ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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存在だけ明かされている第四皇子、姉上が出てきます。
一応オリキャラになるのかな?


幽閉された第四皇子

 油の跳ねるジューッという音がする。

 まな板を包丁で叩く音がする。

 

 ガルゲニア皇国の厨房は現在フル稼働中である。

 俺の料理を大層気に入ってくれた皇帝陛下が、是非貴族にも食べさせたいと立食パーティを開催してくださったのだ。おかげで俺は周りから「余計な真似をしやがって」という視線に晒されることとなっていた。ふざけてんなあの皇帝。その立食パーティとやらも民からの重税で賄ってんだろ。

 

 俺達がガルゲニア皇国に来てから五日が経過していた。明日は二回目の定期連絡の日だ。二日前の連絡では他の二人もある程度調査の地盤を固めることができた、という状況だったと思う。

 レラクルはある程度調査に入る場所を絞ってこれたとのことだ。ハーゼの言っていた孤児院についても調べているらしい。あと最重要案件、叔父の行方だな。

 ドランクはなんと占い師として裏社交界の一員である貴族と関わりを持てたらしい。……なんでそいつが裏社交界の一員だとわかって、あの胡散臭さで占い師として関われるんだか全くわからんが。

 

 ともあれ、潜入は順調だ。

 

 立食パーティでは好きなだけ料理を作るだけなので別に俺がなにかやることもないだろうし、のんびり料理を作っていよう。

 と思ったのだが。

 

「皆に紹介したい者がいる。つい最近宮廷料理人となったダナンだ」

 

 と皇帝陛下がわざわざ厨房まで呼びに来てくださった。マジでふざけてやがる。

 料理を邪魔された怒りを呑み込んで爽やかな笑顔で上品に挨拶してやったが。あと怪しげな服装でベールを被った胡散臭さ全開で水晶を持った男がいたのには笑いかけた。ベールの奥でニヤニヤしてやがったのは多分わざとだ。俺を笑わせに来てやがった。

 まぁ予想外のことはあったが無事乗り越えられたので、良かった。

 

 ただし立食パーティにも叔父はいなかったようだ。

 

 叔父の行方はレラクルに任せるしかなさそうだ。裏社交界の実情の調査はドランクに任せるとしよう。

 俺はこのまま働きつつ、カッツェの言っていた第四皇子様が生きてるかどうかを確認するとしようか。とはいえかなり生きている確率は低そうだけどな。正直言って皇子を生かしておく意味がない。処刑しておいた方が叔父に都合がいいだろう。

 とはいえ調査もせずに報告しては団としての信頼に関わる。まぁあんまり団として依頼を受けるようなことはないかもしれないけどな。

 

 一応評判も少しずつ出てくるだろうし、例えこの依頼が広まらないとしてもな。

 

「……あー、珍しく疲れたな」

 

 主に皇帝のせい。料理を中断させ、立食パーティの貴族様方が大勢いる前で挨拶させ、挙句これでやっと厨房に戻れると思ったら挨拶して回ったらどうだと来た。料理をするからと断ったのだが、“シェフ”と話したい者も多いだろうと言われてその後も貴族と愛想笑いで応対する羽目になった。……確かハーゼはパーティで話す役割だったんじゃなかったっけ? これは作り笑い上達するわ。というかこんなことばっかりやってたとかあいつ凄いわ。

 俺は部屋に入ってからベッドにダイブする。ぐったりと倒れ込み、いや待て料理人の制服のままではいけないと思い直してゆっくり起き上がった。制服を脱ぎ、シャワーは明日の朝でいいかと下着のままベッドに潜った。……そういえばこんなにゆっくりした夜は久し振りだよな。俺のせいでもあるんだが、色々と夜も忙しい日々だったし。これを機にのんびりしよう。してもらおう。

 

 帰ったら酷いんだろうな、とかは考えない。

 

 その日は疲れていたこともあってすぐに眠った。

 

 翌朝。シャワーを浴びて早朝に料理人の制服で厨房へ。というのも俺が一番の新入りなので食材の仕入れの手伝いをするからだ。というか俺が入ってから初の仕入れなので参加しなければならない。

 ちゃんと先輩の前では殊勝な態度を取っているので、それなりに信用されてきているとは思うのだが。

 

「そういえば、一つお聞きしたいんですが」

 

 仕入れの作業を教えてくれている先輩料理人に敬語で尋ねる。

 

「どうした?」

「仕入れとは関係ないんですけど、この国には囚人用の食事を届けることはないんですか? 以前立ち寄った国ではあったんですが……」

 

 牢獄の様子を見に行きたいので、それとなく聞いてみる。特に第四皇子がいるかどうかは重要だからな。

 

「ああ、囚人用の。あるにはあるが、三日おきに一食しか与えないようにしているんだ。それもまた罰ってことだ。因みにちゃんと食べさせる。毒とかは入れずにただ美味しい料理を与える。そうすることで食べられない期間の苦痛を上げるという囚人への罰だよ。慣れてきた囚人は長めに期間を置くなどで苦しみを増幅させる。昔からそうやってきているらしいが、惨いモノだよ」

 

 先輩は苦笑して言った。……食べさせるのが罰か。いや怖いわ普通に。でもまぁ、食べさせてるなら生きている可能性もある、か?

 

「腕によりをかけて作った料理で拷問なんて複雑ですねぇ」

「まぁそれはそうだな。けど、それがこの国のルールだ。なによりそれが嫌なら牢獄に入れられるようなことをしなければいい」

「そうですね」

 

 不当に入れられたヤツいるだろうからなんとも言えないところではあるんだけど。

 

「丁度いい、俺もそろそろあんな場所に行きたくないと思ってたんだ。丁度今日持っていく日だから、ダナンも一緒に来い」

「了解です。……あんな場所って、自分で言っておいてなんですが牢獄って酷いんですか?」

「それはもう。……便は看守に言えば連れていってもらえるが、なにせ身体を洗うことはできないからな」

「ああ、なるほど」

 

 それは臭そう。というかそんな状況下に置かれた皇子様なんて正気でいられる保証がないよな。そんなヤツを皇帝にするくらいならカッツェの方がいいかもしれん。死にたいと思って自害した可能性も出てくるよな。

 

「それなら自分から言い出さなくても、いずれやることになってそうですねー」

「はは、そうだな。というか俺が押しつける」

「酷いっす」

 

 この先輩とはそれなりに仲良くやれているはずだ。一番年齢が近く、俺が入るまでは一番日が浅かったらしいので当然と言えば当然か。本人は雑用を押しつけられるようになって嬉しそうだった。

 まぁ、料理の速度は俺の方が上だから仕事にまだ余裕あるし、雑用くらいなら別にやらされても問題はないんだが。

 

 というわけで、その日の昼に先輩と牢獄へ足を踏み入れることになったのだった。

 

「すみません、囚人五名分の食事を持ってきました」

「ご苦労様です。そちらの方は新しく入った宮廷料理人の方ですね。では今回は私も一緒に入って説明を行いましょう」

「ありがとうございます、看守さん」

 

 先輩についていって看守室まで辿り着くと、看守と話して今回だけついてきてくれることになった。普段は一人のようだ。それは都合がいい、かは第四皇子がいたらの話か。

 

「では、どうぞ。私についてきてください」

 

 牢獄は地下にあるらしい。看守室に保管してあった鍵で地下への扉を開き、率先して中に入っていく。その後に先輩、俺と続いた。扉を閉めると壁にかけられた松明だけが階段を照らしている。薄暗く、既に少しだけ嫌な匂いが鼻についていた。先輩はあからさまに鼻を摘んでいる。……まぁ、これくらいなら俺の故郷とそう変わらないか。

 嗅いだことのある匂いで、昔なら嗅ぎ慣れた匂いとも言えたほどだ。俺は鼻を摘むようなこともせず、そのまま降りていった。

 

「まず、どの囚人にいつ食事を与えるかは看守である私達と、料理を作る宮廷料理人であるあなた達で同じモノを持っています。書類なので今は手元にありませんが」

 

 看守の人は丁寧な口調で俺に向けて説明してくれる。

 

「それを見て、一日毎に漏れがないよう食事を与えていきます。囚人は名前ではなく番号で管理されていますので、囚人番号で見ていってください。囚人番号は各牢獄の中央に立て札で書いてあります」

 

 看守がそう言ったので実際に見て確かめてみる。確かに牢屋の柵に札がかかっていて、「囚人番号 ○○○○」などと書かれている。基本連番になっているようなので、おそらく一か零からずっと続いているのだろう。

 

「そしてその囚人番号と同じ記載があるプレートを、宮廷料理人の皆様が持っています。そのプレートと同じ番号の囚人に、それぞれ料理を与えていく形になります」

 

 今回は先輩がやっているのを横で見ているだけなので、先輩が実際にプレートと札の番号を照合してから蓋をされた料理の盆を持ち上げた。

 

「料理は普段私が渡すこの鍵で、下の小さい入り口から中に入れます」

 

 先輩が看守から鍵を受け取り、屈んで南京錠を外す。引いて開けると素早く盆を縦に入れ込んだ。盆が入り切ったらすぐに閉めて鍵をかけた。囚人に掴まれるようなことを避けるためだろう。

 

「この動作はできるだけ素早く行ってください。でなければ怪我させられることもありますからね」

 

 恐ろしい話だ。まぁ犯罪者を相手にしているのだからそれくらいの脅しは必要か。

 

 先輩は看守の説明通りに四つの牢獄へ食事を入れ込んだ。しかしその後、料理を載せたカートを押す先輩の足が止まってしまう。

 

「先輩?」

 

 まだ配り終わってないですよね? という疑問を込めて呼びかけると、躊躇いがちに足を進め始めた。しかし足取りは重い。残る一人に食事を与えるのがそんなに嫌なのだろうか。看守なら知っているだろうと思って目で尋ねてみるが、

 

「行けばわかります」

 

 と答えるのみだった。

 どんな凶悪犯罪者が待ち構えているのだろうと思ったが、看守が足を止めて顔を向けた牢獄には小柄な人影があった。髪は伸び放題でボサボサだったが女性のようだ。痩せ細り目に隈を作ったハーヴィンである。他の囚人と同じ白いボロ切れのような服を着て、両手首に枷が嵌められている。……まさか。

 

「……あら。ちゃんと三日後に持ってきてくれたのね。前回噛みついたからてっきりもっと遅いと思ってたわ」

 

 彼女はやつれた顔で笑う。先輩が身を縮こませていたのでおそらく先輩に噛みついたのだろう。そりゃ苦手意識も持つわ。

 

「……口を慎め、囚人番号〇〇〇四。いや、元第四皇子レーヴェリーラ・アロイス・ガングス」

 

 看守が俺と話していた時とは全く異なる冷たい声音で告げた。……こいつがカッツェの言っていた姉上か。なんていうか、やさぐれてんな。

 

「なんで説明口調? ああ、なるほど。そっちの若い子が次から持ってきてくれるから、私が何者なのかってことを教えてあげてるのね。優しい看守サマ。この調子で不用意に鍵開けてくれないかしら」

「……減らず口を」

「減らず口を叩けるまで意識を保ってられるのはあんたのおかげよ? あんたの顔を見る度、私がここに幽閉された経緯を思い出せて――憎悪が湧いてくるもの」

 

 彼女は皇族とは思えない凄惨な笑みを浮かべた。まぁ、冤罪で捕まって囚人生活を送らされたらそりゃ人格変わるよな。嵌めたヤツへの憎悪と憤慨が起こるよな。

 

 がしゃん! と看守がレーヴェのいる牢屋の柵を蹴った。ただ本人は笑みを浮かべたまま怯む様子もない。

 

「なにが憎悪だこの身内殺しが!」

 

 そうか、看守的には皇子を殺害した最悪の犯罪者だもんな。そりゃキツく当たって当然だ。

 

「……そこのあんた、新入りの子よ」

 

 そこで不意に俺が呼ばれた。演技ではなくきょとんとしてしまう。

 

「そう、あんたよ。折角だからあんたが私に料理を与えなさい。鍵もあんたが開けて。で、他の二人はさっさと消えて」

「なんだと!?」

「ふふ、乗せやすい看守で助かるわ。いい暇潰しになってくれて」

「……チッ!」

 

 完全に看守が掌の上で踊らされている。彼は盛大に舌打ちするとずかずかと牢獄を出ていった。

 

「……じゃ、じゃあ後はよろしくな」

 

 先輩もむしろ安心した様子で俺に鍵を渡して逃げるように去っていく。……ふむ。一応防音はしておくか。

 

「あんた、新入りの癖に度胸あるじゃない。あれだけ脅したのに、全然響いてない。落ち着きを払ってるわ。余程の修羅場を潜ってきたんでしょうね。ただの料理人じゃないでしょう?」

 

 彼女は面白がっているような笑みを浮かべて尋ねてくる。

 

「ああ。ただの料理人じゃねぇよ」

 

 こいつの前で猫被るのは下策だな、と直感で考えて盆を持ったまま柵に歩み寄った。そのまま歩いて牢屋へと入る。触れた瞬間にワールドの能力で消滅させ、俺が通り抜けてから全く同じように創り直したのだ。

 

「……は?」

 

 レーヴェリーラは呆然としている。まぁ当たり前か。

 

「初めまして第四皇子様。俺はダナン。あんたの弟と妹の遣いだ」

 

 俺が不敵に笑って告げると、彼女は更にこれでもかと目を見開いて驚愕した。

 

「まぁ積もる話はあるが、とりあえず食えよ。俺の料理は美味いんだぜ」

 

 言って床に胡坐を掻いて座り、持っていた料理をレーヴェへと差し出す。

 

 さて。こいつからはどんな話が聞けるかね。




補足説明
今のところカッツェ《猫》とハーゼ《兎》というドイツ語が名前についている一族の人なので、一応そこに合わせました。
今出ている情報が「気が強いけどいい人」なので気が強そうな動物「レーヴェ《獅子》」にしてみました。
牢獄に入れられてやさぐれている状態なので獅子っぽさはあんまりないかも。まぁ二人もそれぞれの動物っぽさは星晶獣にしかないので大丈夫でしょう、多分。

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