ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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書き上げほやほやのバレンタインの番外編。次回から本編に戻ります。

順序はナルメア、アポロ、ジータ、オーキス、リーシャとなっています。
誰それが良かったなど感想いただけますと幸いです。


EX:バレンタイン当日

 今日はバレンタイン当日。

 世間はカップルやカップル未満の人達が溢れ返っている。

 

 ……それ以外の者はチョコの甘い香りとカップルのイチャイチャで胸焼けするため外出を控えるのだ。

 

 そんな中、カップル未満の男女がここにも一組。

 

「ダナンちゃん。今日は時間取ってくれてありがとう」

 

 ナルメアとダナンである。

 昨日の話し合いの結果、なぜか一番美味しいチョコを渡せるであろうナルメアが一番手になったのだ。理由は昨日話していた通り、味が全てではないからだろうが。

 二人は今、シェロカルテの店の席で二人座っていた。

 

 ダナンは灰色のズボンに白いシャツの上に黒いベストを着込んだ普通の恰好だったが、ナルメアはなぜかエプロン姿のままである。一応理由は知っていて、朝まで試行錯誤を繰り返していたからなのだが。

 

 ……なんであのエプロンは胸の真ん中にハート型の穴が開いてるんだろうか。

 

 そこに対する通気性はいらなくないか? とダナンなんかは思ってしまうのだが。

 

「いや、いいんだ」

 

 ダナンはそう言いつつ内心で、呼び出された理由は知ってるしなとつけ加えた。

 なにせ本人のいる近くで相談していたのだ。ある程度聞こえていた。

 

「はい、これ。ハッピーバレンタイン、ダナンちゃん」

 

 ナルメアが差し出してきたのはケーキを入れる箱だ。ダナンはそれを受け取りテーブルの上に置く。

 

「ありがとな。開けていいか?」

「うん」

 

 確認してから箱を開ける。甘い香りを広げて中から姿を現したのはハート型のケーキだった。目につくのはハート型のチョコとナルメアの形をした飾りだろうか。ハートの縁を生クリームで囲っており、苺が載っている。また表面はベリーのソースで覆われている。

 

「おぉ」

 

 ダナンは素直に感嘆の声を漏らす。料理の腕が立つ彼はこのケーキがどれほどの技量で作られたモノか察しがついたからだ。ただ一つ言いたいのは、ナルメアの形をしたヤツが若干だらしないと言うか、にへらっとした笑みに見えることだろうか。これを自分で作って食べさせるというのはそこはかとなく闇を感じなくもなかったが、それについては無視した。

 

「じゃあ俺からもお礼に」

 

 食べてみたい気持ちはあったがその前にと用意していたお返しを渡す。本来ホワイトデーと呼ばれる日にバレンタインのお返しをするモノだが、折角だしいいやと併せて作っていたのである。

 

 ダナンは取り出した縦長の箱を開けて中身を見せる。そこにはロールケーキがあった。同じ場所で作っていたのである程度ナルメアがなにを渡してくるかわかっていたので、被らないようにはしていたのだ。加えてナルメアのケーキは甘そうだったのでブラックにしてみている。甘すぎないようにと工夫を凝らした結果だ。

 

「美味しそう。ありがとね、ダナンちゃん」

「俺の方もありがとな。じゃあ食べるか」

「うん。あ、ケーキ切り分けるね」

 

 ナルメアのにっこにこな笑顔を見られたからかダナンも少し満足そうだ。何気に彼女には甘いというか、他とは一線を画すところがある彼である。

 ナルメアは嬉しそうにしながら二人の作ったケーキを切り分ける。店の中ではあるが大きなケーキを作ってきていたのでナイフを用意していたらしい。席を立って前屈みになりながらケーキを切り分けているとエプロンの穴が丁度見やすい位置に来るのだが、ダナンは意識して視線を外していた。

 

 ただし近くの男性客は見ようと身体を傾けて対面の女性に蹴り飛ばされていたが。

 

「これで良し、と。ダナンちゃん、あーん」

 

 ケーキを切り分けたナルメアは皿に自分の作ったケーキを載せてスプーンで一部分を掬うと、それをダナンの方へ差し出してきた。

 おや流石に恥ずかしいし、と思ったがここはバレンタイン中のカップルしかいない甘々空間である。むしろそうしていない男女の方が少なかった。

 

 そしてナルメアはこういう時に遠慮するとショックを受けていじけてしまうのだ。

 

 まぁ今日くらいはいいか、と大人しく差し出されたスプーンを咥える。スプーンに載ったケーキを取って顔を引きスプーンを放す。ケーキは咀嚼を始めた瞬間にふわりと口の中に溶けた。甘さが口の中に広がっていつの間にか呑み込んでしまう。強めの甘さだったがしつこくなく後味もいい。

 

「どう?」

「……美味しいな。もっと食べてもいいか?」

「うんっ。じゃあはい、あーん」

 

 口溶けが良すぎて一口では物足りないと思わせる逸品だった。果たして自分にこれと同じモノが作れるかと言われればまた別の話だろうとも思う。

 簡単に結論づけるのであれば、ナルメアの作るモノは気持ちの込め方が異常なのだ。その点ダナンは人よりそういうところが下手というか、無意識にブレーキをかけてしまうのだ。

 

 それからしばらくして口直ししたいと思い始めたので、

 

「じゃあ次はナルメアの番だな。ほら」

「えっ? い、いいの?」

 

 今度はダナンが自分の作ったロールケーキをスプーンで掬ってナルメアに差し出す。人にしてあげたいナルメアは戸惑っていたようだが。

 

「いいんだよ。ほら」

「う、うん。あーん……」

 

 言うと大人しく目を閉じて口を開けて待機の姿勢に入った。その口にスプーンを差し入れた。

 

「んっ、美味しい……!」

 

 咀嚼して呑み込んだナルメアは顔を綻ばせる。

 

「だろ?」

 

 ちゃんと味見をして作る彼は自分の料理に絶対的な自信を持ち始めていた。だから「どうだ?」とは聞かない。美味しいのはわかり切っている。

 

「うん。ダナンちゃんってばすっごくお料理上手になってて、お姉さんびっくりしちゃったんだよね」

「はは。まぁそれもナルメアから貰ったモノの一つだ。ほら」

 

 その後も二人は談笑しながら互いに作ったケーキを食べさせ合いっこしていた。

 

 醸し出す空気はその場にいるカップルの誰よりも甘ったるかったという。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 午前中二人目はアポロだった。

 彼女は他の目があるのを嫌がり、ナルメアの時とは違って二人きりになれる個室で待ち合わせていた。

 

「……」

 

 どことなくそわそわしている様子で、待ち合わせした個室の椅子に座っている。

 ついこの間自分の気持ちに素直になったばかりで、尚且つこういう経験に乏しい。

 つまりどうしたらいいかよくわかっていないのだ。

 

 そして遂にがちゃりと音がして扉が開く。びくりと面白いほど跳び上がった彼女が目を向けると、コートを着込んだダナンが入ってきている。

 

「悪い、遅くなったな」

「い、いやいい。私も今来たところだ」

 

 嘘だ。三十分は前から待っていた。

 

 明らかに上擦った声だったがダナンは気にした様子もなく「そうか」と言ってアポロの隣に腰かける。個室の椅子は長椅子になっており、二人が並んで座れるようになっていた。店の場合対面に座ることも多いので、横並びという新鮮な形で話せるということだ。

 

「……」

 

 ダナンが隣に座ってから緊張はピークに達していた。目的は相手もわかっているのだからバレンタインのチョコだと言って用意してきたチョコを渡すだけでいいのだが、シミュレーションが上手くいっていない中で来てしまってので気が動転しかけている。

 

 ダナンもダナンで「アポロはなんか緊張してんなぁ……つっても俺から渡すんじゃバレンタインっぽくねぇし、温かく見守るか」と完全に待ちの構えである。相手の内心をある程度察した上で決して手助けしないのは内容が内容だからだろうが。

 

「……だ、ダナン」

 

 ぐるぐると回す思考を押し退けて、開き直るアポロ。所謂「ええいままよ!」というヤツだった。彼女は策略も練るが基本脳筋思考である。というか力尽くでなんとかなるならそれが手っ取り早いと思っているのだが。

 

「ん?」

 

 わかってはいるが、ダナンは惚けて彼女の言葉を待つ。できるだけ優しい声音と笑顔なのが彼女への気遣いか。

 

「……バレンタインのチョコだ。受け取れ」

 

 呼びかけはしたが渡す時はすっと目を逸らして差し出してくる。そんな照れた様子に苦笑しながら、

 

「ありがとう」

 

 素直に礼を言って受け取った。

 中を開けるとホワイトチョコケーキが入っている。

 

「食べていいか?」

「ああ……そのために作ったんだからな」

 

 そっぽを向いても素直ではあった。取り出して口にする。美味しく、味だけで見ればお手本のようだった。料理したこととかなさそうだからヤバいのが出来上がるのでは、と危惧していたがそんなことはなかったらしい。

 

「美味いな」

「ふん。お前が作っているモノと比べれば全然だろう」

「いや、美味しいって。昨日お前が言ったんだろ? 気持ちが込められてれば関係ないって」

「……まぁそうだが」

 

 なにより自分の作ったモノに自信を持っているからこそ、人の作ったモノに対しては自分より美味しいモノを望まない。

 

「あ、そうだ。俺からも渡すモノがあるんだ」

 

 アポロの作ったチョコを食べた後、自分が持ってきたチョコを取り出す。珍しくというか、箱が直立した長方形だった。高さのあるモノとは珍しいな、とアポロが眺めているとダナンはそれを机の上に置いてゆっくりと箱を開けた。被せるように下にした一面以外が持ち上がり、中から出てきたのは。

 

 ――黒騎士だった。

 

「……ん?」

 

 怪訝に眉を寄せてアポロはそいつに顔を近づける。何度目を瞬かせても変わらない。

 少し前なら鏡などで毎日見ていたその姿に目を見張った。

 

「どうだ、よく出来てるだろ? 力作なんだ」

 

 なぜかダナンは得意気である。

 

「……貴様は」

 

 チョコで作られたらしい黒騎士の全身甲冑姿を見て、彼女は。

 

「私に私を食べさせる気か!?」

 

 とりあえずツッコんだ。

 

「いやまぁ、黒騎士の甲冑ってチョコに出来そうだなって思って」

「だからと言ってここまで精巧に作らなくてもいいだろう!」

 

 彼女の言う通り、チョコ人形はよく出来ていた。甲冑の細部まで着ていた本人の記憶と相違ない。むしろ持っていないのにここまで精巧に作れるとかおかしいとしか思えなかった。

 

「あ、因みに鎧部分は剥げる」

 

 言いながらぽろりと手甲を剥ぐと中から細腕が出てくる。

 

「けど顔作るのはなんかアレだったから、兜は取れないんだよな」

「逆に変態度が高いな!?」

 

 兜だけ被った様子を思い浮かべそうになってしまった。

 

「鎧がブラック、手足はビター、胴体はホワイトだ」

「……なぜ胴体をホワイトにした」

「だって手足と一緒にすると裸みたいだろ? それに白いの着てたし」

 

 ぽろりと胴体の鎧を剥がすと確かにホワイトチョコで作られた胴体が顔を出す。

 

 ……よし。

 

「殴っていいか? 殴っていいな?」

 

 アポロはとりあえず握り拳を作った。

 

「え?」

「なんでそう不思議にそうにする!」

「いやだって、自信作だぜ?」

「バカか貴様! あんなモノを渡すなど……! バレンタインはこう、もっと甘い感じではないのか!?」

 

 想定していたモノと全然に違ったことに怒りを表す。するとアポロの手が取られぐっとダナンの顔が目の前に現れる。

 

「……なんだ、甘い方が良かったか?」

 

 とちょっといい声で口にした。相手が自分に好意を抱いているという確信があればこそ効果のある行為だったが。

 

「……」

 

 危うくどきっとしてしまいそうになりながらもちらりと机に目を向ければ黒騎士チョコ人形が立っている。

 

「……誤魔化せると思ったか?」

「ちぇーっ」

 

 目を細めて告げるとダナンは身体を放した。それを少し惜しいと思いながらも口には出さない。代わりに、

 

「……ムードもなにもあったモノではないな。罰として、昼までは一緒に過ごしてもらうぞ」

 

 呆れつつ、ダナンの手に自分の手を重ねる。その様子にできるだけ柔らかく笑ったダナンは、

 

「ああ、わかってるよ」

 

 頷くと掌を返して指を絡ませた。

 それから二人は人目を気にする必要がないのをいいことに、甘い一時を過ごしましたとさ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 昼頃。

 昼食をなににしようかとダナンは街を歩いていると、

 

「あれ、ダナン君?」

 

 ばったりとジータに遭遇した。

 

「ああ、ジータか。俺は昼飯食べようかと思ってるところだが、ジータこそどうしたんだ?」

 

 大勢いる団員達にチョコを渡すらしいから今日は忙しいと思ってたんだが、という意味合いを言外に含んでいる。

 

「私は団員へのチョコを配り終えて、お昼休憩でもしようかと思ってるとこだけど」

 

 なんという偶然か、二人して昼食を取るところだった。

 

「折角だし一緒に行く? 行きたいところあるんだけど、そこで良ければ」

 

 躊躇いがちにダナンを誘うジータ。

 

「ああ、いいぞ」

「良かった、じゃあ行こっか」

 

 自然な流れで二人で昼食を食べに行く。ジータが向かう先には、街の中央の噴水があった。

 

「噴水の水がチョコになってら」

 

 昨日まではただの水だったが、バレンタイン当日だけチョコに変えているようだ。そしてそのチョコ噴水には人だかりがあった。

 

「うん。バレンタイン限定で、前日の夜から噴水を止めて別口に繋げてチョコを出すようにするんだって。前日の夜に頑張って掃除して衛生上問題なくなってるから飲めるんだよ」

「へぇ」

 

 そんな手間のかかることを、と思っている内に気づく。チョコの噴水に集っている人達が串を突っ込んでいるのを。

 

「ああ、フォンデュになってるのか」

「そ。不特定多数の人が使うっていうのと、気を遣ってるとはいえ外だから衛生面に不安があるっていうのが問題点だけどね」

「ふぅん。けど噴水自体に浄化の魔法がかかってるな。これで衛生を保ってるのか」

「うん、そうみたい」

「で、ジータが来たかったのはこれか」

「うん。折角の限定だし、一回やってみたくって」

 

 受付のところに行くと一時間食べ放題だということがわかる。用意された食べ物をチョコにつけて好きに食べていいということだろう。

 二人はルピを払って噴水チョコフォンデュに臨む。

 

「へぇ、なかなかいい催しだな」

「うん。ちょっとだけ人を選ぶけど、皆でワイワイやるにはいいよね」

「そうだな。今度“蒼穹”で貸し切ったらどうだ?」

「それもいいけど、今あんまりお金ないからなぁ。維持費がね……」

「へぇ、団員多いと大変なんだな」

 

 世間話をしながら二人してチョコフォンデュを楽しむのだった。

 

「あ、ジータ。チョコついてるぞ」

「え、ど、どこだろう?」

 

 食べている内に口元についてしまったらしい。ダナンが気づいて指摘するが、ジータは右手で串を持っているため左手で左側を触っている。しかしチョコがついているのは右側だ。

 

「しょうがねぇな」

 

 ダナンは言うと手を伸ばし、ジータの口元についたチョコを指で掬うとそのまま舐めた。

 

「っ……!?」

 

 なぜだか彼の顔を真っ直ぐに見れなくなってしまう。それは顔から火が出るかのようで、顔が熱くなっていることを否が応にも自覚してしまった。

 

「ほれ」

 

 そんな中ジータの口になにかが押し込まれる。チョコの味が口いっぱいに広がって、困惑しながらもそのまま口を放すのははしたない気がして齧った。どうやらバナナだったらしい。

 

「さっきまで俺が食ってたヤツな」

「っ!?」

 

 その発言に口の中にあったヤツを吐き出しそうになってしまう。

 

「これでそう恥ずかしがることでもなくなったろ?」

 

 むしろさっきよりも酷いのだが、と口にする前にコップに入れたチョコにジータが齧ったバナナをつけて口にしている。……なんだか自分だけが意識しているみたいで、急に顔の熱が萎んでいった。ある意味では成功したらしい。

 

「……前に」

 

 仕返しとばかりに言わないでおこうと思っていたことを口にしようとする。

 

「ん?」

「……前に、口づけしたことだってあるけど」

 

 頬を染め口元を押さえて恨みがましく睨みながら、そう告げた。ダナンはきょとんとしていたがすぐに思い至ったらしい。

 

「ああ、あれか。あの時起きてたんだな。まぁ必要だったんだから仕方ないだろ」

 

 そう言って新たな串を噴水に浸ける。やっぱり無駄だったかと思うがよくよく見ると薄っすらと頬に朱が差している。

 

 ……意識してないわけじゃ、ないんだ。

 

 年上と聞いてなんだか納得してしまっていたが、可愛いところもあるんだと新発見したジータであった。

 

 当然、「なんだこいつら人目も憚らずイチャイチャしやがって」と周囲のカップルからさえも見られていたが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 午後三時。おやつの時間とも言われるその時間に、ダナンはオーキスと待ち合わせていた。

 呼び出されたのは街中にあるベンチだ。

 

「お、いたいた」

 

 見かければわかりやすい。蒼髪のツインテールに赤い瞳。そして座った自分の膝の上に載せている大きなハート型の箱。

 

「オーキス」

「……ダナン」

 

 少し駆け足で近づいて呼びかけると感情を映さない瞳がダナンを向いた。

 

「悪い、待たせたみたいだな」

「……ん。時間ちょっと前」

 

 三時に待ち合わせるようにしていたので、時間の少しだけ前ではあるが。

 

「……座って」

「ああ」

 

 ダナンはオーキスの隣に腰かける。代わりにオーキスは立ち上がり、身体を横向きにした体勢でダナンの膝の上に座った。そしてダナンに身を寄せる。

 

「膝の上に座るのか?」

「……ん」

 

 これからチョコを食べるなら食べづらいのではないかと思ったが、とりあえずオーキスの背中を右腕で支えることにした。

 

「……これ、バレンタインチョコ」

 

 オーキスは言って膝の上に置いていたハート型の箱を開ける。そこには大きなハート型のチョコレートが入っていた。

 

「……味見はしてるから、味は大丈夫なはず。でも美味しく作るのは難しいから、愛情は大きさで勝負?」

「はは、そうか。ありがとな」

「……ん。おっきく作ったから、二人で食べる」

 

 一人で食べ切るにはちょっとキツいと思っていたので、彼女の思惑は有り難い。とそこで大きなチョコを作っているところは見ていたのでオーキスが言い出さなくても二人で食べようと思っていたのだがと考える。そしてそこまで察しがついていたので彼が持ってきたモノも量を考慮してあった。……まぁ、オーキスの胃袋はルリアと同じく異次元に属しているので量は関係のだが。

 

「ああ。それで俺からは、これだ」

「……飲み物?」

「チョコのだけどな。一応くどくないように味は調整してるけど。量はあるだろうから、固形物じゃないのにしようと思ってたんだ」

「……そう。嬉しい」

「そりゃ良かった」

 

 ダナンが持ってきたココアとオーキスの作った大きなチョコを二人で楽しんだ。その最中、

 

「オーキス、口元にチョコついてるぞ」

 

 ダナンのが飲み物だったからか、オーキスの口周りにはチョコがついている。飲み物にしては濃かったからかいつもよりついてるとな、と思っていたのだが。

 

「……舐めて」

「え?」

 

 オーキスの言葉に思考が一瞬固まった。

 

「……舐めて、取って」

 

 彼女はそう言って唇を突き出すようにしてくる。明らかに指でというのは無理そうだ。しかもさり気なく左腕を手で押さえられていた。

 流石に公の場で、と思ったが他のカップルもイチャイチャはしていた。まぁ気にされないか、と思って顔を近づけ舌でオーキスの唇についたチョコを舐め取る。

 

 柔らかい感触と甘い味がして、そのまま舐めているとオーキスから顔を近づけてきてダナンの伸ばした舌に自分の舌を絡ませてきた。さっきまでチョコを食べていたせいか甘い味がする。

 

 ……まさか最初からこのつもりだったんじゃねぇだろうな。

 

 と文字通り甘いキスをしながら懸念を抱くが、流石にそれはないだろうと思い直す。

 妙に大胆な推定十歳近い少女と、最もオトナなバレンタインを過ごすダナンであった……。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 最後、夕方のいい時間を獲得したのはリーシャだった。

 これには訳があり、他の三人だと夜まで縺れ込むことが予想されたからだ。

 その点リーシャならどうせ一緒に夜を過ごすとかできるわけがないだろうという妙な信頼があったという。

 

 しかもこれを提案したのがリーシャの半分ほどしか精神が生きていないだろう少女なのだから恐ろしい。

 

「お待たせ、リーシャ」

 

 まだ二月だと寒く、しかも日が暮れたとなれば寒くなって当然だ。

 ベンチで座って待っていたリーシャのところへ、コートを着込んだダナンが現れる。

 

「いえ、私も今来たばかりですから」

 

 嘘ではない。五分前行動の五分前行動でに十分前に来たばかりである。真面目であった。

 

「そうか」

 

 リーシャはダナンが隣に座る前にすっと立ち上がり、持っていた箱を差し出して頭を下げる。

 

「こ、これっ……その、ほ、本命のチョコですからね?」

 

 告白しているかの状態で顔だけ上げて窺うように見上げた。ダナンは、相変わらず無自覚に赤面して上目遣いするんだなと思いながら有り難く箱を受け取る。

 

「ありがとな、お前の気持ちもちゃんと受け取っておく」

「は、はい……!」

 

 そういえばちゃんと好意を伝えたのは初めてでは、と思うと顔の熱は一層強まるばかりであった。頭を上げたリーシャに、今度はダナンから袋が渡される。中が少し見えてチョコクッキーだとわかる。

 

「あ、ありがとうございます」

「ああ。じゃあ座るか?」

「はい」

 

 それを大切そうに受け取ったリーシャとダナンはベンチに腰かけた。

 

「開けてもいいか?」

「はい、どうぞ。……その、上手く出来たモノを選んだつもりですけど」

「いいんだよ、気持ちが籠もってさえいればな」

 

 包装を解いて蓋を開けると丸いチョコが九個入っている。それぞれ微妙に違う作りとなっているようだ。

 

「へぇ、洒落てるな」

 

 作った人の工夫が見て取れるかのようなチョコに感心しつつ、ダナンは真ん中のチョコを摘まんで口に放る。

 

「ん、美味い」

「良かった……」

 

 味見はしていたが、口に合うかどうかは別問題である。美味しいという感想が聞けてリーシャはほっと胸を撫で下ろした、のだが。

 

「んっ!?」

 

 突然ダナンがびっくりしたような声を漏らして、びくっと肩を震わせる。

 

「だ、大丈夫ですか? なにか悪いモノでも入れてたりとか……」

 

 自分がなにかしてしまったのかと思い口元に手を当てるダナンを見ておろおろしていたが、よく見るとダナンの顔が赤くなっている。

 

「……リーシャ」

「は、はい」

「……これ、酒入ってるだろ」

 

 言ってからふらりと倒れそうになった彼の身体をリーシャは慌てて抱き留める。

 

「えっ? で、でもシェロカルテさんがあんまり強いお酒じゃないから大丈夫って」

「……俺、酒弱いみたいだ」

 

 そう言って顔を上げたダナンはぼーっとしているらしく弱っているような様子でもあった――なぜかその顔にきゅっと胸が締めつけられるような感覚があった。

 

「そ、そうなんですね。すみません、未成年なのに」

「……いい。ちょっと横になってもいいか?」

「は、はい。どうぞ」

 

 そう言ってリーシャは自然な流れで自分の膝を貸しダナンを寝かせる。

 

「悪いな」

 

 リーシャも寒さ対策はしているが、可愛らしい恰好をしようとした結果ミニスカになってしまったので彼の頭が乗る太腿は剥き出しになっていた。そこにダナンの頭が乗っているかと思うと少し変な感じだ。

 

「ダナンってお酒弱かったんですね。意外です」

「俺にも弱点くらいあるっての。まぁ、酒を飲んだことはないんだけどな」

「そうなんですね」

 

 つまりダナンが酒に弱いということを知っているのは自分だけということか、と思うと少しだけ得をした気分になってしまう。

 さらりとダナンの頭を撫でた。

 

「……ちょっと、寝るな」

「はい。休んだ方がいいと思います」

「ああ。悪いな、折角の機会なのに」

「いいんです、ダナンと一緒にいられれば」

「そうか……」

 

 ダナンはそのまま目を閉じてしまう。やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。どうやら本気で酒に弱すぎるらしい。意外な弱点を知ったリーシャはそのまま頭を撫で続けていた。

 

 ……そういえばクリスマスの時は仕返しされてそのまま気を失ったんでしたね。

 

 クリスマスでの一件を思い出す。直後に許容量を超えて気絶してしまったが、目を覚ました後思い出してニヨニヨしてしまうこともしばしばあった。

 そして、今なら仕返しされることもない。

 

「……」

 

 そう思ってからリーシャは膝の上で眠るダナンの頬にゆっくりと顔を近づけていって、口づけした。

 

「……ふふ」

 

 密かな達成感に笑みが零れてしまう。

 

 ……こうしているとちょっと可愛いですね。

 

 実際五歳も年下だが、普段はその年齢差が逆転したかのように振り回されることが多い。だが今は酒に負けて膝枕をして眠っている最中で、言ってしまえば弱みを見せているところだ。

 その様子がなんだか新鮮で、今までになかった庇護欲が湧いてきていた。

 

 しばらくそうしていて、ふと思い立ったことがあった。

 

 眠っているダナンの唇を頭を撫でている右手とは逆、左手の人差し指でなぞる。その指で自分の唇に触れてみた。それだけで顔が熱くなり耳まで熱が広がる。指を放して眠る彼の耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「……次は、直接。頑張りますからね?」

 

 今はまだその時ではない。けれどいつか必ず実現してみせる。

 

 そんな乙女の宣戦布告が、バレンタインの夕暮れに溶けていくのだった――。




ナルメアはバレンタインバージョンが出ているので抑えめ。
アポロはおふざけを入れてしまった。
ジータは割とちゃんとヒロインしている気がする。
オーキスは最年少にして最も大胆。
リーシャは珍しくお姉さん側に立つ。

という感じになりました。
その日の思いつきで書いているので時系列しっちゃかめっちゃかですね……。まぁ番外編なので許してください。


余談ですが唇のチョコを舐めてキス、というシチュエーションは私が中学生の頃に観たkis×sisのアニメであった気がします。観たのは放送時期とはズレてるかもなのですが。
あれは中学生には刺激が強すぎたなぁ……。

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