アストラルウェポンは闇にしました。火はまぁ、弱いので。
レナトゥス教司祭が呼び出した太陽の如き星晶獣との戦闘が開始される。
「さぁ太陽神よ! 我らが楽園創造のために!」
司祭の爺さんの呼びかけで煌々と輝く少女の姿をした星晶獣が動き出す。
「――私は太陽。人々を照らす光」
見た目に似合う声で星晶獣は告げて、陽炎を燻らせる。教会に火が点き燃え始めた。
「……チッ。ほれ、シェロカルテ連れて避難誘導!」
俺はいきなりの展開に舌打ちしながら先頭にいたシェロカルテの首根っこを掴んで後ろの店員に投げ渡す。
「日輪の炎に焼かれるがいい」
太陽神と呼ばれた星晶獣から炎が放たれて俺達を教会ごと丸焼きに――なる前に一つの影が飛び出した。
「我が業火にて打ち払わん」
火焔を纏ったシヴァだ。彼は炎の波を自らが纏った炎で相殺する。今のシヴァは人の大きさに合わせているそうなので体格の差はどうしても出てしまうが、同じ炎を司る星晶獣として彼が太陽神に劣る道理はない。
二体の視線が交錯し、太陽神が光を放つ。それをシヴァが槍で薙ぎ払ってみせた。
「神はダナン様だけです」
俺も神じゃねぇよ、とツッコミを入れる間もなくクラウスが飛び込んでいく。相手に近づけば近づくほど熱くなっているというのにお構いなしだ。
「こうなっては仕方ありません。まずはあの星晶獣を止めましょう」
「ああ。足を引っ張るなよ、黄金の」
「それはこちらのセリフです」
まだ名前を呼び合うほどではないが、進んで共闘しようとしてくれる分だけ有り難い。アポロとアリアも構わず突っ込んでいってしまった。
「妾達も行くのじゃ、ハクタク」
「かしこまりました、我が王よ」
続けてフォリアとハクタクも突っ込んでしまう。
シヴァが正面を押さえてくれているので俺の役目があまりない。こういう時は後衛で援護をしよう。
「【ウォーロック】」
俺は担いでいた荷袋からブルースフィアを取り出して『ジョブ』を発動させる。シヴァはいいとして、接近戦を仕かけている三人には身体を冷ますように水の魔法をかけておいた。僅かな援護だがそれだけで動きが格段に良くなり、シヴァもより熱くさせてしまうために加減していたらしいのだが、更に苛烈に炎を放ち槍を振るう。
「くっ……」
太陽神などと大層な呼び名をつけられてはいるが、所詮は一体の星晶獣。ただでさえ星晶獣の中でも強い部類に入ると思われるシヴァを相手にしているのだ。その上星晶獣を一人で相手にしかねない七曜の騎士が二人。あとおまけの元自称・神の仔。攻撃は全てシヴァによって相殺され、アポロの豪快な剣とアリアの華麗な剣、そしてクラウスの剣にダメージを与えられてしまう。フォリアはフォリアというかハクタクの爪や牙だったが。もし誰かが怪我をしても俺が魔法で治してしまうし、最低限崩落したら困るので教会の火も鎮火させている。
「た、太陽神よ!」
司祭も劣勢になるとは思っていなかったのか表情に焦りを浮かべていた。……そろそろ決めてやるか。
「ベイルアウト」
ブルースフィア固有の奥義を発動。魔力をふんだんに使った一撃が太陽神を直撃、よろめかせる。
「一気に攻め込んで」
「合わせろ、黄金の!」
「命令される筋合いはありませんが、いいでしょう」
俺が声をかけるとアポロとアリアが肩を並べて渾身の奥義を解き放つ。
「黒鳳刃・月影!」
「星閉刃・黄昏!」
俺の攻撃で怯んだ太陽神に容赦なく追撃した。……お前らは周囲への被害を考えろ。仕方がないので俺が障壁で周辺を囲って教会などにまでは被害が及ばないようにしておく。
クラウスとフォリアとハクタクもやる気充分に構えていたが、流石に二人の奥義を受けて立ってはいられなかったらしい。太陽神は倒れて、金の粒子を撒き散らして姿を消していく。
「た、太陽神? ど、どうして、どうしてワシが……!」
頼りにしていた太陽神が倒され爺さんは愕然としている。しかしまぁあっさりいったな。シヴァという強力な星晶獣と七曜の騎士が二人もいたとはいえ。クラウスと俺、ほとんど出番なかったんだが。俺が一人で倒したテンペランスは状態異常盛りまくって動き封じたから簡単に思えたが、なんだかあっさりが過ぎる気もしなくはない。
「……答えろ、星晶獣。お前手加減してただろ」
俺は一つの可能性に思い至って問いかける。こちらで驚いていなかったのはシヴァとクラウスとフォリアとハクタク。司祭が一番驚いていたが。
「――」
すっと先程の太陽神が司祭の傍に現れる。ただし先程のような力はないのか小さかったが。
「ど、どういうことだ?」
狼狽する司祭を他所に、俺は出てきたそいつに話を振る。
「賢者にはないが、アーカルムの星晶獣にはある程度繋がりがあるみたいだからな。お前はテンペランスやジャッジメント、他のアーカルムシリーズが一度倒されることでワールドの支配から逃れたことを知ってやがて来るであろう俺と戦う必要があった。……ワールドってのはどうも、恨みを買ってるらしいからな」
多分タワー以外からだが。あいつらだけ立ち位置が特殊すぎるんだよ。
「否定は、しない」
その星晶獣は俺の推測にそう答えた。
「なんだと!? ワシは、ワシは楽園創造を実現する使者が来ると言うから……!」
それで最初俺を見た時あんなに興奮した様子だったのか。
「私は光。人々の全てを照らす光。……ワールドの創造する新世界は、アーカルムの星晶獣にとって都合のいい世界。そこに人がいる可能性は低いと考える」
「なるほど、それがお前のやりたいことってわけか」
星晶獣にとっていい世界。それが一体どんなモノなのかは想像もつかないが、星晶獣にとって仇敵とも言える空の民を新世界に連れていく道理はない、か。
「……ワシを騙していたのか?」
「否定はしない。私達アーカルムの星晶獣は波長の合う契約者を見つけ、契約を結ぶ。そしてワールドにとって都合のいい新世界創造のため利用する。ワールドによって創造された私達に、その命令から逃れる術はない」
数分前より老けて見える司祭に、星晶獣は答える。そしてちらりと俺を見た。
「それを覆したってのがわかったから、俺と戦うようにそいつを利用したってわけだな」
「……」
星晶獣は答えなかった。感情で言うなら後ろめたい、といったところだろうか。
「これで私はワールドに縛られず、人々を照らすことができる。今一度契約を」
しかし倒されたことで契約が千切れたのか、そう言って司祭に向き直る。だが司祭は利用されていたと聞いたせいか険しい表情で拳を握り込み星晶獣を睨みつけた。
「……ワシを利用してワールドとやらの束縛から逃れたとして、ワシが貴様を許すとでも?」
また利用したいように利用する気なのではないか、と疑ってかかっている様子だ。まぁそうなるわな。だが星晶獣はあまり表情を変えず司祭の目を見つめて一言。
「善行のための悪行は善なり」
彼女の言葉に司祭が目を見開いて身体を硬直させる。
「私はワールドの支配から逃れ、ワールドの野望を止めるためにあなたを利用した。私は太陽神ではなく、ただの傀儡だった。それは悪? それともかつてあなたが言ったように、善?」
「……それは」
星晶獣は責めるでもなく、ただ問いかける。司祭は気まずそうに目を逸らした。
「……ははっ、ははははははっ」
司祭はしばらく考え込んでいたようだが、突然笑い出した。ただ楽しそうな笑いではない。どこか寂しそうな、悲しそうな笑いだった
「……善行のためでも悪は悪、か。ワシの今までやってきたことは、善ではなく悪だ」
爺さんはどこか疲れた様子でそう言って膝を突く。……んん? 話が見えないな。
「ワシが今体感してわかった。善行のためと言ったところで悪行に晒されたヤツはそいつを悪としか思えねぇ。善行のためだからといっても、到底納得はいかねぇよ」
ふるふると力なく首を振って爺さんは呟く。話の全貌は見えないが、とりあえず因果応報といったところか。かつて爺さんが口にした言葉の通りに星晶獣は爺さんを利用した。因果応報若しくは悪因悪果だな。
「……ワシはレナトゥス教の司祭を辞める。お前とも契約はしねぇ。業を負ったワシが善人の善人による楽園創造なんざできるわけがねぇってんだ」
爺さんはすっかり燃え尽きてしまったような表情で言った。おっとこれはマズい。新たな賢者を持つしかなくなってしまう。
「それは違う」
「ちょっと待て爺さん」
俺が呼ぶ声に、星晶獣の声が重なった。思わず目を合わせて先どうぞと促す。
「……波長の合う契約者を見つけ、利用し、ワールドの野望を果たすことが役割だった。故に私はあなたを利用した」
「だからなんだってんだ? ワシのせいじゃないとでも言うつもりか。違うな、ワシはお前と出会う前に罪を犯した」
星晶獣は利用したはずの契約者に対して庇うような発言をする。
「ワシが悪行に手を染めた後、自分に対する言い訳のように『善行のための悪行は善なり』と言った。お前はそれを肯定するかのように振る舞い、ワシを利用した。……ワシの罪は消えねぇよ。その前に犯した罪も、その後に犯した罪もな」
流石にそこまでは押しつける気がないらしい。いや、かつて罪の意識から逃げようとしたことから今回は、とでも思っているのかもしれない。
「……」
星晶獣は静かに嘆息して俺をちらりと見た。説得を諦めるようだ。
「俺からの要求は一つだ、爺さん。その星晶獣と契約してカードを寄越せ」
元々そのためにここに来たと言っても過言ではない。
「賢者は契約していなければ意味がない。そしてアーカルムの星晶獣は波長の合う者しか契約者に選べない。その星晶獣の契約者になれるヤツがあんた以外にすぐ見つかるとは限らない」
「……貴殿もワシを利用しようってのか」
「ああ」
俺は胡乱げな目を向けてくる爺さんに躊躇いなく頷いた。
「俺は悪人だからな。必要とあらば殺しもするし盗みも働く。目的のためなら手段は選ばない」
「ふっ、悪人が自分を悪人と言うか? それも、わざわざ敵の拠点を壊さないように気遣う悪人が」
だが笑われてしまった。というか気づいてるとは思ってなかったな。
「なに言ってんだよ、爺さん。悪人だからって人を助けちゃいけないなんて決まりはねぇだろ」
「っ……」
「逆もまた然りだ。あんたにどんな事情があるのかは知らねぇが、善人による善人の楽園は
「……ワシを、善人と言うか。善行のためと言い訳をしながら悪事を働いてきたワシを」
「詳しくは知らないからな。赤の他人にはなんとでも言える。結局善悪なんて個人の裁量でしかないし、人の善悪を決めるのは人の身に余りある。だから人は大多数の意見を参考にして裁判を行い、または神という超常の存在の判断に委ねるんだ。……善をずっと貫けるような強い人間は、この空全体だって数少ない。大抵は善を貫けなくなる」
俺は元々善で動いていない。だから悪を為そうとも気にならない。……まぁ根っからの善人で、未だ善を貫いているヤツもいるんだが。
「だから気にするな、とは言わない。あんたが納得するかどうかの問題だ。けどそうだな、こういう時そういうヤツならあんたになんて言うかは簡単だ」
思考回路は理解できないが、どういうことを言いそうかくらいはわかる。
「罪を犯したんだったら償うしかない! 楽園の創造も諦めなければできる!」
みたいな? 熱く言っておいてなんだが無理言ってるよな、これ。こういうのを平気で口にするからあいつらは。
「ふっ、くくっ、ははははっ! 確かに、まるで純粋な善人のような言葉だ」
爺さんはなにがおかしいのか声を上げて笑っている。
「だろ? まぁ色々言ってきたが、この街にはあんたを慕ってるヤツも多いみたいだし、そう簡単に諦めてやるなよ。レナトゥス教っつったか? その教えに従って善行を為してるヤツだっているんじゃないか?」
街でレナトゥス教の名前はよく聞いた。街の人達との関係も良好そうだった。
「信じてついてきてるヤツがいるのに投げ出すような真似するなよ。あんたが始めたことだろ」
できるだけ爺さんに真っ直ぐ突き刺さるように告げる。
「……はは。ワシの半分も生きてねぇような子供に諭されるとはな」
爺さんは困ったように笑った。今までの笑顔よりはかなりマシになっていると思う。
「……そうだな、簡単に諦め切れるわけねぇ。ワシが今まで費やしてきた全てを諦めることなんかできるねぇよ。罪を償う旅に出て、そしていつか楽園の創造を成し遂げる。それが我らが悲願ってヤツよ」
そう言って彼は幾分か覇気のある顔で笑った。どうやら精神的に立ち直れたらしい。
「じゃあそいつと契約してやってくれ」
「それとこれとは違うってモンだろ」
「言ったろ? アーカルムの星晶獣であるそいつは、あんたの同志だ」
「ワシとこいつが?」
彼は若干嫌そうな顔で星晶獣を見ている。
「ああ。だってあんたは――こいつに救われただろ?」
「っっ……!?」
俺の言葉に司祭の爺さんは驚愕して目を見開いた。
「こいつと会ってこいつに肯定されて、あんたは救われた。それが利用していいっていう理由にはならないけどな」
「私はただ照らすだけ」
その後のやること成すことには関与しないってか。
「……はは、人々を照らすか。だがお前はワシに翳りを齎した。それはお前の罪だとは思わねぇか?」
「……」
星晶獣は司祭の言葉に少しだけ笑った。
「私は人々を照らす、それだけ。罪も罰も、私は照らす」
「それが在り様ってわけか。仕方ねぇ、もう一度契約は交わしてやる。だからワシの贖罪に付き合え。そうすれば、ワシが真なる太陽の輝きを世に伝えてやる」
そう言って彼は星晶獣の描かれているらしきカードを取り出した。絵柄がよく見えてない状態だ。カードが輝き出し、絵柄が鮮明になる。
「私はザ・サン。ワールドに創られしアーカルムシリーズが一体」
「ワシはアラナン。レナトゥス教の司祭だ」
今まで自己紹介したことなかったのかよ、と言い出したい気持ちはあったがとりあえず丸く収まったので良しとしよう。
「ほら、カードだ」
アラナンは俺にカードを投げて寄越す。……これで九枚。残りあと一か。
「これからワシはサンと贖罪の旅に出る。目を覚まさせてくれた礼になにかしてやりてぇが」
「それならいざという時に協力してくれりゃいい。カードももう九枚なんでな。近々呼ぶかもしれないが」
「わかった。それくらいなら付き合おう」
それからアラナンは真剣な面持ちで俺に向き合う。
「最後に一つ問おう。――善とはなにか、悪とはなにか」
彼はそう尋ねてきた。宗教的な問答なのだろう。少し難しいが、答えは簡単だ。
「善とは“蒼”、悪とは“黒”」
俺は少し考え込むだけで答えを出した。意味がわかったらしいアポロから小突かれてしまう。アラナンはと言えば、怪訝な表情で首を傾げていた。まぁ、普通はわからないよな。
「あー……なんだ。善も悪もねぇよ、多分。人の見方による。特に善は兎も角、悪の定義は難しい」
「そうか。はっ、ワシも老いぼれたモンだぜ」
自嘲気味に笑ってから、アラナンは深々と頭を下げる。
「迷惑をかけちまって悪かった。この借りは必ず返す」
「気にすんな。人生長いんだ、間違いくらいある」
「……ははっ、本当に貴殿は子供とは思えねぇな」
場数が違うんだよ、人の悪に揉まれた場数がな。
「最後に名前を聞いていいか?」
「ダナンだ」
「ダナンか。貴殿には今後どうしたら会える?」
再会するつもりなのか。別に俺はどっちでもいいような気が……いや待てよ? いいこと思いついた。
「俺は騎空団に所属してるんだ」
俺はにっこりと笑って告げる。
「“
「そうか、覚えとくぜ。ありがとうよ、ワシの道を正してくれて」
「ああ、じゃあな」
そうして九人目の賢者アラナンは去っていった。その後レナトゥス教の信者と思われるヤツらに囲まれていたのは、彼の人望というモノだろう。
「……なぜ嘘を吐いた?」
アラナンを見送ってからアポロが尋ねてくる。
「嘘は言ってない。俺は騎空団に所属してる。だが、“蒼穹”に所属してるとは言ってない」
「屁理屈じゃな」
「ああ。だがあいつの理想から考えて、一回あいつらには会っておくべきだろ?」
「まぁ、そうかもしれませんね」
善人による善人の楽園。それを実現するには、どんな悪にも負けない生粋の善人に会う必要がある。
「お前は冗談混じりであいつらを善、お前を悪と言ったようだが、本当に悪なら私はこうしてついてきていない」
「ええ。貴方は大きな括りで言えば、善人だと思いますよ」
「妾とアリアも助けてくれたしの」
「我が王を助けていただいた恩がありますからね」
アポロだけじゃなかったようだ。全員気づいていたらしく、そんなことを言ってくる。
「ダナン様が悪なわけがありません。それを証明するために、これからダナン教を広めていきましょう」
「やめろ」
クラウスの主張はズレていたので割りと本気でチョップしてしまったのだが、「嗚呼、ダナン様から与えられる痛みもまた恩寵ですね」とうっとりしていたので押し退けた。普通に引くわ。
ただシヴァはなにも言わなかった。悪滅の炎を放つシヴァにはわかるのだろう。その炎に焼かれれば、俺が残らず灰になる悪であることが。
まぁそれはシヴァの力の問題であり、俺が悪だからどうだというモノでもない。
善と悪で括れるんなら、人間そんなに苦労しないってのに。
一話は書き上げられたので明日も更新できます。