……闇古戦場までには間に合う、はず。
本日から古戦場が始まってしまいましたが、
お体と手首には気をつけてください(笑)
自分は個ラン五万位が難しいようなそこそこ騎空士なので
ぼちぼち走ってます。
一週間が経過した。短い期間だったができる限りのことはしたと思う。
ClassⅢまで使えばスツルムとドランクの単体と渡り合えるくらいにはなっただろうか。戦闘経験の差は埋められないが、策を練ってなんとか渡り合えはする。……勝てるとは言ってない。
「ダナン。そろそろ出発するぞ」
黒騎士に呼ばれ、念入りに準備していた武器や道具を手早く革袋にしまい込む。肩に担ぐタイプのヤツだ。色々武器を持ち歩く都合上、こういった袋の方がいい。といっても戦闘で使うヤツは腰に提げている。左腰には短剣と銃。右腰には剣。袋には弓と矢と杖に、一応楽器。槍や斧は嵩張るので持っていかないようにしている。あんまり上等なのがないってのもあるが。
「はいよ」
俺が準備を整えて部屋を出ると、既に四人が待っていた。降りた俺へと、黒騎士が歩み出る。
「お前に渡しておくモノがある」
そう言って一本の剣を差し出してきた。
「これは?」
受け取りつつ繁々と眺めてみる。……いい剣だな。結構な業物じゃないか?
白金色の柄を握って鞘から抜き放つと銀の刀身が現れた。刃の内側は翠色になっている。
「ブルトガング。私が昔使っていた剣だ。今は不要なモノだが、お前にやろう」
「結構いい剣じゃないのか?」
「ああ。私が七曜の騎士になるまでの間愛用していたのだから、当然だ。だが今はこいつがある。捨てるくらいなら、私の部下に与えた方が有用だろう?」
「そりゃ助かるけどよ……ぶっつけ本番で扱える代物かね」
「それはお前次第だがな。ClassⅢに至ったことで使用できると踏んでいる」
「そうかい。んじゃ、有り難く受け取らせてもらう」
くれると言うなら貰っておこう。同じく剣になってしまうので今提げている剣を外す代わりに腰のベルトに固定し、右腰に提げておく。
「んじゃあ僕らは別方向だから先行くね」
「行ってくる。くれぐれも気をつけろよ」
ドランクとスツルムが先に家を出ていった。
「ふん。誰に言っている」
「……スツルムとドランクも、気をつけて」
黒騎士とオルキスと二人を見送って、
「行くぞ。ぐずぐずしているとヤツらに先を越される」
「それはカッコつかねぇな。じゃあ行くか」
踵を返して歩き出した黒騎士に、オルキスと並んでついていく。
さてと、今度はどんなのが待ち受けてるんだかねぇ。
◇◆◇◆◇◆
俺達を待ち受けていたモノ。それは退屈だった。
「……なんだよ待ってろ、って」
俺はルーマシー群島に到着して早々いなくなった黒騎士へ文句を垂れる。
「……お腹空いた」
オルキスもボヤく。
そう。島に着いて早々黒騎士はここで待っていろと告げどこかへ立ち去った。探そうにもルーマシー群島は未開の森だ。道を尋ねる人も住んでいなければ建物さえない。鬱蒼と生い茂る草木に覆われているのだ。土地勘のない俺達が出歩けば迷子になること請け合いだった。というか黒騎士も戻って来れんのか、これ。
ちなみに操縦士のおじさんはぐーすかと鼾を掻いて寝ている。仕事の都合上待つことには慣れてるんだろう。
「おいオルキス。さっきまでおやつ食べてただろ。我慢しなさい」
「……でもお腹空いた」
この子はホント、食い意地だけは立派なんだよな。というか食べることについては妥協しない。おかげで食費が嵩む嵩む。まぁそこは黒騎士、傭兵、俺で生活費を稼いでるから余裕はあるんだが。それでも家計をやりくりしなきゃ余裕はなくなるだろう。……シェロカルテへのレシピ提供、マジで考えてみようかな。
「しょうがねぇ。ちょっと果物かなんか採ってくるからここで待っててくれ」
「……わかった」
これだけ森があるなら果物とかきのことかその辺の食べられるモノもあるだろう。迷子にならないよう気をつけながら小型騎空艇の周辺を探索し始める。船がどっちの方角にあるかをきちんと覚えておけば、迷子にはならないはずだ。
……しかしきのこは毒きのこと見分けがつかねぇなぁ。俺は幼い頃から泥水啜って生きてきたようなもんだから胃が強くなっているとしても、オルキスにそれを食わせるわけにはいかねぇ。いくら美味しくてもその後ぽっくり逝っちまったら話にならないからな。
それでもあまり人の手が入っていないおかげか果物が生っていてとりあえず両腕で抱えられるだけの果物を持って小型艇に戻ってきた、が。
「オルキス?」
待っていろと言ったのに、どこへ行ったんだか。一応船の中は隈なく探してみたが、姿はない。……あいつ。
「ったくもう。ただでさえ迷子になりやすいのに」
こんな人気のない場所でまさか誘拐されたってことはないだろうが。俺も探しに出るしかねぇ、か。最悪二人共迷子になりかねない状況だぞ。
「せめてオルキスの後を追うか」
俺は近くの茂みに屈んで注意深く地面を見る。オルキスが通ったなら、草が折れていたり土に跡がついているものだ。小型艇の周辺を満遍なく探していて、ようやく見つかった。
「こっちだな」
オルキスの通り道をなんとか見つけ出し、それに沿って歩いていく。最悪戻ってこれるように船の方角を記憶しておくのも忘れない。
そしてふと、いい匂いが漂ってきていることに気づいた。……これはスープだな。魚介出汁できのこを煮込んだスープだ。
「なるほどなぁ。これに釣られて飛び出したってわけか」
合点がいった。そもそも俺がオルキスから離れたのも空腹を訴えてきたからだ。そんな状態のオルキスにとって、この匂いは抗いがたいモノがあったのだろう。とはいえ叱っておかなければ。
間違いなく匂いの方角だと確信した俺は鼻を頼りにそちらへ向かい、そして唖然とした。
「は……?」
開拓されていない樹海の中に、木造とはいえ建物があったのだ。しかも万屋『シェロカルテ出張所』と書かれている。……どっかで見たことある看板だなぁ、おい。
「……あいつこんな商売にならないとこにもいんのかよ」
呆れて呟きつつ、扉を開けて中に入っていく。
「いらっしゃ~い。って、ダナンさんじゃないですか~。こんなところで奇遇ですね~」
やはりというか、店の中にいたのはシェロカルテだった。笑顔の似合うハーヴィン族の女性。相棒のオウム、ゴトルも一緒だ。……ホント神出鬼没だよな。
「それはこっちのセリフだよ。……やっぱここにいたか」
店内の席を見渡して、黙々とチャーハンを掻き込んでいるオルキスを発見した。彼女は俺が来たのを見ると慌てたように平らげた。
「……なにも食べてない」
「嘘つくんじゃねぇ。こらオルキス、待ってろって言っただろ」
往生際の悪いヤツだ。誰に似たんだか。こつんと頭に拳骨を与えてやった。
「……ごめんなさい」
両手で頭を押さえつつ謝ってくる。
「悪いと思ってるなら良し。大した距離じゃなかったとはいえ魔物に襲われてた可能性もあるんだからな。気をつけるよーに」
「……わかった」
襲われなかっただけマシ、と言える。オルキスに戦う力はないはずだ。ルリアみたく星晶獣を召喚できるなら兎も角。少なくともそういった話は聞かないし、見たことがない。そもそもあんな力その辺の魔物に対して使っていいわけないしな。
「随分と仲がいいですね~。ダナンさん、オルキスちゃんのお兄さんみたいですよ~」
「保護者という意味では間違ってないな」
「……お兄ちゃん」
「今日のオルキスはノリがいいなぁ。普通でいいからな」
「……ん」
わかりにくいが冗談だったらしい。
「……ダナン。ご飯作って」
「ん? あぁ、シェロカルテがいいって言うならいいけど?」
「構いませんよ~。日にちが経って廃棄になりそうな食材がたくさんありますからね~」
「おっけ。んじゃ適当に作って食べるか。俺も腹減ってきたしな」
「……早く」
「じゃあ私もお願いしますね~」
「はいはい」
催促され、島に来たというのに相変わらず飯作り担当のようだ。置いてあったヒューマン用の紺のエプロンを纏い、ハンカチで髪を覆う。きちんと手を洗って準備を整え冷蔵庫を確認して作れそうな料理をいくつか並べていく。……いやなんでこんな人気のない場所で水とか引けてんの。急ごしらえじゃなくて念入りに準備してないとダメだよな? あんまり細かいことは考えまい。
そして何品か作ってテーブルに持っていく。二人共気に入ってくれたようで良かった。我ながら美味しいと思うし。
「ダナンさんの料理は美味しいですね~。オルキスちゃんが夢中になるのもわかります~」
「……ん。ダナンの料理が一番」
「そりゃどうも」
オルキスからの評価が高そうで怖い。
「残念ながら私が作ったモノより美味しいですね~。材料は同じモノを使っていると思うんですが~」
「味つけと調理時間だろ」
「いやはやダナンさんの料理は売りに出せますよ~。どうですか是非共同で美味しい料理を販売しませんか~?」
「願ってもねぇ。実は試作段階なんだが一ついい案があってな?」
「ほうほう、それは楽しみですね~。後で是非作ってください~」
「……ダナンの料理は全部美味しい」
「嬉しいけどちょっと黙ってような」
オルキスからの料理に対する信頼が怖い。……じゃなくて、思わぬところでシェロカルテと提携できそうだった。
廃棄寸前の食材が多いということで、レモンパイを作って試食してもらいつつオルキスに料理を作り続けていた。
何度目かのオルキスへ料理を運んでいる時、扉が開かれて外から入ってくる人達がいた。
「いらっしゃ~い。万屋シェロちゃん出張所へようこそ~。今なら腕利きの料理人が、格安でご馳走してくれますよ~」
にこやかに歓迎したのは、シェロカルテ一人。俺はと言えば、顔を顰めて嫌そうな顔をしてしまう。しかしそれは向こうも同じだ。
「「「げっ」」」
俺を含む何人かの嫌そうな声が重なった。
訪れたのが、因縁の相手であるグラン一行だったからである。……まさかここで会うとはなぁ。つってもまだ戦うわけにはいかねぇ。敵対しないでもらいたいし、ここは警戒させないように頑張るとするか。
「てめえは……」
「あっ、あの子もいますよ!」
ラカムが俺を睨みつけ、ルリアは料理を食しているオルキスを見つけ声を弾ませた。
「……はぁ。妙なタイミングで遭遇すんなぁ、もう。まぁいい。飯食ってくか?」
頭を掻きつつ言うが、あまり警戒は解いてくれなかった。だが俺の恰好が恰好なので、怪訝に思う人は多かったようだ。
「もしかして……シェロさんのお手伝いですか?」
「はい~。こちらのお客さんがよぉく食べるので手が足りなかったんですよ~。もしよろしければ皆さんもご一緒にどうですか~?」
エプロンという恰好が功を奏したのか、ルリアが尋ねシェロカルテがそれっぽく返してくれた。……俺達が敵対してるってことに気づいてるんじゃないだろうな。
「いいんですか?」
「ルリア、待て。相手は黒騎士配下の人間だぞ。毒でも入っていたらどうする」
「でもよぉ。森ん中飛び回ってオイラ腹減ったぜぇ」
「ビィくんまで……」
「うぅ……ダメ、カタリナぁ」
ルリアが喜び、それをカタリナが窘める。ビィも空腹なようでルリアにつき、未だ渋るカタリナへとルリアが上目遣いをした。
「うっ……し、仕方がない。しかし私がまず毒見をするからな」
案外身内に弱いらしい。あっさりと折れて一先ず料理は作ってもいいってことになった。
「じゃあ皆さん席に着いてくださいね~」
そしてシェロカルテに案内されて、なぜか俺達の座っていた長テーブルの向かいに全員が並ぶ形となる。……なんでこいつらと一緒に食べなきゃいけないんだか。まぁ、とりあえずは反対せずにおくか。
「じゃあ作ってくるから、それまではこれでも食って――」
俺はオルキスの前に置いていた大皿のチャーハンを動かそうとしたが、その手が小さな手に掴まれる。
「……ダメ」
食い意地だけは一人前を遥かに超えたオルキスだ。
「オルキス……これから作ってやるから今は置いとけって。な?」
「……ダメ。渡さない」
「……はぁ。しょうがねぇか。悪いな、今作ってくるから待っててくれ」
なぜか意固地になっていたので、早々に諦めてさっさと新しい料理を作る方にシフトする。
俺が席を外すとルリアがオルキスへ懸命に話しかけているのが聞こえてきた。
「オルキスちゃん、って言うんだよね。私はルリア。よろしくねっ」
「……ルリア。よろしく、ってなに?」
「えっ? うーんと……」
「これから友達になろうってこと! あたしはイオ、よろしくね」
「……友達……これから……私と?」
ルリアに続いてイオにも話しかけられて戸惑っているようだ。少しおろおろとしていた。助け舟を出すために近づいていく。
「……ダナン。どうしたらいい?」
「俺に聞くもんじゃねぇよ。オルキスがしたいようにすればいい」
「……ん」
感情のない瞳が不安そうに少し揺れていた。そんなオルキスの頭をぽんぽんと撫でて言ってやる。
「……わかった。ルリアとイオ、友達」
オルキスの返答に二人が嬉しそうに笑った。同年代の友達か。オルキスにはそういうのも必要かもしれないな。と思って眺めていたらカタリナ以外がきょとんとしているのが見えた。カタリナは多分俺が今しているような顔をしてルリアを見ていたが。
居心地が悪くなって調理に戻る。そして出来上がった料理を持ってテーブルに運んでくる。
「ほら、出来たぞ。俺が作った料理だから毒入れるも不味くするも自由自在。食う勇気がお前らにあるかな?」
にやりと笑いつつ料理を差し出した。……食欲を唆るように匂いや見た目にも気を遣った品々だ。ヤツらの目が料理へ釘づけになっているのを見てほくそ笑む。
「っ……。いやまだだ。見た目は良くても食べれるとは限らない。まずは私が毒味をしよう。イオ、クリアの準備を頼めるか?」
「わ、わかったわ」
決心したようなカタリナが毒を解除できるイオにすぐ対処できるよう頼み、一つの料理へと向かい合う。大皿に乗ったチャーハンだ。最初はやっぱ飯だろ。
そしてカタリナは意を決して一口掬い、口に入れる。……かかったな。悪いが一口入れたらもう、終わりだ。
「うっ!」
カタリナの身体が固まる。
「か、カタリナ!?」
皆が驚く中、彼女は次の一口を掬いすぐ口に入れる。
「「「えっ?」」」
皆が驚く中、ひょいぱくひょいぱくと凄まじい早さでチャーハンを口に運んでいき、一応五人前で作っていた皿が平らげられる。
「……うん、毒はなかったようだな」
満足気な表情でスプーンを置いた笑顔のカタリナの後ろに、二つの影ができる。
「カタリナぁ……」
「姐さん……」
蒼と赤の二つである。
「……はっ! い、いや美味しくてつい、な……」
責めるような視線を受けて我に返ったようだが。
「……ふっふっふ。これがあえて毒見役に滅茶苦茶美味しいモノを出して独り占めさせる俺の料理だ。ちなみに食べてる時は重さを感じさせない工夫がされているが、胃に入ってから強烈な満腹感を感じてもう食べられなくなる。後から出てくる美味そうな料理に手が出せなくなるという苦痛を味わわせることが可能なのだ」
「くっ……まんまと罠にかかったというわけか!」
案外ノリいいなこの人。
「ちなみにできるだけ油っぽさを取り除いたとはいえカロリーは半端ないから太るぞ」
「なっ!?」
量も半端ないからな。いや上手くいって良かった。カタリナが顔を少し青くしている。
「い、いや大丈夫なはずだ。これでも毎日鍛えているからな。運動で消費すれば問題ない、うん」
言い聞かせるように言っているが、甘いな。
「甘いなぁ、カタリナ中尉ぃ? 俺の料理がこの程度だとでも思ったか? もっと美味い料理で腹ぱんぱんになるまで食わしてやるからなぁ!」
「貴様……まさか後の戦いを有利にするために……!」
「かかったらもう遅いんだよ。ほぅら、たんとお食べ」
バカな茶番は兎も角。
とりあえず全員が料理に舌鼓を打ち始めた。
「んで一個聞いていいか?」
盛り上がってきたところで、俺が正面に座るグランへと尋ねる。顔を上げ首を傾げたところへ、
「あいつ誰?」
俺はアウギュステでは見かけなかった謎の女性について聞いた。謎の女性は薔薇の花が多く飾られた衣装を着ていて、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばしている。妖しげで色っぽい雰囲気を持っていた。
「アタシ?」
「ええと……ロゼッタさんだよ。ルーマシーに来てから出会った人、かな」
自分を指差す女性と、グランが少し返答に困ったように答えてくれる。……いや出会ってすぐのヤツを同行させんなよ。
「いやお前さっき出会ったヤツをなに普通に同行させてんの? まさかお前、あの妖しい色香に惑わされたんじゃ……」
俺がジト目を向けると、
「そんなことないですよねー、グラン?」
「ないに決まってるよね、グラン?」
彼の両側に座っているルリアとジータからにっこり笑顔という圧力をかけられ背筋を正していた。……お前案外立場低いなぁ。
「あ、ははは……」
乾いた笑みを浮かべるしかない様子だ。
「真面目な話をするとだな。森を歩こうにも道がねぇんじゃ宛てもなく歩くしかねぇ状況だろ? そこをロゼッタが案内してくれるってんで同行してもらってたんだ」
オイゲンが本当の理由を教えてくれる。なるほどな。確かに道案内をしてくれるって言うならついていく可能性もあるか。
「ええ。この子達が黒騎士の居場所を知りたい、って言うから」
ロゼッタも肯定する。そうか、こいつらは黒騎士に言われてこのルーマシー群島まで来たんだったな。
「そうか。俺は黒騎士がどこ行ったかまでは知らないんだよな」
「……森の奥、行くって言ってた」
「オルキスには教えてたのかよ」
まぁでもなにも言わず行くよりかはマシだな。
その後も俺達は他愛のない話をしながら食事を続けていった。