ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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別に他のアーカルム全員と戦うところを書くわけではありません。

あと前々話ぐらいで二話くらいで終わるかもとか言ってましたが全然そんなことはありませんでした。
数話続いた後番外編一話挟んでインターバルに入る予定です。


ハングドマン戦

 セフィラ島を隈なく探索していると三日が経った。

 そこで俺達の前に現れたのが――。

 

「……こりゃどういう冗談だ? ハングドマン」

 

 俺は冷や汗を笑みに隠しながら目の前の逆さ男――星晶獣ハングドマンに問いかける。

 

「冗談もなにもないさ」

 

 彼は真意の読めない笑みで告げた。

 

「僕らはワールドによって創られた星晶獣。今回は君の試練のために、ここに呼び出されたってわけさ」

「あいつの力で創られたから俺との勝負にも持ち込めるってわけか」

 

 考えやがったな。

 

「で、そっちこそどうなの? そこの彼女は」

「こいつは荷物持ちだ。戦いには参加しない」

「ふぅん、ホントかなぁ?」

「そいつが手を出したら問答無用で俺の負けでいい、ってワールドに伝えておけ」

「わかったよ、それなら文句は言わないだろう」

 

 ハングドマンにモニカのことを聞かれたが、彼女はこれまでの道中でも一切魔物と戦っていない。だからワールドも許してくれるはずだ。俺が拒んでもついてきたのだから大丈夫だとは思うが。

 

「ま、待て! なにを一人で勝手に決めている! 相手は星晶獣なのだろう? なら一人では……!」

 

 モニカは焦ったように言ってくる。

 

「しかもこの三日間、()()()()()()()()だろう!」

 

 続いた言葉にハングドマンがへぇ、と面白そうに笑った。

 

「そうなんだ。そんな状態でワールドの下まで辿り着けるかな?」

「元々不眠不休で突破する予定だったからな。まぁ、流石に一睡もしないのは無理だろうから仮眠くらいは適当に取るさ」

 

 夜も見張りが必要なのでずっと起きていただけのことだ。モニカに見張りをさせては俺の力でワールドの下に辿り着いたことにならない。だからそうしなかった。

 とはいえ一週間睡眠を取らずにおいて、それから少し仮眠を取る予定ではあったのだ。

 

「っ……!」

 

 モニカは唇を噛んでいた。

 

「お前のせいだとかは思う必要ねぇよ? 仮眠くらいなら今までも取れてただろうが、それをしなかったのは俺だ」

「寝不足になりにいくなんて珍しいこともあるモノだ。もしかして、君には愚者の方がお似合いなのかな?」

「安い挑発だな」

 

 俺は言って、準備をするためにモニカの背負うバッグから色々な武器を取り出す。

 

「君に圧倒的不利な条件だから、準備が整うまでは手を出すなって言われてるんだ」

「そりゃ有り難い」

 

 言いながら武器をいくつか見繕ってその辺に置いておく。

 

「じゃあ始めるとするかぁ」

「あ、もういいの? じゃあ始めようか」

 

 俺は構えるが、ハングドマンは変わらない。

 

 実のところ、こいつと戦うのは初めてのことだ。なぜならワールドの支配から脱するために一度倒すのに、彼は抵抗しなかったからだ。俺は無抵抗のハングドマンを遠慮なくボコボコにしてやった。「君の方が心ないよね」と後で言われたが。

 

 ともあれ初対戦なのでどんな能力を持っているか不明。充分警戒して……。

 

 突如、見えている景色が逆さになった。

 

「っ!?」

 

 思わず駆け出そうとした身体が止まる。

 

「ようこそ、逆さまの世界へ」

 

 ハングドマンはにっこりと笑って言った。今の視界だと彼は宙に立っているように見える。……感覚的に見えてる視界だけが逆さになった感じか。視界の左右と感覚の左右が違うのが厄介だ。

 

「……ま、問題じゃねぇな」

 

 俺は言って置いておいた武器を頭の中で整理する。まずは小手調べといくか。

 見えているモノが上下逆さまだというなら、極端な話目を瞑って戦えばいい。身体の感覚だけで戦えればそれで事足りるのだ。この能力はあくまで相手に戦いにくくするだけのモノでしかなく、混乱させて上手く戦えないようにさせ、相手の力を削ぐモノである。とはいえ俺は目に頼っている部分もあるので完全に目を瞑って戦えるほどではない。だから上下逆さになっていることを念頭に置いて考えながら戦うしかなかった。

 

 まずはグリームニルから最初に貰った武器、虚無ノ哭風。一突きすれば烈風を生む、自称荒れ狂う軍神から貰うのに相応しい武器だ。

 

「おっと」

 

 俺がそれを手に取って振るうとハングドマンはおどけたように言って巻き起こった烈風を避ける。

 

「これは予想外だね、目を開いたまま対応してくるなんて」

「ただ上下逆さになってるだけならこんなモンだろうよ」

 

 言い返してそのまま突っ込む。……まだ動きに無駄が多い。長時間ずっと動けるように、もっと無駄を削って余計な力を入れず、最短で最大の結果を手にしなければ。

 呼吸も最小限に、ただし十全に身体を行使できるよう無駄なく。神経を研ぎ澄ませて一瞬を狙う。

 

「じゃあ、これはどうかな」

 

 余裕たっぷりに笑って左右上下にタイミングをズラし岩石を放ってきた。視界が逆さになっている相手に対しては実に嫌らしい攻撃だ。だが右上に来ている攻撃が実際には左下である、とわかっているのであれば対応は可能だ。俺は走りながら一つ一つの攻撃を弾いていく。混乱しないよう冷静に考えながらであれば問題なかった。

 

「流石」

 

 全く思っていないような顔でよく言いやがる。ふと嫌な予感が足元から湧いてくる。咄嗟に跳ぶと地面から竜みたいな怪物が飛び出してきた。

 

「おぉ、よく避けたね」

 

 槍で突き刺して倒しておく。一体だけならいいんだけどな。

 

「なんでわかったのか、是非教えて欲しいな。この子は見せてなかったと思うけど」

「勘だ」

 

 簡潔に答えて接近、烈風でハングドマンを薙いで牽制しながら近づき奥義を叩き込む機会を窺う。

 

 勘が今凄く冴えている状態になっているはずなので、言葉以上の信頼を持っていた。そのために一睡もせず神経を研ぎ澄ませてきたのだ。寝不足の状態で仮眠を取ってもすぐ起きられる身体になっておかないとこの先生き残れないというのもある。

 

「ははっ、それは残念」

 

 ハングドマンは笑ったまま地中からさっきとは別の色の竜を呼び出し、距離を取るために後退しながら俺を狙って口元に光を集束させていく。熱線が放たれるが最低限の動きです回避した。顔のすぐ横を熱線が通り抜けて肌が少し焼ける感覚がする。見えているのは右側だったのに熱いのは左側というおかしな状態を無視してハングドマンに肉薄した。

 

 ……守る術を削いでから一発で決める。

 

 距離を取らせないままハングドマンの竜を何度か打ち合った後に喉元を貫いて倒す。当然彼自身も様々な攻撃を繰り出してくるが、俺の研ぎ澄まされた感覚がどう身体を動かせば攻撃を受けないかを教えてくれるように、全て回避することができた。俺の身体の調子はほぼ万全以上かもしれない。

 

 距離を詰めて一撃当てようとする俺と一撃も受けようとしないハングドマンの攻防が続き、遂に槍がハングドマンの腹部を穿った。

 

「ッ……! でも残念、まだ浅い」

 

 同じく星晶獣の力を宿した武器だと思うので効果は覿面だったようだ。だがすぐに距離を取られてしまう。直後、俺は「バニッシュ」と呟き背後を取る。

 

「……あぁ、そういえば君にはそれがあったね」

 

 完全に後ろを取られたハングドマンは言って、

 

「神聖滅闇晄」

 

 俺の放った奥義による暴風で細切れになった。……かと思ったのだが。

 

「よくやるな」

 

 俺は()()()()()()視界でハングドマンの残骸、顔から左肩にかけてまでしかない無残な姿を見下ろした。

 

「……よくやったと、言える風体じゃない。全く……『ジョブ』も使われずに負けたなんて、ワールドにどやされる」

「咄嗟に避けられるとわかって俺の視界を正常に戻し、微妙なズレを無意識で修正させるのが狙いだったんだろ。右は左、左は右っていうのが刷り込まれてたからな。戻った瞬間にちょっとズラしちまった」

 

 完璧に当たっていれば欠片も残らなかったはずだ。

 

「向上心があるというか、君は随分と殊勝だね。……最後にワールドからの伝言だ。『十体いるアーカルムシリーズの星晶獣を倒せ。それから島の中央に来るがいい』だってさ」

「お前と遭遇したからそんなことだろうと思ってたよ」

「はは。……カイムのことをバカだと言ってくれた君に感謝を。きっとカイムは言わないだろうから」

 

 最後の言葉の意味はわからなかったが、ハングドマンは消滅した。おそらく契約者のところに戻ったのだろう。

 

「……よく、一人で勝てたな。しかも『ジョブ』を使わずにとは。恐れ入る」

 

 勝負が終わったからかモニカが落ちている武器を拾いながら声をかけてくる。

 

「ちょっとやりたいことがあってな。『ジョブ』はワールドとの戦いまでは、本当に死にそうな時でもなければ使わないつもりだ。それでも充分通用するってのは今わかったしな」

「そう、か。しかし『ジョブ』というのは一体どれくらいの効果があるのだ? 手合わせする限りでも普段より強くなっていることはわかるのだが」

 

 そういや『ジョブ』が実際どれくらい影響してくるのかを言ったことってなかったか。別に隠す必要もないことだしいいだろう。

 

「じゃあ簡単に説明するか」

 

 言って、俺は少しの休憩も兼ねて適当な岩の上に腰かける。モニカもバッグを下ろして倒れた木を払って座った。

 

「まず『ジョブ』は戦闘スタイルや使える武器種などによって適性がある」

 

 これは俺とグラン、ジータを見ていればわかることだ。

 

「同じ『ジョブ』を使っても向き不向きによって多少変わるということか。まぁそれくらいはあるだろうな」

 

 そこまでが個性の話。

 

「更に言えば『ジョブ』を発動した時にその『ジョブ』に応じた補正がかかる。近接物理の【ファイター】と魔法攻撃の【ウィザード】、防御の【ナイト】を例に挙げると、それぞれ近接物理の攻撃力、魔法の攻撃力、防御力が他の『ジョブ』より上がるんだ」

「それぞれの戦闘スタイルに応じた補正か。では戦いに応じて切り替えながら使うのがいい能力というわけか」

「ああ。で、問題はClassによる違いだな。知ってるとは思うが『ジョブ』には今ClassⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、EX、EXⅡ、そして0がある。0は例外としての分類だから今回は省くが、それぞれそのClassの『ジョブ』を発動した時に身体能力が跳ね上がる」

 

 これが『ジョブ』を発動する上で最も大きな効果だ。これがあるから『ジョブ』の発動は本気になればなるほど必須になる。

 

「例えばClassⅠは身体能力を一倍にする。つまり変化なしだな。これは普段あいつらが【ファイター】、俺が【シーフ】に分類されていることが関係してるとは思う。ClassⅠ内であれば戦闘スタイルを変えるだけで身体能力は補正と適性の差はあれどそう変わらない」

「問題はそれ以外のClassというわけか」

「だな。これは俺の体感だが……ClassⅡだとおよそ二倍。Ⅲだと三倍。Ⅳだと六か七倍辺りだな」

「……ClassⅣは化け物だな」

 

 モニカからそんな言葉が出てくるとは意外だった。

 

「今の戦いを見て、『ジョブ』を使っていない時の身体能力がわかった。ではClassⅣを発動した時にダナンがどれほどの力を持つのか。そう考えれば生身で星晶獣と渡り合う人間の六倍以上の身体能力だ。途轍もない能力であることくらいはわかる」

「昔はClassⅣで星晶獣と戦ってたくらいだからな、地力を鍛え続けた結果だ」

 

 因みに暴走状態のClassⅣは五倍くらいだと思う。そこまで冷静に考えられる頭じゃなくなるからグランの【ベルセルク】でボコボコにされた時の感覚からプラス一倍で片づけられる強さじゃなかったな、という推測だ。

 操れている時のClassⅣは暴走状態よりも強いので五倍の上、六か七辺りだと思っている。

 

 そう考えるとあの二人が手にしたClass0の【十天を統べし者】は十倍とかになるんじゃないか? ヤバいな。いや、多分だが十倍は制御し切れていない状態の話だ。つまり制御できたらその二、三倍は上をいくだろう。

 

 ……考えたくもねぇな。

 

「ふむ。『ジョブ』を発動した時は身体能力が倍になっていく。だから地力を鍛えれば鍛えるほど『ジョブ』を使った時の強さが上がっていく、と。恐ろしいな。やがて単独で七曜の騎士とも渡り合えそうだ」

「その渡り合える力をあいつらは持ってる。例外中の例外、Class0の【十天を統べし者】。俺が持ってないその力は、制御し切れば普段の十倍は下らない強さになるだろうな」

「考えたくもないな」

 

 いや全く。

 モニカが呆れを孕んだ苦笑を浮かべているのに全力で同意する。……予感はある、とは言ったが実際にこう考えてみるとあれに匹敵する力なんてあるんだろうかと思ってしまう。

 

「そろそろ行くぞ。まだ九体も星晶獣が残ってる。無理ないように休むのはいいが、休みすぎても時間がかかる」

「ああ。……私はいいが貴殿はどうだ? 一睡もしていない中星晶獣とも戦って」

「問題ない。むしろ調子がいいからな。あと四日は寝ない予定だ」

「……はぁ。荷物持ちが言えることではないが、無理はするなよ」

「ああ」

 

 もちろん、無理しないで勝てる相手なら無理はしない。

 だが今回の相手は文字通り神にも等しい力を持った星晶獣だ。多少の無理や無茶はしなければならない。

 

 ……全く。ホント、あいつらのライバルでい続けるのも大変だ。

 

 俺達はその後もアーカルムの星晶獣を探してセフィラ島内を探索して回った。ワールドが島の中央にいるというのでその周りをくるくると見て回っていく。

 

 見事十体の星晶獣を倒した後、俺達は島の中央へ辿り着く。

 モニカ曰く、そこはセフィラ平原と呼ばれる地帯。周辺を囲む三つのポイントの中心に位置するそこは、残念ながらなにもなかった。

 

 戦火に焼かれたのか、真っ黒で草木一本すら生えていない。どころか岩すらも存在しなかった。

 

 その中央に佇むは、『世界』を司る星晶獣ザ・ワールド。またの名を胎動する世界。

 

「……来たか、我が契約者よ」

「ああ。来たぜ、望み通り、お前と勝負をつけるためにな」

 

 ワールドはここでなにを想っていたのだろう。かつての覇空戦争か、それ以前の話か、それともこれからのことか。

 まぁいい。俺のやるべきことはただ一つ。ここでこいつに勝利することだ。

 

 さて、久し振りに全力全開で挑もうか。

 

 新世界の神となる相手に。




次回、ナンダークファンタジー。

「“世界”をこの手に」

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