ダナン君は色々頑張りますが、本当に彼の思い通りになるかはまた別の話だと思います。
フェイト全部見た方はわかっていると思いますがね。
俺は六人目の賢者、ニーアと二人で彼女の家に来ていた。
まさか初対面の男を家に上げるとは、と思っていたのだが倉庫というか、一軒家には満たないような家へと案内された。一人暮らしなのだろうか。
「ちょっと待ってて、部屋で荷物を準備してくるから」
ニーアはそう言っていそいそと自室らしき部屋へと消えていった。
そんな彼女の自室よりも気になっている部屋がある。
「……」
俺は険しい表情でその部屋を見ていた。……微かな血の匂いがしたからだ。厳重そうな扉の奥から微かにでも血の匂いがする。つまり中は濃厚な血の匂いを発している可能性が高いということだ。とはいえ一般人なら気づかない程度のモノか。いや、もしかしたら最近入り口付近で誰か殺されたのかもしれない。
そういえば、さっきの男達は、誰だっけ。「ヨッちゃん」とか言ってたか。そいつの姿が見えないことで最近一緒にいたニーアを問い詰めていたわけだが。
じゃあそいつは今どこにいるのか?
となった場合、ニーアの「あなた達“も”私を否定するのね」という発言から考えると既に殺されているのだろう。それが彼らも薄々わかっていたからこそ、武器を持って問い詰めていたのかもしれない。
ワールドの能力があれば扉を開けなくても確認できるので、使ってみる。
「……なるほど。そりゃ否定するわ」
中を確認して、俺は苦笑を浮かべようとした。だがおそらく上手くできず、口端が引き攣ってしまったかもしれない。
中には肉があった。
実験器具らしきモノなどが置かれた部屋に、無数の肉。扉を開ければ血みどろでぐちゃぐちゃな光景が目に飛び込んでくるだろう。なによりそれが動物やなんかの肉ではなく、人間のそれだとわかってしまうだけに恐ろしい。
ワールドの分析能力をこの時ほど余計だと感じたことはない。一歩間違えれば俺もそこの仲間入りってわけだ。……引き入れて良かったんだろうか、ホントに。仲間が知らない間に実験道具にされてるとか嫌だぞ。言い聞かせてなんとかなるもんなのか? いややるしかねぇよな。知らないなら教えてやればいい。暴走しそうならなんとか引き止めるしかない。他に、俺に取れる道はないんだ。
「ご、ごめんね、待った?」
しばらく突っ立っていると、ようやくニーアが自室から出てくる。大きめのバッグを持っていた。
「いや、大丈夫だ。それより荷物はそれだけでいいのか?」
旅行に出かける程度の荷物に、おそらく着替えを中心に入れてきているのだろうと当たりをつける。一緒に旅をするならもっと大荷物になると思ったのだが。
「うん」
しかし彼女は頷いた。……仕方ない、ちょっと鎌をかけてみるか。
「ふぅん。――隣の実験室の道具はいいのか?」
「っ……!」
何気ないことのように尋ねると、ニーアの顔から表情が抜け落ち瞳に宿る闇が強くなる。
「……見たの?」
「いいや。けどワールドの能力で中の様子は確認させてもらった」
彼女の豹変ぶりをなんとも思っていないように振る舞い返答した。……勝手に見たことに対しての怒りはないんだろうな。見られたくないと思ってるなら、地下に作って家具を上に置き扉を隠すとかするだろう。見られたくないとは思っていないのだ。隠す必要性を感じていないからすぐそこの部屋を実験室にできる。だから今彼女がなにを思っているかというのは簡単で、俺がこれまでのヤツらと同じように部屋の中を確認して自分を否定するのかという不安が攻撃的になって現れているのだろうと思う。
「持っていかないなら始末していったらどうだ? 肉をそのままにしておくと後が酷いぞ。腐ったりカビが生えたりしてな」
「……え、あ、うん」
だから俺は、普通のことのように話す。
「旅する以上戻ってこれないだろうから、その辺りを考えた方がいいと思うな。荷物はそれだけで本当に大丈夫か? 後で忘れ物するなよ」
「うん……大丈夫、だと思う」
「そうか。じゃあこっちの部屋のヤツは俺が始末しとくな」
俺は言って壁に手を当てワールドの能力で室内にある肉を全て消し去った。……善人ならここで、「埋葬できなくてごめんな」とか思うんだろうか。
「……えっと」
作業を終えた俺に、ニーアがなにか言いたそうにしている。「ん?」と小首を傾げて彼女の言葉を待った。
「……あなたは、私を否定しないの? 前の人達はその部屋を見て、私を拒絶したのに……」
前の人“達”ね。一体どれだけの人を殺してきたんだか。ざっと確認しただけでも、およそ十人分はあったと思うんだが。さっきの男達の死体は放置してあるし、まだまだ多そうだよなぁ。
「俺はニーアを否定しないように、って思ってるしな。あと一般的な話、人を殺すのは悪いことだし死体は見たくないモノだ。だが俺はちょっと見慣れてるってのもあるかな」
「そ、そうなんだ……」
ちょっとだけ嬉しそうではある。
「準備が整ったら行くか?」
「うん」
結局他の荷物は持っていかず、用意したバッグだけで行くようだ。重いなら持とうかとも言ったが大丈夫らしいので、疲れないかだけ見てやりつつ二人並んで騎空挺のある方へと歩いて向かった。
「そういや、ニーアはあそこでずっと暮らしてるのか?」
「う、うん」
「そっか、家族はいないのか?」
デスだけが愛してくれた、という話なので答えのわかり切った質問になってしまうが。
「……ううん。もう、いないの。私を否定する人達なんて、いらない……」
ニーアは首を振り、暗い声で呟いた。やっぱりか。ある程度予想はついていたので驚きはない。
「そっか。じゃあ知らなくても仕方ないことかもしれないが、人を殺すことは一般的には悪いことになるんだ」
「そうなの?」
「ああ。ニーアはデスと出会うまで誰にも教わってなかったんだと思うけどな。人を殺すことに対して、今までの人はこう、『なんてことを』とか『最低だ』とか言ってこなかったか?」
「そういえば、言われたような気がする……」
「だろ? 一応、一般的には悪いことなんだ。だから人は怒るし否定する。……本当ならそういう、なんつうんだろうな。道徳みたいなモンは親から教育を受けるんだけどな」
俺は親がいないようなモノなので商人に教わったのだが。もちろん、実際に道徳を受けていたわけではない。そういうモノもある、と知識として教わっただけだ。もし教わっていなかったら、人前で邪魔だと思ったヤツを殺すくらいやってのけるヤツになっていただろう。
つまり、見方を変えるとニーアは出会いに運がなさすぎた俺、という解釈もできる。
「……私は、全然魔術が使えなかったから。だから、お父様とお母様も放っておいてたの。使用人の人達も、皆……」
「使用人、ってことは結構な名門魔術師の家系なのか?」
「う、うん。でも私は全然、ダメで。妹が生まれてからはずっとクーリエのことばっかり」
名門に生まれた落ちこぼれ、か。確かに放置されそうな環境だ。
「だ、だから私、魔術があんまり使えなくって……ごめんなさい」
「謝る必要はねぇよ。元々、俺がニーアを引き入れたかったのは賢者だからだ。……俺が思うにアーカルムの星晶獣ってのは、気が合う特定のヤツとしか契約ができないんだ。その点、ニーアはデスと相性がいいんだろうな」
「……うん。優しいね、ダナン君は」
「優しくはねぇよ。今までニーアの周りにいたヤツが優しくなさすぎただけだ」
「ふふ、そうだね」
俺の返しにニーアは少しだけだが笑っていた。……こうしている限りではマシに見えるんだが。カイムとか心わかんねぇし、他も癖あるし。ニーアと話すのは俺が気をつければなんとかなるにしても、団員同士の会話に嫌な予感しかしねぇな。
「まぁ、とはいえできるだけ優しくしようとは思ってるんだが、俺はちゃんとニーアのことを叱るからな」
「叱る? ……あなたもいつか否定するの?」
予想通りと言うべきか、ニーアの雰囲気が変わる。……想定通りの反応だから問題ない。平常心だ俺。
「いいや。ニーアはまだわからないかもしれないが、愛するってのは色々あってな。叱るのも愛だ」
「叱ることが……?」
「ああ。本来なら、親は子供が悪いことをしたら叱って注意するんだが、ニーアは叱られたことがあるか?」
「…………ない」
彼女はふるふると首を振った。
「それは、言っちゃあなんだが親が興味なかったってことになる。愛してないなら叱らなかったって考えれば叱ることが愛とも取れるだろ?」
「……えっと、うん、多分」
「まぁもちろん叱られることがいいわけじゃないが、悪いことは悪いってちゃんと教えないとダメなんだよ。ニーアはそういう相手に恵まれなかっただけだ。これから、俺がちゃんと教えてあげるからな」
よしよしと頭を撫でて言い聞かせる。
「……うん」
とりあえずニーアは頷いた。……さて、口で言うのは簡単だが、ちゃんとわかってるかどうか。もしわかってなくてなにかやらかしたとしても拒絶したら終わりという綱渡り状態だが、一先ずのところはこれでいい、はず。
その後もニーアと世間話をしながら騎空艇へと戻っていった。ちゃんとデスの描かれたカードも貰えたのでカード集めも折り返しというところだ。
「この島で発見した賢者の一人、ニーアだ」
「えっと、デスの契約者のニーアです」
俺の紹介に応じてニーアがぺこりと頭を下げる。だが立ち位置は俺の左斜め後ろで少し隠れた形なので、内気そうな彼女にとって大勢の前にいきなり投げ出されるのは厳しいということだろうか。
「賢者が他に男しかいないと思ってたから女の子で良かったよ。私はフラウ。同じ賢者で、デビルの契約者よ。よろしくね」
夜は兎も角大分まともになり始めたと思われるフラウが優しく声をかけていた。
とりあえず初見では彼女の異常性がわからないので、気にかけられそうなヤツに注意するように話しておくとするか。……団長ってこういうこともしなきゃいけないんだなぁ、面倒だなぁ。よくあいつらは平気でやってられるよなぁ。
と少し遠い目をすることになってしまったが、とりあえずは喧嘩という名の殺し合いに発展することもなく過ぎていった。次はいよいよベスティエ島に向かう。
そこで、港などで情報収集をしていたレラクルから驚きの情報が齎される。
「“蒼穹”がナル・グランデ空域に来たらしい」
その一言で、彼らを知っている者達に動揺が走った。……いや、やっぱあいつらはヤバいわ。空の底に落ちたかもしれねぇってのによくやるわホント。
「ナル・グランデにってことは他の空域から来たのか?」
問題はそこだ。一応グレートウォール付近から落下していったはずなので、戻ってくるならナル・グランデ空域に直接来るかと思っていたんだが。
「ファータ・グランデ空域から来たらしい」
「ふぅん? ……だとしたら送り込んだあいつらが事情を知ってるか。じゃあ後で詳細は確認すればいいな。で、あいつらはベスティエ島に向かってるのか?」
おそらく真王が狙った出来事に巻き込まれているはずだ。ホント行く先々で巻き込まれてやがんな。しかもこっちの空域の事態にだって関わるはずだ。
だが、こちらも戦力は整っている。あいつらより先に解決してしまおうか。ともあれ勝機が見えてきた。面倒臭いのは押しつけてもいいし、あいつらに無駄足を踏ませるのも面白い。思わず笑みが零れてしまう。
「いや、それがベスティエ島には向かったようだ。“蒼穹”が来たのは少し前で、ベスティエ島から別の場所へ向かった、というところまではここにも情報が届いている」
だが、あいつらは撤退したらしい。……あいつらでも流石にあの数の幽世の存在を相手にしながらエキドナを解放するのは難しいか。ってことは大勢の団員は引き連れてない可能性が高いな。十天衆だけでも連れてきていれば、おそらく現地の三人と協力して事態を収束させていると思う。それだけの力があいつらにはあるはずだ。
「わかった。あいつらが撤退したってことは、俺達と同じように協力を仰ぎに行ったか、他に必要なモノがあるか、思わぬ事態に見舞われて撤退を強いられたか。それくらいは考えられるか。まぁ俺達は俺達で動こう。ベスティエ島に直行だ」
あいつらがどんな状況なのかは知らないが、俺達は俺達のやりたいようにやるだけだ。……というかここまで準備してきて、あいつらに手柄全部持ってかれるとかご免だぞ。
「あいつらは幽世との問題を解決しないってことを教えてやるとするか」
俺はニヤリと笑って、ベスティエ島に着いてからの作戦をカイム達と立てながら、決戦の地へと向かうのだった。
教えたら回避できるかもって考えてる辺りまだ甘いのかなぁ、と思いつつ。
ただ育った環境が凄く悪いだけという気もしているのでワンチャンあるかもしれないと願っています(希望)
とりあえず戦力集めの旅は一旦終わり、ダナン達は次ベスティエ島に向かいます。
その前に一旦神聖エルステ帝国編のダイジェストを一話挟みますね。