ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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なんとか書き上がったバレンタイン番外編第一話。
本番は明日になります。

時系列はあんまり考えていませんが、とりあえず幕間一個目の辺りだと思ってください。
登場キャラはオーキス、アポロ、リーシャ、ナルメア、ジータです。


EX:バレンタインへ向けて

 バレンタイン。

 

 その単語を聞いて、心躍らせる者と全く関心が湧かない者に世間は分かれるだろう。

 基本的には女性が日頃お世話になっている人、若しくは意中の男性にチョコを渡す日である。

 そこから派生して女性同士で日頃の感謝を込めて渡し合うとか、男性が女性にチョコを渡すこともあるようだ。

 

 とはいえ基本的には意中の男性がいる女性が湧き立つ日が、二月十四日バレンタインデーというわけである。

 

 そして。

 ダナン達からもそのイベントは注目されていた。

 

 ただ大半は世話になっている人達への義理チョコとダナンへの本命チョコで構成されているのは、なんというか世の男性を敵回しそうではある。

 

 しかし貰うだけで収まらないのがダナンであった。

 

「♪~」

 

 バレンタイン前日。その世話になっている人達にチョコを贈るというイベントの存在を聞いたダナンは今、団員に日頃の感謝を込めてチョコを作っている最中である。

 その手際たるや、“シェフ”の名に偽りなしといったところだ。

 

 今彼らはバレンタインのためにチョコを作ろうという話になってから騎空挺の修理が終わっていないためにシェロカルテから店の厨房を借り、材料を購入して作っているのだ。が。

 

「「「……」」」

 

 他の面々は彼の手際の良さに押し黙ってしまっていた。なにせチョコを渡そうと思っている本人が料理上手という、なんともハードルの高い状況になってしまっているからだ。

 とはいえ料理のできるメンバーはとりあえず作ってみようかと取り組んでいる。

 

 因みに形の良い試作品を店員が選んで商品として売り出すことが決定している。それを含めて厨房を借り材料を提供してもらっているのだ。

 

 そしてシェロカルテが快くその条件で厨房を貸している原因でもあるダナンは、物凄い速度で料理本片手にチョコを作っていた。

 

 苺が載ったホールのチョコレートケーキ。チョコクッキー。チョコのロールケーキ。期間限定発売のチョコソースパイ。並びにチョコ生地パイ。ピーナッツをチョコレートに混ぜて型に流し込んだ塊。

 チョコレートの種類もビター、ブラック、ホワイト、生チョコやなんかもあり、各種取り揃えて商品として売り出しやすく作り続けている。

 

 その上で片手間に個人的なチョコを試作中のようだ。……その中になぜか精密な黒騎士型のチョコもあったのだが。

 

「んー……」

 

 ただ本人はイマイチ決めきれていないのか、商品用のチョコを作るだけで思い悩んだ様子を見せている。

 

 他の面子はオーキス、アポロニア、ナルメア、リーシャである。中でもオーキスとアポロはどう作ったモノかと悩んでいる様子だ。リーシャはレシピと睨めっこをしながら作っている最中だ。ナルメアはある意味ダナンの料理の師匠でもあるので、手際良くチョコケーキを作っている。味見しながら自分の納得いくモノを作ろうとしているようだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()は一人ため息を吐いた。

 

 ジータは団長としてこのバレンタインというイベントに伴い、全団員へチョコを作らなければならない。ならグランもじゃないかと思うのだが、あの男は毎年貰うばかりで「ホワイトデーにお返しするんだしいいんじゃない?」というスタンスだ。よって毎年のバレンタインで団員へチョコを配るのはジータの役目になっていた。

 別にそのこと自体に文句はない。日頃お世話になっていることへの感謝を示すのだから団員へプレゼントをするのは当然のことだ。

 

 ならなぜジータは今ため息を吐いているのか。

 

 原因は今彼女に背を向けてチョコ作りに勤しんでいるあの男である。

 

 ……ダナン君にもあげようとは思ってたけど、まさかあんなことを言い出すなんて。

 

 憂鬱になっている原因は彼の発言にあった。

 

 シェロカルテの厨房を借りようと思ったのはいいのだが、そこで彼らと遭遇した。まぁそれは構わない。会えたなら配っておこうと思っていたので手間が省けるというモノだ。

 問題はその後の言葉だ。ジータが「団員皆に配る用のチョコを作ろうと思って」と厨房を借りた理由を説明すると、

 

「ふぅん。じゃあ俺も“蒼穹”の連中全員で分けられるようなチョコでも作っとくかな」

 

 となんでもないように言ってみせたのだ。

 それに硬直してしまったのはジータだ。なにせ彼の作るモノは美味しい。一応【料理人】の『ジョブ』は取得しているのだが現状彼に及ぶ料理人を、ジータは片手で数えられる程度しか知らない。

 つまり、自分が渡したモノよりもダナンが作ったモノの方が美味しいに違いないと思ってしまうと、そこはかとなく憂鬱になってしまうのだ。

 

 まぁ、ダナンという男からよりジータという女からのチョコの方が嬉しいのは確実なのだが、残念ながらそういう意識はないようだ。

 

 因みにジータがなぜ騎空挺の方ではなく、シェロカルテに厨房を借りているかというと。

 

 今グランサイファーの厨房では同じく団員全員に日頃の感謝を込めてチョコを配ろうと、寄りにも寄ってカタリナが気合いを入れたからだ。彼女の料理は控えめに言って殺戮兵器であり、この世のモノではない。そんなモノが団に配られてしまっては極度の味オンチ以外全滅してしまうだろう。具体的な人数で言うと二百人超えの強者がたくさんいる“蒼穹”の騎空団でも生き残れるのは五人もいかないくらいだろう。

 そのため他の団員が総出で阻止、またはなんとか改善しようと取り組んでいるところだ。まぁ、多分無理だろう。そしたら後で大切に食べる体で全団員のカタリナチョコを回収、ノイシュに全て処理してもらう他ない。

 

 今頃阿鼻叫喚の地獄絵図と化していそうなグランサイファーの厨房のことを頭から放し、今直面している問題について考える。

 

 ジータが更に問題だったのは、ダナンが「じゃあ適当に五百個くらいチョコ作っとくわ」と軽い調子で言って作り始めた一口サイズの小さなチョコ達を、ちょっと気になって口にしたことだ。あまりの美味しさに頬が蕩けそうになってしまい、その後で膝から崩れ落ちた。

 このチョコを食べたら自分の作ったチョコなんて記憶に残らないんじゃないかという懸念が湧き立ったのだ(そんなことはない)。

 

「……ナルメアさんとリーシャさんは順調みたいだけど」

 

 そう呟きながら、失礼ながら料理ができる印象のないオーキスとアポロの様子を眺める。二人は互いにレシピと睨めっこをしながらここをこうしたら、そこをああしたらと話し合っている。そういえばこの間までアポロさんはつんつんしてたんだなぁと思い返すと微笑ましい光景である。

 二人は正直なところどう足掻いてもダナンが作るモノより美味しいモノは作れないと思うのだが、特に自信喪失している様子がない。さて、どんな想いで作っているのかと近づいてみる。

 

「えっと、二人はあんまり料理とかしないんだっけ?」

 

 傍目から見ていてもあまり手際がいいとは言えなかったので、ジータはそう尋ねる。

 

「……ん。いつもダナンに作ってもらってる」

「そうだな。あいつが来る前もあまり料理はしてこなかったか」

 

 二人共エプロンに布巾を被った恰好だ。黒い鎧を着込んだ仏頂面のアポロはどこへ行ったと思うような恰好だ。流石にピンクのフリフリエプロンではなかったが。

 

「そうなんだ。二人はどんなチョコを作ろうとしてるの?」

 

 彼女が一番気になっているのはそこだ。

 

「……愛情たっぷりのチョコ」

 

 ちらりとオーキスはダナンに視線を向けた。隠す気ゼロ、というか表立って宣言することで周囲を牽制している節さえある。

 

「……あとはアポロとオルキスとアダムとスツルムとドランクの分」

 

 ちゃんと世話になっている人達にも渡すようだ。

 

「……ジータやルリアにも作ろうとすると、いっぱいかかるから」

 

 どうやら自分で作れる限度を考えて人を絞ったらしい。

 

「私はオーキスの言った連中にも作る予定だ。だがチョコ作りなど初めてだからな。無理のない範囲で決めている」

「……因みにオイゲ――」

「作らんぞ」

「……ですよね」

 

 否定が早かった。まぁ世話になっているわけではないのだから家族とはいえあげる義理はない、と言えばそうなのかもしれないが。オイゲンはそうやって自分に言い訳をしながら今年も娘にチョコを貰えない悲しみを癒すのだろうか。

 

「……一番大事な本命を言ってない」

 

 オーキスから指摘があり、アポロの頬に若干の朱が差した。

 

「……言い触らすモノでもないだろう」

 

 やや間を置いて言った言葉から、間違いなく渾身のチョコを渡すのだろうと察しがついた。

 

「その……ハードル高くないですか?」

 

 あんまり惚気を聞かされるのも気分が良くないので早速本題に入る。ジータの小声の問いに、なにを聞きたいかある程度察した二人はそれぞれの意見を述べた。

 

「……ダナンの料理は世界一。誰が作っても勝てないから、関係ない」

 

 オーキスの意見は贔屓が入っている気もするが、開き直りに近いだろう。

 

「……だから代わりにいっぱいの愛情を込める。愛情なら、自分のが誰にも負けないから」

 

 彼女は自信を持って胸を張りそう宣言した。その言葉にぴくりと反応したのはチョコ作りに勤しんでいたリーシャとナルメアだ。ダナンは聞こえているのかいないのか、鼻歌を歌いながら人外の速度でチョコを作り続けている。

 

「まぁ、基本的にはそういうことだ。チョコの美味しさで勝とうとはしない、むしろ勝たなくてもいい。バレンタインとはそもそも、人に日頃の感謝など想いを伝える日だろう? なら気持ちを込めるのが最優先だ」

 

 尤もそれが不味くてもいいという理由にはならないがな、とアポロは言った。この場にいる最年長らしく、ためになる言葉だった。

 

「……それはそうなんですけど、美味しすぎて込められた気持ちとか吹き飛ばしちゃいそうで」

「……一理ある。でも大丈夫。グランや他の皆はちゃんとわかってくれる」

「そうだな。あの連中が、お前の込めた気持ちを蔑ろにするわけがない。そんなこと、私達に言われなくてもお前が一番よくわかっているだろう?」

「あっ……」

 

 二人の言葉にはっとする。そうだ、いくらダナンのチョコが美味しいからと言ってそれだけで他者の気持ちを蔑ろにする人達ではない。そう、その通りだった。

 

「……そうですね。うん、そうでしたっ」

 

 そう言って頷くジータの顔は晴れ晴れとしていた。

 

「よぉし、ちゃっちゃと作らないとね! 二百人以上作らないといけないんだし!」

 

 気合いを入れるためか腕捲りをする。

 

「あ、そうだ。ねぇ、ダナン君」

「ん?」

 

 そしてふとなにを思ったかダナンに声をかけた。

 

「ダナン君にもちゃんと作るから、楽しみにしててね?」

「ああ、わかった。……料理ってのは何事も美味しさより食べる人への気持ちが大事だからな。それを忘れんなよ」

「あ、うん。ありがと」

 

 聞いてたんだ話、と思いながらもしっかりアドバイスしてくれたことへの感謝を述べる。

 それからジータは精いっぱいの気持ちを込めてチョコを作り始めるのだった。

 

「……ジータ」

 

 そこへオーキスがこそっと近づく。

 

「……ダナンへのチョコは、あんまり込めなくていい」

「ふふっ、大丈夫。オーキスちゃんが思ってるような気持ちは込めないから。ちゃんと義理だからね」

「……なら、いい」

 

 正妻(自称)なりの警告だったようだ。

 

 ともあれそれからは互いに意見を交わすこともあったが、それぞれの想いを込めたチョコ作りに勤しむ六人。

 チョコ作りも大切だが、本番は明日のバレンタイン当日である。

 

 想いを込めたチョコを相手に渡す日。

 彼女らは前日である今日同じ場所で同じ相手に渡すチョコを作ってはいたが……それは明日の本番で渡すタイミングを被らせないため。ライバル同士で日程を合わせるためだったのだ。


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