ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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予告していた神聖エルステ帝国編を挟みます。


神聖エルステ帝国

 神聖エルステ帝国――。

 

 その名が轟き始めたのは一隻の小型騎空挺がナル・グランデ空域を抜けてファータ・グランデ空域に到達する少し前のことだ。

 自分達をエルステ帝国に代わりファータ・グランデ空域を統治する正当な国家だと主張する神聖エルステ帝国。その皇帝は、以前各地をエルステ帝国の支配下に置くため侵攻を行っていたハーヴィンの将軍によく似ているとの噂もあったが。

 

 小型騎空挺の一隻目が到達する頃には、不自然なほど“蒼穹”の騎空団の噂が広まっており、悪のエルステ帝国を滅ぼした英雄的存在として語られていた。

 そして蒼髪をしたゴーレムの少女であるオーキスが、エルステ帝国が崩壊した今の世の中の、平和の象徴であるとも。

 

 そして一隻目の小型騎空挺が到着すると、神聖エルステ帝国軍がそれを迎え入れた。

 

 その小型騎空挺から、蒼髪の少女が降り立つ。少女の間接には節があり、ゴーレムであることが窺えた。

 つまりその少女こそが平和の象徴オーキスであると民衆は認識した。

 

 オーキスが神聖エルステ帝国についたということは、正当な統治をする国であるという宣言も真実味を帯びてくる。

 

 ざわめく民衆が神聖エルステ帝国の次の行動に注目する中、彼らはまずバルツ公国を制圧しに向かった、のだが。

 

「ごめんね、()()()()()()()()()。団長ちゃん達がいない間、このファータ・グランデ空域で悪ささせるわけにはいかないんだよ。バルツ公国は諦めてくれないかな?」

 

 いつも通りのニヤケ顔を引っ提げて、腕を組み白いマントを風にはためかせるその男は。

 

「……十天衆か」

 

 以前の様子とは打って変わって大人しい雰囲気を持つハーヴィンの男性、フュリアスが静かに呟いた。

 そう、神聖エルステ帝国は彼が指揮を取っているのだ。目の下に隈が浮かび肌も生気が薄いように白んでいるが、間違いなくフュリアスなのである。

 

 そんな彼が視線を向けた先には、お揃いの黒い鎧に白いマントを纏った十人の最強達、“蒼穹”の騎空団に加入したと噂の十天衆が立ちはだかっていた。

 

「あ、もちろんここだけじゃなくて各地に“蒼穹”の騎空団に所属した団員達が君達を阻むから、思い通りにいくなんて思わない方がいいよ? 大人しく君の目的を白状した方がいんじゃないかな」

「……生粋の本物にはわからないことだ。だが、民衆はどうかな」

 

 シエテの言葉に、しかし相手が最強の集団であってもフュリアスは退かなかった。

 

「……」

 

 彼の隣に、静かにゴーレムの少女が歩み寄ってくる。その姿にバルツの職人達も知っている平和の象徴オーキスの噂が脳裏に浮かび上がってきた。

 

「あ、あれってもしかして……」

「平和の象徴オーキス」

「じゃあ神聖エルステ帝国に従った方がいいのか?」

 

 少女を見て職人達にも動揺が広がり、神聖エルステ帝国に歯向かえばいいのか従えばいいのかわからなくなり始めていた。

 

「……これはちょっと、マズいな」

 

 シエテはニヤケ顔を苦いモノに変える。民衆が迷ってしまえば、彼らを守る側である十天衆も行動が難しくなる。

 

「でも、さ。フュリアス皇帝陛下? その子はオーキスちゃんじゃないよね?」

 

 シエテが言うとゴーレムの少女は怒り狂うように目を剥いたが、フュリアスに制される。

 

「……証拠は?」

「それは……」

 

 フュリアスの質問に言葉を詰まらせる。証拠はたった一つ、本物のオーキスが姿を現すこと。だがオーキスはこの場にいない。

 

「証拠がないなら、説得力は生まれない」

 

 彼は決して彼女こそがオーキスだとは言わなかったが、計画を進めるためシエテの反論を封じた。

 

「僕達神聖エルステ帝国は、バルツの職人達にあるモノを作って欲しい。きちんと代金は支払うが、急を要するため他の仕事は切り上げて欲しい。これは侵攻ではなく取引だ」

 

 残虐と噂だったフュリアスの真摯な様子に、バルツの職人達が傾き始める。

 

「儂らに殺戮兵器を作れと言うのなら、それは断らせてもらう」

 

 そこにバルツ公国の代表者である、ザカ大公が姿を見せた。彼の登場により職人達もザカ大公の決定に従えばいいのだと判断を任せる構えになる。

 

「ザカ大公。僕達が作って欲しいのは誰でも扱える戦闘兵器だ。これの普及によって魔物の討伐がしやすくなり、わざわざ騎空士を頼らなくても良くなる。兵士それぞれの身体能力ではなく兵器の操縦練度が重視される時代に変わるんだ。……これが設計図の、前半部分だ」

 

 フュリアスはザカ大公の前に護衛もつけず歩み出ると、懐から数枚の用紙を取り出して差し出した。

 言葉を聞くだけなら、魅力的な提案にも思える。もしそれが普及してしまえばファータ・グランデ空域の戦力が大きく向上し、多く製造し多く操縦者を得た国が勝つ時代に変わるだろう。

 ザカ大公は緊張した面持ちでフュリアスから前半の設計図を受け取りぱらぱらと捲って目を通していく。

 

「……これは」

 

 目を通したザカ大公は驚き、設計図を彼に返す。

 

「……引き受ければ、設計図の全てを連携すると?」

「ああ。設計図は全て明け渡し、製造を一任する。代わりにできるだけ多く生産して欲しい」

「……」

 

 ザカ大公は顎に手を当てて考え込む。やがて手を下ろしてフュリアスを真っ直ぐに見つめた。

 

「……良かろう」

 

 彼は、取引に応じた。ザカ大公にとって、その兵器はそれだけの価値があるモノだったのだ。

 なにより、誰にでも扱える設計なのが利便性を高めている。多く生産して戦争に活かすなら危険性が高いが、生産を制限して管理すれば多くの人のためになる、そう思わせるだけのモノが備わっていた。実際バルツ公国でも軍の手が届かないところでの魔物や盗賊被害などは挙がっている。それに対抗できるならいいと思えた。

 

 ザカ大公が決定を下したことにより職人達も従い、守るために動いていた十天衆も引き下がるしかなくなった。

 

 こうしてバルツを手中に収めた神聖エルステ帝国は、他の島に侵攻を開始した。

 

 それから少しして落ちたはずのグランサイファーがポートブリーズ群島へと舞い戻り、また別のところで二隻目の小型騎空挺、オーキス達を運ぶそれがファータ・グランデに到着した。

 

「団長さん!」

 

 “蒼穹”の主力はポート・ブリーズで戦っていたエルステ王国軍率いるオルキスとポンメルン、“蒼穹”に所属する各国の騎士団長という連合軍に合流する。正直一般兵は散らばった団員達だけで蹴散らせるので出番はなかった。

 

 そこでファータ・グランデの状況を聞いた一行は、無茶を重ねてボロボロになったグランサイファーの修理のため、先にガロンゾへ向かうことを決める。

 しかしグランサイファーは動力部がやられていた。そこにヴァルフリートとモニカが現れ、双子の父が敵になるかもしれないという懸念を示した上で、旅を続けるかの覚悟を問う。

 

 答えの決まり切った二人は旅を続けるのだと宣言した。

 

 そこになんの憂いも見出さなかったヴァルフリートは、ガロンゾに眠るグランサイファーの兄弟艇、動力部に互換性のある騎空挺グランスルースの動力部を交換することを提案するのだった。

 

 各島に散っている団員を集めながらガロンゾへと到着した“蒼穹”は、騎空挺の生みの親であるノアと共にグランサイファーを復活させるため、動力部の交換作業を開始する。

 

 その間、メフォラシュへと神聖エルステ帝国軍が攻め入る。

 

 当然、結集した戦力の一部が抵抗しオーキス達も戦うのだが、フュリアスの策に上手く嵌められてしまい結果としてロイドを奪われてしまう。

 エルステ王国に幽閉されていたフリーシアと到着したアポロの指揮を以てしてもフュリアスは裏を掻き、オーキスからロイドを奪ってみせたのだ。知略で帝国をのし上がってきたのは伊達ではないらしい。

 

 そして彼らはバルツへと移ったのだった。

 しかしバルツ内で、ゴーレムの少女は幽閉されていた。暴走した結果閉じ込められたらしく、その情報をバルツのザカ大公から受けた一行は、彼女を助けるためにバルツ公国へと赴く。オーキスやオルキス達と共に向かい、その場にいた十天衆が陽動を行い派手に新兵器を蹴散らす中バルツへと侵入した一行は、ゴーレムの少女を発見する。

 そこに現れた紫の騎士がそのゴーレムを始末しようとするが、そこにロキが現れ彼女達を逃がす。

 

 フュリアスと決着をつけに行く一行とは別に、ジータが道中で集った仲間達を集合させていた。その目的はもちろん、

 

「……おじさん一人のために、戦力募りすぎじゃない?」

 

 とロイドを持ち去ろうとした紫の騎士が、おそらく兜の奥で半笑いを浮かべたのも仕方がない。

 

 ジータ率いる“蒼穹”の騎空団総勢二百名近く。それが一同に会しているのだから壮観極まりなかった。

 

「あなたが真王の命令でロイドを奪うなら当然の考えですよ。空域を渡る手段は空図の欠片か、七曜の騎士か。ならこの空域からロイドを持ち去る場合、あなたが必要不可欠ということです。要するに、あなたをきちんとマークして止めさせすれば、ロイドを持ち去られることはない、ってことですね」

「末恐ろしいね。確かにこの人数じゃいくらおじさんでも厳しいよね」

 

 そう言いながらも、紫の騎士は愛用の槍を構えた。

 

「念のため星晶獣の皆さんには近くに来ないよう言ってありますけど、やる気ですか?」

「もちろん。お仕事しないと、真王陛下に怒られちゃうからね」

 

 紫の騎士はその小さな身体から凄まじい闘気を放ち威圧する。

 

「かかってきなさいよ、おじさんが揉んであげるから」

「気を引き締めていくよ、皆!」

 

 目の前のたった一人の強敵に対して、総力を挙げて挑みかかる。

 

 だが紫の騎士の姿が消えたかと思うと、二百人近い団員全員に対して一撃ずつ攻撃が仕かけられた。

 

「「「っ!?」」」

 

 猛者が多い“蒼穹”の団員でも、反応し切れなかった者が出るほどの速度だ。当然速さで引けを取らないシスは回避した上にカウンターを見舞ったのだが、ビクともしなかった。

 

「流石に、これで倒せるほど甘くはないよね」

 

 元の位置に戻った紫の騎士は何気なく呟くが、七曜の騎士の誰よりも速い。なにより目が追いついていた者は反撃しようとしたのだが、シスほどの速さでなければ対応できなかった。強烈な一撃というほどではなかったのだが、高速移動の中でも巧みに動く手練れということが今の瞬間でわかったのだ。

 

「僕はハーヴィンだからね、筋力で言えばドラフに勝るべくもない。だから速さと技術を鍛えた。実に合理的でしょ?」

「全くだね」

 

 紫の騎士の前に、同じハーヴィンで同じ槍使いでもある十天衆のウーノが現れる。

 

「槍は攻防一体最強の武器だよ」

「同感だね」

 

 二人の強者が槍を突き出し、激突する。防御にも優れたウーノとはいえ七曜の騎士には一撃の重さで敵わぬようで、押されてしまう。

 

「押して参るであります!」

 

 躍り出た小さな体躯から放たれる強烈な斬撃が地を這って進み、紫の騎士はそれを回避して斬撃を放った人物へと目を向ける。

 

「噂は聞いてるよ。ハーヴィンでありながら歴代最強。リュミエール聖騎士団団長殿だね」

「光栄であります。ですがこの場では敵同士、お覚悟を!」

 

 ハーヴィンの強者が一同に集ったのではないかという場面で、

 

「おじさんも全力でいかせてもらうね」

 

 軽い口調とは裏腹に、先程全員に向けて放った高速攻撃を、ウーノとシャルロッテに向かって放った。流石の二人も対応し切れずに吹き飛ばされる。

 

「――メテオスウォーム」

 

 どこからか魔法が唱えられたかと思うと、空中から隕石が飛来してきた。

 

「……これは面倒だね」

 

 紫の騎士が空から降ってくる威容を見上げて言うが、受ける気は更々ないのか逃れようとする。しかしそれを四方から飛んできた魔法が封じた。避ける隙間がないように練られた魔法はを薙ぎ払って対処している間に隕石が到達していた。

 

「仕方ないねっ」

 

 紫の騎士は飛び上がったかと思うと槍で隕石を打ち返した。ハーヴィンにしては珍しい力技である。むしろ味方のピンチを招いてしまった隕石だが、それを躍り出たヨダルラーハが二刀で細切れに切り刻んだ。

 それを巨漢のドラフ、筋肉の塊のような男が前に出ると拳を突き出す。それだけで細切れになった隕石が拳圧で吹き飛び紫の騎士を襲った。当然岩石の群れが襲来した程度で止まる七曜の騎士ではない。槍の一振りで自分に当たる範囲を一掃し次の手を待つ。

 

 一対多という状況故に全員で一斉にかかるということができないでいる“蒼穹”の団員。相手が巨大な星晶獣なら兎も角、小柄なハーヴィンともなると近接を巻き込む遠距離攻撃も難しくなってしまう。また、人数が多く力を合わせて戦うことに慣れている団員達だったが、これほどの人数で共闘する機会には恵まれていなかった。

 

「手強い相手のようだ、俺達が出よう」

 

 次はどう攻めるかで躊躇する中、黒い鎧を身に着けた男が歩み出る。ここは連携できる者同士で波状攻撃を仕かけた方がいいと判断したジークフリートだ。

 

「我々も協力しよう」

 

 ジークフリートを含む四騎士と組織の面々が加わり、戦い慣れた彼らが即興の連携を見せて挑むが、それでも届かない。

 

「慌てず騒がず、一人ずつ確実にってね」

 

 七曜の騎士同士で戦った場合の想定は難しいが、これだけの大人数を相手するのに立ち回りが上手かった。年季の違いもあるだろうが、“蒼穹”の団員が総力を挙げて挑む中、十天衆の頭目シエテは以前戦った黒騎士よりは確実に強いなと考える。

 最強の槍使い、と称されるウーノだが流石に槍以外の要因、七曜の騎士としての力があっては不利になってしまう。

 

 十天衆も援護をし、味方に強化をかける者は強化を施し、ようやく“蒼穹”が優勢になっていく。

 

「……流石に歳だね、僕も」

 

 なにより紫の騎士の速度についていけるシスが存在していることが大きく、徐々に弓や短剣、ハンドスピナーなども当たるようになっていった。

 時間をかければかけるほど“蒼穹”の連携は上手くなっていき、紫の騎士を追い詰めていく。

 

 全力を出し続けなければすぐに倒されてしまうような状況で、まだ最強は動いていなかった。

 

 疲弊した紫の騎士に向けて、二百人近い団員達の奥義が放たれる。きちんと飛べる者も含めて全方位を囲んだ形だ。逃げ場の一切ない攻撃に対して、一方向に集中して突進して抜け出した。

 

「君がそう来ることは視えていたよ」

 

 大人な女性の声がしたかと思うと、紫の騎士の身体に影が差す。

 

「っ!」

 

 見れば上に光る拳を構えたジータがいる。その衣装は白いマントに黒い鎧となっていた。

 

「レギンレイヴ・天星!!」

 

 渾身の力で、味方の強化効果を全て受けた彼女の、必殺の一撃が放たれる。避ける先を予知されてしまった紫の騎士は回避が間に合わず、ジータの放ったエネルギー派に呑まれてしまう。真下に向けて放たれた一撃は島を貫き空の底へと伸びていったという。

 

「……あ」

 

 ジータは波動が収まって、紫の騎士の影がなくなってしまったことに、もしかしたら落としてしまったのではないかと声を漏らした。

 

「安心していい、と言うべきか残念ながらと言うべきか迷うところだけどね」

 

 予知のできるハーヴィンの女性がそんな彼女に苦笑して告げる。

 

「彼に逃げられることは予知していたよ。この人数を相手にどうやって、とは思っていたんだけどね」

「そうだったんだ……。あっ、ロイドは?」

「残念ながらいつの間にか持ち去られてしまったようです」

「えぇ……」

 

 ロイド確保係も出し抜かれてしまったらしい。まさか逃げ果せるなんて、と思ったがおそらく本気で戦いながらもどうやってこの場からロイドを持って逃げようかをずっと考えていたのだろうと予測を立てれば当然の結果だった。

 上手いことしてやられてしまい、どう他の皆に言い訳しようかと頭を悩ませる団長であった。

 

 一方のグラン達はフュリアスと戦い、倒すのだが彼は既に寿命が尽きようとしていた。

 彼は結局死亡することとなり、唯一彼だけが自分をオーキスでない者として見てくれていたと知ったゴーレムの少女、改めツヴァイがそれを目撃する。傷心するツヴァイはフュリアスを死なせる要因となった一行ではなく、現れたロキの手を取って姿を消したのだった。

 

 その後合流したジータにロイド奪われちゃったてへっと言われ慌てて一行は紫の騎士を追い、ナル・グランデ空域へと向かう。

 その時急ぎということで団員達は置いていき、ファータ・グランデ空域の後処理を頼んだのだった。




紫の騎士はモーションとかで勝手に速度の人と思っています。まぁ、本作の七曜の騎士補正ありきでのことですがね。

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