、身の丈の二倍はあろうかという刀があった。鞘が地面に擦れて跡を作っている。

 彼女の髪を掻き分けるように捩れた焦げ茶色の角が生えている。紛れもないドラフの証だ。

 

 彼女は今日も放蕩する。終わらぬ旅路を終わらせるために。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 本来なら俗世との関わりを持たない彼女が、気を変えざるを得なくなったのはつい一週間ほど前のこと。

 

「話を聞くのじゃ! 数日後にナル・グランデ空域中に異形の群れがやって来る! それまでに迎撃態勢を整えるのじゃ!」

 

 ふらりと立ち寄った村で、少女の必死な叫びを聞いた。

 しかし村の人達は首を傾げるだけで一向に少女の話を信じようとはしない。

 

「お願いじゃから言うことを聞くのじゃ! なにも準備をせず時を迎えては滅びてしまう!」

 

 銀髪に左右で瞳の色が違うのが特徴的な少女だった。彼女の顔に映る悲壮感を見れば、誰だって真実を言っているとわかるだろうに。

 

「……そう言われたってなぁ」

「ああ、こんな辺境になんの用があるって言うんだ?」

 

 村の人達は顔を見合わせて現実味のないことだと告げる。少女は悔しげに歯噛みした。

 

「いいから言うことを聞くのじゃ! さもないと数日後に困るのはお主らの方じゃぞ!」

 

 少女の方も余裕がないのかそんな言い方になってしまう。

 

「そうかよ。大事な話があるっていうから聞いてやってるのに、根も葉もない話じゃ信じられるのも信じられねぇよ」

「全く、子供の悪戯にしちゃ度が過ぎる」

 

 見た目も相俟って信じてもらえず、冷たい言葉を投げかけられる。少女が悲しげな顔をして、傍に立つ獣もがっかりした様子を見せたのが見ていられなくて、本当は関わるべきではないのに声をかけてしまった。

 

「それなら数日私がここにいるよ〜」

 

 いきなり声をかけた彼女にぎょっとする人々。彼女はにこにこと人懐っこい笑みを浮かべて警戒を解かせようとする。

 

「……お主は」

 

 少女は彼女の容貌をしげしげと眺めた。

 

「私は通りすがりの剣士なんだ〜。そこそこ腕は立つから、事態が起こって動き出すまでは守れるよ〜」

「……ふむ。お主の噂は妾も聞いているのじゃ。心強い、感謝する。妾達はまだ回っていない島に行かねばならないのでな」

「うんうん〜。ここは任せてね〜」

「ありがとうなのじゃ!」

 

 少女は「行くぞ、ハクタク」と声をかけて獣に跨り空を駆けて去っていった。

 

 ……今ハクタクって。じゃああの子もしかして?

 

 彼女の脳裏には一つの可能性が浮かんでいた。彼女の噂を聞いていると口にした時の知性的な瞳も只者ではない様子だ。あながち思い浮かんだ可能性も間違ってはいないのかもしれない。

 

「……結局なんだったんだ?」

「さぁ?」

 

 彼女が去った後も危機感を覚えていない様子に少しだけ苛立ちが募る。

 

「迎撃の準備しなくていいの〜?」

「? なに言ってるんだ? あんなのただの悪戯だろ」

「全くだ。姉ちゃんがああ言って追い払ってくれて助かったよ」

 

 そんなことまで言い出す始末だ。彼女はこっそりとため息を吐いた。

 

 そして、その時はやってくる。

 

 少女が去ってから五日後のことだ。

 

「お、おい、なんだあれ!?」

「鳥、じゃないよな?」

「鳥なもんかよ! 空が黒く染まるくらいの大群だぞ!?」

 

 案の定、遠方の空からやってきた黒い群れに騒ぎ出す村人達。

 

「ま、魔物だ! 魔物の大群なんだ!」

 

 黒い群れが近づいてきて姿形が見えてくると、更に騒ぎは大きくなった。

 

 だから彼女はあれだけ必死に訴えかけていたというのに。

 

 また彼女はため息を吐いた。結局村の人達は少女の言葉を信じずにここ数日普段通りの生活を送っていた。呆れるほど呑気に。

 だから彼女も再忠告はしてやらなかった。忠告しても同じように受け取ってもらえずこちらのストレスが溜まるだけだからだ。

 

「ひ、ひいっ!」

「早く避難を!」

「避難つってもどこに!」

「いいから逃げないと!!」

 

 案の定阿鼻叫喚の状態となる。少女の言葉を信じないからそうなるんだ、と彼女は村の人達を見下した。

 

「……でも、約束しちゃったからね〜」

 

 彼女は普段と変わらぬ口調で言って、村へ向かってくる異形の群れの前に飛び出した。

 

「え〜い」

 

 気合いもなにもないかけ声と共に大太刀を振るう。異形の怪物達は直撃した箇所をぐちゃぐちゃにしながら一撃で絶命した。

 

「なっ!?」

 

 それを見た村人達は驚きの声を上げる。

 彼女は構わず大太刀を鞘から抜き放ち、鍔のない刀身を露わにする。

 

「じゃあいっくよ〜」

 

 彼女は軽い口調とは裏腹に豪快な太刀筋で異形の群れを一体残らず殲滅した。

 

「す、凄ぇ」

「姉ちゃんはこの村の救世主だ!」

 

 殲滅を終えた彼女に、村人達の歓声と拍手が降り注ぐ。……それがなによりも嫌だった。

 

「姉ちゃん強いんだな。おかげで助かったぜ!」

「ああ。姉ちゃんがいてくれればこの村は安泰だ!」

 

 その言葉を聞いて、彼女の指がぴくりと跳ねる。……「あなたがいてくれれば」。その言葉がなにより嫌いだった。

 

「……なに、言っているの?」

 

 彼女は繕っていた柔らかな口調と雰囲気を消し、元来の冷たい無感情な声で殺気すら滲ませて振り返った。

 

「「「っ!!?」」」

 

 冷たい水色の瞳に見据えられて、怖いと感じ村人全員が硬直する。

 

「私がこの村に滞在するのは最初だけって言ったはず。後のことは自分達だけでなんとかして」

 

 突き放すような言葉に、村の人達は愕然とする。

 

「な、なんだと!? 俺達を見捨てるのか!?」

「うん。だってあなた達に情なんてないから。私が力になってあげたかったのは、必死の訴えを聞いてもらえなかったあの子。あなた達なんて、究極的にはどうでもいいの」

「なっ……!」

「ふ、ふざけるな! 困ってる人を見捨てていいと思ってるのか!?」

「この世は弱肉強食。弱いままなんの努力もしない者から死ぬのは当たり前。大体、あの子の訴えを信じようともせずに暮らしていたのはあなた達でしょう? 自業自得を、人のせいにしないで」

 

 人の強さに胡座を掻いてなにもしない人が、彼女はとても嫌いだった。

 

「そ、そんな……」

「じゃあ私はこれで。あの子に対する、最低限の義理は果たしたから」

「ま、待ってくれ!」

「嫌。死にたくないなら、足掻くしかないでしょう」

 

 彼女は村人達の引き止める声も無視して刀を納め踵を返す。

 

「こ、ここ数日泊めてやった恩があるだろう!?」

「ありもしない恩をでっち上げないで。そう言われないように、宿泊もせず食料も遠くから取ってきていたの」

「う、裏切り者!」

 

 村人が投げた石を見ずに避けてそのまま歩く。

 

「恨み言を言う暇があったら村を守る準備をしたら? 次は、誰の助けもないから」

 

 突き放す言葉に愕然とした村人達が絶望に暮れるのも構わず、彼女は島を去った。

 その後その村がどうなったかは知らないが、何日か経って訪れた一行とのこんなやり取りがあった。

 

「手がいっぱいで手助けするなんて無理だよ。それより、あんた達強いんだな。良かったらこの村に滞在していかないか? 泊まるところと食料は渡す」

「いいけど、そんなモノより俺達の頼みを聞いて欲しいな」

「っ! わかった、なにをすればいい!? なんでもしよう!」

「そうか! 良かったぁ、じゃあ一緒にあいつらが湧き出てくる中心に行って、戦ってくれよ。そのための戦力を募ってるんだ」

「……えっ。あ、いや……」

「なんだ、来ないのか? じゃあいいや。悪いが俺達は一所に留まるわけにはいかないんだ。なにせ、この事態の終息を計ってるんだからな」

 

 と一行を率いているらしい少年に言われて、ぐぅの音も出なかったとか。

 

 場所は変わって、現在の彼女。

 

 旅をしながら行く先々の異形を倒す手助けをしつつ、適当な理由をつけて滞在せずに放浪する。

 そんな日々を送っていたある日のことだった。

 

 ある街を守る手伝いをしていた時のことだ。

 

「?」

 

 異形の群れを撃退しようと待機していたところで、島に近づいてくる騎空挺があった。しかもあろうことか異形の群れの方に向かっていくではないか。

 

「自殺志願者?」

 

 彼女がそう思ってしまったのも仕方がないことだろう。しかし目の前で死なれるのは目覚めが悪いので、巨大な斬撃を飛ばして群れを攻撃しできるだけ行かせないようにしたのだが。

 

「えっ……?」

 

 次の瞬間彼女は目を疑った。

 

 業火が群れを焼き払い、蝶の群れが細切れにし、騎空挺に接近した異形は全て剣か薙刀で切り倒される。終いには極大のレーザーが残る全ての異形を薙ぎ払ったのだ。

 騎空挺に乗っている者達が自殺志願者などではないことはわかった。なにせ、おそらくたった数人で異形の群れを全滅させてしまったのだから。

 

「……嘘」

 

 信じられない、という思いとは別に胸の中に高揚感が湧き上がっていた。

 彼女の足は自然と着陸した騎空挺を出迎える街の人達の方へと向かっていく。

 

「あんた達凄いじゃないか!」

「若いのにあの化け物達を倒すなんて!」

 

 彼女が辿り着く頃には、既に騎空挺から降りてきた数人が街の人達に囲まれていた。

 

 いたのは黒髪に黒眼の少年と、大人びた銀髪エルーンの女性と、茶髪の女性。それに紫色の髪を持つドラフの女性と、妖しげな雰囲気を持つ銀髪エルーンの女性。

 誰がなにをやったのかはわからないが、とりあえず紫色の髪を持つドラフの女性が個人的に気になった。刀を持っていたからだ。同じ種族で同じ武器を持つとなれば気になるのは当然だが。

 

 明らかに若い少年も気になった。他が全員二十代にいっていそうな見た目なのに、彼だけは十代だとわかる顔立ちだ。

 

「おっ?」

 

 その少年が、彼女と目を合わせて顔を輝かせる。彼らは人に囲まれているので彼女と、なのかは不明瞭だ。

 

「なぁ、レオナ。あいつじゃないか? 噂の剣豪ってのは」

 

 少年は茶髪の女性を向いて尋ねる。その女性も高い身長を活かして彼女を見つけたらしく、

 

「あ、うん。多分そうだね。身の丈の二倍はある刀に、女性のドラフだっていう話だから」

 

 女性の口にした特徴に彼女の心臓が跳ね上がる。自分のことだとはっきりわかったからだ。街の人達も彼女のことは知っているので、街を助けてくれた人達が彼女に話があるのだと思い道を開けてくれる。

 恐る恐る、彼女は開いた道を進んで彼らの前に現れた。

 

「あんたが噂の、腕の立つ剣豪か。さっきの斬撃があんたの攻撃だろ?」

「えっと、うん~。そうだよ~」

 

 彼女は迷った末、表向きのにこにことした笑顔を向けて答える。

 

「そうか。噂では旅してるっていう話だったが本当か?」

「うん~」

「そうかそうか」

 

 なにやらうんうんと頷いている少年。

 

「あんた、名前は?」

「えっと、私はアネンサだよ~」

 

 迷いはしたが素直に答えていく。少年からは自分に頼ろうとする弱い心が見えなかったからだ。

 

「アネンサか。じゃあ、アネンサ。俺達と一緒に来てくれないか? 俺達には、あんたの力が必要だ」

「っ……」

 

 その言葉に、最初に連想したのは自分だけに戦わせる人々の笑顔が浮かんだ。少年の真摯な表情からは見て取れないというのに、どうしても連想してしまう。無意識の内に半歩下がってしまった彼女の脳裏には生まれ故郷の村での出来事が蘇っていた。

 

『アネンサがいてくれれば、この村は安泰だな』

『あなたがいてくれれば村も平和になるわ。これからもお願いね、アネンサ』

 

 それが両親の口癖だった。

 当時十にも満たなかったアネンサのご機嫌を取るようにずっと笑顔で接してくる両親の口癖だ。

 

 一度、その笑顔をやめてと怒鳴ったことがあった。確か七つの頃だ。

 

『あ、アネンサ? 急にどうしたんだ? お父さんどこか悪かったか? 悪かったなら言ってくれないか?』

 

 と面白いように怯え出したのだ。

 それから、彼女は嫌だという気持ちを表に出すのをやめた。

 

 アネンサは生まれながらに強すぎた。通常のドラフよりも身体能力が高かった。だから、辺境の村では魔物を狩るのも一苦労だったために、彼女の存在を持ち上げた。それはもう、五歳の時から魔物との戦いを強要するほどに。

 最初は魔物を上手に狩れたら喜んでくれるのが嬉しかった。けれど次第に、数少ない同年代の子とも遊ばせてもらえず村のために村のためにと魔物狩りを強要されるのが嫌になっていった。

 

 そんな状況でアネンサが壊れなかったのは、理解者がいたからだ。

 

『いくらアネンサが強いと言ったって、小さい女の子に魔物と戦わせるのは間違ってる』

 

 そう主張しておかしいのは村の人達だと、アネンサではないと言い続けてくれたのは、彼女の実の兄だった。

 アネンサにとって兄の存在がなかったら、今頃どうなっていたかわからない。

 

『凄いぞ、アネンサ。今日の村のために魔物を狩ってきたんだな』

『ええ、本当に凄いわ。あなたは自慢の娘よ』

 

 そう、毎日毎日毎日毎日同じような言葉で褒めて、機嫌を損ねないように振る舞う両親が嫌いだった。

 決して必要以上に関わろうとしない他の村人達が嫌いだった。

 

 彼女の強さに胡坐を掻いてなにもしようとしない人達が嫌いだった。

 

『お兄ちゃん、なに書いてるの?』

『ん? ああ、これは武器、かな。アネンサがいなくても村が守れるようにしないとな』

 

 アネンサに頼り切りの状況を打破しようとしてくれる兄が大好きだった。

 

『今日より、衛兵を撤廃する』

 

 アネンサがいなければならないように村を変えていく大人達が嫌いだった。

 そうして、大人達は言うのだ。アネンサが間違っても村の外へ出ていかないように。

 

『アネンサちゃんが頑張ってくれるおかげでこの村は平和なんだ』

『アネンサがいてくれないと明日から食料の確保もままならないな』

 

 お前がいなければ村の人全員が死ぬぞと言外に脅しながら。

 そんな村の人達が嫌いだった。だからある日、彼女は兄に言った。

 

『お兄ちゃんは生きてて欲しいけど、他の人なんて守りたくないよぉ』

 

 アネンサが弱音を吐けるのは、兄の前でだけだった。

 

『……そっか。じゃあ兄ちゃんと二人で逃げよっか』

 

 少しだけ悲しそうな顔で微笑んだ兄はそう言って、二人で逃げるための準備をしてくれた。二人で逃げ出した後のことを考えればそれまで言いなりになることは耐えられた。

 だが、

 

『えっ……? お兄ちゃんが、死んだ?』

 

 ある日狩りから戻ってきたアネンサを凶報が出迎える。

 

『そうなんだ。あいつは村の掟を破ったんだ。だから……』

『お兄ちゃんは悪いことをしようとしたのよ。だからしょうがないの。だって、アネンサを村から連れ出そうとしたんだもの、ねぇ?』

『でももうアネンサを連れ出そうとするヤツはいないから、安心してこの村で頑張っていいんだぞ』

 

 ――その時の両親の笑顔ほど、気色悪いと思ったモノはなかった。

 

 アネンサを村から出したくない一心で、一人の人間を殺したのだから。しかもそのことに罪悪感すら覚えていない。

 吐き気を催すほどの気色悪さだった。

 

 それから数日経って、せがまれるからといつものように狩りに出ていたのだが。

 少しだけ荒れた兄の部屋から、兄の遺書を見つけ出した。

 

『これをアネンサが読んでいるなら、俺はもうこの世にいないってことになるかな』

 

 そんな一文から始まる遺書は、こうなることを予期して書かれたモノのようだった。

 

『これは一応、念のためと言うか。流石にそこまではしないだろうけど、アネンサを外に出さないために俺が殺された場合のための保険だ』

 

 とはいえ兄もそこまで予期してはいなかったのかもしれない。最悪の場合、ということで考えていたらしい。

 

『アネンサ。兄ちゃんはお前が生まれてから狂っていく村を見ていて、どうにかしなければと色々考えてきたし、実行に移してきた。けどその全ては否定されてしまった。結局お前に戦わせるばかりの情けない、無力な兄ちゃんでごめんな』

 

 そんなことはない。兄がいなければ心が壊れてしまっていた。アネンサという個人はとうの昔に死んでいただろう。

 

『だからこそ、お前が外に出たいと言い出してくれたことは嬉しかった。ちょっと厳しい言葉になっちゃうけど、この村にお前はいるべきじゃないんだ。この村に、アネンサの力は大きすぎたんだ。だからこれまで通りにしていても村が運営できていたはずなのに、お前だけに頼るようになっていってしまった。けど、これはどうしようもないことだ。お前は悪くない、それだけは忘れないでくれ』

 

 兄の書き綴った文字からは自分への優しさが見て取れる。ずっと、ずっと、そうだった。自分に本当の意味で優しくしてくれたのは兄だけだった。

 

『本題に入ろう。アネンサ、お前が村の外に出ようと思えば誰も止められる者はいない。元々この世は弱肉強食、強い者が生き残る世界だ。弱い者は生き残れるように工夫しなければ生きていけない、そんな世界だ。だから、お前がこの村を見捨てて出ていってもいいんだ』

 

 どくん、とアネンサの心臓が跳ね上がった。

 

『……本当なら、この村のヤツらはアネンサを留めるつもりなら俺を殺すんじゃなくて俺を脅してアネンサを押し留めればいいんだろうけどな。余計な口出しをする俺が気に入らないっていうのもあるだろうから、どっちかなら始末に傾くはずだ。だから、そこまでしてお前を村に縛りつけようとするようなヤツらなら見捨てていい。兄ちゃんが保証する』

 

 どくん、とまた心臓が跳ねる。

 

『旅をして、閉鎖的なこの村にはいない、自由を知るんだ。お前は強いから、行く先々でお前に縋ってくるヤツもいるだろう。だが無視していい。弱いまま工夫しないヤツなんて、生き残れないのが世の常なんだ。だから、お前は誰にも縛られず思うままに生きればいい。俺は村のことなんて知らないし、これからお前が出会う人々のことも知らない。そんなヤツらのことよりもお前のことを大事に想ってる。自由に生きろ、アネンサ。お前にはその力がある』

 

 知らない内にアネンサの瞳から涙が溢れてきていた。

 

『人は俺を無責任だのと罵るだろうが、そんなことは関係ない。ずっと、アネンサにとっての幸せがあればいいと願ってきた。だから気にしなくていいんだ』

 

 確かに、兄の言うことは村を滅ぼす非情な口添えなのかもしれない。だが、アネンサにとっては唯一自分のことを考えてくれた言葉だ。

 

『旅をしたら、そうだな。世界は広いから、アネンサより強いヤツだっているんじゃないか? いるとしたら、きっとアネンサにとって助け合う、支え合える仲になれると思う。そういう人達を探すんだ。そして、背中を預け合うような仲間になるんだ。そしてその仲間達と一緒にいることが、お前の幸せになればと思う』

 

 この世で一番大切な妹、アネンサへ。そう締め括られた兄の遺書を読んだことで彼女の心は決まった。

 遺書の裏に書いてあった村を出るために用意していたモノの在り処を頼りに一晩で準備をし、翌朝には堂々と村を出た。

 

『ま、待ってくれ! どこへ行くんだ!?』

『村を出るの。さようなら』

『な、なんだと!?』

『あなたがいなかったら私達生きていけないのよ!? 私達が死んでもいいの!?』

 

 両親が必死に引き留めようとする。

 

『うん、いい。だって私、あなた達のことが大嫌いだもの。それこそ、死んで欲しいくらいに』

 

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。村の人達も両親も硬直している。

 

『……この世は弱肉強食だって、お兄ちゃんが言ってたんだ。だから頑張ってね、死にたくないなら』

 

 最後にそう告げてアネンサは故郷を去った。

 

「う~ん……?」

 

 そして、現在、アネンサが昔を思い出して呆然としていることからなにか気に障ったのかと考え込む少年がいた。

 

「……ち、力が必要っていうのは?」

 

 はっとして彼女から少年に尋ねる。

 

「ん? ああ、そのことか。確かに目的も言わずについてこいってのもおかしな話だよな」

 

 少年は言われて気づいたとばかりに笑った。そして真剣な表情でアネンサを真っ直ぐに見つめる。

 

「……俺達は、あの異形共が湧き出る島に乗り込む戦力を集めてるんだ。どれだけの戦力があればなんとかできるのかはわからないから、できるだけ戦力が欲しいところでな。あんたの力を借りたい」

 

 少年は言ってアネンサに手を伸ばしてくる。

 

「だから、俺達と一緒に戦ってくれないか?」

「っ……!」

 

 少し屈んでそう告げてくる少年の言葉と、思い返した兄の遺書の言葉が重なる。

 彼らは紛れもなく強い。それは先程証明されている。そんな者達が自分の力を求めているのは、彼がさっき言った通りどれだけ戦力があれば事態を変えられるかわからないから。

 

 アネンサは思わず、差し伸べられた手を無視して少年に抱き着いた。

 

 ――兄の言っていた人とは、彼らのことだと思ったから。

 

「うんっ、一緒に戦おう!」

 

 ずっとずっと昔、兄といた頃にしか浮かべていなかった笑顔で彼に応えた。

 自分の強い力は、この時のためにあったのだと予感しながら。




一応姉的ポジションのナルメアと対になる感じの予定。
次話がキャラ紹介になるか続いて次の島まで行かないかはちょっと覚えていないので確認しますがそんな感じになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。