……星屑の街を救っちゃったんだよなぁ、この作品では。
とりあえず独自解釈なりにガルゲニア皇国の話は終わりになります。
兵士達に部屋へ乗り込まれた俺達四人は、手錠を嵌められ宮殿に連行された。
「叔父上……!」
宮殿の謁見の間にて、俺達はたくさんの兵士が並ぶ中央に連れてこられる。玉座には皇帝が、玉座から少し離れた右側にはその姿を見てカッツェがそう呼んだことから、件の叔父とやらがいた。カッツェに睨まれてニヤリと口端を吊り上げている。
「この、クソ野郎! 私を嵌めやがって! そもそも私の前に無実の人を何人も処刑しておいてなんのお咎めもなしっていうのがおかしいのよ! 二人共ぶん殴って――ぐっ!」
演技なのか今までの鬱憤が爆発したのか怒鳴り散らすレーヴェは、彼女を捕らえた兵士に殴られてしまう。
「姉上!」
「お姉様!」
二人が彼女を呼ぶ。レーヴェは殴られはしたが鋭く皇帝と叔父を睨みつけた。
「おぉ、怖い怖い。流石身内を殺した犯罪者は違うな」
皇帝はおどけたように告げる。
「カッツェとハーゼも久し振りではないか。だがまさか国家転覆を企むなど、兄として悲しいぞ」
「……兄上。どうやらまだ、叔父上の企みに気づいていない様子ですね」
「皇帝陛下と呼ぶように言ったであろう?」
「
「っ!」
カッツェは眉間の皺を更に深めて皇帝を睨み上げる。申し出を聞き入れないカッツェに皇帝が苛立ち、代わりに兵士の一人がカッツェを殴りつけた。
「……ふん。まぁいい。それよりまさか、貴様がこいつらの手引きをした犯人だったとはな、ダナンよ」
「なにかの手違いでは?」
「往生際が悪い。……叔父上」
「わかっているとも」
皇帝の声に応じて叔父が前に進み出ると、
「入れ!」
謁見の間に誰かを引き入れる。入ってきたのは俺に見覚えがある人達。
「……院長?」
ハーゼとしては馴染みのある院長が入ってきたことに驚きを隠せないようだ。院長は気まずそうに目を逸らした。
入ってきたのは仲良くしていた先輩料理人、看守、孤児院の院長の三人だ。
「そして、最も剣の腕が立つ部隊長」
叔父の声に応じて俺と関わりのある隊長が前に歩み出てくる。
「……まさか」
「そう、全てはカッツェかハーゼの間者を見つけるために、一芝居打ってもらっていただけのこと」
「……そんな」
俺は叔父の宣言にがっくりと膝を突く。
「くくっ、叔父上にかかれば貴様の浅知恵などお見通しというわけだ。さぁ殺せ! 国家に反逆した愚か者を処刑せよ!」
皇帝が高々と命令し、隊長がそのまま俺の前に出てきて腰の剣を抜き振り被る。
「ダナン!」
レーヴェが悲痛な声で俺の名前を呼ぶ。だが、そう気にする必要はない。
振り下ろされた刃は俺の首目がけて迫り、そして
「「「っ!?」」」
剣は弾かれ、周囲に驚愕が広がっていく。
「流石、いい腕だな。おかげで手錠が斬れちまった」
俺は言って両手首の手錠を振るい落とした。
「な、なに……?」
他でもない隊長が驚き半歩下がる。
「手錠の鎖を引き千切って、枷の部分で防御したのか……!」
「ああ。まぁ少人数で国引っ繰り返すなら、これくらいできないとダメだろ。いざとなったら実力行使できねぇとな」
俺は言って平然と立ち上がる。後ろ手に手錠つけられてたから一回引き千切らないといけなかったんだよな。まぁでも上手くいって良かった。
「初日でわかってただろ? あんたじゃ俺には勝てねぇよ」
「嘗めるなっ!」
隊長に向けて告げるが、残念ながら聞き入れてはくれなかった。剣を構えて肉薄してくる。その速さは俺と模擬戦をやっている時より数倍速い。当然手加減していたのだろうとは思っていた。
袈裟斬りを紙一重で回避して兜ごと顔面を殴りつける。隊長はよろめいて数歩後退した。
「た、隊長の剣を!」
「クソ、ただのちょっと強い料理人じゃなかったのか!」
「当たり前だろ」
驚く兵士達に対して冷静に応えるが、皇帝は玉座の上でわなわなと震えている。叔父の方は、そこまで動揺がないな。まぁ、あんたからしたら俺達が強い方が都合いいだろうし。
「こ、殺せ! いいから殺すんだ!」
皇帝は動揺を声に出して命令する。隊長含めた大勢でかかってきた。俺は回避に専念しながら雑魚兵士を壁まで蹴っ飛ばして数を減らしていく。最後には結局隊長一人になってしまった。紛れもない本気の剣技は流石に『ジョブ』なしではキツい。避けるので精いっぱいか、と思っていると、
「……俺を玉座の近くに吹っ飛ばしてくれ」
隊長が小声で俺に言ってきた。どういうつもりだと問う必要はない。俺には大体予測ができているので、申し出の通り玉座の横へ吹っ飛ばしてやろう。
「【ベルセルク】」
ClassⅣを発動して蹴れば、鎧にヒビを入れ今までとは桁違いの速度で壁まで吹っ飛びめり込んでしまう。
「がはっ!」
吐血したらしく兜の中から鮮血が舞う。横を猛スピードで通過した隊長に、皇帝は顔を青褪めていた。『ジョブ』を解いてニヤリと笑う。
「悪いが俺はそこそこ強いぞ? さぁ皇帝陛下、どうする?」
“蒼穹”の団長と決死の覚悟なら相打てるくらいには強いと思っているので、この程度物の数ではない。
「くぅ……!」
皇帝はあっさり殺せると思っていたのだろうが、見込みが甘い。しかし状況を見て判断するだけの能力は持ち合わせていたようだ。はっとしたかと思うと皇帝が悪い笑みを浮かべた。
「貴様、後ろの連中はいいのか?」
「……」
「貴様があの二人の間者だと言うなら簡単だ、まだそこの三人は捕らえられている」
皇帝の言葉通り、まだリーラ達が囚われている。兵士達は剣を抜き放ち三人の喉元に突きつけた。
「……なるほど、いい手だ」
俺は笑みを引っ込めて構えを解く。皇帝はしてやったりと笑みを深めた。
「さぁ、国家に仇なす愚か者を処刑せよ!!」
皇帝は手を翳して兵士達に命令する。その瞬間、叔父の口端が吊り上がったのを見逃さなかった。
「……かしこまりました、皇帝陛下」
皇帝の命令を聞く声が一つ、
「……え? あ、え……?」
理解できない皇帝は呆然と呟き自分の身体を見下ろす。そこで身体から生えている刃を見て、滲む血液に目を見開き、
「い、痛い……! 血が、誰か助けて……っ! 叔父上!」
皇帝は痛みに悶えて叔父を見るが、彼は嫌らしく笑っていた。
「ここに
彼は高らかに宣言する。
「お、叔父上……? なにを言って……」
「これまで民を散々苦しめてきた報いだ」
「叔父上っ! 叔父上ぇ……!」
絶望に染まる皇帝に、偽善で彩られた黒幕が告げる。皇帝は声を荒らげるが取り合わず、そうしている内に吐血して、やがて息絶えた。彼の目からは涙が流れ落ちる。
「ありがとう、君達のおかげで皇帝の暴走を止めることができた」
叔父は人のいい笑顔を俺達に向ける。
「叔父上! あなたは最初からこの時のために兄上を!」
「なんのことだかわからないね。それより新たな皇帝を決め、急ぎ政治を整えなければ。しばらく宮殿から離れていたことだし、ここは民意によって皇帝を選出するというのはどうかな」
「あんたが私達を嵌めておいてなに言ってるのよ!」
なるほど、そういうシナリオなら叔父が皇帝になる道筋もあるか。俺達を利用して現皇帝を処分し、自分が皇帝になる。継承権ではレーヴェが一番だが、身内殺しの冤罪があるので民意は選ばない。不在だったカッツェとハーゼよりも叔父が強くなるだろう。というか行方不明だったら皇位継承権がもう叔父一位になっていそうなモノだろうけどな。
「それは困るなぁ」
俺は言って玉座の死体を奪い取り、
「リヴァイブ」
皇帝を生き返らせる。
「……え、あ、わ、私は……」
「なんだと!?」
皇帝が生き返ったことに叔父が驚愕する。
「ほら、寝惚けてんな」
「えっ? あ、き、貴様! なぜ私を……下ろせ!」
「下ろしていいのか?」
「えっ……? ひぃ!」
俺が聞くときょとんとして周囲を見渡し、そして身を縮こませた。周囲には復帰した兵士達が剣を構えて立っていたのだ。
「こ、これは、どういう状況だ!?」
「叔父の策略で全ての罪を被せられて殺されたあんたを俺が生き返らせた。以上」
「はあ!? と、兎に角今は味方でいいのだな!?」
「いや、どうだろうな。できるだけ苦しんで死ねばいいと思ってるかもしれんぞ」
「味方ではないのか!」
「それもお前が今までやってきたことの責任ってヤツだ。一度殺されて、頭は冷えたか?」
「……わかっている、わかっているとも。私の犯したことは、死んでも償えるモノではない」
殺された絶望に突き落とされたからか、自分を省みるということをし始めたらしい。生き返った直後なのでまぁ精々これから後悔するといいさ。
「……どういうつもりだね?」
「俺はあんたに国を渡すわけにはいかないんだ。だからこそ、祀り上げたこのバカ皇帝を殺させるわけにはいかない」
「その皇帝の言葉が、信じるに値するとでも?」
「まぁ信用はないよな」
俺が服を掴んで掲げた皇帝も「だろうな」と同意していた。自覚を持ち始めたのはいいことだ。
「だが証拠なら山ほどある。この間殺害された裏社交界のメンバーが八割だ。なら残り二割のあんたを除くメンバーは、生きてるんだよな?」
「まさか……」
俺の言葉の後、どさどさとどこからか縛り上げられた貴族達が落ちてくる。
「見覚えがあるだろ? 言質は取ってある。あんた率いる裏社交界が暗躍してこの皇国を我が物にしようとしてるってことはな」
上にレラクルが待機しているので当然のことだ。
「で、出鱈目を……!」
「あとは偽装書類とか。あんた直筆のサインがあるヤツな。あんたの部屋にあった前皇帝と第三皇子がかかった病気の
「な、なにを言っている! 出鱈目だ! そいつを殺せ、部隊長!」
叔父の命令で、俺の一撃を食らった部隊長がゆらゆらと歩き出す。
「もう、やめておいた方がいいと思うぞ。次は死にかねない」
「……私が死ぬのは構わないとも」
部隊長はなにか決意を秘めたような声で応えた。
「奥さんと娘さんなら無事だぞ?」
「っ!?」
しかし俺の言葉に驚愕して足を止める。
「な、なんで娘のことを……」
「そりゃだって、この間あんたの娘を助けたのが俺だしな」
「……」
あっけらかんと答えると、部隊長は呆然としているようだった。部隊長の名前を知っている俺は、孤児院に預けてきた一人――最初に助けた少女が口にした父親の名前と同じだということに気がついた。初日に会った反応から悪役っぷりに慣れてないのは明白だったので、脅されてるんだろうなと考えたわけだ。因みに奥さんの方は常に叔父の放った暗殺者が近くにいて、もし謀反でも起こそうモノなら即座に殺されてしまう状態だった。それも娘に家の場所を教えてもらい、レラクルに暗殺者を始末してもらっている。
「ほ、本当です! 二日前から孤児院で預かっています!」
叔父の手の者としてここに来た院長が保証し、部隊長は力を抜いてがくりと膝を突いた。
「……そうか、生きてるのか……!」
死ぬ直前だったけどな、とは言わない方がいいのだろうか。恩着せがましいし。
「チッ! 仕方がない、孤児院も貴様の妻も、殺してくれる!」
叔父は苛立たしげに言ってなにかの笛を鳴らす。おそらくそれが合図なのだろう。首都にいる暗殺者全員が、狙っている者を殺害するという連帯責任の合図。だが直後に起こったのは、黒ずくめの人達が縛り上げられて落ちてくるという光景だった。
「……え?」
叔父はその者達に見覚えがあったのか呆然とした声を漏らす。
「えぇと、部隊長の奥さんに、孤児院の子供達、先輩の恋人に、看守の母親。その他諸々の俺を騙すために使った人達の人質のところにいた、暗殺者達全員だな」
「な、んだと……! まさか貴様、わかっていた上で乗ったというのか!」
「ああ。だって予想ついたしな」
「っっっ!!!」
あっさりと答える俺に、叔父は苦虫を噛み潰したような顔をした。そういや本性出てるけどもういいのかね。
「もういい! 殺せ! その三人を殺せ!」
叔父は吐き捨てるように命令し、レーヴェ、カッツェ、ハーゼの三人を捕まえている兵士達が剣を振り被り――
「
それぞれが魔法によって吹き飛ばされた。
「ダナンってば人遣い荒いんだから~」
「悪いな。だがいいタイミングだ」
軽い調子の声が聞こえた先には、ベールを被った怪しげな占い師……に化けたドランクの姿があった。その横にはどこかの貴族がいる。
「な、なにをしている!?」
「え~? 僕最初に言ったでしょ? 『今の皇国は終わるだろう』って~。僕達が終わらせるんだけどねぇ」
「……っ!」
ドランクの言葉に貴族はがっくりと膝を突いた。いや、そんなんで騙されるなよ。多分信じやすいヤツを選んで取り入ったんだろうけどさ。
「く、クソッ! どうして、あと一歩のところで邪魔をする!」
叔父は悔しげに地団太を踏んでいる。
「あんたの思惑はわかってた。レーヴェを生きて捕らえていたのは、逃げ出した他の皇子――カッツェかハーゼが間者を送り込んで牢獄を確認させるはずだと読んでいたからだ。そんなあんたが悪目立ちをする俺を疑ってかからないわけがない。だから部隊長に命じて俺を連れてこさせ、実際に牢獄のレーヴェに会わせるようにした。料理人の先輩と看守はそこで使われたんだな。先輩がわざわざレーヴェが飯を運ぶ度に食ってかかるっていう俺に有利なことを教えてくれたのもそのせいだな。で、孤児院の院長。あんたはハーゼが孤児院に通っていたことを知っているから、ハーゼの間者なら確実に孤児院を確認させるだろうとわかっていた。だから院長を脅して『引き取られた子供と連絡が取れないから叔父は怪しい』と味方であるかのように思わせる発言をさせた。などなど、思い当たる節は色々とあるけどな。まぁ潜入が簡単に行きすぎて疑ってたんだよ最初から。読みが甘かったな、あんた」
「ふざけるな! あと一歩で、あと一歩のところで私が皇帝になれたモノを!」
叔父が怒鳴り散らす中、小さな影が俺達の間を擦り抜けて移動し、
「このクソ叔父!」
叔父の眼前まで行ったレーヴェが顔面をグーで殴りつけた。
「へぶっ!」
情けなく吹っ飛ばされる叔父につかつかと歩み寄り、胸倉を掴み上げる。
「れ、レー……ごふぅ!」
レーヴェはそのままグーで叔父を殴る。殴る。殴る。
「よくも私を嵌めてあんな汚いところに閉じ込めてくれたわね! 好き勝手皇族を、国を引っ掻き回してっ! この、死んで詫びなさい外道!」
この間まで牢獄で身動きが取れなかったとは思えないほど苛烈に、叔父の顔面をボコボコにしていく。ほぼ全員引いていた。いや自業自得なんだけど。
「や、やめっ……」
「ふんっ」
怯える叔父を放り投げて地面に転がす。兵士達も邪魔する気はないのかスペースを空けている。
「……もっと殴ってやりたいしもっと罵倒してやりたいけど、私はここまでにしとくわ。次、カッツェとハーゼの番よ」
これ以上やると二人の恨みが晴らせないものね、と冷徹な目で告げる。
「……では叔父上」
「ひぃ!」
床に這い蹲る叔父の前にカッツェが進み出る。完全に心が折られているのか怯え切った様子だ。
「審判の時だ――ジャッジメント!」
カッツェの呼び声に応じて彼と契約している星晶獣、ジャッジメントと呼ばれたそいつが顕現する。楽器の周りに猫がついていた。……随分と可愛らしいな?
「せ、星晶獣だと!?」
「叔父上。あなたはこれまでに多くの命を踏み躙り、己が野心のために利用してきたその報いを受けるがいい!」
「ひぎゃああぁぁぁぁぁ!!」
星晶獣が楽器を吹くと風が叔父の全身を切り刻んだ。血はたくさん出るが傷が浅い。ちゃんとハーゼのために残しておいたのだろう。
「では叔父様。私も」
「も、もうやめてくれぇ……もう許してぇ……」
カッツェと入れ替わりでハーゼが歩み出ると、叔父は情けない嗚咽を零した。
「叔父様……。仕方ありませんわね。わかりました、顔を上げてください叔父様」
同情するような声と、優しく聖母のような声音に叔父が顔を上げると――思い切り蹴飛ばされた。
「ぶっ!」
鮮やかな蹴り上げに叔父の身体が宙を舞い、どしゃりと落下する。
「……とでも言うと思った? 騙されるなんて、本当に救えないわね」
どうやら感情が昂ぶっているらしく、本性の方で話していた。「は、ハーゼ……?」とカッツェが一番おろおろしている。
「私が孤児院に通ってることを知っていて、あの子達を引き取るフリして人体実験に使っていただなんて! 万死に値するわ――ムーンッ!!」
激昂という表現が相応しいハーゼはそのまま契約している星晶獣を呼び出す。白い兎に鎖をつけて従える青い毛むくじゃらのおっさんだった。……これまで動物いなかっただろ、なんで急に。
「ひぃ……!!」
ハーゼの本性を知らないからか、叔父はこれまでで一番怯えている。普段怒らないヤツが怒ると怖いってヤツだな。ムーンから光線が放たれ叔父へ向かう……が叔父の目の前を穿つだけだった。それでも精神的に追い詰められていたらしい叔父は気絶していたが。
「ふんっ!」
ハーゼは苛立たしげに鼻を鳴らすが、それでも叔父は殺さなかった。生かしておくつもりなのだろう。
「は、ハーゼ……?」
戸惑うカッツェの呼びかけに、彼女がはっとする。しまったという表情を一瞬見せるが、
「……お兄様! ハーゼは、ハーゼはお兄様に嘘を吐いておりました! ハーゼはいけない子です……!」
途端に目に涙を浮かべカッツェに抱き着く。
「気にする必要はないよ、私の可愛いハーゼ。私はどんなハーゼでも、大切にしている」
「お兄様……」
カッツェは快く受け入れハーゼの身体を抱き締めていた。……きっと内心でほくそ笑んでんだろうなぁ、ハーゼのヤツ。
そんなことより今は皇帝と叔父だ。俺は叔父を足蹴にして痛みで起こし、服を摘んで掲げる。
「な、なにをするつもりだ?」
「悪いことをしたら謝る。これが世界の常識。てなわけで行くぞ、民衆の前で洗い浚い吐いてもらうからな、お前ら」
「わ、私もか!?」
「当たり前だろ」
「……そうだな」
というわけで、皇帝と叔父は民衆の前で全てを洗い浚い自白すると土下座した。
二人を除くと皇位継承権最高位であるレーヴェリーラの「叔父が全ての黒幕で、兄は調子に乗ったただの阿呆よ」と弁護? をしたので叔父は地下牢獄で幽閉され、皇帝はなんと退位せずそのままになった。
「私は皇帝なんて窮屈なことは嫌よ」
とレーヴェリーラが無碍もなく断り、
「私は皇帝たろうと努力してきたつもりだ」
とカッツェリーラは乗り気だったのだがハーゼへの甘さによって以前と同じく傀儡政権が出来上がりそうな予感がした全員に反対され、
「私はお兄様を差し置いて皇帝になるつもりはございませんわ」
とハーゼリーラが断ったことで三人共皇帝にならず、結局そのまま継続することになったのだ。民衆からの反対は酷かったが、謝罪した時誠心誠意、全て叔父のせいだと言って罪から逃げることなく向き合ったことでほんのちょっとだけ見直されたのだという。
加えて、
「ほらきりきり働きなさい! こんなんじゃ一生かかっても罪を償えないわよ!」
と牢獄から戻ってきた第四皇子が皇帝の尻を蹴飛ばし叱咤激励する様が見受けられたのも現皇帝が継続することの不安を払拭させる要因となっているのかもしれない。
とりあえず税率を以前のモノに戻し、宮殿の食糧を配給することでこれまでの印象を払拭し始めている。騎士団総出で街の清掃にも務め、これまでの印象を変えようという政策が多い。
無事部隊長と娘さんと奥さんも再会できたし、孤児院の子供達とハーゼも再会した。叔父が白状したことでカッツェが指揮者を務めていた楽団の団員達も「マエストロを責めるのは間違ってた」と何人からか謝罪を受けていた。レーヴェは能力が高いのか皇帝を叱咤しながら皇帝以上に仕事をこなしている。
「一件落着って感じだねぇ」
「うん、疲れた」
少しずつではあるが活気を取り戻していくガルゲニア皇国の様子を見て俺達三人はほっと一安心というところだ。
政治体制をいきなり変えるのは金がかかるのだが、裏社交界に属していた貴族達から多額を押収したらしい。
「……賢者だから仲間に加えるのもアリかと思ってたが、どうやら難しそうだな」
カッツェとハーゼの二人は皇族だ。騎空団に入ってくれというのは難しいだろう。ここには二人が取り戻したいと思っていたモノがあるはずだ。
「さぁ、どうだろうねぇ」
「?」
なぜかドランクはニヤニヤしていたが、その理由は俺にはわからない。なにか思うところはあるのかもしれないが。
ともあれ、二人の手伝いは終わった。俺達の役目はここで終わりだ。
「というわけで、この国出るな」
俺達三人は影の立役者なので有名ではないし、とりあえず事情を知っている皇帝と皇子三人のところに挨拶しに来た。
「えっ!?」
四人の中で一番驚いたのはレーヴェだった。
「ん? なんかあったのか?」
「い、いえ、別に、なんでもないわ」
なんかありそうな感じではあったが、言わないなら仕方がないな。
「ああ、カードを取りに来たというわけか」
「そういうことだ」
「ふむ。私が想定していたモノとは違ったが、よく働いてくれた。報酬は必要だろう」
カッツェは快くジャッジメントのカードを渡してくれる。
「そしてこれから世話になる」
「おう……うん?」
カードを受け取ったはいいが、予想していなかった言葉が聞こえてきた気がして首を傾げる。
「今なんて?」
「これから世話になると言った。楽団の者達は一応私を許してくれたが、当時毒殺された団員の親族達は結局私がマエストロをやっていなければ、と恨んでいることだろう。ここで楽団を再開するつもりはない」
「けどあんたの人を見る目は確かだ。皇帝にならなくても国をよく導くことはできるんじゃないか?」
「そうかもしれないが、この国にもう私の力は必要ない。この数日で私達のいた貧民街から優秀な者達を引き入れ、適した仕事に就かせている。あとは兄上と姉上の方でなんとかできるだろう」
カッツェは王として振る舞うことに慣れてしまっているのか堂々とした立ち居振る舞いだった。正直なところ皇帝より皇帝らしい。
「けど俺についてくる必要はないんじゃないか?」
「それなのだが……」
とカッツェは傍らに立つハーゼを見やる。今度は彼女が進み出てきた。
「実はハーゼから、ダナン様の騎空団に入ると申し出たのです」
「……なにを企んでるんだ?」
「企むなんてそんな、誤解ですわ」
にっこりと微笑むハーゼをジト目で見つめる。するとこっちに近寄ってきてしゃがむように合図してきた。屈むとハーゼは耳元に口を寄せてくる。
「……孤児院の子供達と一緒にいられるのはいいんだけど、正直社交場には出たくないのよ。めんどくさい」
相変わらず素は明け透けな物言いである。
「そういうことな。……けどカッツェがいるならあんまり変わらないんじゃないか?」
「……そこは隙を見て。あとタイミングを見て『実は猫を被っていたのお兄様。ハーゼはお兄様が思っているような子ではないのです』とかなんとか言って泣きつけば普通に話せるようになるわよ」
「お前相変わらず実の兄に対してドライだよな」
「妹っていうのはああいう兄をウザく感じる瞬間があるのよ」
なるほどなぁ。
「まぁそういうことなら歓迎するよ。二人共、これからよろしくな」
「はい、これからお世話になりますわ」
「ハーゼ共々よろしく頼む」
予想外ではあったが賢者という星晶獣と契約を交わした者が二人も増えた。いい調子だ。賢者もこれであと二人、統べる日も近いかもしれないな。
「……え、えっと」
レーヴェが声を上げる。なぜか頬を染めてもじもじしている。トイレか? などと聞く愚かな俺ではない。
「お前はダメな」
「えっ!?」
なにを驚いているんだか。
「お前がいなくなったらそこのバカ皇帝を誰が面倒見るんだよ」
「……」
俺が言うとレーヴェは皇帝を睨みつけた。びくりと身体が反応する辺り教育が行き届いているようである。身体の芯までな。そのままげしげしと皇帝を足蹴にし始めた。
「痛っ! 痛い、なぜ私が!?」
「煩い! 元はと言えばあんたがしっかりしないからでしょ!?」
それは確かに。
「ほら、そう怒ってやるなよ」
俺はレーヴェの身体を抱えて止める。レーヴェは顔を真っ赤にして硬直していた。
「そこのバカ皇帝は間違えばかりだったから、善悪の目がしっかりしてるヤツがついてなきゃダメなんだ。その点レーヴェなら信用できる。だから頼むんだ。ダメか?」
レーヴェの身体を向き合うように変えてじっと見つめる。ぷいっとそっぽを向かれた。だがその顔は耳まで真っ赤になっている。
「……わかっててやってるでしょ、ホント狡い」
「さぁ、なんのことだかな」
「……まぁいいわ。頼まれてあげるわよ。その代わりっ!」
呆れたような顔をしながら、しかし睨み上げてくる。
「ガルゲニア皇国が他国にも誇れるようになったらせ、責任取ってもらうから!」
……おぉ、これは予想外。だがここで断るのは流石に男らしくない。
「わかったよ。その時は、な」
「言ったわね。言質取ったから」
「ああ。約束してやる」
俺はしっかりと頷いてやる。
「……これはオーキスちゃんに報告かな」
「どうでもいいから早く帰りたい」
「いつかお義兄様と呼ぶ日が?」
「これ以上ハーゼに兄などいらん!」
報告はやめてください。いやまぁ、秘密にしておいた方が怒られそうだが。
レラクルは変わらずマイペースだ。
ハーゼが冗談? なのか言うとカッツェがハーゼを抱き寄せていた。そういうのがウザがられるんだぞ、シスコン兄貴。
とりあえず話は終わったのでレーヴェを下ろす。
「じゃあ行くわ。またな、二人共」
「ええ、期待してて」
「うむ、また会おう」
レーヴェと皇帝に別れを告げて、カッツェとハーゼを連れドランクとレラクルと一緒にガルゲニア皇国を出たのだった。
……アウギュステに戻ったらオーキスにレーヴェとのことをバラされて責められる羽目になったのだが。もっと酷かったのは、それを見たハーゼはいいことを思いついたとばかりに俺の腕に抱き着いてきたことだ。
「こんなに多くの女性を侍らせているのでしたらハーゼも立候補しますわ」
当然他のヤツには睨まれるわで大変だった。カッツェなんかはマジギレしてジャッジメントを呼び出したので倒す羽目になった。……いや、こんな流れでワールドの支配から外すなんて誰が思うよ。
仲間達を混乱に陥れた本人はこっそりと舌を出して笑っていた。……楽しそうでなによりですが俺を玩具にしないでくれません?
やっぱ
追伸:鬼滅の刃は間空いて買って残りは予約しました。人気作って凄い。