ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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タイトルが長ぇ。
こんなんが毎日更新継続最終日の話でいいのかというツッコミはなしで。
次の更新はちょっとお休みをいただいて来週の水曜くらいになるんじゃないかなぁと思っています。次からは『サウザンド・バウンド』の番外編ですね。
具体的な日にちが決まったらTwitterでお知らせします。

※今回の番外編の注意事項
・時系列は度外視してください。登場キャラクター的には人形の少女編のリーシャ合流からルーマシーで置き去りにするまでの間ですが。ご注意ください。
・この番外編ではショタ化、ロリ化、老人化などが含まれます。ご注意ください。
・時系列の問題でオーキスがオーキスではなくオルキスになっています。ご注意ください。
・ビィの存在を忘れていました。ご注意ください。
・続編はありません。今のところは。ご注意ください。
・ひらがなだけのセリフがあって読みにくいかもしれません。ご注意ください。
・最後に、ナルメアは出ません。彼女が出たらなにかと暴走してヤバいことになっていたと推測されます。ご注意ください。

以上の注意事項にご了承いただける方のみお読みください。


EX:とある天才錬金術師が開発した年齢操作装置をそのバカ弟子がどかーん☆して暴走させてしまった騒動とその顛末

 大空を往く騎空挺グランサイファー。

 

 近い将来大騎空団となり全空にその名を轟かせることになるのだが、それはまだ未来の話。

 

 そんな騎空挺内に我が物顔で自分用の研究室を確保している人物がいた。

 

「……くくっ」

 

 彼女、と言えばいいのか彼、と言えばいいのか少しだけ迷ってしまうその人物は、薄暗い部屋の中でたった今完成した一つの装置を眺めていた。

 

「これでオレ様が世界で一番可愛いと証明されるな」

 

 世に存在する錬金術の開祖にして、昔は男だった病弱な身体とは別の身体を創る過程で折角なら理想の美少女にしようと画策した結果金髪美少女として生まれ変わった。研究室の壁際には同じ見た目をした美少女の身体が全裸で液体に浸かっている。今使っている身体が壊れた時のためのスペアボディだ。

 

 そんな天才錬金術師である彼女が作ったのは、特殊な装置だ。自分が紛れもなく世界一可愛い美少女になるための装置。即ち――

 

「その名も年齢操作装置、だ!」

 

 ニヤリ、と稀代の錬金術師は唇を歪める。要は自分以外を美少女じゃなくして自分を世界一の美少女にしようというコンセプトの装置である。

 どうしても人々には個性があり、好みが存在する。いくら自分の理想を体現し続けても世界一可愛い美少女であると自他共に認める日が来るのかは怪しい。なので自分以外をおばさんにしてしまえば問答無用で世界が獲れるというわけだ。

 

 発想がトんでいる上にそれを実現するための装置を開発してしまうだけの天才性を持っているのが一番の問題である。

 

「しかしまさかオレ様をしても一ヶ月もかかっちまうとはな。しばらく部屋に籠もり切りだったし、久し振りに外の空気でも吸ってくるか」

 

 カリオストロはそう言って、大きく伸びをした後に部屋を出ていく。……余程浮かれているのか鍵を閉めずに。

 

 その数分後、ばんと研究室の扉が勢いよく開かれた。入ってきたのはカリオストロではない。

 

「ししょー! 遊びに来たよー!」

 

 明るいオレンジのポニーテールと大きな黒いリボンを揺らして入ってきたのは、カリオストロに弟子入りしたクラリスだ。

 カリオストロが千年前に錬金術を確立し、そして封印されて時が流れてから封印が解かれて再会したカリオストロの妹の子孫。クラリスもクラリスで美少女錬金術師を名乗っている辺り、血筋なのかもしれない。

 

「あれ? ししょー? いないの?」

 

 勢いよく突入した彼女だったが、カリオストロが不在だったのできょろきょろと研究室を見渡す。そして、カリオストロがつい先ほど完成させたばかりの装置が目に留まった。

 

「なんだろ、これ。前来た時はなかったのに」

 

 こてんと首を傾げて見覚えのない装置に近づいていく。

 

「どんな装置なんだろ……」

 

 その答えを知っているのは作った張本人だけなのだが。

 

「ま、使ってみればわかるよね☆」

 

 にこっとそれはもういい笑顔で言って、がちゃがちゃと装置を弄り始める。

 

「う~ん。全然動かない」

 

 操作方法もわからないなら動かさなければいいモノを。と彼女を諭す者はいなかった。

 そもそもこういうバカがいるからカリオストロは秘密の起動方法を設定しているのだが。

 

 しかしクラリスはカリオストロの思惑を超えてくる。

 

「壊れてるのかな~、よし、じゃあどかーんとやっちゃおう☆」

 

 そう結論づけるとクラリスは己が錬金術を駆使して、

 

「おいバカ弟子! なにやってやが――」

「どかーんっ☆」

 

 猛烈に嫌な予感がして戻ってきたカリオストロの声も届かず、装置を攻撃した。間一髪間に合わなかったカリオストロの身体に衝撃が走る。だが見た目的には崩壊することもない。とりあえず後で調子を確かめねぇと、とは思いつつまずは叱るべき相手がいる。

 

「……おい、バカ弟子」

「あ、ししょー! 遊びに来たよー!」

 

 低く怒気を孕んだ声に爛漫な声が応える。それが更に怒りを誘発させた。

 

「オレ様の研究室に勝手に入るなって何度言ったらわかるんだ? あとオレ様の作った装置に触るなとも言ったよなぁ?」

「し、ししょー?」

 

 流石に邪悪な笑みを浮かべている彼女を見て、クラリスも気圧されている。

 

「オレ様を怒らせたらどうなるか、みっちり教えてやらないといけないみたいだな――っ!?」

 

 カリオストロがクラリスにお灸を据えようと構える中で、突如装置が動き出した。ランダムに明滅して狂ったようにボタンが押されていく。

 

「……ま、まさかさっきので制御装置がイカレて……! おい、なんてことしやがった!」

「えぇ? うち、なにもしてないよ?」

 

 きょとんと首を傾げるクラリスにカリオストロがブチ切れた――直後に装置から白い光が放たれる。

 

「あん?」

「えっ、なに?」

 

 二人が不思議に思う中、全ては光に呑まれていく。

 

「きゃあぁ!」

「チッ、どうなってやがる!」

 

 こうして暴走した装置はグランサイファー全体を白い光で呑み込んだ。

 

 そう、運悪く()()()()()のいるタイミングで、である。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 目を覚ます。慣れない寝心地に、ああそういやグランサイファーで部屋借りてるんだったなと思い返す。

 

「……あさめしつくらねぇと」

 

 こう言うのは癪だが世話になっている身だ。家事手伝いくらいはしておきたい。あいつらに借りを作りっ放しというのも気に入らないし。

 

 もぞもぞと身体を起こしてベッドから降りる。というところで身体に布が絡まっていたせいかずるりと頭から落ちてしまった。

 

「ぎゃっ」

 

 受け身も取れず顔面からいった……クソ、なんて様だ。あいつらに見られることだけは避けたいんだが。

 なんか動きづらいな、と思いながら動きを邪魔する布を退けて這い出る、となぜか裸になってしまった。……ん?

 

 なんで服が脱げてるんだ? と思って部屋に備えつけられている姿見を向くとそこには。

 

「……な、」

 

 黒髪黒目でちょっと目つきの悪い()()()()()()()()()が素っ裸で立っていた。

 

「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 思わず叫び声を上げる。鏡の中の子供もだ。両手でぷにぷにになった頬を挟んでみれば鏡の中でもそうしていた。

 

 ……これはまさか、俺が子供になっているのか?

 

 それしかあり得ない。だがなぜ起きたらそんなことに。いや、考えるのは後だ。まずは情報収集をしなければ。部屋の外に出たいがそのためにはこの恰好をなんとかしなければならない。

 

「……なるほど。おおきいときのふくがからまっておちちまったのか。そのちいさいからだでさいほうができればいいんだけどなー」

 

 言いながらごそごそと荷物を漁る。裁縫道具を見つけたので予備の衣服を今の俺の姿に合うよう改造していく。子供サイズの服なんて作るのは初めてだったのと慣れない身体での作業だったので少し時間はかかってしまったが、なんとか下着から衣服、それもローブまで完全に再現することができた。とりあえずそれに着替えておく。

 

「よし。じゃあじょうほうしゅうしゅうだな」

 

 この現象がグランサイファー全体なのかどうかを調べなければ。皆子供になってしまった場合どこかの島に上陸するのも難しいし、今帝国兵に襲われたら目も当てられない。急いで状況の把握と対策を練らなければならない。

 ドアノブに背伸びして手を届かせて扉を開けて廊下に出る。と左の部屋の扉が少し開いていることに気づいた。確かアポロが使っている部屋だ。

 

 アポロの様子が確かめられれば情報収集にもなるし、うちのボスと情報を連携するのは大事だ。基本的には冷静な思考を持っているというのもある。

 とてとてと駆け寄ってこっそり中を覗く――と布団で身体を隠した眼鏡で茶髪の少女と目が合った。……どなた?

 

「お、お前……ダナンか?」

 

 声には全く聞き覚えがなかった。歳相応の可愛らしい声だ。だがなんとなく理解した。

 

「アポロ……でいいのか?」

「ああ」

 

 頷かれて驚愕する。……まさかあのアポロがこんな大人しそうな子供に変わるなんて。どんな事態なんだ一体。

 

「それよりお前のその恰好は……?」

「ああ、これか? これはおれがさっきちょきちょきぬいぬいしてつくったんだ。それなりにいいできだろ?」

 

 聞かれて返すと、なぜかアポロがぽかんとしていた。

 

「ん?」

「い、いや……今お前ちょきちょきぬいぬいって」

 

 ……あれ? 俺普通に切ったり縫ったりしてって言ってなかったか? 嘘だろ、この身体になるとそんなところにまで影響出るのか?

 

「……くっ、これもこのからだになったへいがいか」

 

 思わぬ事態に膝を折った。

 

「落ち込んでないで状況を、いやそれより私の服を作れ」

「ああ、そっか。いちだいじだもんな」

 

 彼女も俺と同じように縮んでしまい、着れる服がなくなったのだろう。ハーヴィンでも同行していればそいつから借りるという選択肢もあったろうが、今この船にハーヴィンはいない。予備の服があるかどうかは俺達の知るところではなかった。

 

「わかった。まかせろ」

「ああ」

 

 というわけでアポロの服を作ってやる。

 

「ようぼうどおりのノースリーブにズボンだ」

「助かった」

 

 服を着てようやく布団から出てきたアポロは白いノースリーブシャツに黒のズボンという恰好だった。大人しそうな容姿なのでスカートでも良さそうなモノだが、彼女はこれがいいと言って聞かなかった。

 

「けどめがねなんてもってたんだな」

「ん? ああ、これか。夜読書する時なんかはかけている。子供の頃のモノがあって良かったがな」

「へぇ、こどものころはかけてたのか」

「ああ。言っても信じないだろうが読書好きで大人しい子供だったからな」

「うそだぁ」

「わかってはいたが腹立つ返答だな」

 

 あの鋭い目つきで殺気振り撒いてたようなアポロが? まさかぁ。ただ今の容姿はそう言われても納得できるモノだった。

 

「ところでアポロはいまのこのじょうきょう、どうみる?」

「さぁな。起きたらこうなっていた、としか」

「アポロもいっしょかぁ。じゃあほかのヤツともごうりゅうするしかないな」

「そうだな」

 

 というわけで二人でとりあえず朝食の時間が近いということもあり、食堂へ向かうのだった。

 

「……」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 まず視界に飛び込んできた二人の姿に言葉を失ってしまう。

 

 赤い髪をしたドラフの()()に青い髪をしたエルーンの()()。連想した二人の面影はあるが、信じられない光景だった。

 

「お、おい! スツルムとドランクなのか!?」

「なん、だと……?」

 

 俺は尋ねるが反応を示さない。アポロも長年連れ添ってきた傭兵二人の無残な姿にショックを受けている。

 

「……」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 二人は隣り合って壁際のベンチに座っている。ドランクに聞き返されて、俺は彼に近づき声を張り上げた。

 

「おまえは! ドランク! なんだよな!?」

「えぇ? なんだってぇ?」

「……」

 

 ダメだ、聞こえていない。もう一度繰り返すが同じように聞き返してくるだけだった。なにも言わずに様子を窺っていても「えぇ? なんだってぇ?」と言っていた。

 

「……ダメだな。かんぜんにボケてやがる」

「えぇ? なんだってぇ?」

「むしょうにはらたつききかえしかたしてくるな。そのくちチャックしてやろうか」

「えぇ? なんだってぇ?」

 

 ……ダメだ。こいつに話しかけてもちゃんとした返事はこない。むしろ俺の苛立ちが募るだけだ。

 俺は諦めてドランクから離れる。耳が遠くなっているのとボケているのと従来の惚け方が重なって最早手のつけようがない。残念だが意思疎通は諦めよう。

 

「……」

 

 次はスツルムを観察してみる。さっきからずっと無口だ。黙り込んでいてなんの反応も示さない。一応息はあるようだが。

 

「……すぅ」

「ねてんのかよ!」

 

 寝息を立てていることがわかって思わずツッコんだ。……クソ、こいつら普段の有能振りがどこかに行ってしまったくらいの体たらくだ。俺達五人の内二人が完全な役立たずと化したわけだ。

 

「……アポロとダナンがちっちゃくなってる。可愛い」

 

 聞き馴染みのある声が聞こえたかと思うと、傍にいたアポロと一緒に抱え上げられる。

 

「お、オルキス」

 

 アポロが困惑した声を上げてようやく気づいた。どうやら小柄になってしまったことで易々とオルキスに片手で持ち上げられるようになってしまったらしい。

 

「ん、なぁオルキス。おまえはそのまんまか?」

 

 今の俺との身長差などを考えて、彼女は変わっていないと思えた。

 

「……ん。変わってないと思う」

「オルキスは星の民とヒューマンの間に生まれた子供だ。多少年齢が上下しても見た目は変わらんのかもしれない」

「なるほど、そういうことか」

 

 俺達みたく精神年齢に変わりがなければ、肉体年齢が変わりにくい種族だと支障がないということか。

 

「いやーっ! ししょー、ゆるしてーっ!」

「許すわけないだろうが、このバカ弟子が! 潔く罰を受けろ!」

「もう少し静かにしたらどうだ?」

「あー……すまねぇな。そこ、そこ気持ちいい」

「全くもう、ラカムがホントにお爺ちゃんになっちゃうなんて」

「ふふ、まるで孫とお爺ちゃんね」

 

 食堂の他に目を向けてみれば、阿鼻叫喚とは言わずとも混沌とした状態だった。

 

 俺とアポロの三頭身より小さく、二頭身くらいの大きさにまで縮んだクラリスが縄で縛られて食堂のテーブルの上に転がされている。

 そのクラリスの正面に座っているのがカリオストロで、彼女は変わっていない。まぁこいつは本来の身体じゃないから影響を受けなかったのだろうか。

 テーブルに着いて座るのは穏やかな妙齢の女性――多分カタリナだ。傭兵コンビと違って老人ではないが、三十代後半から四十代ぐらいの見た目になっている。物腰に落ち着きが加わっているように見えた。

 別のベンチにうつ伏せで寝転がっている白髪の爺さんになったラカムの腰を、俺達と同じくらいの大きさになったイオが叩いている。ラカムは老人になっているが、うちの二人よりはマシのようだ。イオは発言からしても身体が縮んだだけっぽいな。

 ロゼッタはまぁ当然と言えば当然だが、そのままだった。

 

「うわーん!」

 

 一人の子供が裸で食堂に駆け込んでくる。二頭身くらいの茶髪の男の子だ。グランかとも思ったが顔立ちが似ていない。誰だろうか。と思っていると俺の横から殺気が漂ってきた。思わずというようにオルキスが俺達を下ろす。

 

「……な、なにをしているこのバカがーっ!!」

 

 わなわなと震えたアポロは、駆け込んできた子供の顔面に跳び蹴りをかました。……ああ、あいつオイゲンか。若返りすぎてわからなかったぞ。嫌っていても流石は親子、わかるんだな。

 

「ぷぎゃっ!」

 

 オイゲンらしい男の子は情けなく吹っ飛んでごろごろと床を転がった。

 

「おい貴様どういうつもりだ! いくら子供の姿とはいえ全裸で走り回るとは!」

「えっぐ、えっぐ……!」

 

 アポロはオイゲンを怒鳴りつけるが、オイゲンは泣きじゃくるばかりだ。……これは、精神年齢も変わってるパターンか?

 

「あ、オイゲンったらもう、ダメでしょ。裸で走り回ったりしちゃ」

 

 そこに長い金髪を靡かせた美女が現れる。……金髪? ああ、ジータかあれ。なんていうか丁度いい感じに年齢が上がってるな。身体が成長していて二十代半ばという風貌になっている。身長も少し伸びているが、なんというかアポロとも張り合えるスタイルになっていた。

 そしてそのジータが負ぶっているのが、青いパーカーを着た茶髪の男の子。俺と同じくらいの大きさだ。見た目というか服装でグランだとわかった。そうしているとジータが母親に見える。

 

「ジータ、おろして、おろして」

「あ、うん。あんまり走り回っちゃダメだからね?」

「うん!」

 

 グランは中身も幼くなっているように見える。無邪気な笑みを浮かべると、ジータに下ろしてもらってなんとこちらに駆け寄ってきた。

 

「ぼくグラン! あそぼ!」

 

 そして俺に向けて笑顔で手を伸ばしてくる。……なんかイラつくなぁ。

 

「ふんっ」

「あぐっ!」

 

 とりあえず腹を蹴ってやった。グランは蹲って震えている。

 

「おらどうした?」

 

 俺はニヤリと笑って頭を踏みつける。

 

「うぅ……ひ、ヒーローごっこだね。ヒーローはまけない!」

 

 善人だなぁ、と思いながら転がって体勢を立て直すグランを見て思う。

 

「ふははは、ヒーローめかかってこい」

 

 精神年齢上の問題で負けるわけがないのでノリノリで応える。その後、グランを容赦なくボコボコにしてやった。

 

「おらおら、どうしたよヒーロー。そんなんじゃだれもたすけられねぇぞ?」

「うぅ……」

 

 ボコボコになってうつ伏せに倒れるグランの背中を踏みつける。これは俺の性分じゃない、ただの悪役の演技だ。だから思いっきりやっていいのだふははは。

 

「もう、ダナン君。グラン苛めちゃダメでしょ?」

 

 だがひょい、と後ろから抱え上げられてしまい中断された。むにゅ、と大きくて柔らかな膨らみが当たる。

 

「ジータ、はなせよ。ひごろのうらみをはらすチャンスなんだぞ」

「もう、そんなこと言って……って、ダナン君はちゃんと記憶あるの?」

「ああ。おれはおれのままだ。からだがちいさくなってるだけでな」

「そうなんだ」

 

 ジータは精神も大人になっているというわけではないらしい。グランは涙目で「ジータ、いじめられたぁ」と足にしがみついてきているが。

 

 そうこうしている内に新たな人物が。

 

「あ、ジータさん。オイゲン君の服見つけましたよ。ハーヴィンの子供のならサイズが合うと思うんです」

 

 その女性は二十代後半ぐらいなのだろう、茶髪を靡かせてたおやかな雰囲気を醸している。乗っている残りの人物から考えて当て嵌めれば、リーシャだとわかった。背が伸びているようだったが、一部、全く育っていない箇所があった。……そうか、ジータと違ってお前は成長しなかったんだなリーシャ。

 格差社会の現状を見て内心涙している中、リーシャはアポロに怒鳴られて泣いているオイゲンを抱えると、手早く持ってきた服を着せていく。手馴れてるなぁと密かに感心した。

 

「はい。もう裸で走り回っちゃダメですからね」

「はーい」

 

 おぉ、リーシャが保育士に見える。

 

「あれ、ダナンですか? ……ふふっ、小さい頃のダナンってこうだったんですね。ちょっと生意気そうですけど可愛いです」

 

 オイゲンを解放したリーシャはジータに抱えられている俺に気づき、近づいてきて少し大人びた顔で笑みを浮かべ鼻をつんと突いてきた。

 

「つっつくなよ! このっ!」

「ふふっ、見た目通りのやんちゃさんですね」

 

 短い手足を振り回して戦おうとするが、残念ながら届かない。むしろそのせいでより微笑ましいように見られてしまった。

 

「クソ、こどもあつかいしやがって」

「子供ですからね」

 

 リーシャは睨むのも取り合わずころころと微笑んでいる。……クソ、一旦置いておくしかねぇか。

 

「はわ、すっごい状況ですね。あ、カタリナぁ」

「ルリアは変わりないようで安心したよ」

 

 そこに混沌とした食堂を見て口を手で覆うルリアがやってきた。少しも変わっていないように思える。蒼の少女は特別な存在だからだろうか。まぁ蒼の“少女”だしな。十年経って姿が変わって蒼の女になるとかはないのだろう、多分。

 

「あとはあの三人だね」

「はい。ばたばたしていたみたいなので心配ですけど」

 

 この中では完全に保護者となっているジータとリーシャが言い合っている内に、グランサイファーに乗っている最後の三人がどたばたと到着した。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 一人はおそらく大人になっているのであろう、銀髪をしたドラフの女性。ただ髪はぼさぼさで服装も乱れている。

 

「クムユ姉遊んでーっ!」

「ねーたんあそんでーっ!」

 

 そんな彼女の身体にぶら下がっているのが、二人の女の子だ。ツーサイドアップの髪型をした銀髪三頭身の女の子に、青みを帯びた長い銀髪二頭身の女の子だ。

 

「……おおう、さんしまいがごちゃごちゃしてんぜ」

「うん、あれは大変だね」

 

 ドラフなのでわかりにくいが、おそらく二十代後半ぐらいの年齢になった本来末っ子のクムユ。

 俺と同じ三頭身になった次女のククル。

 そして二頭身かつ舌足らずでこれまでの誰よりも幼い様子の長女シルヴァ。

 

 別に三人に血の繋がりはないが、同じ銀髪且つ三人共銃工房にいることから銃工房三姉妹、なんて呼ばれ方をすることがある。……完全に姉妹関係が逆転してるんだよなぁ。まぁククルはどっちにしろ真ん中だから変わらないんだろうけど。

 

「ああもう、どうにでもなりやがれってんですーっ!」

 

 やつれた様子から自棄になって暴れるクユムだが、二人はぎゅっと掴んで離れない。むしろ振り回されてきゃっきゃっと嬉しそうな声を上げている。

 

「うぅ、なんで私が一番お姉さんに……」

「クムユ姉もっとやってーっ!」

「もっとやってー」

 

 疲れた様子で動きを止めれば妹となった二人から催促される。……ああ、あれは心に来るな。一番大変な役回りかもしれない。

 

「……とりあえず、私が朝ご飯作るからリーシャさんとクムユさんで完全子供状態の子達の面倒見ててくれる?」

「はい、わかりました」

「ま、まだ続くんですかこれ……」

 

 リーシャとクムユが二人で臨時子供部屋にする部屋へと子供達を連れていく。と、その時リーシャが俺を抱えようとした。……ん?

 

「ほら、ダナンも行きますよ」

「なんでだよ、おれもりょうりする」

「ダメですよ、子供が料理なんて。危ないんですから」

 

 断るとリーシャは俺を無理矢理連れていこうとする。だが俺は料理がしたいのでジータの腕にしがみついた。

 

「離してください」

「いやだ、おれはりょうりするんだよ」

「我が儘言っちゃダメですよ」

「あはは……」

 

 リーシャはどうやら俺のことを精神まで子供になっていると思っているらしい。全く、心外だ。見た目だけだってのに。

 

「リーシャさん、いいですよ。ダナン君くらいなら見てますから」

「そうですか? まぁそれなら……」

 

 ジータが間に入ってくれたおかげでリーシャは離してくれた。

 

「いいですか、ダナン。ジータは忙しいんですから、邪魔しちゃダメですよ」

 

 だが人差し指を立てて注意してくる。わかってるっての。

 

「よしジータ、だいどころへゴーだ。りょうりするぞ、りょうり」

「はいはい」

 

 俺はジータに連れられて台所に向かったのだが。

 

「……ほうちょうがもてない」

「うん、だと思った」

「……そもそもだいにのってもてがとどかない」

「そうだね」

 

 身長という問題に直面してしまった。しょんぼり。

 

「うぅ、りょうりしたかったのに」

「そんなに落ち込まなくてもいいのに。今日のところは私に任せて」

「ん~。さいほうならできたのになぁ。このふくもおれがけさぬいぬいしたモノだし」

「ぬいぬい?」

「……ぬった!」

 

 クソ、妙なところで。

 

「ダナン君って、微妙に幼くなってるよね」

「そんなことはない。おれはしっかりしてる」

「しっかりしてなくても、本人はそう言うんだよ」

 

 むぅ、そうだろうか。だがジータに言われるとそんな気もしてくる。

 

「……ジータ。ダナンはこっちで預かる」

「うん、お願いね」

 

 ようやくジータが俺を下ろして、今度はオーキスに捕まった。そしてカリオストロと向かいになる長テーブルの反対側でオーキスの上に座らされる。アポロが左脚の上、俺が右脚の上だ。

 

「むぅ、りょうりしたかった」

「そうやってむくれてると子供っぽく見られるぞ」

 

 アポロに指摘されて、ぷひゅーっと口の中の空気を吐き出す。

 

「そういやカリオストロ。このげんしょうのこころあたりあるのか?」

 

 クラリスにお前のせいで、とかなんとか言っていたような気がした。

 

「ああ、まぁな。けどとりあえず飯が先だな。このバカは天井から吊るして食べさせない」

「そんなぁ! ししょー、うちもお腹減ったーっ!」

「煩ぇんだよ。だったらあんなことするんじゃねぇ」

「ししょー!」

 

 クラリスは縄に縛られた恰好でもぞもぞ動くが、為す術なくカリオストロに吊り下げられていた。テーブルの真上ではなかったが。

 その後、ジータの作った料理が運ばれてきて、遊んでいたリーシャ達も合流して皆で仲良く食卓を囲んだ。老人組は食べるのが大変そうだったが、その辺も考えられた献立だったのは流石だったと言うべきか。

 

 そして朝食後、またリーシャとクムユが精神的子供達を一部屋で面倒を見ることになる。満腹になったので少しは落ち着いているようだったので大丈夫だろう。

 

 それから俺達まともな思考を残している組は食堂のテーブルに着いていた。……あ、スツルムとドランクはベンチの上である。

 

「うぅ、しくしく……」

 

 朝食を抜きにされた挙句テーブルの上で縛り上げられたちっちゃいクラリスは涙目だが、俺達の向かいに座るカリオストロは険しい表情で腕組みをしている。ルリアが「あの、クラリスちゃんの縄解いてあげた方が……」と恐る恐る口にしたら殺気混じりの視線で睨まれ、「あ? こいつにはこれくらいでも足りないくらいなんだよ。てめえらがそうやって甘やかすからつけ上がるんだろうが」とそれはもう迫力満点な顔で言われては引き下がる他なかった。

 

「そろそろせつめいしてくれないか、カリオストロ」

 

 オルキスの膝の上に乗ったカッコつかない恰好ではあったが、とりあえず俺が取り仕切ることにする。ジータはまともだが片割れが役に立たないので責められる謂われはないはずだ。

 

「ああ、そうだな。……事の発端はオレ様の開発した年齢操作装置にある」

「それはなんか、すげぇこのじょうきょうにぴったりなそうちだな」

「ああ。結論から言えば、オレ様が作ったその装置をこのバカがぶっ壊した」

「「「はあ!?」」」

 

 彼女の言葉を聞いて、一斉にクラリスへの同情が責めるようなモノへと変わる。

 

「だって、だって装置が動かなかったから……。壊れてるんだと思って、叩いたら直るかもって……」

「こわれてるモノよけいにこわすってなにかんがえてんだおまえ」

 

 泣きべそを掻くクラリスを冷ややかな目で見据えた。

 

「うぅ……ごめんなさい反省しますだから許して……ご飯……」

「ダメに決まってんだろ。お前が余計なことして、今帝国兵に襲われたら全滅もあり得るんだぞ。そうなったらどう責任取るつもりだ?」

「うぅ……」

 

 クラリスはそれはもう深く反省しているようだった。かといってここで助け船を出すつもりはない。存分に悔めばいい。

 

「で、カリオストロ。もんだいはこのすがたがいつもどるかってことなんだが」

「あー……それなんだが」

 

 俺が聞くとカリオストロは頭の後ろを掻いた。

 

「オレ様もいつ戻るかわからねぇんだ」

「「「えっ?」」」

 

 その答えに大勢が絶望した。

 

「あ、いや。一生戻らないってわけじゃねぇ」

 

 カリオストロは慌ててつけ加える。その言葉に肩から力を抜いた。……なんだ、戻らないってわけじゃないのか。

 

「だがこのバカが装置を壊しちまったせいで、オレ様でも戻す装置を作るのに一週間はかかる見込みだ」

「一週間かぁ。その間島に行くのも難しいし、ずっと空で漂ってた方がいいのかな」

「なに言ってんだ。騎空挺の操縦なら俺に任せ――ひぐぅ!」

 

 ジータの考えにラカム爺さんが立ち上がり、ぎっくり腰になってしまったらしく腰を深く曲げてとんとんと腰を叩いていた。

 

「ああもう、なにやってるのよ。ほら、また腰診てあげるからベンチに横になって」

「ああ、すまねぇなイオ」

 

 すっかり祖父と孫である。

 

「……と、あんな感じで操舵士さんは難しいの。もう一人操舵できる人はいるけど、子供になっちゃったものね」

 

 ロゼッタは普段通り悠然とした笑みを浮かべている。

 

「うん、そうだね。操舵士が本調子じゃない以上、着陸ができない状況なんだ。なんとかラカムさんに教えてもらって自動操縦に切り替えはしたんだけど。流石に着陸ってなると一朝一夕でできるモノじゃないだろうから」

 

 ジータがそうつけ加えた。つまりしばらくの航行には問題ないが、着陸もできないためカリオストロの装置完成を待つしかないというわけか。

 

「だいたいはわかった。つまりカリオストロのそうちがかんせいするまで、おれたちはいまのすがたのままでせいかつしないといけないわけだ。そこですわってるろうじんにめいとべつのへやでめんどうをみられてるがきどもをなんとかしないといけない。そこでリーシャ、クムユ、ロゼッタ、ジータ、カタリナのまともなおとなたちにそいつらをまかせる。のこりはてきとうにこどものあいてをしたりかじをてつだったりしてフォローだな」

 

 俺が代表して話をまとめる。

 

「ざっくりとはこれくらいだが、もんだいはやまづみだ。ぐたいてきなたいさくをねりねりするひつようがある」

 

 しん……と静まり返る食堂。……んん?

 

「……ねりねりって言った。可愛い。よしよし」

「ねるひつようがある!」

「……言い直さなくていい可愛かった」

 

 なぜか出てくる擬音言葉によって締まらなかったが、とりあえずそんな感じで具体的な対策について話し合った。

 ラカムは精神的にはそのままらしいが身体が老人すぎて重労働は無理。ぎっくり腰もあるのでまぁ仕方がない。

 

 カリオストロは急いで装置の開発を行う必要があるのでこっちのことはいいからさっさと開発を進めてくれと頼んだ。

 

 小さくなってしまった組は心から子供組の遊び相手になるなどまともな大人のフォローに回る。これは俺が提案した通りだ。

ルリアとオルキスという影響のなかった組も同じようなことだ。

 

 本格的に動き出したその夜、問題の風呂の時間になった。

 

「とりあえずシルヴァとククルはクムユがいれるよな」

「また自分ですか!?」

「クムユ姉といっしょにお風呂ーっ」

「おふろーっ!」

 

 一日中振り回されっ放しのクムユは記憶がないはずの姉妹に懐かれまくっていて、疲れ切った様子だ。だがそれでも一番懐かれているのが彼女なので任せる他ない。他の人がやろうとしても駄々を捏ねるのだ。

 

「がんばれクムユ。もどったときはぞんぶんにあまえてかねをふんだくればいいんだ」

「途中まで良かったのに最後ので台無しだな」

 

 俺はやんちゃな子供達をボコボコにしたりちゃんと手伝いをしたりと過ごしていたが、基本はオルキスとアポロと一緒にいた。

 

「問題は男の子だね」

 

 ジータはそう呟く。

 

「それならおれがめんどうみてやろうか? まとめてあらってやるし」

「それもいいんだけど、お風呂が深くて子供だけだとちょっとね」

 

 男の子の一人である俺が言うと、ジータは苦笑して断った。確かに何度か使っているのでわかっていたが、ちょっと湯船が深い。子供だけでは不安に思うのも仕方ないかもしれない。

 

「それなら私が入れてあげるわ」

 

 あのやんちゃ小僧共を誰が、というところでロゼッタが申し出てくれた。

 

「いいんですか?」

「ええ」

 

 ロゼッタは余裕そうな笑みを浮かべている。まぁ大人の余裕というヤツだろう。カタリナでも良さそうだが、子供の扱いに慣れていなくて苦戦する様を何度も見ているこちらとしては不安が残る。

 ロゼッタは無駄に歳を重ねていないというわけだな。

 

「なにか言ったかしら?」

「なにもいってない」

 

 にっこりと顔を向けられて即答する。嘘は吐いていない。余計なことは思ったが。

 

「じゃあおれはどうする? もどったとききおくきえないならいっしょにはいるのはマズいだろ」

「……大丈夫。ダナンとアポロは私がいっしょに入る」

 

 ぎゅっとオルキスに抱き締められる。

 

「おれはひとりでもはいれるぞ」

「……子供だから危ない」

「だからこどもあつかいするな!」

 

 そう言ったが通用しなかった。なぜだ。

 

「オルキスちゃんだけだと不安だし、私も一緒に入ろうかな」

「私でもいいですよ? お年寄りの方達は複数人で身体を拭く形にすれば、残るはカタリナさん、ルリアちゃん、イオちゃんだけですし」

 

 ジータとリーシャがそんなことを言い出した。だから俺は記憶が残るかもしれないからダメだって言っただろ。……まぁ、どちらも成長した姿なので本来の身体とは違うんだろうが。

 

「それなら二人共入るといい。私はルリア、イオと入ろう。比較的やんちゃではないから二人共ゆっくり入れるはずだ」

 

 カタリナが穏やかに述べる。そうして風呂の入る面子が決まった。

 

 特に慌しかったのは最初に入ったクムユ担当の二人だが、大変さという意味ではほとんど自力では動かないスツルムとドランクだろうか。ラカムは一人で入れると言い張ったが結局ぎっくり腰で動けなくなり、救助される結果となった。グランとオイゲンはロゼッタと入ったが、物凄く大人しかったらしい。流石だ。全く問題なかったのはカタリナ達か。まともな状態しかいなかったので当然と言える。

 

「あー……つかれがとれるなー」

「ああ、全くだ」

 

 問題が色々とありそうな俺達。オルキスが張り切って俺とアポロの身体を洗いたがるという事態を経て、しかしゆったりと風呂に浸かっていた。湯船が深いので縁に腕と頭を乗っけた体勢だ。

 

「……二人共可愛い。よしよし」

 

 後ろで浸かっているオルキスが俺達の頭を撫でてくる。今日はずっとこんな調子だ。おそらく今まで一番子供だったので弟や妹ができたような気持ちなのだろう。それで浮かれているというわけだ。

 

「……ちゃんと百数えるまで上がっちゃダメ」

「ひゃくいじょうつかってたいからだいじょうぶだ。のんびりしたい」

「ああ、そうだな……」

 

 今日は色々あって疲れた。ゆっくりのんびり風呂に浸かろう。

 

「あ、もう浸かってる」

「ふふ、ああしていると可愛いですね」

 

 そこにジータとリーシャが入ってきた……だからお前らはせめてタオル巻けよ。全裸なので色々と見えてしまっていた。かといって目を瞑るようなことはしない。所詮今の俺は子供の姿だ。特に惹きつけられるようななにかがあるわけでもない。

 

 二人は互いを労いながら身体を洗っていく。……ふむ。

 

「こうしてみるとやっぱりきょういのかくさしゃかいってひどいんだな、って」

「……お前殺されるぞ」

 

 ジータとリーシャの圧倒的な差に思わず呟くと、アポロから呆れられた。……いやでもなぁ。一応見た目的にはリーシャの方が年上なんだが、スタイルが変わらなさすぎて不憫になる。まぁ元々でもジータと比べれば割りと貧相だったような気がしなくもない。不憫だ……。

 

「……むぅ、私も大人になったらジータとアポロくらいになる」

「オルキスはせいちょうしないからならないな」

「……」

「ま、まぁそうだな。星の民は何百年経っても少年少女のような姿だからな」

「…………」

 

 俺達が言うと、頭を撫でていた手でぽかぽかと叩いてきた。

 

「……怒る」

「オーキスちゃん、子供の言うことに目くじらを立てちゃダメですよ」

 

 からかえて満足だったのだが、洗い終えたらしいリーシャが近づいてきていた。……だから不用意に近づくんじゃねぇよお前は。

 

「……リーシャ」

「あ、お邪魔しますね」

 

 ちゃぷ、と大人びたリーシャが湯船に入ってきて、縁に掴まっていた俺の身体を抱き寄せた。

 

「お、おいっ」

「ふふ、小さくて可愛いですね。普段もこれくらい可愛げがあるといいんですけど」

 

 背中に柔らかな感触が当たる。オルキスが少しむっとした表情になった。

 

「はなせっ」

「お風呂で暴れちゃダメですよ」

 

 抜け出そうとするが、圧倒的な体格差がそれをさせてくれない。……クソ、なんでこいつ今日はこんなに大胆なんだ? 普段ならそもそも一緒に入るわけないってのに。

 

「じ、ジータ!」

 

 俺はもう一人の大人に助けを求める。彼女も遅れて湯船に浸かっていた。浮いている、という事実に目を逸らして。

 

「あ、うん。はい、おいで」

 

 ジータはわかっているような顔でリーシャから俺を受け取り、抱き寄せた。

 

「っ!?」

 

 そんなことをすればどうなるか。想像に難くないだろう。

 

 ……。

 …………埋まった。

 

「お、オルキス!」

 

 あまりの出来事に固まってしまったが、ジータは良くない。色々と。

 一番安全そうなオルキスに助けを求めたのだが、

 

「……ぎゅーっ」

 

 正面から思い切り抱き締められてしまった。……なぜだ。

 

「あ、アポロぉ」

「……お前と同じような身体の私にどうにかできるわけがないだろう。大人しく可愛がられていろ」

「はくじょうもの」

 

 その後も俺は三人に代わる代わる弄ばれることとなった。……畜生め。俺の安らかな入浴タイムが。

 

 そんなこともあったが無事に一日を終えることができた。

 そろそろ寝る時間だ、となって俺は一人で寝ることにしたのだが、スツルムとドランクがベンチに座って眠っているのに気づいた。肩を寄せ合って寝ている。そういやこいつらはずっと隣に座っていたな。まるで長年寄り添った老夫婦みたいだ。

 

「……もうふくらいかけてやるか」

 

 ドランクが借りている部屋から毛布を持ってきていそいそと二人を包んでやる。流石に老人二人を今の俺が運ぶのは難しいからな。寝てしまっているし、このままにしておいてやろう。起きたら自室に向かうだろうしな。

 ……因みに食堂でめそめそ泣いている声が聞こえてきたのだが、ガン無視してやった。俺はあいつを助ける義理がない。こんなことをしでかしやがって。

 

 それから瞬く間に一週間が過ぎた。

 ようやくカリオストロの装置が完成して、俺達が寝ている間に戻す手筈となった。

 その日はよく眠れて、朝になったら本当に元の身体に戻っていたのだ。姿見で全裸の俺が映った時はちょっと感動した。実に一週間振りの姿である。全裸なのは身体が大きくなったことで子供の服が破けたからだな。

 

「よぉ」

 

 俺は普段の服装になって食堂に顔を出す。そこにはもうほとんどのヤツがいて、馴染みかけた姿ではなく通常の姿となっていた。

 

「あ、ダナン君。良かった元に戻ったんだね」

「ああ。お前らもな」

 

 ジータがこちらに気づいて微笑んでくる。……なんで一緒に風呂入ってたんだろうな、ホント。ジータは体型の問題で結構変わっていたのと、もしかしたら精神も大人になっていたのかもしれない。母親感あったし。

 

「……残念。可愛かったのに」

「不便で仕方なかったよ俺は。とりあえず一週間振りに料理を――ってあれ? リーシャとシルヴァとオイゲンがいないな。あいつら早起きな方じゃなかったか?」

 

 食堂を見渡し、普段通りの面々の中で三人だけが姿を見せていないことを疑問に思う。特にリーシャは早起きの代表格だ。真面目だからな。

 

「あいつらは姿が変わっていた時のことを思い返して今更ながらに恥ずかしくなったらしく、部屋に引き籠もっている」

 

 すっかり元通りの厳つい顔つきになったアポロがそう説明してくれた。

 

「そうなのか?」

「うん。シルヴァ姉は一番幼くなって色々やってたから、年齢が高い私があんなことを、ってショック受けてたよ」

 

 ククルがそう説明してくる。

 

「オイゲンも幼くなって色々やらかしてたからな、特に娘の前でってのがでかかったんだろうぜ。しばらく部屋を出たくねぇらしい」

 

 続いてラカム。当のアポロはふんと鼻を鳴らしただけだったが。まぁ、そんなモンだろう。

 

「あの小娘はここに来ていた時に私が『ダナンと一緒に風呂に入るとは大胆だったな』と言ったらそこでようやくお前が記憶を引き継ぐ可能性に思い当たり、真っ赤になって部屋に籠もったな」

 

 そのアポロがリーシャについて告げた。

 

「……あいつまさかとは思ってたが、俺が他と同じように子供になった状態だと思ってやがったのか」

「アポロさんよりは幼くなってたみたいだけどね」

 

 そういやアポロは完全に外見が変わっただけのようだったな。俺は……確かにちょっと幼くなっていたかもしれない。

 

「ダナンは記憶あるんだ。僕なんかすっぽり抜けてるのに」

「僕もだよ~。スツルム殿もだよねぇ?」

「ああ、全く記憶がないな」

 

 どうやら記憶が残る、残らないもまちまちになっているようだ。グラン、ドランク、スツルムは残っていないらしい。

 

「グランが残ってなくて良かったぁ」

「えっ? ぼ、僕なにかしてたの?」

「色々してたが、一番は俺が毎日のようにボコボコに殴ってたことだな。覚えてないなら仕返しされる心配もねぇ」

「!?」

 

 グランのことだから覚えてないことを怒ることはできないだろうと思って白状する。驚いてはいたがうーんと頭を捻るだけだった。俺だったらとりあえず何発か殴るんだけどな。

 

「兎に角これで一件落着だな。カリオストロ、クラリスにもう二度とこんなことするなってちゃんと言い聞かせておけよ」

「ああ、わかってる。ま、もうしないだろうよ」

 

 俺の言葉に対して意味深な笑みを浮かべるカリオストロ。その理由はすぐにわかった。

 

「ししょー! 反省したからもう戻してよーっ!」

 

 扉を開けてててて、と駆け込んできたのは二頭身のクラリス……戻ってねぇじゃねぇか。

 

「てめえはもう一週間そのままだ」

「そんなぁ!」

 

 カリオストロに言われてがっくりを膝を折る。どうやら戻ってないのではなく、わざと戻さなかったらしい。

 

「まぁ、罰なら仕方ないな」

「うん。クラリスには申し訳ないけど、今回のことはちゃんと反省してもらわないと」

「まぁ程々には必要だからね」

「団長までぇ!」

 

 俺、グラン、ジータが告げる。心優しい二人も今回のは事の重大さを鑑みてしっかり反省してもらうことにしたようだ。

 

 ともあれ、大幅遅れはあったがこれで目的地に到着できる。……なんか、色々あって疲れたなホント。




※簡単なキャラ設定
・ダナン
三頭身。記憶は保持しており頭はちゃんとそのままなのだが、舌足らずになっていて時々擬音が出てきてしまう。本人はわかっていないが少しだけ幼くなっており、表情の振り幅が大きくなっている。
・アポロニア
三頭身。精神への影響は皆無。ただ子供の頃に愛用していた眼鏡をかけることになった。あと目つきが柔らかくて一瞬ダナンが困惑するほど。
・オルキス
変化なし。現オーキスだが生身の時期。ただし自分より小さくなったダナンとアポロを年上らしく可愛がろうとする。一週間毎日どちらかまたは両方を抱いて寝ていた。
・スツルム
無口に拍車がかかった老婆。普段の無口かと思えば眠っている。一日の半分は寝ているらしい。なぜかドランク爺さんの隣に座りたがる。
・ドランク
耳が遠くなってボケが始まった老人。「えぇ? なんだってぇ?」が口癖だが誰も喋っていない時でも言っていることから耳が遠いだけでなくボケていることがわかる。なぜかスツルム婆さんの隣に座りたがる。
・リーシャ
二十七、八歳の姿となった。身長が伸びて顔つきも少し変わりたおやかな様子を見せるため大人びている。ただし、ある一点においてはまるで成長が見られなかった。どこがとは言わないが。無念。
姿が戻るまでダナンが精神そのままだということに気づいていなかったためとても大胆だった。
・グラン
三頭身。肉体と共に精神まで幼くなってしまった。ヒーローごっこと称してダナンに毎日ボコボコにされてはジータに泣きついている。一番不憫かもしれない。
・ジータ
およそ二十半ばになった。髪が伸びており背が伸びて顔つきも変わった。本人曰く「お母さんにそっくり」とのこと。記憶は保持したままでまともに見えるが実はちょっと精神が大人になっており、子供達に対して母のように接する。因みにどこがとは言わないがある部分がアポロ並みに成長してしまったため、サイズが合わずにそれこそアポロのモノを借りたらしい。
・ビィ
存在を忘れていたという衝撃の事実。
・ルリア
変化なし。流石は蒼の少女。蒼の幼女、蒼の女、蒼の老婆などにはならなかった。
・カタリナ
四十くらいにまで歳を取った。精神にも影響しており、例えビィが現れても穏やかな表情で撫で回せるくらいに成長している。見た目はアレスにそっくり。
・ラカム
白髪の爺さん。ぎっくり腰に悩まされてしまった。精神に変わりはないが身体がついてこない。イオに腰の手当てをしてもらうことが多い。
・イオ
三頭身。精神はそのままに身体が縮んだ。まるで孫のようにラカム爺さんの世話をしている。
・オイゲン
若返り率ナンバーワン。二頭身。眼帯はしておらず両目共見えている。このことから肉体の時間を巻き戻す装置だということがわかっている。超ヤバい。精神も幼くなっていたが運悪くその時の記憶があったため、寝込んでしまう。主にロゼッタに世話されていたことと素っ裸で走り回ったことが原因。
見た目では誰もオイゲンだとすぐに察することができなかったため、一目でわかったアポロは腐っても娘である。
・ロゼッタ
まだ星晶獣だと完全に判明しているわけではないが、変化はなかった。人が老いる、若返る程度の時間が変化したところでなんら影響を及ぼさないということだろう。つまりはBB……(手記はここで途切れている
・カリオストロ
問題の装置を使った天才錬金術師。才能の無駄遣いが激しい。理想の身体を体現するために作った身体は永遠の美少女なので時間が変化しようとも変わりはない。そもそも自分以外に作用するように装置を作っている。作用していても大差はなかっただろう。
・クラリス
問題の装置を暴走させて騒動を起こした張本人。二頭身になった。基本的に縄で縛り上げられているので出番という出番はあまりない。他が戻してもらう中、小さくなっている期間を伸ばされてしまった。
六周年で可愛いスキンを貰った裏でこれである。不憫さはグランといい勝負。
・シルヴァ
二頭身。精神年齢が一番下に下がってしまった二十七歳。クムユとククルを姉として慕い、無邪気に駆け回っている。舌足らずさでは一番。案の定記憶が残っていてショックを受けた。
・ククル
三頭身。精神が幼くなって記憶も残っているがどこぞの姉よりはマシだったのでショックは受けていない。「久し振りに子供になって楽しかったー」とか思っている辺り大物。上と下が入れ替わっただけだったので、次があるなら自分もどっちかになりたいと思っている。
・クムユ
大人になった。姉という存在への憧れはあったがこんなに大変なら妹でいいと確信する。日々銃を触ろうとする二人の妹に神経を擦り減らしたので騒動鎮圧後に休暇を取ったらしい。

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