ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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グロ注意。
時間がギリギリなのは古戦場のせいです。


最悪のパーティ

 ハーゼの本性と過去を知り、多少打ち解けたと思われる日から丁度五日が経った。

 

 今日は裏社交界の面々が大勢集まり、人体実験によって狂ってしまった子供達が見世物にされる、最低最悪胸糞悪い集会がある日だ。

 

 俺はちょっと早めに仕事を切り上げて会場へ向かっていた。

 

「さぁて、やるとするかぁ」

 

 俺は【アサシン】の『ジョブ』を発動して気配を消し、フードを被って顔が見えないようにしながら街を歩いていた。当然人通りの多い場所は通らない。人気のない裏路地を選んで歩いた。

 夜になって薄暗い中、大きなドーム状の建物は煌びやかに輝いている。

 

『趣味の悪い場所ね』

 

 俺の前ではすっかり本性そのままに話すようになった。飾らないのはいいことだが口が悪いのは問題である。

 今ドランクから借りている宝珠を首から提げるアクセサリとして身につけていた。その上で声は俺にしか聞こえないようにしてあるのだ。視界は宝珠から真っ直ぐに正面という形なので、彼女にも会場の外観が見えたのだろう。

 

「性根が醜悪なヤツが揃ってるからな、建物にもそれが滲み出てるんだろうよ」

 

 声は周りに聞こえないようにして返す。口の動きまでは誤魔化せないのであまり動かさないように注意を払いながらではあったが。

 

『で、どうするの? 皆殺しにするとは聞いてるけど、具体的な計画はなに一つ聞いてないわ』

「潜入してショーの最中に虐殺。そういうのが得意な賢者がいてな」

『どんな賢者よ。まぁいいわ、その辺は任せることにしてるから』

 

 ツッコみつつも自分があまり戦闘向きではないことを自覚しているのか食い下がることはなかった。

 会場が近くなってきたのでハーゼとの会話を控えつつ近寄り、身体を解してから人目がないタイミングで裏口から中に入る。

 ワールドの把握能力を駆使することで会場内の見取り図を手に入れたも同然となる。人の位置までわかるのだから潜入に苦戦することはなかった。人が来る時は物陰に隠れて、人がいない時はすいすい進む。

 

『……あなたホントは騎空士じゃなくて暗殺者が本業なんじゃないの?』

 

 と宝珠の視界から見ていたハーゼが呟いたくらいにスムーズだった。俺もそっちの方が向いてると思ってる、と答えたかったくらいだ。

 

「無理だよ! 俺にはできないよぉ!」

 

 と、どこかで聞いたことがある声が聞こえてきた。震えて今にも泣き出しそうだ。

 

「……ハリソン?」

『ダナン?』

 

 俺は俺でないとわかっているので某秩序の騎空団第四騎空挺団料理長の名を、ハーゼはハリソンを知らないので俺の名を口にした。つまりはそういうことだ。

 

「……ははっ。天は俺に味方してくれるらしい」

『見えてなくても悪どい顔してるのがわかるわね』

 

 早速物陰からその声が聞こえてきた部屋の様子を盗み聞きする。

 

「頑張れよ! お前ならできるって! 貴族様方の前で司会やるんだからそりゃ失敗したら即抹殺だろうけどさ、大丈夫だって! 練習の時も十回に一回も失敗してなかったじゃないか!」

 

 九割の確率で抹殺されんじゃねぇかそれ。

 

「だから無理なんだって! 特に本番が近づく度に成功確率減ってたんだから、間違いなく殺される!」

 

 だろうなぁ。

 

「代わってくれよ、なぁ!」

「いや無理だって! 台本だってあるんだぞ!? 俺が覚えてるわけないんだから殺されるし、代役を勝手に立てたってことでお前も結局殺されるぞ! ……俺達が生き残るためには、お前が成功させるしかないんだよ!」

 

 必死すぎる。

 

「……クソ、前金で娘の誕生日プレゼント買って、明日の誕生日に渡そうと思ってたのによ」

「なら乗り越えてやろうぜ、クソ貴族さん方に負けるなよ」

「ああ、そうだな。娘の笑顔を思い浮かべて、明日絶対に渡すんだ」

 

 あ、これ死ぬわ。

 

「なら、俺にその司会役譲ってくれねぇか?」

 

 そこに、俺は普通に扉を開けて入っていった。

 

『アホなの!?』

 

 ハーゼから驚きの声が上がるが、俺はこういうヤツである。突然聞こえた声に、中にいた男二人がぎょっとしている。

 

「あ、あんた今の話を聞いて……」

「さ、さっきクソ貴族って言ったのはこいつだ!」

「違ぇよてめえだろうが!」

 

 責任の(なす)りつけ合いを始める二人。

 

「黙れ」

 

 俺が低く告げると、びくりと身体を硬直させて押し黙った。放った殺気を収めて二人の間に入り肩を組む。

 

「別に俺はあんたらを殺す気はないんだ、あんたらが俺がここに来たことを漏らさなきゃなぁ」

 

 深く心に入り込めるように声音を調整する。

 

「あんたらも抹殺されるかもしれないんだろ? なら簡単だ、その司会を俺に寄越せ。怪しまれないように気絶はさせてもらうが、あんたが司会をやるよりは生存確率が高いと思わないか?」

「……な、なんでそんなことを」

「決まってる。今日来た観客を全員、ぶっ殺すためだ」

「「っ!?」」

 

 物騒な響きに男二人は怯えたように身体を震わせる。

 

「だから司会って立場が都合いいんだよ。……あんたらに残された選択肢は二つだ。ここで俺に殺されるか、気絶させられて生き延びる確率を上げるか。どっちにしろ司会の座は奪うが、協力するかしないかであんたら二人の命は消えるかが決まる」

 

 俺は言いながら肩に回した手に暗器を取り出しそれぞれの首筋に当てる。

 

「……き、協力する!」

「お、俺もだ! だから殺さないでくれ!」

 

 恐怖故か引き攣った声音だったが、協力してくれる気になったようだ。

 

「おぉ、そうかそうか。協力してくれる気になって嬉しいよ」

 

 俺はにこやかに言って二人からぱっと離れる。

 

「さて。じゃあ司会の衣装とかを渡してくれ。んで、もう一人のあんたも気絶してもらうことになるが、あんたはなんの役割だ?」

「お、俺はただの清掃員だ。……と言っても、使えない子供の始末が終わった後の、だけどな」

『虫唾が走るわ』

 

 ハーゼの冷酷な声は兎も角、つまりは事前準備のあまりない汚れ仕事というわけだな。

 

「子供の始末ってのは?」

「ここの一種のパフォーマンスってヤツでな。気に入らない子供をショーの後始末させるんだ。……死ぬ様子までもショーの一環ってわけだな」

『吐き気がするわね』

 

 なるほど、まぁ見世物としてつまらなければ始末するのが娯楽の観点から見た通常なのだろう。クソみたいなのは変わらないが。

 

「わかった。で、台本は?」

「ここだ」

 

 司会役だった男から衣装と台本を受け取る。衣装は腕にかけて、台本をぱらぱらと捲る。……まぁ、最初だけ覚えればいいんだから全部を読む必要はないな。細かい部分も台本で指定されてるのは間違って貴族の反感を買わないようにだろう。概要や主な流れなんかは頭に入れておき、最初の方のセリフは暗記する。「レディース、アンド、ジェントルメーン」的なアレだ。まぁノリで押し切ろう。

 

「じゃあ後は気絶してな」

 

 【アサシン】のままだったので、そのまま睡眠針を首元に刺して眠らせた。

 

『……やっぱり騎空士じゃなくて暗殺者が本業でしょ』

 

 いや、本業にするなら料理人なんだけどな。とは返さなかった。

 とりあえず『ジョブ』を解除してから衣装に着替えて司会役の恰好になる。シルクハットに燕尾服、先のカーブした黒いステッキ。目元を隠す赤いマスクという変な恰好だ。この恰好になったらClass0で【マジシャン】とか追加されそうである。追加されなかったけど。

 

「どうだ、ハーゼ」

『ぷふっ。に、似合ってるわよ、最高に面白いわ』

「バカにしてんだろ」

 

 宝珠を持ち上げて俺の姿が映るようにしたら笑われた。素性の知れない感じがするから俺だと見てわかることもないとは思うのだが。

 

『ま、まぁ会ったことある人でも一目でダナンとわかることはないんじゃない? 後は声色や態度ね』

「それを聞きたかったんだよ。まぁその辺は俺の得意分野だ」

 

 更に言えばハーゼやドランクの得意分野でもある。

 

「さて、台本の読み込みと演じる人物像を固めていかないとな。協力してもらうぞ、演技上手な皇子サマ?」

『ええ、任せて頂戴。私以上に演技で騙せる人なんていないんだから』

 

 割りと自信家だな、と思いながらも頼りになることは間違いないので二人で相談しながら演じ方を固めていった。

 

 お次は始末役として出てくるヤツの入れ替えだ。まずはそいつの待機部屋へと向かう――麻袋を被った筋肉隆々の大男が血塗れの斧を持って座っていた。……一目でわかるヤバいヤツじゃん。ぱっと見でわからないヤツの方がヤバいだろうが。

 麻袋を突き破って角が出ているのでドラフだろう。というかドラフ以外でこの身体つきはない。

 

「……オ」

「ん?」

「オォ、アアァァ!!」

 

 挨拶かと思ったが、叫び声を上げて襲いかかってきた。いや、これがこいつなりの挨拶なのかもしれない。

 

『ちょっ!』

「なるほど、初めまして(物理)ってとこか」

 

 ハーゼの焦った声を無視し、俺は斧を持つ手を蹴り上げて弾き挨拶を返す。

 

「……オッ?」

「不思議そうな顔だな。……生態的な上下もわからないんじゃ、てめえは獣以下だな」

 

 首を傾げる男に殺気をぶつけると、大きく飛び退いた。

 

「処刑役は交代だ。後で替えのヤツが来るから、もう必要ない」

 

 思考力が低下しているのは、おそらく裏社交界による人体実験の結果だ。壊れすぎてて俺でも直せないな。

 

「オオォォォァァァァァ!!」

 

 雄叫びを上げて襲いかかってくるそいつの頭を、司会として持っているステッキで殴りつけた。頭蓋が陥没してどたんと倒れ込み血を流して絶命する。

 

「埋葬する時間もねぇ。じゃあな」

 

 俺は言って証拠隠滅のためにワールドの能力で男の身体と流れた血を消滅させた。

 

『……強いのね』

「騎空士って言っただろ。この程度のヤツに負けてちゃ、外の魔物共の退治なんかできやしねぇよ」

 

 ハーゼからしてみれば、俺は強く見えるのだろう。だがそれは間違いだ。今の段階では、だが。

 

「さて、じゃあ後は本番を待つだけだな。これから俺は演技して回るから、ハーゼにはあんま答えられなくなる」

『それくらいわかってるからいいわよ』

「……ところで、見世物の待機部屋は見たいか?」

『……いい。見たらきっと、即座にここのヤツら殺したくなるもの』

 

 我慢はするようだ。というより我慢できなくなるから見ないのか。賢明な判断だな。俺も見てそのままにしておけるかと言われれば微妙なところだし。

 

 ということで子供達のいる部屋は見ずに司会役として挨拶回りを済ませ、打ち合わせを行った。集中を切らすと素が出ちゃうんで、という理由により常に演技していたので素の彼を知っていたとしてもバレなかったと思う。

 

『バレてはなさそうね、順調だわ』

 

 とは演技の皇子サマからのお墨つきなので大丈夫だとは思うのだが。

 

 そうして時間は過ぎ、いよいよパーティが始まる。ただしこれから始まるパーティは多くが思っているような、子供を見世物にして嗤う最悪なパーティではなく、観客の全員が死亡する最悪なパーティだ。

 

 今宵の客は血に飢えている、とは言わない。

 今宵の魔術師は血に飢えている、と言える。

 

 さぁ、パーティの始まりだ。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 夜も更けた頃。普段ならほとんどが眠りに着き静けさを漂わせる時間帯。

 しかし今夜は違った。

 

 仮面をつけ、華美なドレスやタキシードに身を包んだ貴族の男女が階段式の客席に所狭しと並んでいる。

 これら全てが、ガルゲニア皇国を牛耳る裏社交界に入っている貴族達であった。

 

 全メンバーがここに集結しているわけではないが、地方の島に領地を持つ貴族ですらも、今日この日のために遠路遥々首都まで来ているのだ。

 皆待ち遠しいかのように浮き足立ち、今日はどんな催しがと話をしている。高貴な身分で下卑た笑みを浮かべているのは世間一般から見れば吐き気を催すほどだ。

 

 そんな中、階段式になっている客席の中央、降りていったところにあるステージの幕が上がる。幕が上がるその地点に、俺は気取ったお辞儀をしたまま立っていた。

 わーわーぱちぱち、と貴族連中から拍手と歓声で迎えられる。俺は幕が上がり切ったことを確認して前に出てくると、ステージの上で華麗なステップを踏んだ。青い宝珠で作った即席のアクセサリも一緒に踊る。

 

 ステージの一番前の真ん中で足を止めた俺は、かかっとステッキでステージを叩くとぴたりと動きを止める。客側も示し合わせたかのように拍手と歓声を止める。

 

「レディース、アーン、ジェントルメーンッ!!」

 

 声を張り上げて、俺は台本通りに振る舞う。

 

「今宵ここにお集まりいただきましたのは! ガルゲニア皇国を手中に収めている――失礼いたしました、手中に収めんとしている裏社交界の皆々様! 国にとって大事な時期ではございますが、今宵は思う存分お楽しみいただければと思います!」

 

 俺の挨拶に客席から歓声が上がる。ちょっと台本から変えてしまったが、掴みがいいので許されるだろう。

 俺が変えたのは間違えたところ。本来「収めんとしている」のところを間違って「収めている」と言ってしまった、ということで貴族様方の機嫌を窺おうというわけだ。この様子を見る限りでは成功だな。

 

『……どいつもこいつも……。あいつもパーティで見たことあるわね』

 

 宝珠からぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。どうやら見ている範囲でも顔見知りがいるらしい。顔見知りだからショックを受けている、というわけではなく「騙してやがったのね死ねばいいのに」という感じだ。

 

「さて早速ですが本日の一番手にご登場いただきましょう! この子です!」

 

 俺が壇上の右側に避けて中央を指し示すと、幕が上がっている奥から踊り子の衣装に身を包んだ年端もいかない少女が緊張した面持ちで登場する。台本はハーゼに見えないようにしていたが、とりあえず胸糞悪いぞとだけ伝えてある。

 ともあれ、胸糞悪いパーティの一番手というのは不穏だ。

 

「この愛らしい彼女はダンスを披露してくれます! ではミュージック、スタートッ!」

 

 俺がそう言うと、早速音楽がかかり始める。少女は緊張しているようだったが前奏の間に心を落ち着けさせて、意を決し踊り始める。ダンスとしてみるならなかなかの出来だと思う。とはいえ俺が知っているダンサーは“蒼穹”のアンスリアという有名人なので、年齢を考えればかなりいいと思う。

 彼女もおそらく事前に「失敗したらその場で殺される」とは聞いているだろうから、丁寧にしかし見目良く踊ろうと必死な様子を見せている。順調に序盤を経て、中盤に移る。少女も調子が出てきて踊りにメリハリが出てきているが、客席はむしろニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

『……そうよ、その調子。大丈夫よ』

 

 と宝珠から素直に応援する声が聞こえてきたが、これは事前に伝えておいた方が良かったかもしれない。まぁ最初の見世物が途中の段階で行動を始めるから殺させはしないが、ハーゼがショックを受けてしまうかもしれない。

 

 なにせ、この子のダンスは()()()()()()

 

 バレエと呼ばれる踊りを披露する彼女が跳んだ時、それは起こった。完璧な流れだったにも関わらず着地の直前で足が勝手に動いたのだ。

 

「『えっ?』」

 

 少女とハーゼの声が重なる。着地が思わぬところでズレた少女はどうしようもなく、転んだ。会場は大爆笑である。少女は目を白黒させ、自分が失敗したとわかると顔が蒼白になる。

 

『ど、どういうことよ! さっきまであんな上手に! あの時だけ、まるで勝手に身体が動いたみたいに……っ!?』

 

 ハーゼの動揺した声が、言っていて自分で気づいたらしく停止する。

 

「……ああ。ここまで、()()()()だよ」

『胸糞悪いにも程があるわね……!』

 

 全くだ。ぎり、と歯軋りする音が宝珠越しにも聞こえてくる。

 

「……俺は台本通りに動く。俺が近づいたらお前の声をあの子にだけ聞こえるようにする」

『……ありがとう』

 

 口は動かさないように告げると、素直な礼が返ってきた。礼を言われることじゃない。黙っていたのは悪かったしな。

 

「おやおや、どうやら“失敗”してしまったようですねぇ」

 

 俺がかつかつと転んだ少女に近寄りながら「失敗」という部分を強調するとびくぅと怯えた反応をする。宝珠から『必要以上に怖がらせるんじゃないわよ』と声が聞こえてきたが仕方のないことだ。なにせ本気で演技しないとバレてしまう。

 

「ち、ちが……っ! し、失敗なんてしてません! まだ、まだ踊れます!」

「それは会場の皆様が判断されることですね」

 

 俺は無情に言ってハーゼの声が届くように仕向け、ばっと客席の方を向いて両腕を大仰に広げる。

 

「では皆様、お聞きしましょう! 彼女の可憐な踊りを見たいという方は拍手をお願いいたします!」

 

 俺の声に反して、しー……んと静まり返る。少女の顔からどんどん血の気が引いていった。

 

「では――この可憐な少女が始末されるところを見たいという方!」

 

 俺の声に比例して、いやそれ以上に盛り上がって全体から拍手喝采が巻き起こる。そう、これは前座だ。ここがどういう場所なのかをわかりやすくする、前座。洗脳によって必ず失敗するように仕組まれたダンスに、今夜の第一号が殺される様を期待する貴族共。

 最悪の舞台だ。

 

「おやおや、これは満場一致で決まってしまいましたねぇ。では本日の処理係にご登場いただきましょう!」

 

 歓声が上がる。俺の声に応じて登場したのは、岩を乗せた台座を押した紺色のローブに赤いケープを纏った、()()()()()だ。

 しかし歓声がその姿を見て次第に萎んでいってしまう。思っていたモノと違う処理係が来たからだろう。戸惑いが大きいようだ。

 

「元々処理を予定していた彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので皆様に被害が及んでしまうかと思い、急遽交代となりました」

 

 俺の述べた建前にくすくすと嫌な笑い声が響く。あいつが人体実験にされた結果理性を失ったというのは周知の事実だからだろう。

 

「新顔に不安を抱かれるのも無理ありません。なので本日は彼の手腕を見ていただくために、岩をご用意いたしました! 彼は巷で何人もの罪なき人を魔術によって手にかけた連続殺人鬼! 皆様のご期待に沿えるショーを作り出してくれるでしょう! では、どうぞ」

「ああ」

 

 青年、ロベリアは俺の演技に応じて台座を押したままステージの前方真ん中まで歩く。一体どんな、と注目を浴びる中、彼は右手を掲げ親指と中指の腹をつける。指を鳴らす直前の形だ。

 

「スリー、トゥー、ワン」

 

 ロベリアがカウントダウンしてからぱちんと指を鳴らすと岩が粉々に粉砕された。おぉ、とどよめきが客席に広がる。……打ち合わせ通りだ。あいつはカウントダウンを別のヤツで、と言い出したが納得させた。わかりやすく皆が乗りやすいヤツじゃないとな。

 

「ご覧いただけましたでしょうか? 彼は魔術によって、前任よりも多彩な処理を見せてくれるでしょう!」

 

 俺の言葉に会場が熱を取り戻す。少女が粉々に砕け散る様を期待し歓声が上がる。……少女は蹲ってがたがたと震えていた。

 

『大丈夫よ、あなたは助かるわ』

 

 そこに俺が聞いたこともないくらいに優しい声音で、ハーゼが少女に語りかける。

 

「……え?」

 

 少女は呆然として顔を上げそうになるが、

 

『顔は上げないで。絶対助けるから、バレないようにそのまま蹲ってて』

「……たす、ける? お姉ちゃんは、誰なの?」

『それはまた後で。私とそこの怪しい司会は味方よ。終わったら背中を撫でるから、それまで蹲って耳を塞いでなさい』

「う、うん……!」

 

 ハーゼの優しい声が絶望に打ちひしがれる少女の心に染み入ったのだろう。ちゃんと言うことを聞いてくれた。ただ怪しいは余計だ。

 

「では皆様、いよいよショータイムのお時間です! 彼は理性ある殺人鬼! 先程皆様がご覧いただいた通りタイミングを合わせることができます。なので皆様、どうぞ盛大なカウントダウンをお願いいたします!」

 

 俺は大仰に振る舞い観客の興奮を煽る。

 

『よくやるわね、ホント』

 

 さり気なく呟いてくれる辺り、少女への俺の印象を和らげようとしているらしい。お優しいことで。

 

「では皆様、ファイブからお願いいたします!」

 

 くるりとステッキを回し、持っていない左手で五本指を立て突き上げる。

 

「ファイブ!」

 

 俺がカウントすると、興奮を煽られた客達は次のフォーからカウントダウンに参加する。

 

「「「スリー!!」」」

 

 少女が死ぬところを楽しみにした、狂気のカウントダウンは進む。

 

「「「トゥー!!」」」

 

 あともう少し。俺は指を折り曲げてわかりやすくカウントダウンをしながら冷静に客席を見渡し、一番前の列真ん中で立って興奮しきりにカウントしている禿頭で肥満体の男性に目をつける。

 

「「「ワン!!」」」

「……ロベリア。真ん中の最前列、禿げたおっさんだ」

 

 俺はヤツにだけ聞こえるようにして指示を出す。ニヤリと嗤うのがこちらからでも見えた。

 カウントダウンは終わり、ぱちんとロベリアが掲げた指を鳴らす。

 

 ヤツの魔術は俺の傍らで蹲っている少女、ではなく。

 

 びちゃぁ!

 

「……はぇ?」

 

 俺が指定したおっさんに発動、その禿頭は破裂して周囲に脳漿をぶち撒けた。しん、と静まり返る会場。なにが起こったのか理解できないとばかりに周囲の人は自分の被ったおっさんの体液に呆然とする。

 

「……くっ、はははっ!」

 

 そんな中、ロベリアは高笑いを始めた。その声を聞いて理解が広がったのか絶叫があちこちから上がる。血を浴びて気絶した者もいた。混乱は広がり慌てて逃げ出す者など反応は様々だった。

 

「ロベリア。客席にいたヤツは全員黒だ。一人残らず、好きに壊していい」

「くくっ……! キミの騎空団に入ってからはもうないと思ってたけど、やっぱりキミは最高だ!」

「てめえみたいのはずっと我慢しろって方が無理だろうが。だからこうやって、発散させられる時にさせる。俺の許可なく手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「わかっているとも。ここまで充実させてくれたなら、文句はない」

 

 ロベリアは本当に俺の言いつけを守っているのか怪しいが、ともあれ片っ端から逃げ惑う人々を壊していく。俺がやっても良かったんだが、まぁそこはさっきも言った通り発散させた方がいいとは思っているからだ。

 

『いい気味ね。……あっ、聞こえてないわよね?』

 

 くつくつと笑いながら言ったかと思えば、少女に聞こえていることを危惧して狼狽している。

 

「今は俺にしか聞こえてないから安心しろ」

『そう。なら存分に罵倒してやるわ、あの蛆虫共』

 

 既に始まっているようだ。俺だけに聞こえるハーゼの罵詈雑言だが、大部分は無視した。皇子がよくこれだけの暴言を思いつくモノだなぁ、と感心することにした。内容については触れない。

 

 やがて、客席にいた全員は死滅した。会場が血の海と化している。その中心で感極まった様子のロベリアが立っていた。逃げ出した客はいない。レラクルに閉じ込めるように頼んであった。

 

「くくっ……あはははっ!! 久し振りに最高のアルモニーを奏でられたよ。やっぱり、壊すなら人だね」

「俺の許可なく殺ったら滅するぞ」

「くはっ、わかっているとも」

 

 本当だろうな?

 

『……私は立場が立場だったらいいけど、こんなのが仲間だっていうなら困りモノだわ』

「俺の気持ちがわかってくれて嬉しいよ」

『苦労してるのね』

 

 ハーゼに共感された。まぁ性分が近いから割りと仲良くなれそうなところはあるしな。というかあいつを見れば誰だってそう思う。

 

「さて、行くか」

 

 俺は言って蹲った少女の背中を撫でて、しかし惨状は目に入れないように抱き上げて目元を隠す。

 

「わっ」

「もう終わったから、大丈夫だ。まだ自由にはできないが、我慢してな」

「は、はい……」

 

 怖がらせてしまったこともありできるだけ優しく声をかけた。ハーゼにはタメ口だったのに俺には敬語だ。まぁそう簡単に警戒を解いてくれはしないか。

 

『はぁ』

 

 なぜかハーゼがため息を吐いていたが。

 とりあえず触れている内に身体を分析、洗脳の痕跡を消去する。

 

「他のヤツも解放して、実験の痕も戻してやらないとな」

「痕を戻す?」

「ああ。もう、操られることはないから安心していい」

 

 俺はステージから裏手に回ったので目を隠していた手を放して頭を撫でてやる。

 

「あっ……」

『もう大丈夫だから、安心して泣きなさい』

「っ……!」

 

 ハーゼの言葉に安心したのか少女は俺の胸元に顔を埋めて、声を上げて泣いた。俺は彼女が泣き止むまで頭を撫で続けていた。

 

『ちゃんと頭撫でてやりなさいよ』

「それくらい俺にもわかってるっての」

 

 そんなことを言い合いながら、捕まっている子供達を解放しようと場所を移動するのだった。

 因みにロベリアは役目が終わったので追い出した。




というわけでロベリアを活かすというダナンの手腕が発揮されました。
グランとジータならこんな活躍のさせ方絶対しない。

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