ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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本編で読んだ時からずっと思いついていた話。

VSのハードクリアは私の腕だともうちょっと時間かかりそうです。装備集めなきゃ……。


巡り巡って

 何人か仲間を増やしつつ、俺達はイデルバ王国の首都があったグロース島へと降り立った。

 

「あんた達か! 丁度いいところに来た!」

 

 到着早々、カインが駆け寄ってくる。

 

「どうしたの、カイン。なにか揉め事?」

「レオ姉。いや、揉め事というか、なんというか。とりあえず、“蒼穹”の騎空団が戻ってきたことは知ってるか?」

「うん。幽世の軍勢が湧き続ける事態の解決に乗り出した、っていうことくらいは」

「そうか。じゃああいつらがなんで戻ってきたのかは?」

「知らない、けど」

 

 レオナと話して俺達の認識を把握したカインは、呼吸を整え俺を見据えてそれを口にする。

 

「……七曜の騎士が一人、紫の騎士がロイドを持ってこの空域に来たのを、追ってきたんだ」

「っ!?」

 

 思わず、身体が少し震える。……ロイドだって? じゃあオーキスのヤツがやられたのか? なんだってあれを紫の騎士、要は真王が欲しがるってんだ?

 

「……オーキスは、どうなった」

「誰も命に別状はない、らしい。紫の騎士も“蒼穹”の面々も、あんたの仲間が死んだとは言っていなかった」

 

 なら、とりあえずは安心か。

 

「ただすぐこの間まで幽世のせいで瘴流域を通って出られなくなっていたんだ。だから、紫の騎士は彼らと停戦し、協力をしようって」

「なるほど? で、あいつらはベスティエ島に行き、なんやかんやしながらレム王国まで行ったりしていたわけか」

「……その辺りのことは俺は知らない。けど、あんた達が戻ってきて空が戻ったなら、幽世の問題は片付いたんだな?」

「ああ。おかげ様でな。……それより紫の騎士はどこに行った?」

「さぁな。けど“蒼穹”はロイドを真王の下へ運ばせないために追っている」

「……あいつらについていけば良かったってことか。まぁいい。なら、成り行きを見に行くとするか。今から行ってももう決着には間に合わないかもしれねぇしな」

 

 俺は言って、早速騎空挺に戻る。

 

「よし、じゃあ適当に休暇でいいぞ。あ、レラクルはダメだけどな」

「なぜだ」

「お前の能力は有用だ。ついてこい。他は休むもついてくるも自由だ。暴れることはねぇだろうし、イデルバで宿泊しててくれていい」

 

 と言ったのだが結局皆ついてくることになった。レオナは降りてもいいはずなのだが、「ここまで来たら行く末を見たい」と言ってきたのだ。

 結局、俺達はベスティエ島に出戻りする羽目になった。

 

 到着した頃には、既に紫の騎士が乗った小型の騎空挺が島を出るところだった。様子を見るにまんまと逃げられたらしい。……追うか、一応。真王の下に戻られるよりは、あいつらに負けて手傷を負った今始末しておくのも悪くない。

 だが判断を迷っている内に星晶獣アーカーシャが顕現した。なんであいつが、と警戒するがロイドの動力になっているのがアーカーシャのコアだったな。

 

「……これはロキか? なんであいつらと一緒に。ミカボシとゴーレムの少女もいるな。アーカーシャを倒し直してなにをするつもりかは知らないが……レラクル、影分身を潜ませてあいつらのやることを確認してくれ」

「わかった」

「俺達は紫の騎士を追う」

 

 現状の把握を行った後、レラクルに指示を出して影分身を送り込み、騎空挺で紫の騎士が向かった方向に追いかけた。

 

「なぁ、真王が星晶獣アーカーシャを奪う理由ってなんだと思う?」

 

 俺はアリア、フォリア、バラゴナという真王のことを知っていそうな三人に顔を向ける。

 

「彼の思惑は深く広いので全てを予測することは難しいでしょう」

「それでも予想を立てるなら、おそらく以前バラゴナの言った力のバランスでしょうか」

「そうじゃな。アーカーシャという星晶獣が個人や他の者では管理できないと考えて奪ったのだと思うのじゃ」

 

 なるほど、確かに元々アーカーシャを警備する兵力のないエルステ王国のために、役割を欲したオーキスがアーカーシャのコアの番人となった。そのオーキスも旅をするなら一所に留まれない状態を強いられるだろうとのことだったが。

 

「確かに、一理はあるな」

 

 手に余っていたのは俺にも察していた。だからと言って真王に任せればそれで解決するかと言われれば微妙なところだけどな。

 

「アーカーシャってのは、過去、現在、未来の事象を書き換えることのできる星晶獣だ。ファータ・グランデ空域でそいつを使おうとしたヤツは、空の世界から星に関するモノを消し去ろうとしていたんだっけな」

「アーカーシャか。確か封印されていたはずだが」

「ああ。封印を解いて悪用しようとしたんだよ」

 

 同じ星晶獣ということで存在を知っていたらしいシヴァの言葉に補足する。フリーシアがアーカーシャについて知っていたのも、オルキスの父親、星の民だったそいつが教えたからだったな。懐かしい、それらを知った時のことが遠い昔のように思える。

 

「まさかそのためにオーキスの試用パーツを使ったゴーレムを送り込んだのか? いや、なんのためにそんなことをする必要があるんだよ。オーキスのロイドを奪うのにオーキスに似せて作る必要なんてないはずだよな?」

「そこまでは私達にもわかりませんよ。真王のやり口は巧妙ですからね」

 

 流石、真王に関わったことで一族がほぼ全滅することになったヤツの言葉は重みが違うな。

 

「……ダナン。“蒼穹”の騎空団がアーカーシャを倒した。アーカーシャが、赤い竜の力で消滅したことが確認できる。喜んでいる様子からすると、どうやらアーカーシャを還し消滅させることが目的だったようだ」

「ほう。それはそれは。あの方と同じことを、彼らも成し得たようですね」

 

 レラクルの報告に、バラゴナが少し嬉しそうな顔をする。

 

「あの方、ってことはあいつらの父親か。同じことってのはなんだ?」

「彼らの父親が“星晶獣殺し”と呼ばれた所以、ですね」

 

 アリアも知ったような様子だ。

 

「彼は、星晶獣を星に還すことができたのですよ。実際に星晶獣は殺していないのですが、星晶獣を事実上消滅させられることから、そう呼ばれていました」

 

 バラゴナの説明に、なるほどと思う。そんな能力を持っていたということは、そうやって星晶獣達を還していくのも役目だった可能性は高い。だからこそ、

 

「父の背に追いついたと喜んでいる様子だな」

 

 俺の考えをレラクルが口にする。憧れて、あいつらの旅立ちのきっかけとなった父の背中が見えてきたことに、歓喜している様が目に浮かんだ。

 

「ロイドは回収して返却するようだ」

「そうか。まぁ、そこは俺がなんとかすればいいだけのことだ」

 

 ワールドの能力を以ってすれば、ロイドを再び動かすことはできるだろう。

 

「さてと、後は紫の騎士だな」

 

 逃げた紫の騎士がどうするつもりなのかに考えを巡らせつつ、小型騎空挺の後を追っていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ナル・グランデ空域にある、とある島。

 紫の騎士は身元を示さないよう鎧と兜を脱ぎ、白いシャツと茶色のズボンというラフな恰好で島に降りた。それでも槍は手放さない。

 

 ハーヴィンではあるが、鬚を生やし濃くはあるが整った顔立ちから見え隠れするのは威厳だった。

 

 彼は仕事の後、近くの店で食事をする習慣があった。故に、真王陛下に今回のことはどう報告しようかなと考えはするも、負けてしまったことは仕方がないと思い食事に来たのである。

 

「痛てて……。全く、おじさん相手に加減を知らないよね」

 

 食堂で案内された席に座ると、“蒼穹”との戦いでついた怪我が痛んだ。無論手加減なしの本気で挑んだが、教えの最奥に至った三人でバラゴナ一人を抑えられる戦力だ。教えの最奥に至った者が四人もいて、尚且つ団長二人も強いとなると、流石に勝ち目がない。

 それでもこうして逃げ延びているのは、勝利後の油断と甘さがあるというのはもちろん、負けたとしても逃げるだけの余力は考えていたというのがあるだろう。アリアやバラゴナほど使命感に囚われていないのと、年季の違いが余力ある理由だ。

 

「お客様、ご注文はなににしましょう」

 

 ドラフの女性店員が彼に声をかけてくる。

 

「えっと、じゃあね、これとこれ、あとこれもお願いね」

「えっ、は、はい」

 

 小さな身体で大量の料理を注文していく様子に戸惑ってはいたが、そこは仕事だからか注文通りに受けつける。

 それからしばらくして、店員が数多くの料理を運び込んできた。到底一人では食べ切れない量に見える。

 

「……」

 

 そこで彼は店内へと視線を走らせる。店員の様子、そして客。どんな店員がいて、どんな客がいるのか。店員は彼の頼んだ料理の量を話題している様子だったが、怪しげな素振りはない。

 店内の客は他に、夫婦と思わしきドラフ、商談中らしいハーヴィン、黙々と一人で料理を食べるヒューマンの少年に、紫の騎士に背を向ける形で座るエルーンの男がいた。

 

 彼はエルーンの男に近づいていく。

 

「ね、そこのカウンターの君さ。もし良かったらこっちで一緒に食べない? もちろん、僕の奢りで。メニューがついつい気になって、一人で食べるには頼みすぎちゃったのよ」

 

 声をかけられたエルーンの男が振り返る。白髪で鍛えてはいるが線の細い男性だった。

 

「あら……実は丁度、一人じゃ味気ないと思ってたの。そういうことならご相伴に預かろうかしら」

 

 エルーンの男は女性のような口調で答えると、紫の騎士がいる席に移動する。

 そうして彼は、その男に一品ずつ自然に勧めていく形で食べさせていった。いい食べっぷりだと言って一通り料理を食べさせていくが。

 

(……見たところ変化はなし、か。少なくとも即効性の毒は入っていないみたいだね。致死量の問題もあるけど、ハーヴィンの僕を狙うなら致死量の少ない毒を使うだろうし)

 

 紫の騎士はその生まれと立場故、常に暗殺を警戒し食事にも毒見役を立てていた。

 一通りの料理を確認し終えた彼は、安堵した様子でグラスを手に取る。

 

「にしても暑いね。窓を閉め切ってるのかな」

 

 シャツの襟元を持ってぱたぱたと仰ぎ、

 

「すいませーん。お冷切らしちゃったから、水持ってきてくれるー?」

 

 大きな声で店員を呼びつける。

 

「はーい、只今お持ちしま……かひゅっ!?」

 

 ドラフの女性店員が彼に水を持っていく途中で、突如喉を詰まらせたような声を漏らし倒れる。

 

「なっ!?」

 

 倒れた女性はただ全身を痙攣させるだけだ。驚く紫の騎士を他所に、店内にいた客達が次々と倒れていく。そして彼自身、ぐらりと視界が揺れた。

 

(毒……!? いや、でも、なんでこの子が……)

 

 彼を暗殺するなら、無関係の人達まで巻き込む必要はない。内心の疑問に答えたのは、紫の騎士が一緒にと誘ったエルーンの男性だった。

 

「どう? そのブレンド。私の自信作なの。常温では気体で無味無臭無色。呼吸で体内に入っても、まず誰も気づけない。その代わり、作用するにはそれなりの量を摂取してもらなきゃいけないんだけど。効き始めたらもう、ホント凄いんだから」

 

 店内で唯一平然としているのは彼だけだ。

 

「くっ……そう、それで窓を閉め切ってたわけね」

 

 完全に嵌められた形の彼は苦しげに返す。

 

「貴方、一仕事終えた後は必ず食事をとるでしょう? 毒見のことも知ってたわ。だから料理じゃなくて、お店そのモノに細工をさせてもらったの。この集落に食堂はここしかないもの。部下に命じて工作させるのは、難しくなかったわ」

 

 男は平然と言って椅子から立ち上がる。

 

「部下、ね。君、何者? なにが目的?」

 

 全身に毒が回り始め身体を震わせながら尋ねる。

 

「わかってるでしょう? 私達は――っ!?」

 

 答えようとした男のすぐ横を、鋭い槍が掠める。頰に切り傷がついた。

 

「ああ、やな毒だねこれ……。手が震えて、狙いが……」

 

 毒が回っているのにも関わらず一歩間違えば即死していた一撃を放った紫の騎士は、槍を持つ力もなくなったのか柄から手を離す。

 

「お、お褒めに預かり光栄だわ」

 

 男は動悸と動揺を抑えて返すが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。

 

「でもダメね。計算を間違えたもの。もうかなり毒が回ってるはずなのに、あんな力が出せるなんて」

「はは、凄い、でしょ……。おじさんの、底力ってヤツ……」

 

 もう限界が近いのか、言葉も途切れ途切れになってきている。

 

「ええ。いいモノを見せてもらったわ。次に活かさせてもらうわね」

「はは、次かぁ……」

 

 力尽き、紫の騎士は地面に倒れ伏す。

 

「……ああ、クソ。最後の晩餐は、大将のラーメンって決めてたんだけど……」

 

 絞り出したようなか細い声に、暗殺者の男は耳を貸さない。だが、それに応えた声はあった。

 

「――クリアオール」

 

 紫の騎士でも、エルーンの男でもない。紛れもなく第三者の声。男の言った部下でもなく。しかもそのたった一言で、終わりそうだった紫の騎士の命が寸でのところで留まった。

 

「っ!? だ、誰!?」

 

 入念な準備と完璧な流れに暗殺の完了を確信していた男は動揺しながら振り返る。紫の騎士も霞んだ頭で状況把握に努めた。

 

 男が振り返った先には、黒いローブを着込んだ少年が不敵な笑みを湛えて佇んでいる。

 

(……さっきまで、こんな子いたかしら? ううん、いたのは間違いない)

 

 男、ネセサリアは頭を急速に回していく。確かに、少年はいた。しかし他の一般客と相違ない気配で、今のように異様な気配は発していなかった。

 

「いやぁ、ホントはそいつ始末してくれるならそれでもいいかと思ってたんだけどな。気が変わった」

 

 少年は自然な足取りでネセサリアに近づいていく。彼の中で目の前の少年を始末するかしないかの判断が鬩ぎ合う。不確定要素が発生した場合、撤退するのが基本だ。しかし一緒に始末してしまえるなら結果に変わりはない。

 紫の騎士の暗殺ともなれば、チャンスは少なく、二度と同じ手は通じないだろう。

 

「……」

 

 完全に毒が抜け切ったわけではない様子の今、先に解毒ができる少年から始末するべきだと判断。部下にだけわかる合図で奇襲をかけるよう命令を下す。

 

「あ、それは無理だわ」

 

 だが当の本人から言われ、また部下も現れない。そのことにまた動揺が広がっていく。

 

「あんたの部下なら俺の仲間が捕縛した。……ま、捕まった途端自害して情報を漏らさなかったのは流石組織の諜報員ってとこかね」

「っ!?」

「ん、あぁ組織立った動きだったが、合ってたのか。……いや、諜報員ってのは大抵わかるよな。なのにその驚きようってことは、あれか。あんたら例の組織って集団の諜報員なのか?」

「……」

 

 少年の言葉に驚愕してしまい、その驚愕が組織の諜報員だと言い当てられたことだというところまで見抜かれ、内心で苦虫を噛み潰しつつポーカーフェイスを取り繕う。

 

「ははーん。ってことは、あれか。“蒼穹”のゼタやバザラガとかいうヤツらと同じ所属なんだな? あとはあいつかぁ」

 

 少年は察しをつけて笑い、直後表情を消し殺気を漲らせる。ネセサリアの身体が硬直し、霞んだ紫の騎士の意識が覚醒させられるほどのモノだった。

 

「……面倒なことしてくれやがってよ。おかげで俺まで厄介事に巻き込まれちまった」

「……なんのことかしら?」

「惚けんなよ。てめえらだろ、エキドナを落として幽世の軍勢を湧かせたのは」

「っ!?」

 

 探るようなネセサリアの言葉に返した少年の声に、今度こそ彼は訳がわからなくて驚愕する。

 

「……なん、ですって?」

「うん? それはなんも知らない驚きだよな? あいつの単独行動か? それともあんたが知らされてないだけか?」

 

 少年は正確にネセサリアの表情を読み取り考え込んだ。その様子にネセサリアの中にもいくつか名前が浮かんできた。あとはそれが組織の指示かどうかだが。

 

「知らねぇって言うんならいいや。なぁ、あんた。ここは退いちゃくれないか? そいつを見逃してくれるっていうんなら、あんたを見かけても今回のことを言わないでおいてやろう」

「……あら、随分と優しいわね」

「冗談だろ。あんたに選択肢はねぇよ。あんたが取れる選択肢は、俺と戦うか、撤退するかだ。部下が合図に反応しない今、俺と俺の仲間がいるかもしれない状況で、あんたは戦うという選択肢を取ることができない。自分一人で勝てるかどうかわからない状態だ。不確定な要素を、あんたはできるだけ排除したいはずだろ? 暗殺者ってのはそういうモノだと思うんだがな」

「……そうね」

 

 少年の言葉に、ネセサリアは頷く。彼の頭の中でも、素直に撤退した方が身のためだと思っていたところだ。なにより、目の前の少年の素性を思い出したのだ。

 

「……貴方、ダナンよね? “黒闇”の騎空団団長の」

 

 ネセサリアの言葉に、少年は素直に目を丸くする。

 

「へぇ、流石。俺の名前と騎空団名まで知ってるなんてな。まだ大々的に活動してないってのに」

「それはもう、あの子達と同じ能力を持ってるってだけで警戒に値するもの」

 

 どうやらグランとジータと同じ『ジョブ』を持っていることが、組織の警戒を煽っているようだ。つまりあの双子のせいということである。

 二人の会話を聞いていた紫の騎士は、未だあまり動かない身体で真王に喧嘩を売ったという少年の名前がダナンだと聞いたことを思い出す。その少年がなぜここに来たのかは、おそらく最初に言ったように始末するためだろうが。ではなぜ助ける意味があるというのだろうか。

 

「……他にも仲間がいるなら私に勝ち目は薄いわね。今回は引いてあげる。でも私の任務を阻むってことは、私の組織からマークされるってことよ? その意味、わかってる?」

「残念ながらもう複数の空域を統治するヤツに喧嘩売った身だ。今更多少敵が増えようが気にしねぇよ」

「そう、余計なお世話だったわね」

 

 ネセサリアは彼の返答を聞き、自然な所作で横を通り過ぎて店の出入り口まで向かう。

 

「あんたの部下は捕縛して草むらに突っ込んである。回収して帰れよ」

「ええ、そうするわ」

 

 黒子のような恰好をした数人の死体が捕縛されていたのが発見されれば、この集落は大騒ぎになる。とはいえ、きちんと一人ずつリヴァイヴしてあるというのは教えなかった。店の客を生かす代わりに、部下も生かして返してやろうという交換条件のつもりだった。

 

「……さて」

 

 ネセサリアが完全に店からいなくなってから、ダナンは紫の騎士の前に屈み込む。

 

「毒はまだ抜け切ってないはずだ。あんただけには弱めたからな」

 

 ニヤリと笑い、そしてどこからか鼻腔を激しく擽ぐる香りが湧き立つ。ことん、と紫の騎士の前に置かれたのは――一杯のラーメンだった。

 

「……?」

 

 突然のことに理解が追いついていない彼に、ダナンは説明をする。

 

「あんた、死ぬ直前で最後の晩餐はらぁめん、とか言ってたよな? それがなかったら俺はあんたを見捨ててた。らぁめん好きに悪いヤツはいねぇってのが俺にらぁめんを教えてくれた師匠の言葉でな。オーキスからロイドを奪ったお礼参りといきたかったが、気が変わったってわけだ」

 

 少年は笑う。七曜の騎士を警戒させるほどの殺気とは打って変わって、純粋な笑顔で。

 

「……」

「もちろん、食うも食わないもあんた次第だ。食事に毒見させるらしいが、それもなしで食え。当然、俺があんたをこの手で殺したいから助けたって可能性もあるわな。だがあんたもわかってる通り、このままでもあんたは死ぬ。なにせ空気中にはまだ毒が残ってるからな。一時的に治したとしても、出られないまま吸い続ければ死に至ること間違いなしだ」

 

 ダナンの言う通り、命の危機だけは回避したがまた徐々に毒が回り始めていた。

 

「食わなければ死ぬ。食っても毒でも死ぬ。あんたが生き残るには、食って毒じゃないことを祈るしかない」

 

 彼はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「さぁ、どうする?」

 

 尋ねられ、紫の騎士の頭にいくつもの思案が浮かぶ。だが選択肢がないことと、結局食事をできていないために美味しそうなラーメンの匂いに屈服した。

 

 なんとか起き上がり、箸を使ってラーメンを口に運ぶ。毒で手が震えていたが、それでも口に入れた。

 

「うっ……!」

 

 紫の騎士が瞠目する。そして次の瞬間、勢いよく麺を啜った。

 そのまま毒の影響なんて忘れてしまったかのようにがつがつとラーメンにありつく。

 

 その様子を、ダナンは少しだけ嬉しそうに眺めていた。

 

「……ぷはっ」

 

 汁の一滴まで堪能し尽くした彼が顔を上げると、ニマニマしたダナンの顔がある。

 

「美味かっただろ?」

 

 聞かれて、夢中になっていたことに気づきはっとする。

 

「……あれ、身体が治ってる?」

 

 そして自分の身体が毒に侵されているどころか、傷すら残っていないことに気づいた。

 

「ああ。だって回復する効果つけたしな」

 

 あっけらかんと彼は言った。あれだけ言っておいて、どうやら殺す気は一切なかったらしい。おそらく、紫の騎士の最後の言葉だけで。

 

「……こんなおじさんを助けてなにになるんだろうね」

「俺には価値のある選択だよ。で、俺は命の恩人なわけだが、取引しないか?」

「取引?」

「ああ、取引だ。俺の騎空団に入れ。あんたの力が欲しい」

「代わりに、おじさんになにをくれるのかな」

「仕事の後の飯。まぁ料理で手を抜く気はねぇし、さっきのも即興で作った程度だからな。俺の騎空団に入れば今みたいな飯が食えるし、当然ラーメンもある」

「……おじさんを餌づけしようなんて、物好きな子もいたもんだね」

「使える手は全て使う派だ。もちろんあんたは真王に咎められた場合、脅されていると言えばいい。あんたに家族がいることは知っている。真王が家族を人質に取らないとも限らないし、あんたの不利にはしないつもりだ」

「なるほどね。けど、僕の子供は心配いらないけど妻は危険だからね。取引としては弱いんじゃない?」

「命を助けて売っても構わないって言ってるのに、強情だな。まぁそれだけ真王がでかい相手と考えるべきか。じゃあ、そうだな。あんたがここでつこうとつくまいと、俺は()()()()()

 

 ダナンの宣言に紫の騎士は目を見張る。

 

「それはまた、大きく出たね」

「どうかな。アリアから聞く限り、自分で考える頭を持ってるヤツは真王に不満を持つはずだ。なら、真王の権威を覆す隙はある。あいつの理想は多分、高すぎる。そしてやり口が汚い。常人には理解できない方法でやるから、盲信しなければついていこうとは思いづらいんだ」

「……」

 

 紫の騎士も真王の命令で仕事をこなしてきているため、心当たりがあった。なによりフュリアスとツヴァイの件がそれだ。自分の家族がいる空域も、そういうことはあった。

 

「“蒼穹”が真王に従うとは思えねぇ。ってことは、あいつらと俺らが揃って敵対するわけだな。まぁ俺らはそんな脅威じゃないが、あいつらはヤバいからな。きっと、真王は最後にやり方を誤ったんだって思うことになるだろうぜ」

 

 妙に信頼した様子に戸惑わなくもなかったが、どっちにしても紫の騎士に最初から選択肢などなかった。今ここで殺されることの方が、余程嫌だった。そこを救ってくれたというだけでも、手を貸す価値はある。

 

(……最近子供に、避けられてばかりだからね)

 

 流石に愛する我が子に臭いと言われて避けられたまま一生は終えられなかったのだ。

 

「……まぁ、いいよ。でも脅しだったとしても、家族がどうなってもいいのか、なんて言われたら離れるからね」

「ああ、それでいい。俺も、俺の旅に最後まで付き合ってくれよ、なんて言うつもりはないからな」

 

 取引はここに成立した。

 

「よし、じゃあ行くか。あんたの鎧は先に回収させてもらってるし、そのまま騎空挺に向かうぞ」

「はいはい、仕方ないね」

 

 当然、どちらも互いの心の奥まで読み通すことはできない。だが今は、共に歩を進めるのだった。

 

「そういえばさっきアリア嬢の名前が出てたけど、ってことは僕含めて七曜の騎士が二人もいるのかな?」

「ん? ああ、いや。紫の騎士のあんたを含めて、黄金の騎士アリアとファータ・グランデで関わった黒騎士、あと拾った緋色の騎士バラゴナだな」

「…………えっ?」

 

 ダナンの言葉に、紫の騎士は思わず固まった。

 

「……七曜の騎士が、四人?」

「ああ。とはいえ団全体の人数は多くないからな、あいつらにはいいハンデだろ」

「……」

 

 軽く頷き答えたダナンに紫の騎士はこっそり険しい表情をする。

 なにせヴァルフリートという真王に忠実か怪しい七曜の騎士を除けば、残りが白騎士と緑の騎士のみ。そうでなくとも過半数が彼の騎空団にいることになるのだ。

 それでまだ「そんな脅威じゃない」とよく口にできるモノだと思う。

 

(……もしかしたら、本当に世の中を引っ繰り返せるのかもしれないね)

 

 “蒼穹”と“黒闇”。

 この二つの騎空団が力を合わせた時、真王の権力は覆るかもしれない。

 

 そう思わせるだけの戦力が彼らにはあった。

 

 因みに。始末してくるとか言って仲間に引き入れたことに、団員一同が驚愕したのは言うまでもない。




紫の騎士がイッパツの師匠を攫い。
イッパツがラーメンをダナンに教え。
イッパツから聞いた言葉によってダナンが紫の騎士を救う。

ということです。

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