その後はストックに関わらずお休みをいただくと思います。
目覚めた俺の前には白い空間が広がっていた。
なんだここ、と思っていると俺から十メートル離れた位置に小さな人影と大きな人影が立っていることに気づく。
小さい方は紺色のローブに赤いケープを纏っている。大きな胸元の横を伝う金髪がロールしている。体型と頭の角からドラフ女性であることは明白だ。身長から考えられる年齢はアネンサより少し上くらいだろうか。
大きい方は星晶獣だ。水色の長髪を持ち、頭に白い翼を生やした女性の姿をしている。剣と天秤を持っているようだ。
……紛れもなく賢者だ。だが、なんでだ?
着ているローブの右ポケット、いつものところに手を入れればワールドのカードが入っていることがわかった。だが目の前の賢者には一切反応を示していない。ここが異空間だからと言われればそうなんだが、ここに連れてこられる直前もなにも反応がなかったように思う。背後に立つという超接近するまではもちろん、接近した後も反応がなかったのは少しおかしい。
「カードなら反応しないわ」
その答えは他ならぬ彼女が口にした。
「あなたがどう聞いているかは知らないけど、あなたが持っているワールドの描かれたカードは私達が持っているカードに反応しているの。私達賢者自身ではなくね」
なるほど。その説明を聞いて、それさえわかっていればバレないようにすることは可能かと納得する。つまり彼女は俺に居場所がバレないよう、カードをどこか別の場所に置いてきたのだろう。
なぜそこまでする必要があったのか、なぜ特殊な武器(?)を使ってまで俺をここに連れてきたのかはわからないが。
「……なるほどな。で、あんたは俺になんの用だ? わざわざバレないようにここに連れてきたんだ、大層な用があるんだろうな?」
場合によっては殺せた状況を鑑みるに、彼女は俺と完全に敵対する気はないらしい。そういえば気を失う直前に「正義」がどうとか言っていたような気がする。もしかしたら敵対するか味方するか、その判断をするために誰にも邪魔されない場所に連れてきたかったのかもしれない。
「……そうね。あなたが話の通じる相手で良かったわ」
彼女は言ってぱさりとフードを取り払う。気の強そうな茶色の瞳が覗いた。後ろ髪もロールしているが、ロールの髪型にするというだけでお嬢様なんだろうなと予想してしまうのは偏見だろうか。
「私はマリア・テレサ。マリアでもテレサでも好きに呼んでいいわ。ジャスティスの契約者よ」
彼女はそう名乗って髪をふぁさりと払った。堂々たる立ち居振る舞いを見ているとお嬢様というより当主にも見えてくる。
「ここ数ヶ月、私はあなたを、ひいてはあなた達を監視していたわ」
そしてそう語り出した。……数ヶ月っていうとナル・グランデにいる時も含まれてるか? 少なくともここ最近だけの話ではなさそうだ。
「具体的に言うと、そうね。エルステ帝国が滅んだ後くらいよ」
「結構前じゃねぇか」
その頃から監視されていたらしい。ただ空域は越えられないはずだから(ロベリアみたいなアホを除いて)ナル・グランデ空域に行った後のことからわからないはず、だ。
「とは言っても空域を越えた後のことは知らないわ。……流石に私は瘴流域に小型騎空挺で突っ込むような真似したくないもの」
テレサはつけ加えるように嘆息した。……ああ、あいつのことを言ってるんだなと理解できてしまう。そしてそれだけで遭遇時点は兎も角それなりにまともな感性をしている人だということがわかった。実際にそれをやったヤツ、戦があればそれをやりそうなヤツ、愛のためなら死も厭わなさそうなヤツと揃っているので比較的まともな部類だろうか。
「……なんでそこまでして俺を監視する必要があった?」
問題はそこだ。確かに理性ある賢者にとって大元となるワールドの契約者という俺の存在は注目すべきだろう。だがそうまでして、更にはこのタイミングで行動を起こす意味がよくわからない。
「ワールドの契約者は、力の源がワールドという星晶獣だとしても文字通り世界を左右するだけの力を手にするわ。だからこそ私はあなたに“正義”があるかどうかを判断しなければならない」
“正義”と来たか。俺の行動に正義があるか、と聞かれれば「そんなモノは知らん」と答えるしかない。俺は俺のやりたいようにやっている。もちろんその場その場での判断もあるが、大局を見て問題ないかの判断は挟んでいるつもりだ。ナル・グランデで裏方に徹したのも“蒼穹”がいればなんとかなるだろ、というくらいだったのが大きな理由だ。俺も参戦して全力を尽くさなければなんともならない相手だったらそうする。
「“正義”なんて大層なモノはねぇよ」
これまでの賢者ならある程度合わせる方に寄せていたところもあるが、こいつに関してはそれが通用しない気がする。だから正直なところを答えるしかなかった。
「俺は俺のやりたいようにやってるだけだ。それが倫理に反していようが、義に準じようが、根幹の部分は変わらない」
究極的にそれは変わらない。
俺はオーキスに生きていて欲しいと思ったから助けたし、アポロと仲良くして欲しいから余計な手を出した。
だがもし星の世界なんて消滅してしまえクソったれと思っていたならフリーシアに全面協力していただろう。
旅の始まりはただ自分のことが知りたいという気持ちだけだった。
旅をする中でやりたいことは増えていったから今だと一口にそう言っても色々出てきてしまうだろうが。
「そう。ではあなたに聞くわ。ワールドと契約を交わして手に入れた力をどう使うつもり?」
「要所要所では決まってるが、大まかにこういう使い方をしようっていうのはないな。ワールドの能力は確かに強大だが対抗できる手がないとは言わない。あんたも俺を監視してたならわかるだろ?」
「“蒼穹”のグランとジータ、二人の団長よね。確かにあの子達なら、なにかをやり遂げるような雰囲気はあるけれど」
「そういうことだ。俺がもし世界をぶっ壊したくなったら悪役らしくあいつらの華々しい栄光のために倒されるだろうしな。正直言ってワールドの力を持っていたところで勝てると思ってねぇ。だから俺は好きに使うさ」
もちろんその逆も然りだ。あいつらが俺の邪魔をしようってんなら容赦なく叩き潰す。慈悲はない。だがそれを簡単にさせてくれるヤツかどうかと言われると、なかなかどうして悩ましいところではあるのだ。
かたん、とジャスティスが持っている天秤が右に傾いた。……なんだあの天秤。さっきまで釣り合ってたのに。なにも載せてないのに傾きやがったな。少し、確かめてみるか。
「少し他人に頼りすぎなきらいはあるけど、どうやら悪用する気はないみたいね」
「悪用する気ならわざわざ十人集めなくてもいい。九枚も集まってりゃ空域一つぐらい創り変えられんぞ。こうなってルピ創ったりな」
俺はテレサに言って掌の上にルピを創り投げて寄越す。
「……本物ね、間違いなく」
「そりゃ本物と同じモノを創ってるからな。だが例えば名匠の作品なんかを創った場合、全く同じモノを創ることはできるが作品に対する想いやなんかは込められない」
「全てが同じ形ならそれは本物と同じよ。あなたが贋作で儲けようとする悪辣な人間でなくて良かったわ。ルピもこうして生成できるのにしていないみたいだし」
心が込められているかなんてでっち上げられるからな。テレサは俺が投げた硬貨を投げ返してくる。受け取ってから金の粒子へと換えて消した。……確かにそれをやってればもっと楽に金を稼げたんだろうなぁ。でも製造元の怪しい硬貨は疑われやすいし、本物と同じ贋作はその界隈を騒がせすぎる。真っ当に料理で稼ぐのが一番厄介なことにならなさそうだった。
「では次の質問よ。あなたはワールドの目的を知っているわよね。ワールドの新世界創造に協力するための契約者でもあるのだし。でもあなたはワールドの支配下に置かれていた他九体の星晶獣を支配から逃したわね? それはなぜ?」
「元々俺がワールドを利用して力を手に入れようと思っていたから。もしワールドと契約を交わす時戦闘になったとして他の星晶獣までワールドにつかれたら流石にお手上げだ。だから星晶獣の契約者である賢者とはそれなりの付き合いをしておいて、星晶獣はワールドの支配から逃しておく必要があった。あと新たに加わったヤツらがこの世界を滅ぼすとか持っての外みたいなことを言い出しそうなヤツらだから反抗はするな」
こっちに邪悪なヤツしかいなかったらそれはそれで気が楽だったのかもしれないが。元々の面子がそうじゃないから仕方がないと言えば仕方がないのかね。
かたん、とジャスティスの天秤が更に右に傾く。……ふむ。こういうのって多くの場合、善悪か真偽か相反する二つの物事で判断した結果だと思うのだが。善悪だと俺の場合グレーなところがあるし、真偽だったらまぁわかるか。嘘は吐いてないからな。
「ワールドの目的を阻む場合戦うことになるでしょうけど、それについては?」
「かつての“蒼穹”にできたことが俺達にできないわけがない」
天秤は右に傾く。
「……自信満々ね」
「俺はまだあの二人に追いついてはいねぇが、それでも団員達は強いからな。ワールドと戦った時のあいつらの戦力はわからないが、劣るとは思わない」
まぁどれだけの人数が力を貸してくれるかは微妙なところだが。特に俺と関わりの深いというか、仲のいい連中は巻き込む。あと賢者はワールドにも関係があるので参加させる。あとはアリアやらフォリアやらを引っ張ってこれば余裕だと思う。ワールドが本当に単体で世界をなんとかできるんだったら、あいつらも勝てはしなかっただろう。だがワールドは負けた。なら戦いようはあるってことだ。
天秤はまたも右に傾いた。……んー。真偽が一番有力っぽいかな。ちょっと嘘吐いてみたいところはあるんだが。
「じゃあ最後に聞くわ。……あなたは自分の父親を殺したいと思っている?」
テレサはなぜか最後の質問としてそれを持ってきた。それが俺の“正義”と関係があるのか全く理解できないが。
「……ああ」
俺は静かに頷いた。表情が抜け落ちてしまったかもしれないが、あいつの話になるとあまり普段通りにはいられない。そういう相手だ。
――ジャスティスの天秤は
「う、嘘っ!?」
テレサはそれを確認して驚きの声を上げる。
「
テレサの今の言葉と質問、そして俺の答え。これらから考えるにやはり真偽を判断する天秤と考えて良さそうだ。しかしテレサのこの動揺、つまりあれか。こいつはアウギュステで遭遇した時のことを知っているんだな。
「なんだ、見てたのか」
「え、ええ。あの時はあなたがワールドの契約者候補ですらなかったから、本当に偶然で」
それはまぁ気づかないわけだ。あの時は俺もまだまだ未熟だったからな。ドランクもいたが正直それどころじゃなかったというのが素直な気持ちかもしれない。
「……殺したくないって言うと少し語弊があるな」
俺は天秤が「殺したくない」という俺の答えを嘘と判定した理由を大体察した。
「多分、俺はそこまであいつに強い感情を抱いてないんだ。正しく言葉にするならきっと“殺しておいた方がいい”」
俺はテレサにそう言い放った。かたん、と天秤が右に傾く。真実だと判断したのだろう。
「……なんであんな風にされて、そうなるの?」
「んー……。これは完全な推測になるが、俺はあいつのことに意識を割きたくないんだろうな。強い感情を抱いたり、あいつを殺すために旅を続けたり、そういう俺の原動力になりそうなモノにすらしたくない。あんなののために俺の人生を左右されるのが嫌、と言えばいいのかね」
全身をぐちゃぐちゃにされて何度も何度も執拗に殺されたが、そのことに対してあいつに対する感情は
「……そう。大体あなたの事情はわかったわ。そしておそらく、あなたなりの“正義”があなたの中にあることも」
「……正義ねぇ」
ぱちりと瞬きをしてから意識して切り替える。そうしないといつまでも表情が戻らなくなってしまうのだ。俺の場合本質がそっちだからだろう。
「今度は俺から聞いていいか?」
話題を変えるために尋ねる。
「ええ、どうぞ」
テレサは快く頷いてくれた。
「なぜ俺をここに連れてきた?」
最初に尋ねるべきだったが、そのままテレサの質問に行ってしまったため聞く機会を逃してしまっていたことだ。
「あなたとこうしてゆっくり話がしたかったからよ。あなたは自分のことを少し過小評価しているきらいがあるけれど、最早アウギュステであなたを知らない人はほとんどいないわ。“蒼穹”のライバル騎空団団長、料理の達人、美女美少女を連れたモテ男」
……最後のだけちょっと毛色が違うな? というかそれを言うならグランだって相当なモノだぞ。この間なんか二十人くらいの美女に囲まれてたし。
「……そんなわけだからあなたと邪魔されずに話すというのは骨が折れるのよ。だから刺した人を異空間に連れ込む、なんていう特殊な能力を持った短剣を使ったわけだし。なによりあなたの周りの娘達が、私と話しているところを見たら嫉妬するかもしれないでしょう? それはお互いにとって良くないことだから」
ちゃんと気遣いのできる子であった。
「じゃあなんでわざわざカードを置いてまで俺に忍び寄ったんだ?」
カードがあって接触したとしても別に良かったような気がするが。
「正面から接触したとして、あなたは『異空間で話したいから刺されてくれる?』なんて言われて信じるの?」
「それは確かに。だがそれならそれで俺がそういう異空間を創ればいいんじゃないか?」
「それは私が信用できないわ。私も単独で会うからにはそれなりにあなたの人となりを判断しているけれど、あなたの創った異空間はつまり、あなたの思いのままに動くということ。流石にそこまでの度胸はないわ」
「ふぅん。まぁ、もうこの異空間は把握したから動かせるんだけどな」
白い空間を黒く染めて、もう一度白に戻す。
「……それは私がワールドの能力を甘く見ていただけね。覇空戦争以前のモノだから、ワールドの力でも関与できないと思っていたのだけれど」
目論見が甘かったわ、とテレサは素直に自分の非を認めた。
「なるほど。じゃあ次だ。……あんたの目的はなんだ? こっちがカードを貰う以上、あんたに手を貸す理由がある。交換条件は必要だろ」
「あなたはそうやって賢者達を取り入れてきたものね、そうくるだろうとは思っていたわ」
テレサは少し柔らかく微笑んだ。
「私の本名はマリア・テレサ・フォン・エスタライヒ。ロマ帝国の女帝、だった女よ。裏切り者によって奪われた皇帝の座を取り返しなさい――
彼女は自分の正体を明かして、しかしどこかの兄妹のようなことではないと言う。
「あなたは二人の賢者のためにガルゲニア皇国を取り返したそうだけど、そこまでしたら交換条件として釣り合わないと思うの。それはあなたが条件を呑むしかないからと条件を釣り上げるにも似た所業。だから帝国を取り返して欲しいとまでは言わないわ。ただ、一度でいいから私の代わりに皇帝となった妹に会って、話がしたいの。お願いできないかしら」
テレサの申し出を聞き、俺はがっくりと膝を突いた。
「ど、どうしたの?」
心配に思ったのかテレサは駆け寄ってきて俺を気遣ってくれる。屈んで肩に手を置く彼女を、俺は抱き締めた。
「えっ!?」
テレサが困惑しているが、そんなことはどうでもいい。
「……良かった、ホントに良かった! 賢者ってただヤバいヤツの総称じゃなかったんだな……!」
心から感激していたからだ。
「うぅ……まぁ確かに気持ちはわかるけど」
ホントにあいつらはもう、気が滅入ることしかなかった。
「ということで、お前団に入ってくれ。そして賢者のまとめ役に任命する」
「っ!? い、嫌よ! まとめ役が人間に務まるわけがないでしょう!」
「そう言うなって。器の大きい女帝殿ならなんとかなるだろ? 帝国の曲者共を治める練習だと思って」
「間違ってもロマ帝国にあんなのはいないわよ!?」
流石、長く俺を監視していただけあってよくわかってらっしゃる。
「というわけでよろしくテレサ」
俺はぱっと彼女から離れてにっこりと笑う。
「え、ええ……。善処するわ」
「ああ」
逆に彼女は嫌そうな表情だったが。
「じゃあジャスティスは倒すな」
「えっ?」
言ってから星天撃でジャスティスを両断する。
「よし。これでワールドに縛られず行動できるな。ちゃんと再契約結んどけよ?」
「え、ええ」
テレサは困惑していたようだったが頷いた。
「さて、戻ってさっさと依頼達成するか。暗殺すればいいんだっけ?」
「誰をよ。もう、妹に会えればそれでいいの」
「殊勝だな。じゃあさっさと乗り込むか」
「……秘密裏に会うのよね? 正面から殴り込みに行くわけないわよね?」
「当たり前だろ、俺を非常識連中と一緒にするなよ。夜中にこっそり部屋に侵入するだけだ」
「……それを非常識と呼ばないべきか凄く悩むわ」
テレサとそんな雑談をしつつ、異空間から出て街中に戻ってきた。ただ短剣は刺さっていない。
「ほら、早く。周りの女の子達に一言言っておかないと後が大変でしょ?」
「……気遣いもできるいい子だなぁ」
「言っておくけれど私の方が一つ年上だから」
「へぇ、そうなのか」
「ええ。だからあまり年齢差は気にしなくていいわ。私はいずれ皇帝に戻るけれど、今は皇帝でもないことだしね」
俺は心の中で決めていた。テレサだけは絶対に騎空団に入れようと。そして俺と同じ苦しみを味わうがいい。
「あまり仲良くしているように見えても悪いから、フード被って他人行儀にするわね」
「わかった」
テレサと打ち合わせてあくまで仕事の関係だと強調するようにする。
だが。
「……ダナンがまた別の女と歩いてる」
「あいつはどこを歩いても引っかけてくるな」
同じローブだから賢者でしょうね、とそこに同行していたフラウは言わなかった。その方が面白そうだから。
……俺達はまだ、手遅れであることに気づいていなかったのだ。